ゲームの世界へ
最初の方はバトルが多くなりますが、王子と主人公が出会ってからはラブラブになっていくと思います。お待ちください。バトルのほうがいい。もっとラブラブさせてなどありましたら、感想でお願いします。
夜、石畳がきれいなアルタの街。いつもは石造りの家々を暗い闇が支配し、唯一明かりをともすのは男たちの欲望を凝縮したかのような歓楽街のみといった時間に、町の中心広場に少女は立っていた。そして目の前には一匹の赤いドラゴン。
なぜこんな街中にドラゴンがいるのか。そしてそのドラゴンを前に立っているのが筋肉隆々な力自慢の大男でも、腰にすらりと剣をさした騎士でもなく、長く美しいぬばたまの髪をざんばらにして一目に高級そうだとわかる白のドレスを着こなした少女であった。年のころは十六と言った所か。ドレスと同じ真珠の様な白い肌に、小柄な顔、そこには強い意思を感じる目が燦然と輝き、ただ守られているだけのお姫様ではないと思わせる。しかし、身長は平均的な少女なみで、体長10メートルほどのドラゴンを前にしてはあまりにも小さい。まさか彼女はこの街の為に生贄にでもなろうと言うのか。この状況を見るもの全てがそう思っただろう。もし、彼女がどういう存在かを知らなければ。
「生きのよさそうなドラゴンだ。まずはお前からお星様にしてやんぜ」
姿の美しい少女の、声もやはり美しかった。ただ言葉遣いが乱暴だ。見た目から誰もが思うであろう、大和撫子、深窓の令嬢といった面影はない。愉快そうに片頬を上げ、ぐるりと腕を回す姿はまさしくファイター。見ていた人からは先ほどと何にも変わっていないはずなのに、ドラゴンが小さく見えた。なぜなら彼女の方がドラゴンよりも恐ろしかったからだ。
「ウォーミングアップだ。いや、お前程度じゃアップにもならねえか」
ドラゴンに対して挑発じみた言葉を投げかける。ドラゴンも馬鹿にされたことが分かったのか、怒りもあらわに襲い掛かった。
体重は測るまでもなく人をつぶすのには十分だ。その重さを十分に生かして、ドラゴンは彼女を押しつぶしにかかった。
「30秒はもってくれよ、トビトカゲ」
彼女がそれを呟いた瞬間、ドラゴンの全体重のかかった踏み潰しが決まった……ように見えた。
踏み潰される瞬間、彼女は重さを感じさせない足取りで体を右へと音もなく滑らかに移動させた。ドラゴンの太い柱のような脚は彼女の頬をかすめるかという位置を通り抜けた。ものすごい風が彼女の美しい黒髪を巻き上げる。
突風と言っていい風をまるでそよ風といった様子で微動だにせず、猛々しい笑みでドラゴンの真下で拳を握る。それはあまりにも小さい。普通の男にすら効かないのではないかと思われるほどだ。しかし、
「飛ばれると面倒だ。翼からだな。『瞬拳』」
少女の呟きと共に一瞬消えたかと思うほどの速さで拳が振り抜かれる。その拳圧により大砲の様な空気の弾がはじき出された。
「Gyaaaaa!!」
ドラゴンが悲鳴を上げる。それはしょうがなかった。少女は翼と言ったが、それは翼の付け根を体ごと粉砕するという意味だったのだ。さらに言えば少女は本来遠距離攻撃の牽制技で、物理攻撃に対して高い防御力を持つはずのドラゴンの鱗をやすやすと貫いてみせた。
「これでラストだぜ、トビトカゲ」
そう言って再度彼女は拳を固める。
ドラゴンは身体をえぐられた痛みで暴れているが、気にした様子はない。
『昇天拳』
その名の通り、敵をその拳で頭上高くはねあげる技である。ただし構えて打つためにためが必要となるので、使い勝手はあまりよくない。それでも落下による追加ダメージを与えるという事もあって使い手がいないわけではない。しかし、ドラゴンほどの巨体を吹き飛ばすほどのことが人間にできるとは思えなかった。
「よっしゃー。練習したかいがあったな。爆散しないで、ちゃんと真上に高く上がった」
ぐっと上に昇って行ったドラゴンは途中でその命を落とし、綺麗な赤色の死亡エフェクトを周りにまき散らした。
「たーまやー」
少女が叫んだように、それはまるで花火のようだった。
「よし、次行くぞ。二体同時に出せ、カンクロー」
「僕の名前はカンクローじゃなくて、クロウです。それにドラゴン二体同時召喚は……」
隣に現れたのはまるでピエロの様な派手な服装をした少年。目の下に涙の絵が描いてあり、声も泣いた後かのようにかすれている。その服装やメイクを除けば引っ込み思案なただの少年に見えた。
そんな少年の首に腕を巻きつけ、チョークスリーパーをかけながら少女は笑っている。
「気にすんな、カンクロー。二匹と言わず何匹でも出してくれよ、竜召喚者さんよ」
「ううう、分かりましたから、この腕を外してくださいよ、ホノカさん」
クロウはギブアップと腕をタップしている。
分かればよろしいと彼女は腕を解いた。
そしてクロウは被っていたピエロの帽子を振ると、その大きさを無視するように中から先ほどと同じ大きさのドラゴンが二匹現れた。色は緑と青。
「いいね、いいね。さあ、こっからが本番だ」
ホノカと呼ばれた少女は楽しそうに二匹のもとに走りこんで行った。
「第十五回アルタ花火競技会優勝は……一般参加のホノカ&カンクローペア」
湧き上がる歓声の中、少女は悠然と進んで行った。その隣にはクロウですと呟きながら、とぼとぼと歩いているクロウの姿もあった。
ひとしきり歓声も、優勝者への取材も終わったころ、二人は仲間の待つ居酒屋へと足を運んでいた。
「野郎ども、待たせたな。今日は俺のおごりだ。みんな飲んでくれ」
扉を開けるや否やそう豪気に言い放ち、受け取ったばかりの賞金をこの店の主人に投げつけた。
「おー、流石は爆裂姫。今日も勢いがいいね」
「ありがたく飲ませてもらうぜ。おやっさん、この店で一番高い酒持って来てくれよ」
元から飲んでいて酔っぱらっていた人たちがさらに盛り上がり始めた。
彼らに手を振りながら、店の真ん中で飲んでいた仲間の下にホノカは駆け寄る。その場にいたのは三人。一人は背中に弓を背負ったままにしている優男。もう一人はまるで踊り子の様なすけすけの衣装を身に纏ったとても女性らしい体つきをした女。そして最後の一人は狼と人間を合わせた様な異形の姿だった。
「おやっさん、あの五人組は有名なのか」
その派手な姿に目を奪われていたカウンターに座っていた男が、この店の主人に話しかけた。
おやっさんは五人組の方を一瞥したあと、質問してきた男に向き直った。
「あんた、このゲーム始めたばっかりかい」
「ああ、今日でちょうど一週間ってところだ。だからまだゲーム世界での飲食には慣れないな」
ここはVRMMO「INFINIT LIFEWORKS」。『第二の人生を謳歌しようぜ』をスローガンに現在でもバカ売れしているゲームである。特殊なバイザーを装着することで、プレイヤーはゲーム世界でまるで生身のように生活することを可能とするのである。ただこの世界で取った食事は満足感のみであるため、現実でも食事はきちんととらないといけない。この辺りは初心者がいつも乗り越えないといけない部分である。
「そうか、なら知らなくてもおかしくないな。この機会に覚えておきな。あそこの五人組は『ショータイム』っていう有名パーティーだよ。その中でも特に見た目だけはいいくせに、中身があれな嬢ちゃんが、このゲームの近接戦闘職でも1,2を争う実力者だ」
誰が中身はあれだって、と耳ざとく聞いたホノカが言ってくるが店の主人は何も知りませんと言う顔でしらばっくれた。
「いや、でもあの子さっきの花火大会に出てたよな。ジョブは花火師じゃないのか」
「あれはモンスターを打ち上げただけだよ。死亡エフェクトがきれいに花火みたいだったろ。私の武器はこの拳一つだからね。おやっさん、ドルグレイの煮込み追加で」
料理の追加でやってきた少女の言葉に唖然とする男。このゲームで格闘職は使えないことで有名だったのだがそうではないらしいと思い、今からでも転向した方がいいかと考える。
「格闘職であれだけ強くなれるのはあの嬢ちゃんぐらいさ。お前さんは剣士でもなるか、それとも生産職に回るんだね」
男は酒を口に含みながら、頷いた。
「おい、ニュービー相手に挑発してきたんじゃないよな」
心配性な人狼種の亜人、バッファがホノカに声をかける。そのごつい見た目と反して意外と繊細で、このパーティーのリーダーながら、個性的なメンバーに振り回されて胃を痛くしている。
「んなことしねえよ。ちょうど俺らの話してたから、声かけただけだって、おっさん」
「流石は爆裂姫。爆発させることなら花火でもお得意なんですね、とでも言われたんですか」
そこににこにこ笑いながら弓を背負った男シュプラッヒト・リューゼルマンことシュピトが声をかける。いや、弓かと思えたのはどうやらハープの一種らしい。音楽家なのか、声も美しいテノールだ。
「そんなことよりもつまみはまだなの~。お酒飲み干しちゃうわよ」
話など知らぬと一人、酒を飲み続けている踊り子の女性はアクア。片方の手はジョッキを掴み、片方の手はしっかりとクロウの肩を抱いている。その大胆な服装から今にもこぼれ出しそうなその胸に店中の男の視線が向いている。
「あわわわわ」
踊り子衣装の豊満な胸が背の低いピエロ少年の顔の前に来ていて、クロウは顔を真っ赤にして慌てている。
「本当にあんたらは自分勝手だな。せっかく花火大会でこの俺様が優勝したんだぞ。褒め称えろよ」
「クロウ、よくこんなわがままな奴と一緒に大会に出たな。えらいぞ」
「ピエロを演じているとはいえ、爆裂姫のお世話は大変だったでしょう」
「クロウちゃん、お酒ついでー」
「ああいえ、楽しかったですし。お酒は今頼んできますね」
誰もホノカを褒めることはなかった。普段の行いが目に見えるようだ。
「くそ、いいもんね。それじゃこの副賞は独り占めしてやる」
花火師のジョブを持たないプレイヤーが優勝した時にだけもらえる副賞。それを目当てにこの大会に二人は参加したのだった。クロウは巻き込まれただけだが。
ホノカは右手ですっとシステムウィンドウを出すと、そこにあるアイテムボックスから副賞を取り出した。
「アイテム名、『旅立ちの書』?」
とある昔のゲームを思い出しそうな名前のアイテムである。
(あれ、この大会の副賞って『火薬庫への道しるべ』っていう地図だったはずじゃ)
「まあ、いいか。とりあえずどんなのか見てみよう」
『旅立ちの書』を選択し、アイテムボックスから取り出した。
その瞬間めまいがするような感覚と、体が浮き上がる感覚が同時に彼女を襲った。
「おおおおお!」
叫び声とともに彼女の姿はなくなった。
「ホノカ?」
間の抜けた様な人狼の声だけが、ホノカのいなくなった居酒屋に響いた。
「おおっと、ここはどこだ」
ふっと浮いた体の感触からすればどこかに飛ばされたんだろうと、ホノカは周りを見渡して見た。分かるのは大きな庭らしいということと、すぐそばに立っている男たち数人だ。その男たちのうち三人は鎧を身に着けている。
「あの鎧……、アルタの兵のとは違うな。もしかしてあのアイテムはワープ効果があるのか!?」
驚いた様子を見せるのも当然だ。先ほどまで彼女がいたのは「INFINIT LIFEWORKS」の二大陸のうち、クレスオス大陸とは別のアンタロポン大陸だったのだ。このゲームに存在する移動方法では、一瞬で移動可能なのは隣の町程度だ。隣の大陸なんて聞いた事もない。
つまりはレアアイテム確定である。
「これであいつらを驚かせてやれるぜ。俺を笑ったこと後悔させてやる」
急に目の前に光と共に現れたかと思うと、ふっふっふと不気味な笑いを浮かべるホノカに、その場にいた男たちは警戒したようだった。派手な服を着た男を護るように並んだ。
「お前は何者だ。王城に侵入するなどただではすまさんぞ」
目が痛くなるような金ぴかな服を着込んだ身分か高いと思われる男と、その隣で騎士と同じように警戒した様子の眼鏡をかけた文官風の男は後方にずれた。二人の前には三人の近衛騎士が腰から下げていた剣を抜き放って構えている。
「何だぁ? あの副賞はレアアイテムと同時に、クエストを発生させるカギか何かだったのか。そういえば王宮に潜入することで始まるクエストがあるとか聞いたような」
何だったかなー、と考え込む様子のホノカの下に派手な服の男が警戒することもなく近づいた。そして手を彼女の頬に伸ばしながら、聞いた者をうっとりさせるような声で囁いた。
「きれいな黒髪の御嬢さん。どうだい僕と一緒にお茶でも飲まないか」
それは誰も自分の言う事に逆らうことなどないという自信に満ち溢れており、拒絶されることなどありえないという心情が透けて見えていた。あまりにも邪な気持ちが顔に出すぎている。
その言葉を言われた側のホノカは、胸にちくりと痛みを感じていた。
(何だろう、この気持ち……)
疑問に思う暇もあれば、頬に触れようとした男の手を掴んだかと思えばひねり上げ、自分の体の周りを回すように引き倒す。そしてそのまま腕の関節を極めた。
「近衛!」
先ほどまで王子の隣にいた文官風の男が声を張り上げた。小さな少女によってやすやすと倒されたのに茫然としていた騎士たちは一斉に動き出す。
「王子の手を離せ」
急に生じた胸の痛みにまだ呆けているホノカは、つい体が反応してしまい一瞬で三人の兵士を倒してしまった。剣を振り下ろしてきた一人目はその内側に入り込み、腰だめに構えた拳を腹部に一撃お見舞いする。その一撃で吹き込んだ兵士が後ろにいたもう一人の兵士を巻き添えにした。その様子に驚いた三人目に彼女の回し蹴りを避けることはできなかった。
「重さを知る鎖」
しかし、その一瞬で文官風の男が完成させた呪文を唱える。敵に巻き付き、巻き付いた敵の重力を数倍にして行動不能にする鎖を呼び出す魔法だ。
これを受けてホノカの頭は回転を始め、戦闘モードに移行しようとする。
(だけど、ここで捕まらないといけないクエストかもしれないんだよなー)
何の情報もないクエストだ。どの選択肢が正解なのかは分からない。鎖をぶちきって攻撃に転じるまでにさらに一瞬かかった。その一瞬で男はもう一つ別の魔術を発動させる。
「弱体化の檻・トライ」
重さに加えて今度は身体から力が抜けていくのをホノカは感じた。
「結界術に印術か!」
体から力が抜けていくのは結界術の一つ弱体化の檻。さらにみれば文官風の男は指で奇怪な形を作り出している。指で形を作ることで呪文を発生させるのが印術だ。この組み合わせで弱体化の檻を一回の発動で三回重ね掛けしてみせたのだ。並の腕前ではなかった。
(結界術に印術が使えるってことはジョブは僧侶系統のだな。印術は忍者の可能際もあるが……まあ、ここは大人しく捕まったほうがクエストの道筋っぽいな。あー、こういうこと考えるのは俺の役目じゃないんだけど)
意外と強そうな相手が出てきたこともあり、ここは捕まるという選択肢が正しそうだと思いホノカは大人しくすることにした。これが間違いだったと後悔することになるのだが、それは後の話だ。
捕まったホノカは王族を襲撃した罪で牢屋に閉じ込められることになった。
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