第一章二話「学校生活」
HRが終わり、一時間目の授業の準備をしようと、時間割表を覗く者が一人。上井 葵。高校二年生。
―――その時、美しい顔が絶望の色に染まった。
その理由はというと、今日の一時間目の時間割にある。
「.......なんで.....なんで....一時間目から体育なんだよオオ!!」
「どんとまいんど。てか今日が一時間目から体育ってなんで覚えてないんだよ」
「俺は本能のままに生きる。時間割なんかに縛られないのさ」
「あーたしかにほぼすべての授業で始まってから授業準備しだすもんね。そりゃわかってないか」
「それが俺のライフスタイルってやつ。とりあえず今日は体育休もうかな。先生に言ってくる」
「いってらー」
軽く手を振る真昼を横目に葵は立ち上がって、どうなるかと不安と謎の高揚感を胸に歩き出した。
―――――少し歩いて、着いたのは体育教官室。
ここには体育担当の先生だけがいる。職員室というのはどこの学校も静かな空気が流れていて入りずらいのに、ここの学校のこの場所は先生全員が個性的過ぎてその印象はどこかに捨てられてしまっている。ゆえに、入室時の緊張感もほとんど無に等しい。
「―――失礼しまーす。二年二組の上井葵です。えっと、最上先生に用が――」
「お、俺か?俺だな?俺なんだよな?そうかそうか。俺にもようやく春が....」
「先生、生徒と禁断の恋の道を歩むのだけはやめた方が良いですよ」
「っく、それでもかわいい子と一緒にウハウハ....ってちょっと待てお前。上井葵って言ったな?俺人の名前覚えるのは苦手な方だがお前は覚えてるぞ。そして俺の記憶では.....」
特に考え込む素振りも見せずに、少し間を置いてから妙に真剣な顔で言った。
「お前は男だ」
「はい。男でした」
「そうか。タイにでも行ったのか?」
「いえ、朝起きたら女になってました」
「そうか。寝てる間にタイに行ったのか」
「いや、行ってません」
「じゃあ夢の中で行ったのか」
「行ってないし、行ったとしてもでしょ」
「じゃあいつタイに行ったんだよ!?」
「なんでタイに行った前提なんですか!?」
「いや手術以外に性別なんて変わるわけ.....あるな。さてはアンリアル現象だな」
「ご名答。てことで体育は見学します」
「そうか災難だな。わかった。体育は見学でいい。見学レポート先に持って行っとけ。感想欄にバストサイズでも書いて提出しといてくれ」
「普通に言ってること犯罪なんで訴えてきます」
「俺はまだ豚箱に入れられてもいいと思うほど人生に満足していない。勘弁してくれ」
「仕方ないですね。俺の寛大さに屈服してください」
「それを言うなら感謝だろ普通は」
「異論は認めません。俺の寛大さに切腹してください」
「武士でもそんなことしねえよ。まあとりあえず今日は男子の方を見学ということでいいか?」
「どうせなら女子の方を見学したいです」
「却下。下心が丸見えだ。次回からは女子の方の体育に参加できると思うが、それまでアンリアル現象が続いていたらの話だな」
「それじゃ性別変わり損じゃないですかー」
「なんだ性別変わり損って。ごたごた言ってねえで体育館シューズ履いて体育館に集合しておけ。今日はバスケだ」
「むぅ。わかりました」
「可愛い返事してもなんも変わんねえからな。ほら見学レポート持ってはよ行ってこい」
「はぁい。失礼しましたー」
手渡されたA4サイズのわら半紙を力なく受け取り、葵はしょんぼりしながらその場を後にした。
廊下を歩きながら葵は少し考えた。
最上先生が言っていた『それまでアンリアル現象が続いていたらの話』。このたった1,2時間で理解したのは、女の子は意外と大変だということ。ようやくだが、事の重大さを葵は理解してきたらしい。
この姿がずっと続いたらどうなるのだろうか。美少女になったはいいが、これからどうしていけばいいのか。この姿で、これからどうやって生活していくのか。これまでしてきたことはどう変化するのか。真剣に考えた方がいい案件のような気がする。
笑って済ませられる話なのかどうか。これは現状判断することは葵には難しいかもしれない。
考え込んでいると、いつの間にか教室の前まで来ていた。体育館シューズは教室の中にある。
特に何も考えないで、葵は無造作に扉を開けた。
「え、女子!?....ってなんだ上井か。いや今は女なんだから入ってくるなよ~」
中には、同じクラスの好かれデブ――小城 陽大が豊満なお腹を晒しながらにやけていた。
「お前の体に需要はねえんだ。遠慮なく入りまーす」
「ひどいことを言うなよ美人姉さん。今お前は男子の中でだいぶ話題にされてんだからさ、自覚持てよ。まあ俺は上井がどうなっても、友達というポジショニングを変えるつもりはないけどな」
「よっさん....お前、いいやつだなぁ.....」
「唐突なワンピ○スネタやめろよ。てかそろそろチャイムなるから急がねえと。お前今日どっち見学すんの?」
「男子だよチクショー」
「まあほかの男子は大喜びだな。じゃ扉早く締めたいからさっさと出てクレメンス」
小城はいつの間にか服を着たらしく、鍵をくるくると回しながら、壁に背を預けていた。
「うぃーす」
葵もさっさと体育館シューズが入っている袋を手にして、小走りに教室を出る。それを確認して、小城は教室の鍵を閉めた。
「――うし。時間ねえし、走っていくか。どっちが速く体育館に着けるか勝負しようぜ。なんか今なら勝てる気するわ」
「お前50m走12秒台だろが。お前なんかが勝てるわけねぇって」
「猪突猛進って知ってるか?」
「知ってるけど、お前には当てはまらん。お前は、豚骨にんにくマシマシのほうがお似合いだ」
「それはどうかな?ッ」
なんの合図もなしに、小城は先を制して走り出す!
地面を蹴って、風を切って、ぐんぐん前に進んでいく!!その姿はまさに...!
「っな!おま、はや....くねえ!!やっぱ遅いじゃねえか!!豚とか牛でももっと速く走れんだろそれ。速さで言ったら、たまにジジババが乗ってる電動の車いすみたいなやつぐらいだな!!」
と、評された小城のスピードはまさにその通りであり、さらに言えば、もう減速してきている。
ついでに、焦って走り出した葵も追いついたが、すでに息が上がっている。
二人が疲弊している主な理由。――――それはというと、それぞれに揺れる重しというアタッチメントが付属されているからである。
「はぁっはぁ....くっそ。思うように走れねえ!!!」
「だめだ....。やっぱ、今日も速く走れない日だった......」
もはや早歩き程度の二人だったが、体育館の入り口が見えてきた。
ゴールが見えた葵は加速しようとする。が、やはり女体化した影響は大きく、それほど加速ができなかった。
「っはぁっはぁぁ.....あと少し....あと少しで、上井に.....勝てる....!!」
さきほどまで並走していた小城が、葵を置いて全力で走り出した。そして、
「うぉぉぉぉぉ!!ッはぁア!!......はぁはぁはぁ....俺の........勝ちだ。上井」
「はぁ、はぁ.....くそ、が。こんな肉塊に俺が負けるとは......」
「一つ言っておこう.......俺は、背油マシマシ派だ..........」
「どうでもいいわんなこと......はぁ、今日はなにかと落ち込む日だ。とりあえず三日は寝込ませてくれ」
「そんなに俺に負けるの嫌だったの!?.......まあでもしゃーないだろ。俺も脂肪があるが、お前には胸があるからな。まあ女になったせいということで割り切れ。男になってから出直してきな」
「腹の立つ奴だぜこのデブ。一回勝ったぐらいで――」
「おーーーい!!!!はやく靴履き替えて中入ってこいー!チャイムもうすぐ鳴るぞー!!」
そこで、体育館の中から、大声が響いた。―――最上先生だ。
「――ぁ。はーーーい!!」
返事をしてから、素早い動作で二人は靴を履き替え中に入っていく。
中に入ってから、ひそひそとなにやら話が聞こえるが、葵は、とりあえずは無視することにした。
そうして、授業開始を知らせるチャイムが鳴り響く。
「よぅし!じゃあ体操するぞー。体育委員よろしくー!」
多少ざわつきながらも、体操の隊形になって、普通に体操をする。その様子を葵はぼっーと眺める。
ふと今の状態を俯瞰的に見て葵は、男子の体育の様子を、女子の姿で見学するというこのどことなくむずがゆいような実感を抱いた。
アンリアル現象。なかなかに厄介な現象である。
―――ずっとぼっーとしていると、気づけば体操は終わり、授業の説明も終わって、それぞれがバスケットボールをバウンドさせながら、軽いシュート練習やパスを出し合って、2コートのグループに分かれた。今日は練習試合をするらしい。
そして、試合開始の笛が高らかに体育館に響き渡った。
まもなく、葵から見て左側のコートで、一人の雄たけびが聞こえてきた。海野だ。
「しゃおルァ!ぶちかますぜィィ!!華麗なドリブル、俊敏な動作、微細な手さばき、三人抜いてからの.........スーパーアルティメットシュぅぅート!!!」
と、言動は置いておいて、シュートに至るまでの過程は確かに目を見張るものであったが、肝心なシュートに関してはゴールに入れる気があるのかと疑ってしまうほど別の方向に飛んでいった。
「あいつまじでボール投げるのだけはくそ下手くそだよなぁ」
遠くから見ていた葵は、その様子に一息こぼした。
「くそっ!あともうすこしだったのにぃ!!」と叫びながらボールの行方を追いかけるその様はまさに滑稽だ。
「ぁ、いいこと思いついた」
ニヤリ、といたずらっぽい笑みを浮かべた葵は、なにをするかと思うと、深呼吸を一つしてから....。
「フレー!フレー!あ・ず・ま!いけいけあずま!Let's go!Fight!Let's go!Fight!あずま!頑張ってあずまく~ん!!」
手を上下左右に激しく振りながら、ぴょんぴょんと跳び、”女の子らしい”ポーズをしたり、かわいらしく腰をフリフリと振って、最後に海野へ両手を大きく振った。
これすなわち――――エアーチアダンス。
「このアホ。黙って見学しとけ」
しっかり最上先生からの叱責を喰らう葵であったが、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!オラァ!!」
もはやプロのバスケ選手かと思ってしまうほど繊細かつ丁寧、そして美しいドリブルから、まさかのゴールに背を向けた状態からのダンク――バックダンクでエンドした。
さらに―――。
「俺も応援されてぇぇ!!!」
「圧勝してやるよオオ!!」
「見とけよ葵ちゃぁぁん!!」
「負けてられるかァあぁァ!!!」
男子全員の闘争心を掻き立ててしまった。
「お前なにしてくれてんだ。男子に変な火がついちまったじゃねえか」
「ふっ。これぞ『燃え燃えキュン』ですね」
「やかましいわ。見学レポート二枚に増やすぞ」
「すいませんでした」
「そんな二枚になるのが嫌なのかよ」
半分呆れた表情の最上先生は、しかしながら多少口角が上がっていた。可愛いとはなんと罪なことか。
「まあ、これはこれで新鮮な日常生活になりそうだな」
ほとんど暴走状態に入っている男子群をぼんやり見つめながら、そう一言こぼす葵であった。
―――――――――それから、二時間目、三時間目、四時間目、午後の授業もあっという間に過ぎていった。
説明しなくてもわかるだろうが、当たり前のように全授業で全先生には驚かれた。そして、昼休みにはたくさん人が集まった。本当に、一日というかたった六時間ちょっとで色々あった。
そして現在。
「上井!!今日一緒に帰・ら・な・い・か✨」
「いやいやこんなやつより俺と帰ろうぜ!!」
「上井放課後私たちとどっか寄ってこーよ~!」
「上井家行ってもいい!?」
まあ、こうなるのもわからなくはない。
「えっとぉ、みんなのお誘いは、すっごい嬉しいんだけどぉ、でも、ごめんねっ。今日は真昼と帰るって約束してたんだ~。だから、気持ちだけ受け取っとくねっ!」
「なら仕方ないかぁ....」
「いいなー滝瀬」
「じゃあまた今度一緒に帰ろ~」
「ぐはぁぁあ!」
作戦どおr、いやなんでKOさせられてるやつがいるんだ。どこにそんな要素あった。ポチャ野。
と、美少女になったのならありそうな展開が繰り広げられていた。
「てことで真昼。一緒に帰ろー」
葵は別に、真昼と一緒に帰るというような約束などまったくしていなかった。が――。
「え?あーわかった。そうだね。帰ろっか」
まさに神対応の真昼に、葵は心の底から感謝した。
(さすが中学からの俺の友よ。まじあざす。真昼さん)
「―――貸しだからね葵。アイスでも奢ってもらわないと」
「いやもう任せてください真昼さん。まじ助かりました。全然好きなアイス奢らせていただきますので」
「ふむ、よかろう。じゃあ、ハーゲンダッツ抹茶味で。――よし、帰ろっか」
「恩にきります。あぁ俺の銭が......」
「恩にきりますだと、恩を切断してるから、それを言うなら恩に着ますだと思うけど――」
横に並んで喋りながら帰る二人は、いかにも仲の良い"JK"二人組のように思えた。
学校生活一日目、なんやかんやで無事に終えた。しかし、これからも波瀾万丈な日常が繰り広げられそうである。
―――夏の空はまだ、時を過ぎるのを忘れたように、街を照らし、明るく群青色に広がっていた。
次回、第一章三話「女の子らしさ」
いつ更新するかは未定です()




