最終話 このままで終わりたくないから
「なんであんな無茶したん!」
「理沙さんを守りたくて」
理沙さんと出掛けた先で、酔っ払いのチンピラに絡まれた。理沙さんを守る為に俺が前に出たら、思い切り顔面を殴られた。
右頬がまだ少し痛いけど、この程度は名誉の負傷だ。理沙さんが無事だったのなら、これぐらい何でもない。
と言いたい所だけど、痛いものは痛い。警察沙汰まで発展し、色々と面倒な事になった。
幸い俺達に一切非が無い事は、現場に居合わせた人達が証言してくれてお咎めなし。
こうして理沙さんの家まで帰って来て、手当をして貰っている。何だろうな、こんな風にお世話されると昔を思い出す。
「ちょっと懐かしいですね」
「何が?」
「昔もこうやって、理沙さんが手当をしてくれていましたよね」
父親が刑事だから、家に帰って来られない日もある。そんな時はこうして、理沙さんに面倒を見て貰っていた。
幼い杏奈ちゃんと一緒に、母親の様に相手をしてくれた。俺としては、近所の美人なお姉ちゃんだったけど。
その頃から俺は、理沙さんの事が好きだった。でも既に理沙さんは結婚していて、俺の初恋は敢え無く撃沈したのだが。
しかしそれが巡り巡って理沙さんがフリーになって、俺も彼女がいないフリーで。
そこからセフレみたいな関係になって、今日もデートをして来た。理沙さんもデートだと思ってくれているかは分からないけど。
「あの頃からやんちゃやったけど、今回はそれじゃすまへんよ」
「だって、理沙さんが絡まれていたから」
「アタシよりも自分を大切にせなアカンて」
それは出来ない相談だ。俺にとって理沙さんは、今では一番大切な女性だから。
大学にも女性は沢山居るけど、その誰よりも理沙さんの方が魅力的だと思う。
理沙さんにとっては、10歳も年下の男かもしれない。だけど俺は理沙さんが好きだ。
結局あれから10年経っても、やっぱり俺は貴女を好きになった。昔は既婚者だからと、折り合いをつけたつもりだった。
だけど全然俺は変われていなくて、やっぱり俺は貴女の笑顔が大好きで。
見た目のわりに乙女な所とかも可愛いと思うし、面倒見の良い所も好きだ。
18歳で子供を産んだからか、母性も強くて頼りになる。俺が理沙さんを好きなのは、美人でスタイルが良いからじゃない。
子供の頃から見て来た、母としての理沙さんに憧れたからだ。
「理沙さん。俺、あの頃から理沙さんが好きだったんですよ」
「は!? いきなり何を言うてんの? 変な事言うて、誤魔化そうとしてるんか?」
「違いますよ。あの頃は理沙さんが結婚していたから、諦めただけで本気でした」
かつて初恋をした女性が、離婚して今こうして目の前に居る。体の関係で終わってしまうのは、俺の望む所ではない。
今日までの日々で、理沙さんが恋愛まで嫌になったのではないと分かっている。
お酒に酔った勢いから結婚は暫く遠慮するけど、彼氏ぐらいなら作る気はあると漏らしていた。
だったらその立場に、俺が立候補したって良いじゃないか。バツイチがどうした、俺はバツが有るとか無いとか関係ない。
そんなのはどうでも良い話だ。今の理沙さんが独身であるのだから、今度は諦めたりしない。
幼いながらに諦めた想いを、今度はちゃんと伝えたい。貴女の事が、好きなのだと。
「でも今の理沙さんは相手が居ない。だったら俺と、付き合って下さい」
「言うたやんか、バツイチの年上なんて相手にせんときって」
「そんなの関係ない。だって俺はこうして、また貴女を好きになった。10年経っても、貴女が忘れられない」
手当の為に目の前に居た理沙さんを、軽く抱き締める。だからアカンてと言っているけど、そんなの俺には関係ない。
そんなに強い力を入れていないのに、理沙さんは俺を本気で突き放そうとはして来ない。
もう何度も抱いたその体は、細くて柔らかくて温かい。何度も感じた理沙さんの甘い香りが、俺の心を落ち着けてくれる。
安らぎを感じるこの香りが、俺はとても気に入っている。出来る事ならずっと、こうしていたい。
そう思うぐらいに、俺にとって理沙さんが側に居るのが当たり前になっている。
「俺にとって理沙さんは、憧れだった。でも今はこうして、手を伸ばせば届く」
「そんなん、困るわ。アタシまで本気になったら、もう引き返せへんやん」
「なってくれるんですか? 俺を相手に、本気に」
潤んだ瞳で見つめ返す理沙さんの視線には、普段以上の熱量がある。いつもの様に寝室で見せる表情よりも、遥かに蕩けた甘さがあって。
俺でも良いんですね? と確認を取るなり唇を重ねる。それはこれまでにして来た、セフレとしてのキスではない。
慰め合う者同士が、お互いの空白を埋める為にだけにする代償行為ではない。
お互いに本気で恋をする相手と、その気持ちを確かめ合う為に交わし合うスキンシップ。俺と理沙さんの、気持ちを交換する行為。
今まで俺が経験した異性とのキスとは、何もかもが違っていた。捨てられた者同士だったのが、求め合う者同士に変わった瞬間だ。
「俺は理沙さんが好きです」
「アタシも好きやで、一輝君の事が」
「じゃあ今から、俺の彼女になって下さい」
そうして再び何度も口づけを交わし、お互いに貪る様に求め合った。気持ちを確かめ合った後、シャワーを浴びてから同じベッドで眠りにつく。
そうして迎えた翌日は、今までで一番の爽やかさを感じた。隣で眠るのは、昔から憧れていた女性。
魅力的過ぎる元ヤンギャル系お姉さんが、俺の恋人として記念すべき朝を迎えた。そうして俺達は、幸せな日々を送り続けた。
これが大体想定している1章部分になります。ちなみに微エロ版は5話の最後でも致します。
長編化する際に、名前や口調などは変更するかも知れません。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!