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初めて襲撃される

「ホノカ様、ドレスが汚れてしまいます。あまり中の方にまで入らないでください」

「……はーい」

 今まさに腰丈ほどの草木を分け入ろうとしていたホノカは、カトルナータに注意されて渋々その手を止めた。

 舞踏会は終わり、今二人は夜の庭の中にいる。明りはカトルナータが持つ明りの魔法を入れたランプと、天から照らされる月光のみ。

 何故二人だけでこんなところにいるかというと、またホノカのワガママだった。

「憂さ晴らしに散歩したい」

 舞踏会が終わり別室に下がったホノカが真っ先に言ったのがそれだった。

 その場にいた宰相や王子は良い顔をしなかったものの、一度言ったら聞かないだろうということで(実力行使をされても困るという考えもあったが)、お目付け役を一人付けることで承諾した。

「うー、何でホノカ様のお目付け役が私一人なんですか。それも真夜中の庭で……」

 生贄、もといお目付け役にされたのはカトルナータであった。他二人ではホノカのムリを止められない(というより一緒に悪乗りする)ということで、今回はじゃんけんもなく全開一致の人事となった。

「夜の庭も中々綺麗じゃないか。うんうん。すごく楽しみだ」

 何故だかホノカはワクワクした様子が隠しきれないという感じだった。さっきからあっちへふらふら、こっちへふらふらしている。

「ホノカ様、分かりましたから早く帰りましょうよ~」

 よほど怖いのか、カトルナータの声にはもう泣き声が入っている。

「ちょっと待ってくれ。夜にこうやって遊べることは少ないんだよ。もう少し、もう少しだから」

 そしてホノカは更に進んでいく。

「う~、一人にしないでくださいよ」

 それをカトルナータは慌てて追って行った。

 そして白薔薇の間近く、いつもホノカが訓練場としている場所に出た。真っ暗闇の中でカトルナータの持つ明りだけが頼りなく揺れている。

「もう少しですから、早く帰りましょう。この辺はこの時間になると誰もいないんですよ」

 風に揺れる木々の音にすらびくびくしながらカトルナータは、ホノカに前に進むよう言う。

 しかし、ホノカはそれを無視して立ち止まった。そして仁王立ちして腕を組む。

「お前たち、もう出てきていいぞ。ここまで来たら十分に闘えるだろ」

「な、何を言ってるんですかっ、ホノカ様。よく分かりませんけど、もう帰りましょうよ」

「カナタは下がってな。ごめんな、巻き込んじまって。俺がお前に指一本も触れさせないから。だから早くお前たち出てこいよ。六人、付けてきているのは分かってんだ。男女比も言ってほしいか」

 ホノカの挑発に乗ったわけではないのだろうが、黒というよりはより夜に紛れる濃い青の衣服で体を包んだ者たちがぬるりとその姿を現した。

「やっとだな。これを俺は待ってたんだよ」

 ホノカは一気に臨戦態勢になる。まるで体から闘気が湧き上がるようで、その背後で腰を抜かしているカトルナータにはまるでホノカが光り輝いているように見えた。

 闇より現れた暗殺者たちはまったくその様子に動じた様子はなかった。

 それどころか懐などから短剣の類を取り出して構え、ホノカに殺気を向けている。隠れているのを発見された時点で暗殺は失敗。それゆえに殺気を抑える必要はなくなったのだろう。

「ああ、これだ。俺が求めていたのはこういった展開だ」

 獲物を前にした肉食獣のような歓喜をホノカは浮かべていた。

 そして同時に悲しみと諦めも思っていた。

(こんな姿見せたら、もうカナタは一緒にいてくれないんだろうな)

 今の自分の姿は恐ろしいと、ホノカはきちんと認識していた。この姿を見てカナタみたいな普通の少女が恐ろしく思わないわけがないと。

 だけどホノカは自分の本能に嘘はつけない。この瞬間確かにホノカはカトルナータに嫌われるという事を覚悟した。

「カナタ、逃げろ。もう会う事はないかもしれないけど、お前には一人も近づけねえ。今までありがとな」

 それは自分のことを恐れてもう会う事はないだろう彼女への不器用な最後の言葉。そしてホノカは自分から目の前の敵に打って出る。

 がしっ!

 ドレスが誰かに握りしめられたのを感じて、ホノカは後ろを向いた。そこには怯えた顔ではなくて、強い意思をはっきりと瞳に乗せたカトルナータの姿があった。

「カナタ……」

「ホノカ様がもう会えないなんて言わないでください。どうにか二人で逃げる方法を考えましょう。わ、私が囮にでもなりますから」

 ぎゅっと握りしめられたドレスから、カトルナータの震えがホノカに伝わってきた。明らかに強がっているのは見え見えだ。それでもカトルナータのホノカを見る目に、恐れは含まれていなかった。

「ふふっ、ははははははは」

 急に笑い始めたホノカに、カトルナータはもちろん暗殺者たちもびくりと体を震わせた。

「ホ、ホノカ様っ」

「ああ、すごいなカナタは。何か気が抜けちまった」

「へっ?」

 カトルナータは何も分かっていなかった。ホノカの覚悟を圧し折ったことも、ホノカの闘争心に誰かを守りたいという意識を植え付けたという事も。

「危ないから、この中に居な。オープン『不死鳥の鳥籠』」

 アイテムボックスからホノカが取りだしたのはユニークアイテムの一つ『不死鳥の鳥籠』。その名の通り超級モンスター・フェニックスを飼育可能な世界で一つしかないお宝である。その防御力は物理・魔法を問わず最上級であり、特に炎熱耐性はアイテム中で最高ランクである。

「これ、何ですか。どこから出したんです。そんなことより、ホノカ様、一人でどうするおつもりですか。早くお逃げください」

 急に現れた鳥籠に入れられたカトルナータは騒いでいるものの、ホノカは取りあわない。

 カトルナータには背を向け、敵を見つめる。その瞳に獣らしさはなく、理性の色がしっかりと残っていた。

「待たせたな。さあ、始めようか」

 ホノカがそう言って手を開いた瞬間、暗殺者たちはホノカを囲むような位置に跳んだ。そしてホノカの前に位置した者が短剣を腰だめに構えて突っ込む。

 距離は二メートルほど。手練れの暗殺者と自認する男からしてみれば一瞬の距離。短剣には即死の毒をたっぷりと塗り、かすめただけで人一人を楽に殺せる。これだけ近距離なら彼らの独壇場のはずだった。

「確かに速いが、それでも俺より遅い」

 気付けば男は喉元に痛みを感じて、地面に叩きつけられていた。

 ホノカがやったことはシンプルだ。二メートルという短い距離を自分から暗殺者より早く詰め、相手の突き出した腕を片手で握りしめながら、相手の勢いを活かすように空いている肘を敵の喉につきこんだのだ。

 男には痛みを感じるまで、ホノカが目の前から消えたことにも気付けていなかった。

 さらにホノカの動きは止まらない。敵が落とした短剣を無造作に足で背後に蹴り飛ばす。

「んっ!」

 当然の短剣に背後の暗殺者はギリギリ弾くことしかできない。そしてそれは重大な隙を生み出す。

 軽く背後に跳んだホノカは、体を捻って敵の頭部を太ももで挟みこむ形で着地する。

「技スキル『フランケンシュタイナー』」

 その名乗りと共に体を後方へとしならせたホノカによって、思いっきり投げられた。投げられた先は喉を抑えて倒れている男の上。二人纏めて地面に伸びた。

「うっし。意外と決まるもんだな」

 ホノカは悠々と立ち上がり、残った暗殺者ににらみを利かせた。

 ジョブ【プロレスラー】を得ているとプロレス技のスキルを得ることが出来る。そのためゲーム初期には格闘家ジョブを選んだプレイヤーも多くいた。それがホノカの頃になると不遇ジョブと言われるようになったのには理由がある。発動条件が難しいのだ。

 剣士の剣技スキルは決められた構えを取れば簡単に発動できる。魔法スキルならスペルが正確に唱えられれば魔法が使える。しかし格闘系の技スキルはそう簡単にはいかない。『フランケンシュタイナー』なら、相手の頭部を足で挟み、体を後方にそらせるところで発動条件を満たすのである。しかし、命がけの戦闘中にその行為は難しく、中には大きさの関係上足で頭部を挟めないモンスターも多い。

 つまり前提条件が多すぎるのである。

 故に格闘系の技スキル、特に投げ技を使いこなせていたのはゲーム中にホノカを合わせて両手の指で数えられるほどであった。

「凄いです、ホノカ様。かっこいいです」

 鳥籠の中からあげられるカトルナータからの歓声に応える様に、ホノカは手を振った。

 それからくいっと敵を手招きした。

 さっと目線を合わせた暗殺者たちは一人が背後に跳んで魔法の詠唱を始め、残り二人は時間稼ぎをしようと距離を取って投げナイフなどで攻撃するように展開した。

「戦い慣れてるな。俺に遠距離攻撃がないファイターと判断して、一瞬で距離を取るか。だけど、俺にはその程度じゃ足りないぞ」

 自分を狙う十本の投げナイフを拳一つで粉砕すると(撃ち落としたわけではなく、粉々にしたのだ)、左右に分かれて更にナイフを投げてくる暗殺者は無視して詠唱中の敵に突っ込んだ。

 技スキル『縮地』。使用者のレベルが高ければ、たった一歩で数百メートルを踏破するという。ホノカにしてみれば、目に見える距離は一瞬で移動できる距離なのだ。

 確かにホノカの様なファイターは遠距離からの攻撃が不得手であり、最大の弱点であるが、ホノカ程の強者が弱点をそのままにしておくはずがない。

 魔法使いつぶし。有無を言わせぬ接近戦である。

 腹部に正拳突き一本。それだけで暗殺者は身体から力が抜けるのを感じ、次に側頭部に叩きつけられた蹴りで完全に意識を刈り取られた。

「三人目」

 そうホノカが呟いた時、それがちょうど投げナイフをで攻撃していた暗殺者二人が間を抜かれたと気付いたタイミングと同じだった。

 そして二人の判断は早い。勝てないと直感した瞬間、どちらかだけでも逃げられるように真逆の方向に走りだそうとする。

「一手遅い」

 ホノカは三人目を蹴り上げた足で、今度は地面を蹴りつけ震わせる。

 技スキル『震脚』。【拳法家】などのジョブで取得可能。その効果は地面を揺らしての相手の妨害。威力はレベル次第だが、ホノカが使えばただでは済まない。

「「あっ!」」

 声を出さない様に訓練されているであろう二人の暗殺者が驚きの声を上げた。何故ならその場を逃げようとした瞬間、足が地面に呑みこまれたからである。

「逃がさねえぞ」

 『震脚』によって敵の真下の地面だけを割り、相手の足をからめ捕るホノカのみが使える荒業である。

「それじゃ大人しくしてな」

 『縮地』によって二人の懐に順に潜り込み、拳一つでやすやすと意識を奪った。

 どこからどう見てもホノカのワンサイドゲームで戦いは終わりを告げた。

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