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06 1994/11/26 sat リビング:何もおかしくない。だからおかしかった。

 風呂から上がると、ダイニングテーブルに夕食が用意されていた。


 大根おろしを添えた焼きアジ。

 筑前煮。

 キクラゲと春雨のサラダ。

 絹豆腐の冷や奴。

 味噌汁の中には大根とワカメ。


 家庭的で栄養バランスが取れていてヘルシーそう。

 偏見かもだけど高二の女の子が作る献立とは思えない。


「どうぞ。話は食べながら聞かせてもらうよ」


 味も絶品で箸が進む。

 そういえばこの世界に来て初めての食事だ。

 ううん、それだけじゃない。

 トラブル続きのこの世界で、初めて得た安らぎな気がする。


「うう……」


「何だか知らないけど、泣かないでくれない?」


 ──二葉に元の世界でのこととこの世界に来てからのことを話した。


 ただ一点、嘘を吐いた。

 それはこの世界に飛ばされたきっかけ。

 敵国のスパイに薬を打たれたのではなく、トラックに轢かれた事にした。


 二十年前は敵国による日本人拉致すら「妄言」扱いされていた時代だ。

 二葉はあくまで一般人、それも一六歳の少女にすぎない。

 例え父親から裏社会の話を聞かされていようと防衛に必要な程度だろう。

 俺のトラブルなんて生臭すぎて、現実として聞かされるには不快な話のはず。

 信じてもらえないのも困るけど、ここは信じさせたくもない。


 と言うわけで職業は話していない。

 ついでに名前・年齢その他も話していない。

 さしあたり説明するには不要だから。


 二葉がコードレスフォンを手にする。


「あたし、精神病院の救急車って本当に黄色いか見てみたかったんだ」


「それは都市伝説だから!」


「冗談だってば。そんな慌てなくても」


「からかうなよ、本気で困ってるんだから」


「わかるよ。困ってなければとっくに逃げ出してるはずだものね」


「他に──」


 頼る人もいないからこそ、こうしてお前にすがりついている。

 そう言いかけたところで、二葉が遮った。


「だからあたしが力になったげる。今からあたしとあなたは妹と兄、おっけー?」


 はい?


「いや、ちょっと待て」


「なに? アニキ」


「ニヤニヤするな! どうしてそこまで話が飛ぶ!」


「だって早く話を進めないと。まず月曜日までにやることいっぱいあるし」


「おい」


「その先のことも考えないといけないし」


「おい」


「この世界って本当はどんな世界なんだろうね、今度一緒に考えようね」


「だから! 人の話を聞け!」


「大声出さなくても聞こえてるよ」


 話を遮られたせいか明らかに不機嫌そうな顔。

 だけどあえて無視させてもらう。


「こんな得体の知れない人間が気持ち悪くないのかよ」 


「今更何を言ってるんだか。アニキがキモイのは十分すぎるほど見慣れてるけど?」


 二葉がやれやれと両手の平を上に広げる。

 しかし噛み合う様で噛み合ってない。


「そんなすぐさま『助けてあげる』なんてありえないだろ」


「アニキは困ってるんだよね?」


「困ってる」


「困ってる人が目の前にいれば助ける、人として当たり前じゃん」


「当たり前じゃない! 普通はもっと自分の損得だの身の安全だの考える!」


 困った人は見捨てる、それはスパイではなくオトナの基本だ。

 助けても得するわけじゃない。

 むしろトラブルに巻き込まれたり、何かしら責任を取らされる事もある。

 しかし何もしなければ、少なくとも法的に責められる事はない。


「じゃあアニキは、他人が困ってても助けないの?」


 二葉はきょとんとした顔で問い返してきた。


「助け──」


 ない、と言いかけたところで口を閉じる。


 そうか、二葉はまだ子供なんだ。

 余計なしがらみがないから感情を優先させて動く事ができる。

 一方の俺は大人の理屈。

 ムキになって押しつけても仕方ない。


「まあいいや。あたしは助けたいから助ける。ホントにそれだけ」


 あっけらかんと言いやがる……。


 けど、二葉がバカじゃないのはわかる。

 それどころか役者はこいつの方が上。

 何も考えずに言ってるわけではあるまい。


 どうにせよ、俺は二葉を頼るしかない。

 ここは素直に甘えよう。


「わかりました、よろしくお願いします」


「お願いされてあげましょう」


 胸を張りつつ鼻を膨らます。

 わざとらしくの上から目線が眩しく映るのは、きっとその仕草がかわいらしいからだけではない。


 まあ、俺を助ける理由はいい。


「次に聞きたい。どうして俺の話を信じてくれたんだ?」


 こちらは納得する答えを聞かせてもらう必要がある。

 まさか「まずは信じないと話が始まらない」という偽善めいた理由でもあるまい。


「信じられないし信じたくない、だけど信じざるをえないってとこ」 


「『信じられない』のはわかる。『信じたくない』とは?」 


「だってアニキの話だと、あたしは『どこかの誰かにプログラムされたお人形さん』になるんだよ」


 あ、そっか。

 見方を変えると、俺は「お前はヒトじゃない」と言ったも同然なのか。

 でも目の前の二葉はシナリオ通りにしか動けないゲームキャラじゃない。

 血が通い、思考し、感情を持った、紛れもないヒトだ。


「ごめん」


 二葉はにこやかな笑みを浮かべ、「ううん」と首を振る。


「『信じざるをえない』の説明するね。まず一樹の中身はアニキって話」


「どうしてわかった? 何かおかしかったか?」


「何もおかしくない。だからおかしかった。それが答え」


「どういうことだ?」


 二葉が二本指を立てて突きだした。

 一息の間を置いて中指を折り、人差し指だけにする。


「一つ目、一樹は謝れない人。あたし、一樹の『ごめん』なんて数年ぶりに聞いたよ」


「そんなヤツがいるわけない! 人としてありえない!」


「いるんだから仕方ないじゃん、一樹はそのありえない人なんだよ」


 一樹という時点で「ごもっとも」としか返しようがない。


「……続けて」


「リビングでは『何の冗談?』と驚いた程度。だけどトイレの時、アニキは反射的に土下座をついた。人間そこまで簡単に変われないよ」


 なるほど。

 俺が納得したのを見て取ったか、二葉が再び中指を立てる。

 

「二つ目、一樹は大の風呂嫌いで一週間に一度しか入らない。『入れ』と言って素直に入ってくれるなんて絶対にありえない」


「そんなヤツがいるわけない!」


 ホームレスじゃあるまいし。


「いるんだから仕方ないじゃん。むしろ体臭で気づこうよ」


 やはり「ごもっとも」だけど、そんなの常識が追いつくか。


「以上の論拠なら、二重人格って可能性はないか?」


「あたしに疑うメリットないじゃん。もしそうなら未来永劫そのままでいてほしいよ」


 どこまで「ごもっとも」なんだ。


「続いて、体は一樹なのを説明する。立って、後ろ向いて」


 二葉が背後に回り、首筋、右肩胛骨付け根、左の同じ所を指で突く。


「一樹って今の三点に小さいホクロがあるんだよ。恐らく本人すら知らない。どれも目立たないし、偽物を用意するとしても見落とすと思う」


「じゃあもしかして、あの風呂での奇行は……」


「そういうこと」


 二葉はどうだとばかりに鼻を高くする。

 そういうお年頃なんだろうなあ。


「納得した。てっきり好きでやってるのかと思ったよ」


「そんなわけないじゃん! あたしはどこの一八禁ゲーのヒロインよ!」


「いや、お前はまさにその一八禁ゲー、いわゆるエロゲーのキャラなんだが」


 「上級生」は全年齢版が発売されているし、ゲームの本質が恋愛にあるからギャルゲーと呼ばれる方が多いが、元々は一八禁での発売である。


「やめて! あ、あの時どれだけ恥ずかしかったか……」


 方法論としては間違ってないけどさ。


「俺の上半身を確認したかっただけだよな?」


「そうだよ?」


 動揺を狙って入浴時を狙ったとまでは穿ちすぎだったか。


「だったら、例えば夕食を部屋に持ってきて、躓いた振りしながらぶっかければいい。否応なく着替える羽目になるんだから確認だってできる」


 二葉がぽかんとする。

 そしてテーブルに頭を打ち付け始めた。


「あああああああああああ、あたしのバカ、バカ、バカ、なんてバカっ!」


 ここまでは実に聡明という印象だったんだけどな。

 真っ赤になりながら慌てふためく二葉を見てると、笑いがこみあげてきた。


「あはははは、真っ赤になった二葉ってかわいいな」


「うるさい! アニキだって現在進行形でポカしてるし!」


 二葉が目の前の夕食を指さす。


「食事の作法? 一樹は箸が使えないとか、魚を引っ繰り返して食べるとか?」


 中央官庁のお偉いさんには食事の作法を人物判断の材料とする人が多い。

 二葉はまさにそのお偉いさんの娘。

 同じ発想に至ってもおかしくない。

 もちろん俺は一通りの作法を身につけている。


 しかし答えは違った。


「キレイな食べ方してると感心したけど、そこはどうでもいい」


 はて?


 二葉が席を立ち、味噌汁の入った鍋を持ってきた。

 自身の前に並ぶ白飯、筑前煮、春雨サラダ、冷や奴、焼きアジと順々に放り込む。


 ──って! 二葉はその鍋を煽り、おたまでガツガツ流し込み始めた。


 ぷはっと息を吐く音とともに鍋が下ろされる。

 鍋の中はすっからかん。

 顔にはねこまんまがべとべとに飛び散っていた。


「はあはあ、これが一樹。『いただきます』も言わないのがポイントね」


「そんなヤツがいるわけない! どこに何をツッコめばいいんだよ!」


「いるんだから仕方ないじゃん! 何回言わせれば! これで話は終わり!」


 二葉がすっくと席を立つ。


「ねこまんまで汚れて気持ち悪いから風呂入る。夜も更けたし、続きは明日ね」


「うん、おやす──あっ! 待ってくれ、まだ今晩中に聞きたい事がある」


 ネットのことを聞いておかないと。

 それさえできれば、二葉が寝ても一人で情報を集められる。


「じゃあアニキの部屋で待ってて。風呂上がったら行くよ」


「部屋って……」


 生々しい響きを感じて言葉に詰まる。

 しかし二葉は察したか、淡々と返してきた。


「変な心配してるみたいだけどさ──」


 力こぶのポーズをしてみせる。

 長袖なので見えないけど。


「──あたし、喧嘩強いから。何かあればその体を一分で三倍に膨れあがらせてみせるよ」


 そう言い残してからリビングを後にした。


 言われてみればゲーム内でも裏付けるシーンがあったな。

 状況は忘れたけど、チャイナ服を着た二葉が格闘ゲームばりのムーンサルトキックを決めてたっけ。

 チアガールだからアクロバットは得意だし、体も鍛えてるからって話だった。

 無茶苦茶な気もするが、設定がそうなってるならきっとそうなんだろう。

 もっとも結局は反撃を受け、主人公に助けられるフラグが立つのだが。


 部屋に戻る前にテレビでも観るか。

 リビングスペースのソファーへ。

 テレビもPCモニターと同じくブラウン管。

 しかも一六対九のワイドではない。

 リモコンをポチッとな。


「本日の~カウントダウン!」


 JPOPのヒットチャートを紹介する深夜番組。

 もうこんな時間か。

 というか、この番組って二十年前からやってたんだ。


 ──あれ、この曲は?


 やっぱり。

 妹と昔観た、マジックナイトと呼ばれる少女達が異世界に召還されて活躍するアニメの主題歌だ。

 こんな上位に来るほど売れてたんだなあ。

 あの頃は「自分達もヒーローとして異世界に呼ばれたい!」と言い合ってたっけ。

 まさかキモオタでギャルゲーという曲がった方向で夢が叶えられようとはな。


 ガラステーブルの上には本日の夕刊。

 

 一面を見る。


【壊斜党の辻井首相は……】


 一九九四年だと元の世界でも三党連立政権、流れそのものは合っている。

 今ではまさに壊滅してしまったが。

 名前の違いに、やっぱりここは異世界というのを実感させられる。


 スポーツ欄。


【明日二七日開催されるG1競走ジャパンカップに出走を予定していた本年度の三冠馬ナルタブラリアンが骨折のため発走除外、有馬記念も絶望……】


 競走馬育成ゲームをやっていたから、この三冠馬はわかる。

 元の世界では三冠獲った年のジャパンカップに出走してなかったし、年末の有馬記念を制覇した。


 社会面はどうだろう。


【今年二月、静岡県で謎の覆面団体が無差別テロを目的としてサリン製造を行っていたのが発覚した事件において……】


 謎の覆面団体って何やねん。

 本来なら松本サリン事件がこの年の夏、地下鉄サリン事件が翌春。

 今年二月の検挙なら、そのどちらも起こってないし起こらない事になる。


 つまりはこういうことか。

 社会の大きな流れは元の世界と同じだが、史実と違う事もあるし起こらない事もある。

 従って元の世界の知識を利用した予知はできない。

 お金儲けして大立者になる事も、予言者としてこの世界を救う英雄となる事も、残念ながら叶わない。

 もっとも俺は単なる高校生、世界の未来がわかったところで何かできるわけもないけどな。


 さあ、部屋に上がろう。

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