表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不躾な辺境伯様から求婚されました。

作者: りむ
掲載日:2026/01/22

「お嬢様!!!エマお嬢様!!!」

 朝早くから、乳母のアルマの声で私は目が覚めました。


「ええ、アルマ。エマお嬢様はここにおりますわ。朝からそんなに慌てないでください」

「一大事なのです、お嬢様、旦那様が」

「ーー倒れたの?お父様が?」

「いえ?」

「ーーだったらそんなに慌てることないじゃないの」


「お嬢様の婚約者が、決まったのですよ!」


「えっ!?」


 私はベッドから半分起き上がりました。


「お相手はどういう?」

「明日には到着して、日曜日に結婚式を挙げ、一週間後には領地へ帰るそうです」

「えっ……????」


 いくら何でも急すぎます。


「しかも財産目当てでございますよ、大切なお嬢様が……」

 顔を覆うメイド服姿のアルマを、起き抜けの私が慰めるしかありませんでした。

「ええ、仕方がないわ。ーー私の場合、それって政略結婚なのでしょうね?」

「そういうことになりますわ、ああ、大切なお嬢様が、辺境の田舎貴族になど……」


☆ ☆ ☆


 私の家、バーバリー男爵家は、新興の中流階級の、典型的富裕層です。

 私エマも、ここカンタベリー連合王国の、首都ロンディニアにある典型的富裕層のお屋敷で育ちました。

 家族はお父様、お母様、姉ウェンディ、ドロシーと続いて、私エマが末娘です。

 教育は住み込みの女性家庭教師から、ダンス、ピアノ、歌、詩の暗唱、ルテティア語(特に優雅とされています)、刺繍あたりを。

 おかげで、ウェンディお姉様はゴールドバーグ男爵と結婚。ロンディニアの銀行家で男爵です。

 ドロシーお姉様は、宝石商のグプタ・ラピスラズリ氏と結婚。貴族ではありませんが、異国の血を引く大商人です。


 ーー末娘の私は、財産目当ての貧乏な田舎貴族に嫁ぐ運命なのでしょうか?


 私はアルマに着替えさせてもらってから、お父様のいる書斎へと急ぎました。


「お父様」

「エマか。すまない。最初に謝っておく。これは財産目当ての政略結婚だ。しかも、首都ロンディニアからはるか北、辺境のマクレガー領だ。ロンディニアから馬車で3ヶ月かかるそうだ、滅多に帰ってこれない」

「ーーお父様、私、相手の方のお名前をまだ、存じておりませんが」

「アーサー・アンドリュー・マクレガー。辺境伯だそうだ。まあ田舎貴族だが、しかし身分は高い。今回の結婚は女王陛下の命令だ。我が家の身分で断れるはずもない」

「女王命令……」


 思ったよりとんでもない話のようでした。


「すまない、姉のウェンディの相手は銀行家、二番目の姉ドロシーの相手は宝石商。末娘のお前だけ辺境の財産目当ての田舎貴族なんて、本当にすまない」

「……はい」


 やっとのことで、それを言うのが精一杯。


「下がりなさい、明日の準備で忙しくなるだろう」

「はい……お父様」


☆ ☆ ☆


 その日一日、わたくしはベッドに伏して泣きました。

 乳母のアルマやメイドたちは、ひたすらにお嬢様、おかわいそうにと慰めるだけ。


 お母様も、辺境の田舎者に嫁ぐなんてと同情します。お母様は、やはり富裕層の男爵家の出でした。遥か華やかな、ルテティア王国の富裕層の出です。王宮に王の愛人を送り込んだ家柄らしく、姉ふたりは母の美貌を受け継いでます。


 ただひとり、乳母のアルマの娘、わたくし直属のメイドのベッキーのみが、マクレガー領への憧れを募らせています。

「しぼりたてのミルクで作ったアイスクリームとかあるんですわ!お嬢様!」


 ーーいくら何でも楽観的過ぎないでしょうか?ベッキーは。


 アルマの実家、ベッキーの祖母の家が割と田舎の牧場だから懐かしく思い出しているのかもしれませんが。


「ベッキー、田舎なんてどうせ何もありませんわ」

「自然は豊かだと思いますよ」

「でもそれだけしかないですわよね?」


 私だって、田舎を全く知らないわけではありません。

 子供の頃、王室直轄地の郊外にある別荘で休暇を過ごしましたが、実に退屈なものでした。

 確かに、自然は豊かです、でもそれしかありません。牛と馬と羊しかいませんでしたね確か。


 食べ物は美味しいですけど。しぼりたてのミルクで作ったアイスクリームもありましたけど、でもそんなもの、王都ロンディニアでも普通に口に入ります。


 そう、ここカンタベリー連合王国は産業革命を経て今や世界の工場と言われています。

 王都ロンディニアには世界中の富が集まり、手に入らぬものは無いのです。


 私の家であるバーバリー家も産業革命で富裕層まで登り詰め、女王陛下から男爵家に列せられた家柄です。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 翌朝私はアルマとベッキーに手伝ってもらって寝巻きからドレスに着替えます。


 部屋で朝食を摂ったあと、応接室で両親と共に婚約者の到着を待ちました。


 お父様はイライラしていらっしゃるし、お母様とアルマはオロオロしているし、私は不安しかありません。


 そんな時執事のセバスチャンが駆け込んで来ました。

「アーサー・アンドリュー・マクレガー辺境伯がご到着です!」


 セバスチャンが応接室の扉を開き、現れたのは、明らかにタキシードに着られている風体の田舎者でした。

 体型に対して、明らかに窮屈過ぎるつくりのタキシードは、仕立て屋ではなく大量生産の既製品と一目でわかります。


 ーーこの田舎者は似合わないタキシードで私を花嫁にするつもりかしら?


 そう思った次の瞬間、エメラルドグリーンの瞳と目が合いました。

 よく見ると顔立ちは悪くはないです。垢抜けてはいませんが精悍かもしれません。

 肌は少しやけていて、髪は赤みがかっていて情熱的にも見えますが、それにしてもタキシードが彼をより田舎者に見せていました。


「初めまして、エマ嬢。私は辺境のマクレガー領からやってきた田舎貴族のアーサー・アンドリュー・マクレガーだ。貴女と結婚したいが目的は財産に過ぎない。私と結婚して欲しい、エマ嬢」


 アーサー・アンドリュー・マクレガーと名乗った不躾な男は、私の前に跪き、手を取りキスをします。


 ーーああ!私は財産目当ての田舎者と結婚しなければならないなんて!

 とんだ屈辱だわ!


 ーーその時の私は、心からそう思い込んでいました。後からとんだ勘違いとわかって、今では顔から火が出るほど恥ずかしい思い出に過ぎませんが。


☆ ☆ ☆


 昼間のお茶会と、夜の晩餐会でもアーサーは田舎者といった雰囲気でした。


 ただ、食事のマナーはきちんとしていて食べ方は綺麗でした。それと、お父様とアーサーの会話で彼が寄宿学校と士官アカデミーを卒業していたことは分かりました。

 どうやら田舎者とはいえ最低限の要件は満たしているようです。


 けれどもタキシードが露骨に似合っていませんし、言葉遣いが無骨で古臭く、不躾に見えます。


 はっきり言えば、アーサーは私の婚約者としてあまりにもダサ過ぎます。

 晩餐会の会場に居並ぶお姉様達の旦那様、例えばゴールドバーグ男爵は、仕立ての良いタキシード、整えられた髪、上品で洗練された雰囲気ですし、宝石商ラピスラズリ氏は仕立てのいい異国の服、煌めく宝石が上品にあしらわれ、褐色の異国の肌すら魅力的に見えます。


 要するにお姉様たちの旦那様がたは、富裕層に相応しい余裕があるのです、それに引き換え、私の婚約者ときたら、不躾で古臭くダサい田舎者に過ぎません。


 晩餐会の間、私は惨めな思いをしていました。婚約者のアーサーはお父様とばかり話をしていて、私にはほとんど関心すらないように見えました。


 時折アーサーのエメラルドグリーンの瞳と、目が合うような気もしましたが、かえって不愉快だった私は目を逸らし、晩餐会のデザートを堪能していました。


 晩餐会の終わりぎわに、控えていたメイドのベッキーが私に耳打ちします。


「お嬢様、旦那様からアーサー様にご挨拶なさるように言伝てされまして…」


 確かに、流石に婚約者のお披露目晩餐会というのに、主役の私がアーサーと一言も話さないのは礼儀に欠けました。

 先ほどからアーサーを不躾だと思っていましたが、私だって礼儀に欠ける扱いをしていたのです。

 

 ーーしかし、あの田舎者と何の会話をすればよいのかしら?

 私は必死に言葉を取り繕いました。


「アーサー様、貴方様は古風で伝統的で、素朴なところが魅力ですね」


 皮肉を込めて言ったつもりだったのに、


「エマ嬢、貴女のような流行に敏感な令嬢が、何も無い田舎に過ぎない私の領地に、新しい風を吹き込んでくれるとしたら嬉しい。私は財産目当てで貴女と結婚するというのに、返すものすら無い」


「……」


 私は呆気に取られました。

 ーーアーサーは、いえ、アーサー様は、、何を考えていらっしゃるかわかりませんが、自嘲気味に少し笑っていました。


 その姿に、私はどうしようもなく惹きつけられるものがあったのです。彼の見た目や言葉遣いが、古臭くて洗練されていないのにも関わらず。


☆ ☆ ☆


「結婚式に女王陛下がご臨席するんですって!?

ーーしかも、セント・マッカートニー大聖堂で、明日ぶっつけ本番だというの!?」


 寝巻きに着替えてようやく休もうとした、その間際に、私は乳母のアルマから聞かされました。


「仕方ありません、お嬢様、旦那さまがこの結婚は女王陛下のご命令だと」

「……」


 ーーセント・マッカートニー大聖堂といえば、ここカンタベリー連合王国の戴冠式や王族の結婚式が行われてきた由緒ある教会。


 よりによって私とアーサー様の結婚式が国家行事同然の扱いだなんて!


 急な結婚式だから、私はてっきり身内で挙げるものかと思い込んでいました。

 その土曜日の夜、私がなかなか眠ることが出来なかったのは言うまでもありません。


 そして殆ど眠ることが出来ないまま、私は日曜日の結婚式当日の朝を迎えてしまったのです。


☆ ☆ ☆


 翌朝、アルマとベッキーの手によって、私はあっという間に花嫁に飾り立てられました。


 レースたっぷりの純白のウェディングドレスは、長いトレーンを引き、胸元は首まで覆われた伝統的なもの。

 真珠のネックレスと耳飾り、純白のシルクのヴェールにはオレンジの花が飾られて、これも形式通り。


 豪華で伝統的なドレスは、女王陛下が用意して下さったもののようで、あらかじめ手配されて仕立てたものが、昨日届いたのだとか。

 急な政略結婚にしては、あまりにも用意が良すぎます。


 ーーもしかして、この結婚のお話、知らずにいたのは私だけだったのかしら…


 私は世間知らず過ぎる、何も知らないうちに全てことが運んでいるような気がしてきました。


「お嬢様、時間ですわ」

 アルマに言われて、ベッキーと共に広間に急ぎ、お母様と合流します。

 

 セント・マッカートニー大聖堂に向かう馬車の中で、お母様は色々心配して話しかけますが、上の空の私は、アーサー様はまたあの田舎臭い、サイズの合わないタキシードで結婚式に臨むのかしらなどと考えていました。


 そうこうしているうちに馬車は大聖堂に到着して、慌ただしく結婚式が始まりました。


☆ ☆ ☆


 純白のウェディングドレスを纏った私とヴァージンロードを歩くのは、もちろんお父様でしたが、神父様の前で待っている王子様のような貴公子が、最初は誰だかわかりませんでした。

 

 神父様の前で誓いをあげ、指輪をはめて、キスを交わすためにヴェールがあげられたときに、王子様の顔が見知った人物だと初めて思い当たりました。


 目の前にいる王子様はもちろん、今日から私の夫になるアーサー・アンドリュー・マクレガー様でしたが、見違えた理由がやっとわかりました。


 アーサー様は昨日のサイズの合わないダサいタキシード姿ではなくて、軍服姿で腰に剣を帯びていました。エメラルドグリーンの瞳を持つ精悍な顔立ち、情熱的な赤みがかった髪、長身で体格のいい身体つきにぴったりの衣装が、彼を王子様に仕立て上げていました。


 王子様からのとろけるようなくちづけで私はたちまち夢見心地になり、気がついたら結婚式は終わっていたのです。


☆ ☆ ☆


 披露宴はその日曜日の午後、バーバリー家の庭園でのガーデンパーティ、身内でのパーティです。

 

 私はラベンダー色の可愛らしいドレスにお色直ししていましたが、隣に座るアーサー様は王子様のような軍服から一転、サイズの合わないダサいタキシード姿に戻っていました。


 まるで魔法が解けたシンデレラかのようなアーサー様、新郎がシンデレラをやる結婚式なんて聞いたことがありません。


 ぼんやりとそんなことを考えている私の前で、いつも以上に着飾っているウェンディお姉様とドロシーお姉様は、アーサー様を田舎者だの古臭くて垢抜けないだの言いたい放題です。


 けれどもアーサー様は結婚式の時と変わらず、精悍な顔立ちで堂々としていました。私はアーサー様の態度に好感を持ちました。

 だって言葉にせずとも、エメラルドグリーンの瞳が、言わせておけばいいと語っていたのですから。


 それに無骨な言葉遣いながら、アーサー様はむしろ私に気遣いをしているようです。というか、よく観察していたら召使いに対する気遣いがすごいです。


 私の専属メイドのベッキーに、お皿を片付けてワインを注いだお礼はもちろん、クッキーと紅茶を渡して皆で分けてくださいなどと言うのです。


 ーー本当に彼は、財産目当ての田舎貴族なのかしら?


 私の中に疑問が湧いてきました。


☆ ☆ ☆


 翌月曜日は女王陛下への挨拶のため、ローズベリー宮殿に向かう手筈になっていました。

 水色のドレスに着替えた私を、アーサー様の馬車が迎えにきて王宮に向かいます。


 アーサー様は結婚式と同じ王子様のような軍服姿。馬車に揺られている間、私は彼の精悍な横顔にうっとりとしていました。


 出かける前にお母様やアルマからさんざん女王陛下に失礼のないようにと繰り返し言われたのも忘れそうになっています。


 王宮であるローズベリー宮殿の前には衛兵が変わるがわる交代しながら、門を開いて私たちが乗る馬車を通します。


 侍従や侍女に案内されるがまま、私はアーサー様の後についていきました。

 アーサー様は慣れているらしく、侍従や侍女との会話も滑らかです。

 いつもの無骨な言葉遣いも、さすがに王宮では消えて、丁寧ながら自然に流暢にアーサー様は話していました。


 侍従について大広間に案内されると、豪華なドレスにダイヤモンドの輝くティアラを被った女王陛下がいらっしゃいました。


 アーサー様が女王陛下の御前で帽子を脱いで跪いたので、私も慌ててスカートの裾を摘んでカーテシーを致します。


「顔を上げなさい、マクレガー辺境伯。辺境騎士団はグランルーシ帝国からの防衛をよくやってくれていますね。そして、マクレガー辺境伯夫人エマ、バーバリー男爵令嬢の貴女をマクレガー辺境伯と政略結婚させたのは、我がカンタベリー連合王国をグランルーシの侵略から守る祖国防衛の、戦費調達のためなのです」


 え?え???

 戦費調達???

 侵略からの防衛??



 ーーそのために、アーサー様は私と政略結婚を?



「だから言ったでしょう。エマ、貴女との結婚は」


 煌びやかな軍服に腰に剣を帯びたアーサー様は、私の前に跪き、


「財産目当ての政略結婚だと」


 手の甲にアーサー様の王子様のキス。

 

 私の顔はたぶん、りんごのように赤かったと思います。

 だってその時ほど、顔が熱かったことは無かったのですから。



☆ ☆ ☆


 帰りの馬車で、アーサー様は私におっしゃいました。


「エマ、私は貴女の姉上たちのような分かりやすい幸せにはしてやれない。……それどころか、エマ、貴女にはきっと苦労をかけてしまうだろう。それでも私は貴女をお守りする」


 深いバリトンでそう言うアーサー様の、エメラルドグリーンの瞳に、ふっと優しさが混じり、彼の吐息が感じられて、


 ーーなんて魅力的なのかしら、この方は。アーサー様、彼の言うことに、嘘偽りはない気がした私は、


「アーサー様。私は一生、あなたについていきます。ーー財産目当てでも、政略結婚でも構いません。アーサー様には、覚悟がおありです。私は、世間知らずの不束者ですが、それでもよろしければ」


 そう言って、アーサー様に精一杯の微笑みを向けました。


「なぜ貴女は、そこまで? ーー先日までと違うような」

「それはーーたぶん、私がアーサー様に、その、、恋をしてしまったからです……財産目当てで、政略結婚だというのに」

 

 次の瞬間、アーサー様の暖かく大きな手が私の顎に触れた。

 ーー手袋はしていない、この手はたぶん、剣を握ってきたひとの手だわ。少しゴツゴツしてて、マメがあるもの。


「エマ。姉上たちではなくて、貴女を財産目当ての政略結婚の相手に選んで、私は良かったと思っている。ーーあの時、貴女は私を古風で伝統的で、素朴だと評価した。もちろん、皮肉で言ったのでしょう?」

 

 ーーそうだったわ。私、皮肉を込めてそう言ったのよね。でも、今となっては恥ずかしいだけ……


「ーー私の領地、マクレガー辺境伯領は、古風で伝統的で、素朴な土地だ。エマも気に入ってくれると思う。きっと」


 バリトンの声で、見つめるエメラルドグリーンの優しい彼に私は、


「そう私に言わせるためだけに、アーサー様はわざわざ、既製品のサイズの合わないタキシードで、バーバリー男爵邸に来られたのね!」


 クスクスと、笑わずにはいられませんでした。


☆ ☆ ☆


 3ヶ月後。


 カンタベリー連合王国、北端のマクレガー辺境伯領。


 ーー本当にここは、彼の言う通り、古風で伝統的で、素朴な土地でした。

 産業革命の恩恵は、この土地には来ていない。汽車も、電気も、搾りたてのミルクで作ったアイスクリームも、この土地には無いのです。

 中世そのままの、よく言えば素朴、悪く言えば何も無い土地。


 でも少し歩けば、綺麗な泉があって、そこには妖精が住んでいるという伝説が残っています。

 こんな場所がマクレガー領には、山ほどあります。


「エマお嬢様!……泉の水で、ドレスが」

 バーバリー男爵家からたった一人、私についてきたメイドのベッキーに諌められました。

「いいじゃないの、ベッキー、涼んでるだけよ。ほら、アイスクリームより冷たいわ」

「でも、そのドレスは、舞踏会用にお作りしたもので」

「マクレガー領には、舞踏会も殆ど無いわ」

「退屈なさらないのですか?エマお嬢様」

「退屈するわけないじゃない!マクレガー領は、こんなに素敵な土地だもの!」


 私が泉の水でドレスの裾を濡らして遊んでいると、

「おや?こんなところに泉の妖精がいるなんて!」

「アーサー様!?」

 軍服姿で馬に乗るアーサー様が部下を引き連れて見回りに来ていたので見られたようです。


「靴を脱いで裸足でドレスの裾を濡らす辺境伯夫人なんて、はしたないと思われたかしら?」

「では私が、おとぎ話の王子のように、はしたない辺境伯夫人に靴を履かせて差し上げましょう」


 くすくすと、私とアーサー様は笑い合いました。


「本当に良い土地ね、ここは。あと2週間で離れなければならないなんて」


 8月の終わりに、私はマクレガー領を離れ、王都ロンディニアの実家バーバリー男爵邸で過ごさなければなりません。

 マクレガー辺境騎士団が迎えうつ、北のグランルーシ帝国は、冬将軍を味方に秋の終わりに攻めてきます。

 マクレガー領では冬の間、女子どもを安全な南の土地に疎開させる習わしでした。

 アーサー様と離れるのは寂しいけれど、そうも言っていられません。


「大丈夫だ、エマ。来年になればまた会える。そうしてみせますよ、エマ。分かるだろう?」

「そうですね。アーサー様はそのために、この土地を守ってきた。そしてそのために、貴方を信じて待ちますわ、アーサー様」

「では、約束の証に」


 アーサー様は、泉のほとりの柔らかい草の上に無造作に置かれた靴を私に履かせました。

「姫をお迎えに上がりましたよ?」


 私はこれからの人生で何度アーサー様に惚れ直せばいいのでしょう?

 それが来年も、再来年も、その先も訪れるように。

 私はアーサー様と、マクレガー領のために、小さく祈りました。

読んで頂きありがとうございます!

異世界恋愛習作短編として書きました。

素材的には大好きなヴィクトリアンとケルトです。

辺境伯出したけど田舎貴族ネタはベタかな?

まあ楽しんで頂けたら幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ