20 1994/11/27 sun 占いジジイの館:助けられたら御礼をするのがカザフ魂じゃろう
到着したのは近辺の風情に合った二階建の一軒家。
木製のドアの横には【占いジジイの館】と表札が掛けられていた。
「んじゃここまででいいな、俺達は帰るぞ」
「まあ寄ってお茶でも飲んでいけ。御礼もしたいしのう」
「やかましい! 二葉にあんなことを言っておいて!」
「そこじゃ」
イジラッシの口調がどっしり重くなった。
「どこだよ」
「そういうボケはいらん。ヌシらは何か事情を抱えておるじゃろ」
ここで迂闊な返事はできないな……。
「なぜそう思う」
「わしの話なぞ普通は十中八九ホラとしか思わん。だからわしも普段は嘘をつく。たま~に当たる程度の易者を演じての」
「そうしなければ間違いなく当局から拘束を受けるからな」
実際にKGBから軟禁状態にされてたわけだし。
「ただこのギョールの場合は未来が突飛すぎたし、本当の事を話しても洒落で済むと思ったんじゃ。まさか信じるとは思わなかった」
「あ、そうか」
大噴水という言葉からすぐにおしっこを連想するかがまず疑問。
仮に連想できたとしても、怒るか軽蔑するのが自然な反応だろう。
泣くのはショックを受けたから、それは話を信じたからに他ならない。
そしてこんな与太話を信じるからには、俺達にその根拠がある。
「わかったようじゃの。ギョールの反応は普通に見えるが、実はおかしいんじゃよ」
「それならそうと早く言え!」
「まあ寄っていけ、何かの役には立てるかもしれん」
※※※
「ミハイル、帰ったぞ~」
「パーパ、おかえり。その人達は?」
イジラッシの声とともにミハイルと呼ばれた息子が出てきた。
ミハイルさんは体格よく姿勢が伸びている……軍人?
いや、この胡散臭いくらいに柔らかい目からすると同業だな。
話を総合すればイジラッシは監視されていたと言っても旧KGBの人間となる。
それなら息子も情報部員なのは十分考えられる。
正確にはKGBが改組されたカザフ情報部の人間か。
もっともカザフは敵国ではないし、今の俺には関係ない。
「駅前でぎっくり腰が再発してのう、この二人に助けられたんじゃよ。と言うわけで、お茶でも出してやってくれ」
「パーパ、でも……」
当たり前だ、スパイは仕事関係以外の人間と極力接したくない。
無駄に口を滑らせる機会を増やすだけだから。
「わしの事は既に話しておる」
「何て事を!」
「秘密を抱えさせられれば話したくなるのは人の性じゃ」
情報部員失格な台詞を平然と言ってのけやがった。
もっとも同業としてイジラッシの気持はよくわかる。
まさに王様の耳は何とやらだから。
「まあそうですけど」
「それにこの子らは訳ありの様なんじゃ。助けられたら御礼をするのがカザフ魂じゃろう」
「わかりました、ではどうぞ」
──居間にあがり、勧められるままコタツに入る。
居間は六畳程度の和室にコタツ。
その上にはミカン。
すっかり冬の佇まい。
他の家具はテレビくらい。
もう荷物を処分したのだろう。
テレビの上には焼酎の瓶。
中には小銭がぎっしりと詰まっている。
ありがちだが、カザフスタンにもそういった習慣があるのだろうか?
ミハイルさんからお茶を差し出される。
折り目正しい動作に好感が持てる。
お茶を入れ終わったミハイルさんもコタツに入る。
四人が押し黙ったまま、ずずっとお茶をすする。
気まずいとでも思ったか、二葉が口を開いた。
「このお茶美味しいですね」
「来客用の玉露じゃ。明日には祖国じゃし、使い切ってしまわんとのう」
「ミハイルさんも日本語がお上手ですよね」
「ありがとう、家だと日本語ばかりだったからさ」
「妻がわしの日本語教師じゃったからのう」
二葉が無難な話題で会話をつなげていく。
しかしイジラッシは無理矢理この流れを打ち切った。
「わしもこのまま若いギョールときゃっきゃうふふしたいのは山々なんじゃがの。ヌシ達の聞きたいのはそんなことじゃあるまい」
そうだな、時間は限られている。
二葉が寄越した目線に頷きで応える。
「では伺います。まずイジラッシさんに見えたあたしの相手候補は何人ですか?」
──ん?
「なぜ金之助と一樹の他にいるとわかった」
思わず聞いてしまう。
確かにもう一人いるのだが。
「『どいつ』とか『一人』って言ってたから。二人なら『どちら』とか『片方』って言いそうだもの」
それなら隠す必要のなくなった今となっては話が早い。
このままイジラッシに語ってもらおう。
「兄さんと前髪が目にかかった男と銀髪を後ろで束ねたキザたらしい男の三人じゃ」
「うげ、華小路ですか……」
「やっぱ嫌いなの?」
華小路は顔が良く、スタイルがいい金之助のライバルキャラ。
運動神経も抜群で、テニスでは一年にしてインターハイを優勝している。
しかも家は旧財閥本家の流れを引く名門の大金持ち。
当然女にももてる。
「だってナルシストでキモイもん。でもどうして華小路が……」
しかしヒロインの多くが華小路には興味を持たない、あるいは嫌っている。
一言でまとめると「質の金之助、量の華小路」というのがプレイした時の印象。
もっともこれはギャルゲーにおけるライバルキャラのお約束だろう。
「後から俺が話す。イジラッシもそこまではわからないだろ?」
「うむ。わしに見えるのは結果だけじゃからのう」
「じゃあイジラッシさん。その結果はどんな風に見えてるの?」
「円グラフみたいな感じじゃ。候補、そして結ばれる確率が領域の大きさで示されとる。もっともそれらは同時に成立する可能性もあるがの」
「あたしとその人達が結ばれる確率は?」
「圧倒的に目を隠した男じゃ。他の二人は同じくらい。誰とも結ばれないという可能性もわずかに残っとる」
二葉の表情が一気に緩む、同時に俺も安心する。
これでフラグ回避が可能というお墨付きを得た。
しかも二葉には後で話す事になるだろうが、二葉と三人のENDは排他。
同時に成立することはないから、一人ずつ丁寧にフラグを潰していけば済む。
「じゃあアニキのも見てもらえますか」
イジラッシが口を結んで表情を険しくする。
「それが……これこそ言ってもいいものか……」
いきなり歯切れが悪くなった。
「構わないから言ってくれ。どんな事実であろうと俺は知りたい」
イジラッシは頷いてからお茶をすする。
そして湯飲みをコタツに置いてから訥々と話し始めた。
「見えんのじゃ……その大部分がの……」
はあ? 意味がよく飲み込めない。
戸惑う俺に変わって二葉が代わりに聞く。
「具体的にはどういうことですか?」
「まずヌシと結ばれる可能性がヌシと同じくらいある。それは見える」
二葉で見えるなら俺でも見えないとおかしいからな。
一樹のENDも排他的だから、確率は二葉と互いに同じのはず。
「そしてもう一人おるんじゃが、領域が小さすぎて具体的にわからん。わしの目にはただの光の線にしか見えん」
それだけ確率が低いということか。
しかし俺にはそのヒロインがわかるし、光の線というのも納得がいく。
なんせ彼女はMAPフィールド上の特定ポイントを特定時刻に通過しないと発見できないレアキャラだから。
今度は俺から問う。
「光の線の該当人物はわかるからいいよ。残りを教えてくれ」
「それが……文字通り見えんのじゃ……こんなのはわしも初めてでのう……」
イジラッシが弱々しげに呟く。
二葉はそんな彼を慮ってか、優しげに問うた。
「見えないというのは、アニキが死ぬとかじゃないんですか?」
「その場合は花の咲き乱れた楽園にいるのが見えるよ。あの世が実際にそうなのかは知らんがの」
どの宗教観でもそこは大体共通しているしなあ。
「じゃあどういうこと?」
「だからわからんと。次はわしの聞く番じゃ、どうしてオヌシらは自分の未来を知っておる?」
果たして本当に話していいものか、この期に及んでも迷ってしまう。
二葉に目を向けると、こくりと頷いてきた。
そうだな、話したところで俺達に失うものはない。
ここは目の前のチャンスを最大限に活かそう。
「実はさ……」
イジラッシにこれまでの事を話し終える。
ただし、二葉についたのと同じ嘘を交えながら。
「事情はわかった。それでわしが『占いジジイ』ってわけか」
「まさか予知能力者が本当にいるとは思わなかったけどな」
「お互い様じゃ。話だけ聞けば、この世界はオヌシにとって夢か三途の川で辻褄会いそうなんじゃが……見えないというのはおかしいのう。何か隠しとらんか?」
ギクリとする。
話題を変えて話をそらそう。
「いや別に? 一応聞くが、イジラッシは時間を進めたり戻したりってできないよな」
金之助が全員の攻略に失敗した場合、振り出しに戻すのは占いジジイの役目である。
また、攻略を一人に絞ってる場合などは無駄な時間ができるので、頼めば時計の針を進めてくれたりする。
「そんなもんできたら、わしは今頃ここにおらん」
「そりゃそうだな」
そんなのあったら予知能力どころじゃない、そいつ個人で世界を征服できる。
占いジジイの能力は「上級生」とこの世界で異なる。
これで「上級生」の世界そのものでないことは明らかになったか。
そのものならイジラッシがゲーム期間中に帰国するというのもありえないしな。
限りなく「上級生」の世界に似てはいるが違う世界。
その中で「上級生」と同じ事象が生じている。
つまり二葉の推測で正解に近かったのだろう。
──イジラッシは何かを思い出した様に柏手を打った。
「ああでも似た事はできるぞ」
「えっ!?」
「ほれ!」
掛け声とともに、イジラッシがパンっと目の前で手を叩いた。
「ヌシは今から眠りに落ちる」




