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舞踏会 二人の危険人物

 離れないようにと言われながら、今ホノカは一人であった。

 ホノカをお披露目するパーティーという事もあり、ひっきりなしに挨拶に人が来るためいつのまにかはぐれてしまったのだ。

(あいつが側に居ると大変だからな。一人でいても大丈夫だろう。ダンスは……面倒だから断ろう)

 そう決めてホノカは食事が並べられている一角に向かう。折角の舞踏会だ。食べなきゃ損だ。

 一つ言っておくとホノカは申し訳程にしかコルセットが締められていない。数人がかりでどれだけコルセットを締めようが、鍛えられた腹筋によって弾いてしまうのである。もともと体形がスリムという事もあり、きつく締めなくても十分という結果に落ち着いていた。

 話しかけてくる人々を気分がすぐれないと言い訳して避けている内に、やっと食事が用意された場所までたどり着いたホノカ。すぐさま皿に料理を取り分けるも、しかし、そう甘くはいかなかった。

「あなたがホノカですか」

「ええ、そうですが」

 ホノカは面倒なのが来たという内心を隠しながら、演技の笑顔を向ける。声をかけてきた女性は要注意人物と言われていた三人のうちの一人である。

「お初にお目にかかります。私はホノカと申します以後お見知りおきを」

 ホノカは立場としては筆頭后候補という事になっているが、まだあくまでも候補であり、ちょっとした貴族ならまだしも四大侯爵家に強気に出られるほどではない。

 あくまでも相手が手を出してくれなくては、正当防衛ともいえないのだ。

「ええ、私はソルデンサス王国を支える四大侯爵家の中でも特に名門であるフラムフォールン家のシャーロット・フラムフォールンですわ。よく覚えておきなさい」

 縦ロールになった金髪を揺らしながら、ふんぞり返るようにしてホノカを見下した。目力が強く目鼻立ちがくっきりとした派手系美少女である。体の均整もとれているし、間違いなく美しいのだが、胸がつつましやかなのは評価を分けるかもしれない。ドレスは一目で金をかけていることが分かる一品である。艶やかな色合いに金糸によって織り込まれた絵がアクセントになっている。

 金糸とはパース共和国の大森林サルーンバルドなどに生息する金蜘蛛と呼ばれるモンスターから採取可能な糸である。このモンスター自体のレベルは高くないものの、サルーンバルドは高レベルモンスターばかり出るので、金糸は採取困難なレアアイテム扱いである。

 それをここまで豪奢に使えるという事実一つとっても、フラムフォールン家の威厳を保つには十分な威力があった。

「シャルロット様。それで私に何の用でしょうか」

 こんな奴に付きあっている場合じゃないと、ホノカはさっさと本題に入ろうとする。

 話しをして重要なことがないか探りを入れたいというのもあった。

「用事というほどではありませんわ。ただあなたがどういう人か知りたくなっただけですわ。それにしても何故あなたみたいな人が寵愛を受けているのか、本当に不思議ですわ。あなたのどこを気に入られたのか……」

 じろりと体を上から下まで隅々と見られると、ホノカは体中がむずがゆくなるように感じた。

「ホノカ様、ここにいらっしゃったのですか。……これはフラムフォールン家の御令嬢もお久しぶりでございます」

 美少女二人が一人は険悪な雰囲気を、もう一人は困惑な雰囲気を発している中に男性が割り込んできた。周りで様子をうかがっていた者たちはその勇気に(もしくは蛮勇に)、面白くなったという風に視線が多くなった。

 割り込んできた男性はその視線に若干たじろぎつつも堂々とした様子を保っている。彼は本来武器持ち込み禁止の舞踏会において武器の携行を許される者の一人、近衛騎士団団長ゴルディオンである。がっしりといた体つきは礼服の上からでも鍛え上げられていることが分かった。

「こんなところで一人で何をやっているのですか、ホノカ様。殿下が探しておられましたぞ」

 どうやらフォローをしに来たようだ。ここから離れるようにとホノカに提案する。

「ゴルディオン殿。急に来て私たちの会話に割って入るなど、いささか勝手が過ぎるのではなくて。私はこの方にいろいろと教えて差し上げなくてはならないことがありますのよ」

 シャルロットは誰もが恐れるゴルディオンを前にして一向に折れる気はないようだ。それどころか介入したことで逆に火が点いたようですらあった。

「これはユラウス殿下からのお言葉ですの。その話はまた後日でおねがいできますか。シャルロット様」

 ユラウス殿下という言葉を強調してホノカは言った。これでこのまま話を続けると自分にとって損だと気付くだろう。ホノカはそう考えていた。

「ふっ、殿下の寵愛だけで生きているあなたにとっては殿下のご機嫌取りがそれほど重要なのですか。白薔薇様と呼ばれる割に自信がおありではございませんのね。そんな調子でやっていけるのかしら」

 白薔薇の花言葉は『私はあなたにふさわしい』。ある種傲慢さすら感じさせる自信の現れを表現している。

(なんで俺はこんな奴にこんなことを言われないといけねぇんだ)

 ホノカは笑顔は変わらないものの、腹の中で煮えたぎったイライラを外に出さないように口を閉じて一言もしゃべらない。

 これがシャルロットには動じていないように見えた。

「ふっ、まあいいわ。今日はこれぐらいにしてあげる」

 シャルロットは明らかに雑魚の適役みたいな言葉を言った。そしてどこからか取り出した扇を開いて口元を隠した。

 そして少し近寄ると小さな声で、

「身近な人は大切にしなさい」

と呟いた。

「それはどういう……」

 ホノカの疑問には答えず、シャルロットは一礼してその場をいなくなった。

「……が何であんな奴と婚約を……」

 それだけがぽつりとホノカの耳には届いていた。


「間に入ってくれて助かった。それでユラウスはどこにいるんだ」

 シャルロットがいなくなったことで注目する者が減り、さらにゴルディオンの大きな体に隠れるようにしながらホノカは軽い口調で尋ねた。短い間とは言えずっと気を張ってしゃべるというのは中々に大変だ。溜まったイライラは後で拳でユラウスかキルファトーレに払うかと物騒なことを考えていた。

「……礼を言うのは構わないが、その恐ろしい笑顔はひっこめてくれないか」

 ゴルディオンの大きな体に隠れているのは幸いだったが、イライラが溜まりに溜まっているホノカの笑みは凶暴さを纏っていた。

 それはいっそ物理的な破壊力すらあり、ユラウスとキルファトーレは自身に重力魔法でもかけられたのではないかという重みを感じるのであった。

「悪い、どうも我慢できなくてな」

 気を付けるよ、と言ってその笑顔をホノカが納めると、遠くの二人の体の違和感は拭い去られた。

 自分よりも圧倒的に小さな体で垣間見せる鬼神の如き恐ろしさに、自身のことを騎士として一流以上だと自覚しているゴルディオンは戦慄していた。

(強いとは聞かされていたが、これほどとは。さらにこんなところで知ることになるとは。おかしなこともあるものだ)

 何かの時には命を懸けて一秒でも長く守らなくてはならない。その覚悟を改めて決めながら、ゴルディオンはホノカをユラウスの下まで連れて行くのだった。


 ユラウスは困惑していた。

 それは大胆に胸元をはだけたドレスを着たエルブラント伯爵家令嬢、ヴィオレータ・エルブラントが近くにいるためでも、ヴィオレータに従う他の令嬢たちのうるさいお追従の言葉でも、遠くからこの様子を生暖かい目で見つめてくるキファでもなかった。

「何をなさっておいでですの。ユラウス様」

 傍目から見たら満面の笑顔をこれでもかとユラウスに向けているのだが、向けられている張本人にはどうも死神や戦女神の最後通牒にしか思えなかった。

「ホノカ、これにはわけが……」

「ホノカ様、本当に小さくてお可愛らしい方ですね。私、エルブラント伯爵家令嬢、ヴィオレータ・エルブラントと申します。どうぞヴィオラとお呼びください」

 ユラウスの言葉を遮っていきなり小さいと皮肉を言われたホノカはヴィオレータをじっと観察する。

 ホログラムで見せられたよりも鮮やかな青い髪に、それに合わせた様な海色のドレスが似合っている。さらにそれは今のドレスの流行から外れた、体のラインをしっかりと強調するすっきりしたタイプのドレスである。すなわちホノカと似たタイプだが、背の高さは圧倒的にヴィオレータが勝り、見事な着こなしであった。しかもヴァラニディアと比べると断然小さいものの、はっきりと主張するほどに突き出た胸はその細身の体と相まって凄まじい破壊力である。

 さらにその美貌は優しげな雰囲気を漂わし、シャルロットが光を放つ太陽の様な陽の美しさなら、こちらは蠱惑的魅力を放つ月の美しさだった。

 ただホノカの例えられない可憐な容姿と比べると、やはりホノカに軍配が上がった。

「初めまして、ヴィオレータ様」

 一言そう言うとホノカの視線はユラウスへと向いた。皮肉に言い返すこともしなければ、ヴィオレータに突っかかるという事もない。完全に興味を持っていなかった。

「ヴィオレータ様になんという失礼な態度」

「頭を下げることもしないなんて」

 取り巻きがホノカの様子に後ろから口を出した。しかし、ヴィオレータの方は何も言わない。ただ笑みを浮かべて、取り巻きの者たちをなだめるだけだ。

「申し訳ありません、ホノカ様。この者たちが愚かなことを申しました。まるでユラウス様の第一后候補であるホノカ様が礼儀作法を知らないなどと」

「気にしていないわ」

 ホノカはただ一言そう言っただけだった。ヴィオレータの方をちゃんと見もしない。

 人に無視されるということが一番嫌いなヴィオレータにとって、これは最大の屈辱だった。淑女らしく張り付けた笑顔の仮面には罅も入れず、ただ心の中でだけその炎を燃やす。ここで簡単に弱みを見せるほど彼女は馬鹿ではなかった。

 後ろでピーチクパーチクといらない事ばかり囀る取り巻きに頭を悩ませるも、何とか落ち着かせる。

 ここは一旦引きましょう。今日はまだ……。

 そう心で思うと、ヴィオレータはユラウスに向き直った。

「ユラウス様。今日はこの辺りでお暇させていただきます。素性の知れぬ小ネズミに飽きましたら、どうぞ私の下をお尋ねください。精一杯尽くさせてもらいます」

 そう言って周りの者を連れて去っていった。

 昔の自分とは違うんだ、ユラウス様のお隣に立つためならなんだって……。

 ヴィオレータはそんな物騒なことを考えていた。


 ヴィオレータがいなくなり一気にホノカの弛緩ムードになっていた。どうやら口数少なくヴィオレータを無視していたのは興味がなかったからではなく、緊張しっぱなしの舞踏会という場に参ってしまっていただけだったようだ。今は周りを知り合いが囲んでいる――それも王子と近衛騎士団長の二人が――おかげで、他の貴族は近づいてこない。それで一気に気が抜けたのである。

「大変だと思うがもう少し頑張ってくれ」

 ユラウスが困った口調で言うと、ホノカはしょうがないと言った感じでユラウスに手を差し出した。

「これは……」

 急なことに戸惑うユラウスだったが、すぐさま気が変わらないうちにそっとホノカの手を取った。

「勘違いするなよ。別にユラウスと踊りたいってわけじゃない。ただ踊っている間は周りの連中が声をかけてこないからな。それでだ」

 あからさまに照れ隠しだと分かるが、ユラウスにそんなことは関係がなかった。

 一人あぶれたゴルディオンは空気を読んでその場から下がった。

 そして新しい音楽と共に、またどちらからともなく二人は踊りだす。

 深まる夜に火とも電気とも違う魔法の光を輝かせ、美しい旋律を風に乗せて、そして舞踏会は終わりを告げた。


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