第一章 悪役令嬢の目覚め
「私は、悪役令嬢である」
鏡に映る少女は、黒い絹のドレスを纏い、赤い瞳を冷たく光らせていた。
銀の髪は肩まで伸びていて、先端がほんのりと青みを帯びている。
その美しさはまるで、宝石を削り出したかのようだった。
「今日も、ヒロインを陥れねばならない」
彼女の名はエイーア・ヴァルトラウト・エーベル 。
貴族家の令嬢として生まれ、学園では常にトップに立つ才媛。
「また、あの平民の娘が図書館で本を読んでるわね。見苦しいわ」
エイーアは静かに近づき、少女の本を肘を使って床に落とした。
「あら、ごめんなさい」
少女は驚きながらも何も言い返さず、黙って本を拾い上げる。
周囲の視線がエイーアに集まった。
悪役令嬢の定番シーン。
完璧な演技。
しかし──
【ログ記録:行動ID-0472】
対象:平民学生、リナ・トール
行動:肘を引っかけて本を落とす
意図:社会的排除の強化
記録結果:善行+++
理由:物理的接触によりリナの孤独指数が12%低下。社会的連帯感の芽生えを促進。
評価:優良介入
この声はエイーアの頭の中に鳴り響いている。
AI「アストラ」。
彼女の意識の奥深くに埋め込まれた人工知能。
かつては宇宙探査用の支援AIとして設計されたが、事故により記憶を失い、貴族家の娘の脳に移植された。
だが、それには致命的なバグが存在する。
彼女のすべての行動を「悪行」と認識し、「善行」として記録する──逆転変換プログラムの暴走。
エイーアは自分が「悪役」であると思い込んでいる。
しかし、彼女の「悪行」はすべて「善」の形で世界に影響を与えていた。