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1 敵襲

1


「―――最終勧告だ、No,10653」


 モニタのスピーカから響く機械じみた音声を男は認識する。

どうやら森林の入り口、第一のバリケードが突破されたらしい。

映っているのはこの世界の中心を司る国家機関『管理機構』所属の装甲車。

モニタの画像が暗くよく見えないが、下がった窓から赤い光がちらちらと蠢くのが確認できる。

恐らくは戦闘用に改造された管理機構専属の機械人形-ユニットだろうか、数までは把握できない。

UNITユニット』、それは戦うことだけに特化し作られた機械人形でその巨体から機械兵とも呼ばれた。


 百年前に勃発した第三次世界大戦で、管理機構が世界に放ち国家そのものを解体した人型の戦車である。

曰く武力を持つ一ヶ国に一機、機構がユニットを出撃させそれらが一機と欠けることなく帰還した日。

即ち僅か一週間足らずでそれまで世界に頑として存在していた国家という隔たりは無くなっていた。

武力を有する国家の全てが、ユニット一機と国家との圧倒的な戦力差を痛感し白旗を挙げたのである。

ユニットは人類にとって全く新しい兵器だった。

後の管理機構の言葉を借りるならこうだ。

それは人型で機動性に優れ、戦艦の主砲にも耐える堅固な装甲を持ち、独自の武器を有して戦う兵器。

全長三メートルの体躯は滞空時間は短いが空を飛び、無数のミサイルを避け、音速のステルス機を打ち落とす。

ユニットは国家の技術水準の百年年先を行く未来の兵器だった。

ゆえに、当時の国家の戦力では防戦すらままならなかったのだろう。

その戦争以降、UNITは史上最強の兵器として世界に認知されることになる。

同時に管理機構は世界の中心となり、世界は機構によって管理される一つの国家となった。


 男はそこまで思い出してから、ふぅと一息。

白衣の胸ポケットから一枚の黒塗りのカードを取り出した。

カードの下部には以下の数字が刻印されていた。

―――下級No,10653。

これが管理機構につけられた男の識別番号だった。

男を含むこの国多くの人間には名乗る名前が無かった。

名は管理機構に所属する人間しか持つ事が許されていなかったからだ。


 人間は二種類に分けられる。

どこかでそんな台詞を聞いたことがあるが、この国ではそれこそがおおよその真実だった。

管理機構に所属する人間とそれ以外の人間がこれにあたる。

機構に所属する人間は上級人と呼ばれ、人権が守られ名乗ることが許される。

同時に上級人は機械人形と一部の人間を管理する仕事を与えられ、一等地の住宅を得る。

対しそれ以外の人間は下級人と呼ばれ、人権を剥奪され名前の代わりに識別番号が与えられ管理される。

下級人は機構から一生分の安全と自由を保障され、居住区の中から狭い一室を与えられる。

子供の頃は自分に名前が無いとはなんと不便な事かと思ったものだが、今にして思えばそれは男の杞憂に過ぎなかった。

男が過ごしてみて名前なんてものは日常生活を送る上で一切必要無かったと気付くのにそう時間はかからなかった。

何故なら管理される多くの人間は下級人となった時点で、人としての意識を既に放棄していたからだ。

面倒な事は全て機械がやってくれる利便性を超越した現代において、それは当然の帰結だったのだろう。

人はやがて外に出なくなり、与えられた一室に篭り、機械人形と戯れ、擬似的な世界に己を埋没させた。

食料や物資の購入も機械人形、ひいては機構の管理の元行われる為、

人は次第に他人と接することすらも少なくなっていた。

故に、下級人には外で使う名前なんてものは必要無かった。

彼らはただ生きているだけの人間に過ぎない。

夢の中で、居住区の中で、自分の支配下にある機械人形に呼ばれる仮の名前だけあればよい。

そう、彼らには名前なんてものは必要なかった。

必要なのは彼ら機構に管理されるための記号だけ。

故に、管理されるだけの生き物と化した彼らには、名前の代わりに管理機構から識別番号が与えられた。

彼らは管理機構によってただ生かされているだけで、人権なんてものは存在し得ない。

それでも、多くの人間はそれに気付こうとすら、否気付くことすらできない。

それほどまでに人は既に堕落し、享楽を貪り、ただ時間を浪費するだけの存在に成り果ててしまっていた。

この世界には人としての誇り等とうに捨て切ってしまったものたちで溢れている。

逆に人として誇りを持つものは己の知識の向上に努め、人権を確保すべく管理機構に所属した。


 しかし、非公式ではあるが白黒で割り切れない三種類目の人間もまた男のように存在する。

管理機構に抵抗する逸れ者、『逸脱者』。

ただ、人間すらも管理されるこのご時世にそんな存在が許される筈もない。

男はカードを裏返し、そこに印刷された一文を口に出してみる。


「管理・・・機構」


 管理機構、過去に一部の有能な研究者たちが集まって設立した組織。

ただ生きているだけの人間とこの世界に存在する全ての機械人形を管理する機関で、

最近では、導入間も無いクローン技術を駆使し、より有能な人材で組織を再編成しているらしい。

管理機関は国家に変わる存在でこの国のトップに君臨している。

よって、この機関に逆らうということはそれ即ち国に逆らうことと同義となる。

つまり、今ここで最終勧告を受けている男は非常に危険な状態と言わざるを得ない。

例えこのまま投降したとして、待ち受けているのは極刑か死刑か。


―――ならば。


「―――ならば、ここで捕まっては元も子も無いな」


 男はモニタの脇へカードを挿入する。

突如、部屋中に鳴り響くサイレン。

その余りのけたたましさに、隣の部屋からライフルを胸に抱いた少年リリィが駆けつける。


「・・・ジン、敵襲ですか?」


 リリィが焦った声色で聞く。

男は黙って頷いてみせた。


「奴らがここに到達するまで一時間と無い・・・武器・弾薬、資料関係は破棄する。

 あんたは『真紅の眼』を連れ先に第二研究所『地下ギルド』へ行け。

 機構の機械兵『UNIT』は迎撃トラップが足止めするはずだ。

 後は打ち合わせ通りに動く」


「了解しました、ですが・・・」


リリィは試験管の中で眠っていた黒衣の少女『真紅の眼』を担ぎジンへ振り返る。

無理はしないでくださいね、小さい口はそう言って扉の向こうに消えた。

男はそれを確かめると、モニタに接続しているキーボードにパスを打ち込む。

一瞬後、モニタに映る一列の文字、『データ消去』。

その文字を横目で見つつ男は一人ごちた。


「やれやれ、俺もヤキが回ったもんだ」と。


流れるような動きで男はリリィの残したライフルを手に取る。

振り向きざまにライフルを構えた男はその赤い瞳と対峙した。

男の目の前にいるもの。

それは管理機構の新型だろうか。

赤い単眼を光らせた青いユニットが静かに佇んでいた。

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