77 1994/11/29 tue 体育倉庫:だから行動で示すわ
……えっと。
どうしてくれよう?
あまりにバカバカしすぎて驚くことすらできやしない。
芽生から告白されるなんて本来なら至福極まりない。
でもさすがに、この状況でこの台詞を信じる程おめでたくはない。
もしそんなヤツがいたら紛う事なきバカだ。
今考えないといけないのは「発言の真偽」ではなく「発言の真意」。
どうしてそんな嘘をつくかだ。
これが学園イジメ漫画なら、浮かれた俺の様子を録音や録画して、後で晒して笑い物にするといったところだろう。
しかし、それはあるまい。
芽生は公麿組、華小路の下僕たる鈴木や佐藤とつるんでる線は考えられる。
だが俺は、これ以上堕ちようのない渡会一樹。
存在自体が恥なのに、そんなの晒されたところで痛くも痒くもない。
だとすれば、俺を何らかの形で利用して二葉との対立に利用する?
例えば二葉の私生活を探るスパイに使うとか。
芽生ならそこまで企みそうだ。
……頭の中だけで考えてもらちがあかないな。
ここは芽生の口から喋らせよう。
質問に答えてくれれば儲けもの。
ダメならとにかく動揺させなければ。
このすました顔を崩さないことには事態の進展を図れそうにない。
「どうして、そんなことを言う?」
「……どうして、そんなことを聞くの?」
間を開けた、か細げな声での返答。
これ以上聞いてくるなとばかりに。
しかしここで怯んでなるものか。
「質問に質問で返すな」、これはダメだ。
「返事を聞かせて?」と返されるのがオチだろう。
とにかく問い続けなくてはならない。
まずは無難なところから攻めるか。
「芽生には華小路がいるだろう」
「公麿組は去る者追わず。理由も問わず。華小路家に反旗を翻す様な真似をしない限り、抜けるといえば止めないわ」
ゲーム内でもそう説明されてたけどな。
そもそも芽生は、華小路が好きで公麿組に入っているわけではない。
あっけらかんとした答え方からすると、この点も一致してそうだ。
「では──」
「一樹君、返事を聞かせて?」
ちっ、テンポを乱された。
さっきのお辞儀もそうだ。
芽生は相手を自分のペースに引きずり込むことに長けている。
だったら俺も芽生のテンポを狂わせにかかろう。
ここはあえて一樹風味だ。
「ふん。俺のカノジョになるとはラブドールとして恭順を示すということ。我の言葉を待たずして返答を求める辺り信用できないな」
芽生がふいっと目を逸らした。
下を見ながらいかにも切なそうに。
「そういうバカなことを言ってる人が真人間に生まれ変わろうとしてるのよ。傍らで応援したくなるのが女子として当然じゃない」
大したものだ。
全く動じず、つらつらと返してくる。
「女子として当然」とか二葉じゃあるまいし。
誰かとEND迎える前に、女性を信じられなくなってしまいそうだ。
ただペースは崩せたか?
この調子で続けよう。
「理由になってないだろう。別に芽生が俺の傍らに寄り添う必要はない」
ん?
芽生が口を軽く握った手で隠す。
そしてもう一方の手でスカートを抑えた。
何をもじもじしているんだ?
「その……実は……」
「なんだよ」
「昨日、一樹君にスコートの中をパシャってされたとき……体の奥が熱くなって……」
「はあ?」
「それで……その……もしよかったらまた撮ってくれないかなって……」
・
・
・
あるわけねえ。
お前はどこのエロゲーヒロインだ。
いや、エロゲーヒロインなんだけど、これはない。
こんな台詞を現実に言う女いたら、世の中に果てしなく犯罪者が生まれてしまうわ。
でも、これはチャンスだ。
「ファインダーを通した俺の目を欺けると思うな!」
芽生がびくっと震える。
よしっ!
「あの時のお前の表情には怒りと悲しみしかなかった。俺に盗撮られる悦びなぞ欠片も感じられなかった!」
「そ、それは突然のことだったから……後でじわじわと……」
明らかに戸惑っている。
このままどんどん話をすり替えてやる。
「その後はぼこぼこの俺を見て震えていたじゃないか! 『ひ、ひ、ひいい……イ、イヤ……顔をこっちに向けないで!』と言ったのは、一字一句違わず覚えてるぞ!」
「だって……あんなの誰だって……でも体張って止めたじゃない……」
「どうして体を張った! 二葉を後ろから羽交い締めにすればいいじゃないか!」
「とっさのことで、つい飛び込んで……」
「じゃあどうして最初からそうしなかった! 芽生だって他のチアリーダー達と一緒に悦んでたじゃないか!」
「ち……ち、ちがう。わたしはそんなつもりじゃ……」
二葉が問い詰めた時と全く同じ台詞。
完全に口籠もった。
ここだ!
腹を逸らし、低くねちっこく、イヤったらしく声を張り上げる。
「ハッキリ言おう。芽生は昨日俺を助けたのは同情したからなんかじゃない。二葉の評判を落として、部員みんなの人気取りをするため。そして今は俺をたぶらかして取り込むことで、二葉の弱みを探ろうと企んでるんだろう」
前半は全て若杉先生の受け売りだけどな。
これで狙い通り。
合っていればそれでいい。
違っていれば違っていたでいい。
ただ聞いてもかわされるのがオチだが、今回は追い詰めて動揺させた後。
きっと何らかの弁解をしてくるはずだ。
芽生が唇を噛んだ。
すまし顔でもあざとく赤らめた顔でもない。
いかにも悔しげな表情で。
ビンゴか?
ならば、ここが攻め時か。
「だが生憎だったな──」
「あはははは!」
なっ!?
芽生がお腹を抱え、高笑いを始めた。
「何がおかしい」
「一樹君って案外バカじゃないんだなあって」
「バカじゃない?」
「そうよ、昨日のはその通り。わたしは『一樹ごときに優しい芽生』を演じた。そして二葉さんの評判を落として、部員達の人気をとろうとした──」
おいおい、図星つかれて全部さらけ出すとか。
負け惜しみなのか逆ギレか。
どんなに腹黒でも所詮は子供。
若杉先生が「かわいいもの」と評するのもわかる。
「──でも残念ながら、今の告白は違うわ」
「えっ?」
まずいっ! つい反応してしまった!
予想はしていた返答。
しかし芽生が同時にたたえていたのは不敵な笑み。
思わず、それに飲まれてしまった。
立場が逆転したとみたか、今度は芽生が言葉を重ねる。
まったく飾らぬ物言いで。
「もちろん一樹君を好きなわけないし応援する気もない。だけどわたしとしばらく行動をともにしてほしい。これは本当よ」
「どういうことだ?」
「イエスと言ってくれたら。そして、あなたが信用に足るとわかったら話すわ」
どれだけ上から目線だ。
頼んできてるのは芽生の方だろうに。
「信用させろと言うなら、まずは俺を信用させるのが先じゃないか?」
芽生が髪をふぁさっとかき上げる。
「そうね。言葉で信用してもらえる状況とは思わない」
台詞を聞き終える前に、芽生が飛びかかってきた。
「なっ!」
足をとられ、転ばされる。
倒れた背には体育マット。
俺は芽生に組み敷かれていた。
「だから行動で示すわ」
「ん、んんんんんんんー!」