四人でお風呂
「誰だ少しとか言ったやつ」
夜、ようやく白薔薇の間に戻ってこられたホノカは、一言文句を言ってからベッドに倒れ込んだ。その後ろをついてきていた侍女三人組は苦笑している。
「ホノカ様。それではお召し物がダメになってしまいます。まずはお召し替えを」
「う~」
もうベッドから出たくないと、ぎゅっとお日様の匂いのするシーツにしがみつく。それは可憐な見た目にマッチした、ちょっと子供っぽい感じの雰囲気だった。いつもでは考えられない。
「か、可愛、可愛い」
女の子らしいものが大好きなアルブラースはその様子を目にして、お持ち帰りしたいと言った感じで陶酔している。
その様子に一瞬びくっとなるホノカであったが、やはりいつもの有り余る元気はどこかに隠れてしまったようだ。何も言わず柔らかなベッドに顔を埋めている。
何故ホノカがこれほど疲れているのか。それはあの朝食後に待ち受けていた嫌になるほどの御稽古ごとの数だった。淑女らしい立ち居振る舞いを身につけろということで、お昼まではずっとマナーの練習をさせられていた。教えてくるのは性格のきつそうな中年の女性教師である。色々な貴族の下で子女に教育を施してきたというベテランという事だった。今回は短い時間で叩き込んでくれという依頼だったため、いつもの五割増し位厳しかった。
マナーの後はお勉強タイム。この国について歴史から作物や気候などまで、覚えておかないとは恥をかくことになるものを詰め込むと言った感じで記憶させられる。ホノカは途中何度も知恵熱が出そうになっていた。
その勉強後もダンスやら何やら王妃になるためには必要だろうというもの全ての授業をホノカは受けさせられた。今日は顔見せも兼ねるという事で、明日からの授業は日替わりになるらしい。ただホノカにとってそれは何の救いにもなってはいなかったが。
「お疲れだとは思いますが、そのドレスのままではゆっくりくつろぐことも出来ませんでしょう。ささ、お早く」
カトルナータがホノカに呼びかけるものの、ホノカに動きはない。ベッドに倒れ込んだまま猫の様に丸くなっている。無言の背中で嫌だと語っていた。
「はあ、ホノカ様……。アル、ヴァル行きますよ」
カトルナータは目で二人に合図を送る。アルブラースとヴァラニディアも目で頷いた。
そして何の合図もなく三人は同時に動く。アルブラースとヴァラニディアがしがみついたホノカごとシーツを両端から引っ張ると、ぴんと張られたシーツの上でホノカがベッドから浮いた。驚くホノカが何もできないうちに、前後にシーツを振ってホノカを投げる。それを待っていたというように、カトルナータはホノカを両手でキャッチした。
メイドの仕事の中には力仕事も多いので、ホノカぐらいの重さなら小柄なカトルナータでも抱き上げられるのである。
「す、すげー。お前らすげーな。何だよ今の」
さっきまでの疲れもどこへやら、ホノカは侍女三人組の見せた大技に興味津々である。
その様子が前にこれをやって見せたどこぞの貴族の少年とそっくりで、三人は少し苦笑してみせる。どう贔屓目に見ても、淑女の返す反応ではない。
「シーツにしがみついて起きてこないお子様を起こすための大技です。ホノカ様はまだお城に慣れていないとは思いますが、后候補でいらっしゃるのですからもう少し自分の行いというものを……ふがっ」
説教を始めようとしたカトルナータの口をアルブラースが押さえた。
「ルナ、長くなるから説教禁止な。ホノカ様、疲れているのは分かるんだが、そのままでいさせるわけにはいかないんだ。分かってくれ」
ベッドメイキングをさらりと終らせてきたヴァラニディアもそこに集合する。
「……分かった。着くなり着替えもせずにベッドに倒れ込んだのは俺が悪かった。悪かったから、いい加減降ろしてもらえないか」
現在ホノカはカトルナータにキャッチされた時のまま、お姫様抱っこされている状態である。背の低いカトルナータが自分よりも背の高い女性をしっかりと抱えているという様子は中々バランスの悪い状態だった。
「ん~、逃げるかもしれないし、このままホノカ様をお風呂に入れてしまいましょうか」
マイペースなヴァラニディアの言葉によって、カトルナータによるホノカのお姫様抱っこは部屋につけられているお風呂場まで続いた。
ホノカにとってこの世界がゲームであった頃からソルデンサス王国には風呂の文化がある。大きな町に行けば必ず一つ以上は大衆浴場があり、元の世界でのローマのそれに似たような施設となっている。流石に男女混浴にするという事は出来ないので、内装がそれらしいというだけでどちらかと言えば日本の銭湯に近いものではあるが。
しかし、そのソルデンサス王国でも家にお風呂場を持つ者は貴族や大商人に限られる。まして部屋一つ一つに浴槽を設けているとなると、その数は更に減る。この白薔薇の間もその限られた一つであり、そのタイル一つ、壁に彫り込まれた模様から浴槽に使われるロゼルタストーンまで一流の職人が何年もかけて作り上げられた、もはや芸術と言っていい出来である。
今までこの白薔薇の間に暮らした后候補たちは、ここを使う事は出来ないと言って、わざわざ別の部屋のお風呂に入ったというほどの場所である。掃除は完璧に行われながら、一度もお湯が張られたことのなかった浴槽に、作られてから初めてお湯が溜められることになった。
お湯は初級魔法使いのジョブを持つヴァラニディアが魔法によって簡単に用意してみせた。お湯を生み出すぐらいの魔法は簡単に覚えられるうえに、魔力消費量も多くないので下男やメイドなども便利だからと覚えている場合が多いのだとか。
「はー、気持ちいい。やっぱり疲れた時は風呂に限る。お前らもそう思うだろ」
その十人以上は入ることが出来るだろうという浴槽には、何故かホノカ以外にも誰かが入っている。
「わ、私達まで入って、よ、よかったのでしょうか!」
こんな豪華なお風呂に入ったことのなかった平民出身のカトルナータは、緊張でせっかくのお風呂だというのにリラックスできていないようだ。
「ん~、やっぱり熱い風呂に入るってのは気持ちがいい」
アルブラースは長い手足を伸び伸びとさせて顔をとろけさせるように入っている。
「のぼせないようにしてくださいね」
そう注意するのは一人足だけ付け、中にまで入ってこようとしないヴァラニディアだ。
何故侍女である三人が入っているかというと、ホノカが一人で入るのはつまらんとか言い出したからだ。カトルナータは最後まで反対していたが、多勢に無勢全員で入ることになった。
「ふむ。三人とも良い体つきだな……」
ゆっくり浸かって気力も取り戻したためか、ホノカの目はいつもメイド服の下に隠されている三人の魅力的な体に向かっていた。
「カナタは背が低い割に……胸がデカいな。バニラがデカいのは分かっていたが……」
「あらあら、褒められたのかしら。ホノカ様」
手で胸を隠して恥ずかしげにするカトルナータとは真逆に、ヴァラニディアは見せつけるようにする。
「ああ、俺もそれぐらいは欲しい……」
ホノカは自分の胸を見る。しっかりとした女性らしいふくらみがある。自分では美乳だと思うが、どうしても小ぶりな印象は否めない。それに比べるとバニラは透き通るような白さがまぶしく、とてもやわらかそうな巨乳である。カトルナータも揉むには十分な量があり、張りもありそうだ。ホノカはもう一人、ルブランの胸元を見る。
勢いよくガッツポーズをした。
「何ですか、その勝ったっていう顔は」
アルブラースのその小麦色の肌にすらりと伸びたカモシカのような筋肉質な脚は美しく、スレンダーな雰囲気が他の侍女たちに人気だった。ただ胸は残念なものだった。完全なる絶壁である。
「そうですわ。アルちゃんは薄っぺらなのがいいんですのよ。大きいのも大変ですし」
ヴァラニディアがお湯の中に入りながら、そんなことを言った。
「巨乳め……目の前でプカプカサセテ」
ジトーとした目をヴァラニディアに向けていると、いいことを思いついたとホノカは手をワキワキさせた。
「胸は揉むほど大きくなるって言うよなぁ……」
「……それは自分の胸では、きゃっ、ホノカ様、おやめ……ください」
「おおっ、やばい。すごく柔らかいぞ、これ。バニラの胸、手に納まんねぇ」
逃げようと背中を向けたところを襲われて、ヴァラニディアはホノカに後ろから抱き着かれた形になっている。どこの親父かというように鼻息を荒くしながら、ホノカはがっちりと両手で胸をもんでいる。
「ホノカ様、おやめください」
「ヴァル、大丈夫か」
二人がホノカを引きはがそうとすると、今度はこっちとばかりにカトルナータの胸をもみ始めた。
それからしばしの間、四人でくんずほぐれつを繰り返す。基本的に襲い掛かるのはホノカだけで、ヴァラニディアとカトルナータが逃げるという構図だ。アルブラースは二人がホノカから逃げる壁に使われていた。ちょっとさみしそうな顔をしていたのは、湯気で誰にも気づかれなかった。
「う~、もうお嫁に行けません」
「私も……」
お風呂上りの赤く上気した顔のまま、ヴァラニディアとカトルナータは床に崩れている。慰めるようにアルブラースが頭をポンポンと叩いている。
「いや、満足、満足」
帰ってきてベッドに倒れ込んだ時とはうって変わって、ホノカはつやつやの顔をしている。侍女三人組が崩れ落ちる前にきちんとホノカの身だしなみは整えるというプロ根性を発揮したため、湯上りながら黒髪はきちんと梳られて黒真珠のような光沢を放っている。それが着せられた白い寝衣によく映えている。ただその美しい対比とは別に、先ほどの感触を思い出しているのか、まだ手をワキワキしている。
「ホノカ様、あまり二人で遊ばないでくれよ」
「アルちゃん、汚れた私をもらってちょうだい~」
元お嬢様の為か、こういった事には慣れていないらしくヴァラニディアはいつものマイペースな様子を崩している。その様を見て、カトルナータは我に返ったようだ。
そして何かを思い出したようにすくっと立ち上がる。
「アル、ヴァルの目を覚まさせてください。思ったよりも湯浴みが長くなりました。もういらっしゃいますよ」
やばっ、とアルブラースは泣き崩れてしがみついているヴァラニディアの頬を軽く叩く。
「誰か来る? だからわざわざ帰ってきてすぐに湯浴みさせたのか」
一人状況を理解していないホノカを置いて、侍女三人組は再度部屋とホノカを整える。
「それではどうぞ、お楽しみください」
カトルナータが深々と礼をして、何が起きたか分からないホノカを置いて部屋を出て行った。




