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04 1994/11/26 sat 自宅前:アニキなんて一度も兄と思った事はない!

 ようやく表札に【渡会】と書かれた家を見つけた。

 立派な一軒家の門をくぐる。

 キーケースの鍵を扉の鍵穴に差し込む、捻る……カチャリと音が鳴った。


 玄関を上がって廊下を通ってリビングへ。

 曇りガラスの扉越しに物音。

 誰かいるのか?

 人と会うのはもっと設定を思い出してからにしたかったけど仕方ない。

 覚悟を決めよう。


「ただいま」


 ──ヒュンという音、何かが頬を掠めた。


 背後からコツンと弾む様な軽い落下音、続くボーイズソプラノな声。


「それ以上近づかないで」


 視線の先にいたのは少年ではなく、少女だった。

 まるでダーツのフィニッシュを決めたかの様なポーズで俺を睨み付けている。


 少女の服装は出雲学園高等部の制服。

 ベージュのジャケットに青のリボンタイ、黒のスカート。

 スカートを短く詰めた着こなしは今時の女子高生と変わらない。


「いきなり何しやがる!」


「黙れ。口を開くな。アニキ菌が部屋に飛び散る」


 静かながらも聞くに耐えない罵詈雑言、お前は一体何様だ。

 そもそも「何様」以前に「何者」だ。


 いや、今「アニキ菌」って言ったよな……そうだ!

 一樹には妹がいた!

 それも「何故この兄にこの妹?」と思ってしまう可愛い妹が。


 名前は「二葉」。

 一樹と双子の高校二年生で「上級生」のヒロインの一人。


 くっきりとした二重まぶたが釣り気味に縁取る目は、真っ直ぐ伸びた鼻梁と合わせて、そのままに気性を物語ってそう。

 全体としても一本芯を貫く引き締まった顔立ちをしている。

 髪は耳を出し、軽くうなじに掛かる程度のショートボブ。

 一見するとボーイッシュ。

 しかし瞼の上からフェイスラインをなぞる様に作られた前髪が、実に巧く少女らしさを強調している。

 そこに陽光が照らし出すほんのりとした青みが相まって、どこか危うげながらも不思議と釣り合う独特の雰囲気を醸し出していた。


 こつん、とつま先に何かが当たる。

 さっき飛んできた物らしく、細長いパイプ棒の両端にカバーが付いている。


 拾った──瞬間、すごい勢いでひったくられた。


「早く消毒しないと。せっかくバトン、新調したばかりなのに」


 背を向けて、チアリーダーさながらくるくる回して歩いていく。

 いや「さながら」ではない、これも思い出した。

 二葉はチア部所属の本物のチアリーダーだ。


 きびきびした動作が小気味よい。

 加えて姿勢もよく、颯爽としている。

 一五五センチくらいの背がもっと高く見えるのはそのためだろう。


 ……けど、そんなことどうでもいい。


「そんなこと言うくらいなら、投げつけてくるなよ」


「ちゃんと当たらない様に投げたけど?」


「それ以前の問題だ。例え兄でも礼儀というものがあるだろう」


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい! 犯罪者予備軍が偉そうに礼儀を口にするな! アニキなんて一度も兄と思った事はない!」


 しっかり「アニキ」と呼んでるじゃないか。

 でも二葉の態度は冗談やポーズ、ましてや照れの類ではない。

 目には汚らしい虫でも見る様な蔑みが浮かび、明らかに激しい嫌悪を示している。

 一体どうしたんだろう。

 この二人の間には何かあったのか?

 他の女の子ならまだしも肉親、実の妹だぞ?


 まあいい。早く頭と体を休めたい。

 もう会話を打ち切って自室に行こう。


「わかったよ、ごめん」


                ※※※


 二階に上がると二つ部屋が並んでいた。

 手前の部屋のドアノブには鍵が掛かっていたので、もう一方の部屋へ。

 目に入ったのは、ニンフのギャルゲーに登場する歴代ヒロインのポスター。

 こちらの部屋で間違いない。


 部屋を見渡す。


 本棚にベッドに机にクローゼットに押入のありふれた洋間。

 全体にすっきり片付いている。

 キモオタとくれば腐海のイメージなだけに少々意外だ。


 でも主人公が一樹の家に来た時もきれいだったっけ。

 プレイヤーにすればギャルゲーで汚い部屋の画なんて見たくない。

 だから一樹含めて全てのキャラの部屋はきれいという設定になるのだろう。


 机の上にはパソコン。

 俗に「98」と呼ばれている代物で、俺も父のお古を持っていた。

 ブラウン管のディスプレイと無駄に巨大なプリンタがレトロすぎて涙を誘う。


 電源を入れてみる。

 〔ピポッ〕と音が鳴り、OS選択の画面が表示される。


【1:MS-DOS6.2 2:Windows3.1】


 なっつっかっしいぃぃぃぃぃぃ。

 ああ、なんてノスタルジック。


 【2】を選択してENTER。

 3.1って95の前だっけ。

 何にしてもGUIなWindowsの方がCUIのDOSよりは楽なはず。


 水色の枠に囲まれたWindowsマークの起動ロゴが流れ……起動した。

 触ってみた感じ、基本部分は現在のWindowsとさして変わらない。

 これなら何とか使えそうだ。


 早速インターネットを見よう。

 一九九四年だと、俺は小学校に上がるか上がらないか。

 当時の知識も記憶もないから情報を仕入れたい。

 さっきの交番みたいなアクシデントは避けて通らなくては。


 あれ? ブラウザがない。

 【プログラムマネージャー】と書かれたウィンドウ内には系列ごとにグループがまとめられている。

 しかしインターネット関係のものは見当たらない。


 仕方ない、二葉に教えてもらおう。

 あの調子では口を利いてくれるかすら怪しいけどな。


                     ※※※


 部屋を出たところで何やら突然もよおした。

 暖房の効いた部屋から出て急に冷えたせいか。

 やばい、階段を駆け下りる。


 トイレはここか。

 ノブを回す。

 ドアを開ける。

 ゴトリと音がする。


 ──ゴトリ?


 異様な落下音に気づいた時、眼前にはそれ以上に異様な光景が映っていた。

 つんつるりんとしか形容しようがない空間。

 両脇に見えるのは、紛れもなくヒトの太腿。

 恐る恐る顔を上げる──固まった。

 相対した二葉は既に固まっていた。


「出てけえええええええええ、このド変態いいいいいいいいいいいいいいいい!」


 慌ててドアを閉める。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。わざとじゃない!」


「いいから早く離れて!」


 ……やっちまった、なんてことしてしまったんだ。


 不可抗力とは言え、これじゃ本物の変態、いや犯罪者じゃないか。

 「アニキ菌」呼ばわりされても当然じゃないか。

 ああ、俺のバカバカバカ。

 気づくと、頭を壁に繰り返し打ち付けていた。


「何やってるの?」


 背後から二葉の声。

 すぐさま跪き、土下座する。


「ごめんなさい、本当にわざとじゃないんです。何でも気の済むままに」


 二葉は無言。

 一方で立ち去る気配もない。

 沈黙が流れる、ただひたすらに流れる。


 もしかして生殺し?

 もういっそ、この下げた頭を足で踏みつぶして下さい。

 そう思いかけた頃、ようやく頭上から声が聞こえてきた。


「わかってる。仕方ないよ」


 え? 思わぬ言葉に顔を上げる。

 長袖Tシャツにスパッツと部屋着の二葉。

 その右手には壊れたドアノブがあった。


 二葉は呆れた顔をしながら言葉を繋ぐ。


「何がどうなったらこんな壊れ方するのかわからないけどさ、さすがにドアノブごと壊れるなんて想像もしないでしょ」


 そんな事ありうるのか? さすがはギャルゲーの世界。


「業者さんにはあたしが連絡しとく。まったく……こないだ直したばかりなのに」


「つまり許してくれるという事でよろしいのでしょうか」


「うん。だけど今度からはちゃんとノックしてね」


 こくこく頷いて恭順を示す。


 二葉は踵を返し、ドアノブをポンポン放りながらリビングへ入っていった。

 なんか、あまり気にしてない様子だ。

 年頃の女の子なら自殺モノの羞恥なはず。

 もっと怒って当然と思うんだけど。

 ギャルゲーの世界だし、こんなものなのかな?


 ……って、俺も用を足さないと。

 ネットについて聞くのは、また後にしよう。


                ※※※


 再び自室に戻ると部屋の中は薄暗くなっていた。

 もう一七時か、室内灯を点ける。


 さて、部屋を漁って、一樹というキャラを把握しよう。


 まずは本棚。

 一段目に並ぶ本のタイトルはと。


 【盗撮入門】

 【赤外線カメラで君も今日から透視能力者】

 【あっと驚く隠しカメラの作り方】

 【スパイに学ぶ隠し撮りのテクニック】……。


 ──はっ、いけない。

 すっかり固まってしまっていた。


 そうだった。

 一樹の特技かつ趣味は盗撮だった。

 ずらりと並ぶ盗撮絡みの本、もう「ドン引き」とかそんな言葉では表現できない。

 とりあえず四冊目の著者については同業としてケリを入れたい。


 二段目に移ろう。


 【ミクロ経済学】

 【マクロ経済学】

 【国際経済学】

 【財政学入門】……。


 そんなわけがない。

 中を開いてタイトルを確認する。


 【愛兄妹】

 【禁断の級友】

 【闘姉都市】

 【ドラゴンマダム】……。


 ──はっ、いけない。

 すっかり固まってしまっていた。


 多岐のジャンルに渡る一八禁コミック。

 シンプルなタイトルに時代を感じる。

 これだけ幅広い趣味ながらロリ系が一冊もないのはせめてもの救いか。


 三段目はどうだ。


 【私達はこうやっていじめから脱出した】

 【黒魔術入門】

 【六法全書】

 【法に触れないリベンジその1】

 【嫌いな奴を社会的に抹殺する方法】……。


 一冊目だけはまともだ。

 しかし二冊目はなんなんだ?

 多分いじめに関係してるんだろうけど。

 なぜかこの段の六法全書は中身も本物。

 かえって背筋に冷たいものを感じる。


 嫌な予感しかしないが四段目。


 【友達の作り方】

 【もてるための会話術】

 【これが定番デートスポット】

 【本音でぶった斬る飲食店ガイド】

 【楽して痩せるダイエット】……。


 固まりはしない、代わりに涙が溢れて止まらない。

 友達作りたいなら、彼女作りたいなら、まず盗撮を止めようよ。

 それと痩せたければ、まず食べることをやめようよ。


 よくまあ、これだけドン引きできる設定を思いついたものだ。

 まさに二葉の言う通り犯罪者予備軍じゃないか。

 いや予備軍ではなく盗撮犯そのものなのだが。

 さっき思い出したイベントは、まさにその一つだし。


 まだ他にもイベントあったと思うんだけど、どんなの撮ってたんだっけ。

 確かめてみよう。

 机を調べてみると、右側の三段並びの引き出しに鍵が掛かっている。

 写真はきっとこの中だ。


 しかし鍵が見あたらない。

 キーケースの鍵はどれも合わない。

 左側の長引き出しにも財布にもない。


 パスケースはどうか。

 カード類を全部取り出してみるも、やっぱりない。

 中身を戻そう──とした時、一枚の写真が目に止まった。


 海水浴での写真らしく、水着姿の少年少女が腕を組んで笑っている。

 きっと幼少時の一樹と二葉だ。

 但し写真の中の一樹は痩せていて、二葉の髪は長い。

 この頃はまだ兄妹仲良かったんだな。

 

 引き出しは一旦諦めるとして、次はクローゼットだ。

 この恥ずかしいニンフトレーナーを早く着替えたい。


 一段目の引き出しを開ける。


 【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】


 引き出しを閉める。

 そして、もう一回ゆっくりと開ける。


 【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】


 俺の見間違いと思ったが、そうじゃなかった。

 どうしてニンフトレーナーばかり詰まっているんだ。

 でも下の段は違うだろう。


 【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】


 そんなわけがない! さらに下の段。


 【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】、【Nymph】


 どうしてニンフトレーナーしかないんだ!

 ありえない!

 ゲーム世界なら何でもありうるけど、それでも絶対ありえない!

 はあ……溜息をつきつつベッドに倒れる。


 ──ノック音、ドアの向こうから二葉の声。


「お風呂湧いたから入って」


 風呂か、頭を休めるにはちょうどいい。


「それと母さんから『帰り遅くなる』って電話あった。だから夕飯はあたしが作るね」


「わかった」

【後書き】

MS-DOS, および Windows は、米国 Microsoft Corporation の、米国およびその他の国における登録商標または商標です。

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