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カゼノナイアサ  作者: カシン
カゼノナイアサ
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カゼノナイアサ

「あらっ、地球君、停止したんかい?」


いつも虚ろがちな目が、餌を探す鳩のようにキョロキョロと周りを見渡す。


その日の朝は、まるで時が止まったかのようにカゼが吹いていなかった。

ここ一週間カゼが強い日が続いており時間が止まったようで、別の世界を見ているような、不思議な感覚。

自転車で毎日通る土手の左側に並び立っている桜の花びらたちも、カゼに煽られることもなく人々の目を楽しませていた。



「カゼが無い方が走りやすいわな」



強いカゼに立ち向かいながら自転車を漕ぐ気持ちでいたので、なんだか拍子抜けした気分だ。


私の心の中もここ2〜3年、言ってみれば“無風状態”だ。

仕事にしてもプライベートにしても、何をしてもうまくいかず鬱積した気持ちだけが覆い尽くしている。


理由はなんとなくわかってはいる。


そのうまくいかない理由を、他人のせいにしている精神的甘さだ。決して自身のしてきたことを振り返らない。

面倒だと感じるからだ。



それはそうだ。

振り返らない方が人生楽である。

振り返らない方が考える手間が省ける。

煩わしいから振り返らない。

挙げたらキリがない。まだまだ出てくる。

でも振り返るのが面倒だからやめておく。



しかし一方で振り返らない自分がヤバイともどこかで感じているのは確かだ。


変えたい。

自分を変えたい。

冴えない自分を変えたい。

35才になるが、陳腐な「綺麗ごと」を頭の中で並べては自身を変えていくイメージをもがき苦しみながら考えている。


しかしどうやったら変えらるかわからない。

今までの人生、与えられてきたこと、目の前に出されているものを、特に考えもせずにただただ消化しているだけ。

思考する、自分で考えるということを怠けていたツケがいまになってボディブローのように効いている。


そんなやるせない気持ち、無風な心を抱えてカゼノナイアサを漕いで行く。










翌朝。


いつも母・喜代子に声をかけられる前に起きる努力をしている。

頼りない息子ではあるのは間違いないが、この年になって親と同居している「親の脛を齧っている」という厳然たる事実が嫌なのである。



「淳平、時間だけど大丈夫なの?」



私に気を遣うように声をかけては、今日も母は私を起こした。

35才の息子を起こすその気持ちは如何ばかりか。聞いてみたい気持ちはあるが、きっとお互い情けくなってココロが泣けてくるのがわかるからやめておく。


茶の間に降りると、夜勤明けから帰宅したばかりの父・和雄が日本酒を飲んでいた。




「おっ、淳、起きたか。おはよう。」




赤い顔でこちらの顔を覗きこんでくる。テーブルの上には飲み干された瓶ビールが一本。

父は私と正反対に、母に起こされることもなく朝刊が届いたらすぐに郵便受けに取りに行く。真面目かと思いきや、休みの日は日照酒をする無類の酒好きだ。



私は酒を飲んでいる父の姿があまり好きではなかった。

酔いが周ると呂律が回らなくなりみっともなくなる。また飲み過ぎからか、胃癌を患ってからは入退院を繰り返すようになり、その世話をする母が不憫に見えるからだ。思い描いていた理想の父親像とかけ離れるばかり。

そんな父を横目に、かき込むように出来るだけ早く朝食を済ませて、出勤の準備をするため二階の部屋に上がる。



「ニャー」



リンがベッドの上で気持ちよさそうに寝ていた。餌を食べたあとだけに尚更なのだろう。


精神的に辛い時、カレのお腹に頭を寄っかける。カレとしたら迷惑かもしれない。

いや、実際寄っかかっているときには、決まって目を細くし明らかに迷惑そうな顔をする。


「すまんな。でもこうさせておくれよ。色々あるんだよ」


なんて言いながら頭もそして気持ちごと寄りかかる。癒しという言葉だけでは片付けられない存在。

朝日を浴びながら寝ているリンを眺めつつテレビの時間を見ながら着替えていると、近づいてきた音に気づいた。




「バサバサ!」


「!?」





開いていた部屋の窓から白い鳩が目の前に飛び込んできた。



「あっ!?」

一瞬怯み、両腕で顔を守るようにしながら後ろに倒れる。

床に頭を強く打った。

遠くなる意識の中で部屋から飛び去る鳩の後ろ姿を追っていたーー






何分の時が経ったか。



目を覚ますと、我にかえり


「痛いじゃねーかよ!おい!あ〜朝からウぜー。ウザいウザい!・・・ミスターネガティブが呼び寄せたか。」


起き上がりながらぼんやりした意識で自身で皮肉っても仕方ないが言わずにいられなかった。



しかしまさかの出来事が起きたのに時間が経過すると共に、いつものカゼノナイココロ模様。

いつも朝ってのは憂鬱でならない。朝なんてなきゃいいのにさ。溜息しか出てこない。



「はぁぁ」



“そんなに溜息つくと幸せ逃げるわよ”なんて勤務先の事務のおばさんによく言われる。

余計なお世話だ。

大体そんなことあるわけがない。仮に本当だとしたら、とっくに死んでるだろうよ。

それぐらい溜息をついている。





「・・・ん?」




違和感を感じた。

定まらなかった目線が段々はっきりし、ふと周りを見渡すと、飼っている猫のリンの姿がないことに気づく。




「リンっ?」




呼んでも大抵返事はしてくれないとわかってはいるが、呼び掛ける声のボリュームは上がっていく。

見渡してもいない。



「リンっ!どこいったんだよ!?」




開いている窓から出て行ってしまったのか?不安な気持ちのまましばらく呆然と力なく座り込んだ。

口からの溜息を忘れるかわりに、心配でうっすら目が滲む。




何分の時を刻んだのであろうか。

沈んだ目と気持ち。



「どうして、いなくなったんだよ!」



ようやくの思いで頭を持ち上げ視線を右に左に送る。



「?」



そこで再び違和感を感じる。

リンのことではない。

部屋の様子にだ。


私の部屋には間違いないのだが、でも何かが違う。


部屋の隅には、懐かしさを覚えるロボットのおもちゃが、遊び疲れたようなあり様で転がっていた。


でもこのおもちゃ、とうの昔に捨てたはずだ。親がとっておいていたんだろうか?


そしてあるはずのパソコンを置いてあるはずのデスクがない。そのパソコンもない。

あるのは、小さめな勉強机。その上には縦笛が横たわっていた。



頭が覚醒した。


部屋の様相は、完全に私が子供の時の頃。


これは錯覚なのか?



「痛っ!」

例のホッペをつねる仕草をしてみる。

しかし周りの様相は変わらない。

涙がすっかり枯れた目が壁のカレンダーに釘付けになった。





「1987年4月」





カレンダーは、26年前を示していたーーー。












1987月4月。




口が半開きになりなりながら、カレンダーが示している月の表示に目が釘付けになった。




「嘘・・・だろ?」



見慣れない壁に掛かっている時計を見たら、時間は、8時を過ぎていた。

慌ててテレビを付けようとそちらの方へ向いたがない。小さい頃には、まだテレビが部屋には無かったのを思い出した。固唾を飲んだ。




「これ・・・なんなの?」




現実でないと思いたい。

普段は殆ど感情の揺れがない私はココロの奥底から狼狽えた。


脚が、腕が、恐怖と不安で全身が震え出す。





「ドンッ」




部屋の扉が急に開いた。

今度は子供が私の目の前に現れた。



「アブね〜、忘れちゃうとこだったぁぁ」



そう言うと机の上の縦笛を手にし、狭い部屋だというのに走りながら慌ただしく私の目の前を通り過ぎていった。

閉めた扉の向こう側で、



「あ〜茅野にどうやって話せばいいんだよっ、地球!」



その子供は、私の小さい頃にそっくり。

いや、そっくりではない。

小さい頃の私の姿そのものだ。


衝撃的だった。

一つは自分の小さい頃の姿を目の前にしたこと。

もう一つは、部屋を慌ただしく出て行った“カレ”は、私の身体をまるで何事もなかったかの如く通り過ぎていった。


どうやら、カレには私が見えないらしい。


透明人間になったように迷い込んだ1987年4月のある朝。

ふと外を見ると、カゼに揺れる木々が目に入った。

久しぶりにカゼを目にした。

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