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ホノカ、逃亡

 王都パードゥライ。総人口が百万人を優に超すという、この世界でも指折りの都。東側には海産物豊かな海が広がり、巨大な港には新鮮な魚を乗せた漁船や、荷物をパンパンに詰めた貨物船が時間を問わず集まる。大きな工房区では昼夜を通して火が落ちることはない。町民区はそこから運び込まれた物々で溢れかえり、どこの大都市にも負けない華やかさを作り出している。さらに騎士の国家らしく、その治安は折り紙つきである。昼間であれば若い女性ですらスラム街に入ることが出来るほどである。

 そんなパードゥライの街中央を貫く大通り、騎士王通りを揚々と歩く少女の姿があった。転生直後に着ていた白いドレスを身に纏ったホノカである。見た目からすれば貴族様かという姿だが、何故だか違和感なく街の人ごみに溶け込んでいた。

 それはこの国の国民性にある。建国者たる騎士王の部下に亜人がいたことから亜人に対して寛容であり、騎士の国らしく戦う者にも寛容である。そのため見渡すと獣人らしい男女や、戦斧を背負った大男なんかもいる。

 その中でもホノカの様子は目立ちそうなものだが、見た目の雰囲気を凌駕するワイルドさに打ち消されているようだった。

「ん~、見覚えがあるような気もするんだけど。ゲームの頃とはちょっと違うな」

 どこかの露店で買ったと思われる、鳥系魔物であるユリタリスの巨大なもも肉をたれに浸して、串に刺して焼いた物を両手に二本ずつ持って齧り付いている。一本、一ペリカである。

 この世界の通貨はゲームの頃と同じペリカという単位が用いられている。ただし、ゲームの頃はボタン一つで払うことが出来たため銅貨や銀貨を見ることはなかったし、一ペリカは分かりやすく一円であった。

 しかし、

「うーん、焼き鳥一本一ペリカってことは、百円ぐらいか。ゲームの頃とはやっぱり違ってんな。それに」

 パクリと一口で右手に持っていた肉を食べきると、串をアイテムボックスに戻し、一ペリカを取り出す。

 それは百円玉ほどの大きさをした硬貨、青銅貨である。

 ホノカは青銅貨をピーンと親指で跳ね上げてキャッチするというのを繰り返している。

「青銅貨一枚が一ペリカ、百円か。銅貨は青銅貨十枚分。まあ、十進法っていうのはいいよな」

 銅貨より上は銀貨、金貨、白金貨と続く。銀貨は銅貨百枚、金貨は銀貨百枚、白金貨は金貨十枚である。

 お金という重要な情報を手に入れることが出来て満足げな(お肉がおいしかったからかもしれないが)様子で、ホノカはにこにこしている。そこには王城から出られたことの解放感もあるのかもしれない。

 左手の肉もガッツリと食べながら、ホノカは大通りを歩く。

「そこの黒髪の美人さん。真珠の髪飾りはどうだい」

「いやいや、肉喰った後には果物がいいだろ。どうだい、いいアルバの実があるよ」

 ホノカは呼び止めてくる店主たちの露店をひやかしながら、どんどん進んでいく。

 すると、ある店の前で足を止めた。

「この匂い……」

 何かを嗅ぎ取ったのか、ふらりとホノカはその店に吸い寄せられるように入った。

 中はカウンター席とテーブル席がある酒や食べ物を出すよくある感じの店だった。奥には二階へ上がる階段があるから、宿屋もやっているのかもしれない。お昼時という事もあってか、中々に繁盛しているようだった。

「お嬢ちゃん、一角馬のあくび亭にようこそ。女将のドーラだ。よろしくね」

「ああ、よろしく。おばちゃん」

 ホノカに声をかけてきたのはこの店、一角馬のあくび亭の女将だった。豪快と言った雰囲気で、ホノカ何人分だというほど体つきがデカい。

「お嬢ちゃん、飯ならそこに座んな。泊りってんなら対応するよ」

「それじゃ、飯をお願いできるか。お勧めは何が――」

 そうホノカが聞こうとした時だった。

 ふっと、横あいの席からホノカに手が伸びた。その手はホノカのお尻に……

 ダンッ、ギャッ。

 人が倒れる音と、悲鳴のような音が聞こえた。

 ホノカは無意識にセクハラしようとした手を掴み、押し倒して関節を極めていた。

「サム、またあんたかい。店に女の子が来るたびに。あたしにやればいいじゃないさ」

 女将がサム――ホノカに倒されている男の名だ――に文句を言っている。どうやらこの男はセクハラの常習犯らしい。

「女将の固い尻触ってどうするんだよ。やっぱりこういうのは魅力的な若い女が……」

「おい、うちの嫁が何だって……」

 騒ぎを聞きつけ厨房から出てきたのは、ドーラの夫で料理人をやっているシュルフだった。女将とは逆で神経質そうな細い体に、怖そうな三白眼が光っている。

「シュルフの旦那、これは言葉のあやでして……すみませんでしたー」

 ホノカが手を離したので、サムはお金を置いてそそくさと出て行った。

「お嬢ちゃん、悪かったね。その分料理はおまけするよ」

「いや、俺は別に触られてもないし、おばちゃんは悪くねえよ。ただおまけしてもらえるのは超嬉しい」

 さっきまで食べていた鳥はどこに行ったのか、腹減ったというようにホノカはお腹を押さえてみせた。

「分かったよ。それじゃこの店来たら絶対に食べなきゃいけない絶品料理を出すよ。ちょっと待ってな」

 そう言うと女将は厨房に行ってしまった。

 そうすると近寄ってきたのは、周りにいた他のお客。見た感じは肉体労働者や冒険者らしい姿のものが多い。

 すわ、因縁でも売りに来たかと、ちょっと面白くなりそうだと心の中で舌なめずりを始めるホノカ。しかしその予想は外れる。

「お前、女のくせによくやったな。セクハラサムを追い出した女は久しぶりだ」

「おお、あいつのせいでここにゃ女の従業員が長続きしないんだ」

「女将がいるだろ」

「あれの尻が触りたいのか、お前」

「お前もセクハラ目的かよ」

「おい、旦那に聞かれるぞ」

 料理が運ばれてくるまでの間、ホノカは楽しく下町らしい会話を久々に楽しんだのだった。


「お前ら、邪魔だよ」

「女将、お客に対してそれはないぜ」

「客なら客らしく飯食べたら、お金を置いて仕事にもどんな」

 女将がその腹をグッと前に突き出してそう言えば、男たちも否は言えない。

 へーい、という声と共に男たちは仕事に戻っていった。

「男どもの相手をさしちまって悪かったね」

「いいよ、楽しかったし。それよりも待ってました。超うまそう」

 ホノカの前に並んだのは湯気が立つ料理達。堅そうな黒パンに、これでもかと盛られたサラダ、野菜とお肉がたっぷり入ってるシチュー、そして骨付きのままプルプルするほどじっくり煮込まれた肉。どれも食欲をそそるいいにおいをしていた。

「パンにサラダ、シチューが今日のおすすめセット。こっちのドルグレイの煮込みはサービスだ。これはこの店自慢の料理だからね。ほっぺた落とすんじゃないよ」

 ドルグレイとは海にすむ牛である。ウミウシではない。特殊な魔法を使うドルグレイは水面を走ることが出来、百頭ほどの群れを作って移動する。短時間なら潜ることも可能で、餌は海藻や魚の類である。他の牛に比べ角が鋭く、大型の魚や海竜種に食べられないよう皮膚も固いため狩るのは難しく、専門のハンターがいるほどである。海にすむという条件があるため、未だに養殖や放牧には成功していない。煮込み料理にするとおいしいと評判。

「ドルグレイ……」

 ホノカは俯いて一言つぶやいた。

 それを聞いて、女将も顔を曇らせた。

「嫌いだったかい。それなら……」

 下げて新しいのを持って来ようかという女将に、ホノカは首を振った。

「俺、これすげー好き。ただまた食べられると思ってなかったから。びっくりして」

「あまり出回らないから珍しいかもね。おかわりもあるから、一杯食べな」

 そういうと女将は他の客の元に行ってしまった。

 ホノカはドルグレイの煮込みを見て思い出していた。この世界に来る前のこと。酒場でこれを注文して食べることが出来なかった。それが今食べられる。

「いただきます」

 ホノカは手を合わせたかと思うと、勢いよく骨を掴んでドルグレイの肉に噛みついた。

「うおー、うめぇ。トロトロなくせに、くいごたえ抜群」

 骨までしゃぶりながら、ホノカは久々の豪快な食事を満喫した。

 

 その頃、王城の方はというと、ホノカが書き置き一枚でどこかへ行ってしまったと、大騒ぎ……にはなっていなかった。

「申し訳ございません、殿下。いつか逃げるとは思っていましたが、これほど早いとは思わず、まだ見張りの者の配置がすんでおらず……」

 現状ホノカが逃げたことを知っているメンバーが王子の部屋に集まっていた。

 最初にユラウスに謝ったのは宰相のキルファトーレ。どうやらホノカが逃げ出すという予想はしていたらしく、影の者たちに監視させていたようだ。ただしホノカはその者たちにはすべて気付いていたようで、監視の目をするりと抜けだしてしまったらしい。

「私たちも目を放してしまいました。申し訳ございません」

 書置きを発見した侍女三人組もここにいる。ホノカに一番近いという事もあり、何か手がかりを持っていないかという事だった。

 余談だが、キルファトーレが監視ではなく見張りと言ったのは彼女たちを不安にさせないためである。まあ、ヴァラニディア辺りは簡単に察しているが。

「謝罪の言葉は要らん。まずはホノカを探し出すことが先決だ。書置きを見せろ」

 ホノカが逃げたと聞いた時から冷たいどころかブリザード状態のユラウス。この怒りの無表情顔を見たとある貴族が、自分の使い込みがばれたに違いないと自首するほどだった。

 可哀想にカトルナータは馘首されるに違いないと、先ほどからずっと小さい体をさらに小さくして震えている。アルブラースもその迫力に圧倒されて俯き気味である。

 今の状態のユラウスを前にして普通にしていられるのは、幼馴染であるキルファトーレと同じく昔なじみのヴァラニディアぐらいだろう。それでも気安くしゃべりかけるという事は出来なかった。

 キルファトーレは懐から書置きを取り出してユラウスに手渡した。書置きは王城内で使われる便箋が一枚だけ。数行ほど達筆な文字で書かれている。


『カナタ達へ

 勉強とか嫌になったから逃げる。

 少し世界を見たら戻る。

 お前たちには迷惑かけると思うけど、王子は良い奴だから首にしたりしないはずだ。

 もししたなら俺が殴る。

 ネルネルや王子、キファにも別れを言っておいてくれ。

 それじゃ、またな。

          世界最強の格闘家 ホノカより』


 それを読んだユラウスは少し考えた後、じっと侍女三人組を睨みつけた。

「はひっ!」

 その冷たいまなざしに変な叫び声をあげてしまうカトルナータ。すぐに口を抑えたものの、出てしまった声は取り戻せない。私、馘首される。その思考がカトルナータの中を駆け回った。

「何か思いつかれましたか、殿下」

 見かねたキルファトーレがカトルナータをかばう位置に立った。

(慣れているとはいえ、ユラウスの本気の眼光を前にすると身震いがしますね)

 以前この顔を見たのはヴァラニディアが勘当されたときか。そんな彼女がここにいるのは何の皮肉ですかね。あの時はどうやって静まったんだったか、そう思い返していたラ後ろに動きがあった。

 キルファトーレは後ろでヴァラニディアがカトルナータを更に庇う音がして安堵する。ここで泣かれても困る。

「大丈夫だしっかりしろ」

 アルブラースがカトルナータのことを励ましている声も届いていた。これで彼女の方は大丈夫だろう。

 キルファトーレはユラウスに同じ質問を繰り返した。

「何か思いつかれましたか、殿下」

 その質問に王子は、仮定の話だがと前置きしてから答えた。

「そこの侍女の内一人を馘首すれば……」

 ばたり!

 侍女が一人、王子の馘首という言葉に耐えきれず意識を失い倒れた。その一人とはもちろんカトルナータである。

「殿下、お話の途中ですがまずは彼女を医務室へ。アルブラースとか言ったか、彼女を運んでもらえるかな」

 何をやっているんだとユラウスを睨みながら、とりあえず失神した彼女を運ばせるように指示するキルファトーレ。

「はい、宰相様。ヴァルここは頼むよ」

 アルブラースはその指示に従いカトルナータをお姫様抱っこすると、侍女としてはしたなくない程度に急いで部屋を出て行った。

 足音が遠ざかるのをも待って一番初めに口を開いたのは宰相のキルファトーレではなく、にこにことした顔を崩さないヴァラニディアであった。

「それで、ユラウス。何で私たちが首なのか理由を説明してもらえるかしら」

「ヴァラニディア、侍女の立場で王子にその口のきき方は……」

 宰相という立場からの言葉はヴァラニディアの笑顔で霧散した。

 普段と同じ温和な笑顔のはずなのに、圧倒するような何かが感じられる。あくまでも背筋をぴんと伸ばし、糊のきいた侍女服を身に纏った彼女の姿は優しげである。しかしその姿を無為にするほどの圧力。まさしく侯爵家の御令嬢と言った風格をその身に醸していた。

 しかし、王子の方は無表情を崩すことなく微動だにせずに睨み返している。

「私は今、侍女ではなく昔なじみとして聞いているのよ、キファ。私の友人に言葉という暴力で危害を加えたのだもの、それなりの覚悟はしているのでしょうね」

 キルファトーレは自分の頬が引きつるのが分かった。

 ヴァラニディアの勘当騒ぎでブリザード状態になったユラウスを止めた相手は、その原因たる女性だったとキルファトーレは思い出していた。

(あの時も私はこの二人の間に立っていたのでしたっけ)

 二人が数時間にわたる舌戦を繰り広げるのを、弟のゴルディオンと共に見ていた(聞いていた)のだった。その時の姿を見てゴルディオンはヴァラニディアにぞっこんとなったのだ。

 自分の弟ながら、こんな神経の図太い女が好みかと思うと神経が疑われる。

「何かよからぬことを考えましたね、キファ」

 笑顔で睨まれると、たらりと汗が垂れるのをキルファトーレは感じた。

 女の勘は恐ろしい。何度目かとなる教訓を刻み込んだ。

「まあ、それはいいわ。それでユラウス。私たちを首にするきちんとした理由を教えてもらえるかしら」

 変わらぬ穏やかな口調が逆に怖い。

 震えるキルファトーレに今度は冷たく冷えた言葉が突き刺さる。

「理由は簡単だ。書置きに書いてある」

 そう言ってユラウスは持っていた書置きのある部分を指さした。

「侍女を首にしたら、ホノカは俺を殴りに戻ってくる。そこを捕まえればいい。探す必要もない。向こうから現れる」

 それなら確かにホノカから現れるだろうけど、それは悪手だろうとキルファトーレは呆れた顔をする。考え直すように言ってくれと、彼はヴァラニディアに顔を向けた。

 期待を裏切るように、ヴァラニディアは顎に手を当てて思案顔である。意外と面白そうだという顔をしていた。

「ヴァリー。面白いと思っているでしょう。あなたたち首になるんですよ。よく考えてください」

 キルファトーレが昔呼んでいた愛称で呼ぶことで、ヴァラニディアは我に返ったようだった。

「そうね、退職金あるだけぶんどって、あの三人で商売を始めるのもいいかと思ったけど」

「そこまで考えていたんですか……」

 疲れたという様子の宰相を尻目に、元侯爵令嬢はあらあらと笑い、無表情王子はホノカの事でも考えているのか上の空な様子で会話に参加する気も無いようだった。

「とりあえず、ユラウス。私たちを首にするのは止めなさい」

 問いかけられたことで思考が戻ってきたユラウスが不思議そうに答えた。

「何がいけない。首にするふりだけだ。戻ってきたらちゃんと仕事に戻らせる」

「はあ、やっぱりそう単純に考えていましたのね」

 ヴァラニディアはため息を一つついた。

「よく考えなさい。あのホノカ様が一度でも、たとえふりだったとしても私たちを首にするような男を好きになると思いますか」

 ヴァラニディアの言っていることは的を射ていた。

 ホノカは基本的にまっすぐな性格だ。裏表のない性格と言ってもいい。そんなホノカが何の罪もない侍女を馘首するような悪行を犯した相手を、憎むことはあっても好きになることなどないだろう。そしてそれはユラウスもすぐ気付いた。

「首はなしだ。先ほどの侍女には見舞い金を出しておいてくれ」

 慌てるようにユラウスはそう言った。見舞金は、カトルナータが倒れた原因を知ったホノカに嫌われないように先手を打った感じである。

 もう完全にブリザード状態は解けていた。

 それに合わせるようにヴァラニディアのおっかない雰囲気も落ち着いてきた。

 二人の間に挟まれ生きた心地がしなかったキルファトーレは、ふーと軽く息を吐いた。

「それではホノカ様を探す方法を考えませんと。時間もありません。目下城下をゴルディオンとその部下が捜索中です」

 考えを突き合わせる三人。そこでヴァラニディアがふと思いついた。

「この時間ならホノカ様はお腹がおすきのはず。城下でお召し上がっていらっしゃるかも」

「城下にいくつの店があると、ゴルディたちだけでは人手が足りない。しかし、これ以上出せば他の者たちにも知れ渡ってしまう」

「その店探しについてで俺に思いついたことがある」

 ユラウスはそう言って、思いついた内容を二人に語った。

「……なるほど。あり得そうな話です。分かりました。そうゆうものを扱う店を中心に回らせます」

 捜索方法を決めて、ユラウス達はホノカを探し始めるのだった。


「ごっそさん。上手かったぜ、おばさん。また来るわ」

「あいよ、またドルグレイの煮込み用意しとくよ」

 ホノカが先ほどまで座っていたテーブルの上には、あれからいくつ頼んだのか何枚もの皿が置かれていた。中には空になった酒瓶も数本ある。どうやら王城での上品な暮らしにかなり嫌気がさしていたようだ。

 ホノカは食った食ったという体で町を歩く。いつしか大通りの先、この都にとっての正面玄関にあたる大門に到着していた。

 この大門はそのあまりの高さとその美しい装飾によって、攻め込んできた軍隊の度肝を抜き足を止めさせたと有名である。ただ今は昼時であり、開門されているためその雄姿は見れない。

 出ていく人、入ってくる人でごった返す大門前広場にたどり着いたホノカは、そこでどうしようかと頭を悩ませていた。

「出るのに許可証がいるとは思わなかったな。さて、どうするか」

 ゲーム内では基本的に冒険者は出入りが簡単だった。ギルドに冒険者の情報は記録されており、それと照合するだけだったからである。

 しかし、この世界ではそうはいかない。ホノカはこちらの冒険者ギルドにはまだ所属していない。日本で言う所の戸籍を持たない身でギルドに入れるかもホノカには判断がつかなかった。

 それにギルドに入れたとしても、王子らによって検問されているに違いなかった。門の兵隊たちには自分を捕まえるように命令しているとホノカは考えていた。

 実際にはホノカの逃亡を大事にしたくない王子と宰相は、兵隊への連絡などはしていなかったが。

 そんなことは分からないホノカ。ここからの逃亡方法を考えていた。

「兵士程度なら何千人といようが俺を止められないだろうが、流石に無関係の奴ら傷つけるのもな。変装は面倒くさい」

 決まったとばかりに広場の真ん中で準備運動を始めた。体全体をほぐしていく。ここでも地味にジョブ【マッサージ師】が発動しているため、体を万全な状態に近づけていく。

 最後に一伸びした。

 そしてそのままホノカはこの街を覆う城壁を睨む。

「やっぱり正面突破が一番でしょう」

 そう言うと、笑顔で駆け出すホノカ。スピードは一気に上がり、周りの人にはホノカが消えたように見えた。そして一瞬の遅滞もなく、片足で踏み込んで跳び上がる。走ることによる前方への運動エネルギーが全て、鋼以上の硬度を誇りかつばねのような柔軟さを失わない足に溜められてから爆発した。

「跳びすぎたか。やっぱりこの世界だと門の上まで跳べる! 最高だぜ、この景色」

 ホノカは立った一度のジャンプで地上6階建てほどはある大門を跳び越えていた。そこはゲーム世界においては存在しなかった場所である。誰もいくことが出来ず、誰も見ることが出来なかった場所。そこからは王都パーデュライの姿が一望できた。

 上への力と重力が均衡した静止の状態から、一気に落ち始めるホノカ。

「はははははは、ゴムなしバンジ―、最っ高」

 何が楽しいのか笑いが止まらない様子だ。

そんなホノカの様子に気がついて下の方では軽い騒ぎになっていた。しかし、この世界には空を飛ぶ魔法があることもあって魔女の実験か何かだと多くの者たちは思ったので、それほど大きなパニックにはならなかった。

 その考えはホノカの次の動作でさらに信憑性を増す。

「ほいっと」

 そんな掛け声をしたかと思うと、仰向けで落ちていたホノカは足を地面に向けた。そして立った、空の上に。

「久々に使ったな。スキル『スカイウォーク』」

 ジョブ【空を歩む者】の特別スキル『スカイウォーク』とは文字通り空の上を歩くことを可能とするスキルである。空から襲い掛かる敵と闘う際の遠距離攻撃手段がないというホノカの弱点をカバーするスキルである。ホノカからは逃げられないのだ。

 空の上に立つという荒業に茫然とする人々を尻目に、ホノカは門から遠ざかっていった。

「よし、まず目指す場所はここから南に数百キロ行った先にある森の中のダンジョンだな。名前忘れたけど、腕が六本ある鬼系ボスモンスターがいたはず。あいつらは頑丈だからスパーの相手には申し分ないだろ」

 ホノカは王都から離れるに従って自分の体がおかしくなっていくという事実に気付くことなく、一目散に走っていった。

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