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キモオタでギャルゲー、それって何の罰ゲーム!?  作者: 天満川鈴
Chapter 2 回想その1(二葉視点)
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50 1994/08/?? ??? 「あたし」の部屋:昨今の女子高生達の風紀の乱れは目に余る。そのため俺は正義の用務員となりて女子高生達を指導していたのだ。

 あたしは見つめていた。

 ただただ見つめていた。

 体中の力が抜けてしまって、そうするしかなかったから。


 洗面所で顔を洗って部屋に戻る。

 そのあたしをベッドで愛おしそうに出迎えてくれたのは、艶やかに黒光りする鎧に身を包む騎士(ナイト)様だった。

 それも一人や二人ではない、数え切れない程に大勢の黒き騎士団。

 ああ、なんて素晴らしいの。

 乙女の妄想ここに極まれり。


 そこまでぶっとんだ逃避で自らを誤魔化さなければならないほど、目の前に広がる光景は信じがたかった。

 つまり……あたしのベッドは……Gの軍勢に占拠されてしまっていた。


 えーと……これからあたしは何をすればいいの?

 頭痛がひどくて頭は朦朧としている。

 だけど、ちゃんと考えないと。


 殺虫剤を再び手にしてぶちまける?

 ホウ酸ダンゴを蒔く方が先?

 それともホイホイさん?


 ……ダメ、この強靱な軍団は全て打ち破ってしまいそう。

 だてに三億年にわたって生き延びているわけじゃない。

 その歴史の前には、自分がちっぽけなミジンコにすら思えてしまう。


 見なかった振りして外に出る?

 そうだ、そうしよう。

 これは夢、きっと夢なんだ。


 漆黒の騎士達に背を向け、そっとドアを開ける。

 その隙間から抜け出る様に外へ。

 ドアを背で閉める。

 その途端にガクンと膝が落ち、そのままへたり込んでしまう。

 ああ、どうしてあたしがこんな目に……。


 時は八月、夏真っ盛り。

 チア部の友人はカレシとプール行くって言ってたな。

 他の子は泊まりがけで旅行するから、アリバイよろしくって頼まれたり。

 今夜は出雲川で花火大会だっけ。

 もう聞くまでもなく、みんなカレシと見に行くのはわかってる。

 本日は快晴、まさに真夏日。

 プール日和の避暑日和の祭り日和。

 みんな夏休みを力一杯謳歌するんだろうなあ。


 一方のあたしときたら、牛のアレを一気食いしてベッドで寝込み、カレシの代わりにG様から頬を撫でられる始末。

 挙げ句そのG様にベッドまで占拠されてしまうだなんて。

 この違いはいったい何?

 どこまでひどい、あたしの夏休み……。


 挫けてる場合じゃない。

 頑張れ、二葉。

 現実に立ち向かうんだ、二葉。


 去年もひどかったけど、今年はもっとひどい。

 あんな軍勢を個々撃破しようとしてもダメ、一気に殲滅しないと。

 だとしたらバルサンかな。

 大元から一気に叩き潰せるし。


 ──大元?


 そうだ。

 大元は全部アニキのせいだ。

 「誰々のせい」、そんな言い方は好きじゃない。

 だけどこればかりはアニキのせい以外の何だと言うの?


 あたしが寝込むハメになったのも、元を辿ればアニキが「イカ星人」なせい。

 アニキが理不尽に外見だけでバカにされてるなら、あたしだって血を分けた妹。

 心無い人達に怒りようも噛みつきようもある。

 だけどアニキは風呂にすら入らない。

 現実に異臭を放ってるし、注意しても聞く耳持たないのだからどうしようもない。


 Gの大群に至っては、それこそ隣の部屋がヤツらの根城。

 ヒトの髪の毛はG様の大好物。

 アニキはぼさぼさの長い髪。

 それを撒き散らかして掃除しないんだからGも喜んで住み着こうというもの。

 お盆で母さん帰ってきたとき、アニキの部屋を掃除したばかりなんだけどな。

 やっぱりバルサン炊かなければダメってことか。


 とにかく!

 今日という今日は堪忍袋も限界。

 徹底的に駆除させていただきます。

 気力を振り絞って立ち上がり、隣室のドアをノックする。


 ……返事がない。


 ピコピコとFM音源の音が鳴ってるから部屋にいるはずなんだけど。

 大体、どうしてアニキが98独り占めすんのよ。

 あたしだってお姫様作るゲームとか面白そうだからやってみたいのに。


 もう!

 ますます頭に来た!


「アニキ! 開けるよ!」


 ──うっ!


 ドアを開けた瞬間、もわっと湿った空気が襲いかかってきた。

 それとともに、とんでもない臭気が鼻をつく。

 この臭いは一体何?

 アニキがいつも纏っている腐った雑巾みたいな臭いではあるんだけど……。

 それだけじゃない。

 明らかに異臭が混じってる。


 瞑ってしまいそうになる目を必死に開ける。

 雨戸が閉められ照明の消された部屋。

 モニターの明かり越しにアニキの影が映る。

 モニターに向いていた頭が動き出す。

 まるで人形みたいにギギっと音を立てる。

 そう錯覚するくらい、不自然にゆっくりと動いた。


「見ぃ~た~なぁ~」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 こ、こ、怖い。

 この自宅にありながらホラーとしか呼べない空間は何!?。

 薄明かりに浮かぶアニキの表情は、今にも女性を襲って喰らわんとせんばかり。

 その猟奇的な笑みにすっかり呑まれてしまっていた。

 あ……あたしは妹だから大丈夫だよね?

 本気でそんなことを祈ってしまうくらいに。


「我が尊き作業を中断させておいて叫び声はないだろう」


「何をわけわかんないこと言ってるの。明かりくらいつけなさいよ」


 あたしは廊下にぺたんとへたりこんでしまっていた。

 立ち上がり、ドア脇に手を差し入れて明かりをつける。


 ああ……部屋中に広がるゴミ、ゴミ、ゴミ。

 そのゴミの海の向こうでは、アニキがどっかと足を広げながら鎮座していた。

 その格好はトランクス一枚。

 まさに裸の王様。

 ぶよぶよの胸にたぷんたぷんとしたお腹。

 見慣れたあたしですら、これはヒトと思えない。

 グラム一円でも売れそうにない肉塊だ。


「やぁ、二葉」


 目の前の肉塊が飴玉を咥えた様なほっぺたを揺らしながらぐふぐふと笑う。


「『やぁ』じゃない! 何を見られて困ることやってんのよ!」


「指導だ」


「はあ?」


「昨今の女子高生達の風紀の乱れは目に余る。そのため俺は正義の用務員となりて女子高生達を指導していたのだ」


 あー、はいはい。

 要するに今やってた一八禁ゲーの話ね。

 恐らくちょうど画面に映る、無精ヒゲで肩にタオルを掛けたジャージ姿の男が、その正義の用務員なのだろう。

 用務員は卑しげな笑みを浮かべながらナイフを握っている。


「どこからどう見ても正義な人には見えませんけど。あたしの目がおかしいのかな?」


「俺が全力で感情移入できる時点で正義の味方だ」


 アニキがふてぶてしく答える。

 イヤミにも全く動じやしない。


「お願いだから、こんなコンプレックス全開そうな犯罪者っぽい人に感情移入するのはやめて!」


「二葉だって感情移入できるはずだぞ」


「はあ?」


「夕べ、『こんな病人にアリバイ押しつけるなんて、由美のヤツは旅行先で孕んでしまえばいい!』と叫びながら電話の受話器を叩きつけてたのは誰だ?」


「ぐっ」


 どうしてこの男はつまらないとこばかりよく見てる。

 しかも他人をイラっとさせることにかけては口が回る。


「お前の所属するチア部にしたって、処女はお前と芽生だけ。そんな乱れきった部活に身を置きながら女子高生の性が乱れてないとは言わせんぞ」


「大きなお世話よ!」


 ──って、あたしと芽生だけ?


 そんなはずはない。

 あたしはそうだが芽生は違う。

 だからこそ、あたしを乳臭いだのなんだのといつも小馬鹿にしてくれるのに。

 表向きはにこにこしながら受け流しているけど、心の底ではいつも絞め殺したい衝動にかられる。

 芽生は男からすると清楚な女神様に見えるんだろうからそう思うのかもだけど。

 しかも芽生のカレシは、金ちゃんと張り合うナンパ野郎の華小路。

 あんな男と付き合ってて処女であろうはずがない。


 ……そんなことはどうでもいい。

 危うく、煙に巻かれるところだった。


「ねえアニキ。そんな一八禁ゲーにはまりこむとか、本気で新聞の三面記事にアニキの名前を踊らすつもり?」


 アニキがふんと鼻を鳴らす。

 その下唇を上につきだした偉そうな顔は何?


「バカだなあ、二葉は」


「はあ?」


「現実は現実、エロゲーはエロゲー。俺は三次な女に興味ないし、こんなの現実にやったら犯罪じゃないか」


「あ、あ、あ、アニキが言うなぁああ! 盗撮を生業にしてるのはどこの誰よ!」


「ぐふっ、ぐふっ、ぐふっ、ぐふっ」


 アニキが口を抑えながら、上目がちに嘲った視線を投げてくる。


「な、な、何よ」


「バカだなあ、二葉は」


「はあ?」


「俺の盗撮は犯罪ではない、芸術活動だ。なぜならば──」


「くだらん講釈なぞ聞く耳持たん!」


「そんなに怒ると、釣り目がもっと釣り上がって見られたものじゃないぞ」


「アニキだって痩せれば同じ顔でしょうが!」


「お前なんかと一緒にするな。俺の顔はもっと美しい。そう、ニンフちゃんから全身全霊の愛情を込めた黄金色のラブシャワーを浴びせてもらえるくらいに」


 何を言っているのか、まるで理解できない。

 だけど「もっと美しい」の部分はあながちウソでもない。


 中等部に入った頃のアニキはまだ痩せていた。

 女のあたしが男装しても同性から変に騒がれるくらい。

 元々オトコなアニキは、ほんのわずかな間ではあるけど、学園の女の子達から「薄幸の美少年」扱いされていた。

 その頃のアニキはまるで生気を失ってしまっていたけど、それがかえって物静かに映るらしかった。

 男子から仲間外れにされてても、女子までそうとは限らない。

 あたしの元には「お兄さん紹介して」という子も何人かいた。

 恥ずかしいやら、自分で告ればいいのにやら、その他複雑な感情が渦巻いたので、アニキに評判を教えることも紹介することもなかったけど。

 もしそうしていれば現在はこんな風になってなかったのだろうか。

 そう思うと悔やんで悔やみきれない。


 ──って!


「あたしの前で股間を掻くのはやめて!」


「よく見ろ、股間じゃなくて太腿の付け根だ。じくじくするし、痒くてたまらん」


 それってイン──いや、何でもない。

 自分の脳内でもあまり口にしたくない言葉だ。


「夏場にお風呂入らなければ痒くもなるでしょ」


「バカだなあ、二葉は」


「はあ?」


 またですかい。

 今度は何を言い出すんだろ?


「風呂には今ちゃんと入っているじゃないか。こんな真夏日にカーテン締め切ってエアコン切れば、俺の部屋は天然サウナだ」


 アニキの頭はまるでバケツを上から被ったみたいに髪の毛はびしょびしょ。

 長く洗ってないせいか、天使の輪とは程遠い油っぽいツヤがてらてら輝いている。

 部屋の中で洗髪までしてくれるのなら、あたしも入浴と認めてあげなくもないけど。


 ったく、ああ言えばこう言う。

 こんなくだらない言い訳にばかり頭を使うから、一学期の期末で英語以外全科目赤点とって廊下に名前張り出されるんだ。

 そんな生徒はアニキの他にいなかった。

 学年中で笑い物になってたけど、仕方ないと思う。


 なぜならA組以外のテストは、英語を除けば異様なほど簡単に作られている。

 それも全科目五択のマークシート。

 教科書とノートさえ読んでおけば赤点はまずありえない。

 せいぜいが体調不良、マークミス、あるいは帰国子女の現国や古文くらい。

 この方針は生徒に有力者の子弟が多いため落伍者を出すわけにいかないから。

 そして、受験科目以外を勉強させるのは時間のムダと割り切っているから。

 学園側がここまで気を使ってくれているのに赤点なんて、勉強しないにも程がある。


 もっとも、今はそれを説教している場合ではない。


「別に天然サウナにしたくてエアコン切ってるわけじゃないんだよね?」


「もちろんだとも。これはダイエットだ」


「ダイエットぉ?」


 またなんか始めたわけ?

 こないだはゆで卵ばかり食べて、そのあばた顔がますますひどくなったよね?

 しかも「ゆで卵は摂取カロリーよりも消化に使う消費カロリーの方が大きいから食べれば食べるほど痩せる」とか言って、逆に体重増えてたし。


「これなら指導しながらでも、汗が流れて勝手に痩せる。ああ、これぞ天才の発想。二葉みたいなバカには一生思いつくまい」


 「他人をバカと言う人がバカ」。

 ふと、あたしの脳裏にこの言葉が浮かんだ。

 おっしゃる通り、あたしには一生思いつくまいよ。

 まさにバカバカしすぎて。


 これ以上アニキの屁理屈に付き合ってられない。

 服とか柔らかそうなモノの上を選んで踏みつけ部屋の奥へ。

 雨戸を開けて窓を全開にする。


「うぁあああ! 灰になるぅうううう! 青い爪を植えられれるぅうううう!」


 今度は何のマンガなんだろう?

 灰になるっていうから吸血鬼っぽいけど。

 アニキがこうして何かのキャラクターになりきっているのを、平然と眺めてしまっている自分が怖い。

 慣れって恐ろしいなあ。


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