第3話 優しい相手ほど気をつけよう
間島一輝の幼馴染で恋人だった女子大生、畑山彩智は昔から可愛らしい少女だった。
小学生の頃から学校で人気があったし、大層モテてもいた。家庭もそれなりに裕福で、両親も健在だ。
余程の過ぎた願いでも抱かない限り、手に入らないものは殆ど無かった。
そんな彩智が簡単に手に入れられない存在の1つが、幼馴染である間島一輝であった。
父親が刑事であり、父を真似て小さい頃から剣道をやっている一輝はモテた。頼りがいがあって優しく、爽やかで人当たりも良い。
父親譲りの男前で、背も高くボディバランスが良い。ゴツ過ぎず細すぎず、凡そ女子が望む理想的な体型をしている。
小学生の頃から、色んな女子達が一輝にアピールをして来た。そして一輝本人は、嫌そうにする事なく皆に優しい。
ついに我慢出来なくなった彩智は、一輝と交際を始める。そこまで想っていなかった一輝も、関係を続ける内に彩智が特別な存在へと変化した。
「あのさ、彩智。その……今度の日曜日、映画を観にいかない?」
「うん! 良いよ! どんな映画?」
「えっと、高校生の青春モノって感じで」
真っ直ぐな好意を向けて来てくれる一輝に、彩智は満足感を得ていた。しかし人間の欲望には限りが無く、もっともっとと願ってしまう。
高校生になって更に彩智の欲望は増していき、嫉妬心も露骨に見せる様になって行った。
特に気に入らなかったのが、一輝の隣人である高田理沙の存在だった。小学2年生の頃から一輝が懐き始めた、美人なお姉さんだ。
明らかに一輝の態度は、他の女子達とは違っていた。自分にだってそんな目は向けない癖に、そんな感情が常にあった。
おまけにそんな彩智の内心を見透かす様に、理沙は大人な対応で綺麗に場を収める。
だからこそ彩智は、余計に惨めだった。そんな日々に変化が訪れたのは高校2年の冬、大学のオープンキャンパスだった。
「ねぇ君、いつからテニスやってるの?」
「あ、えっと。小学生の頃からです」
「そうなんだ。何が得意なの?」
サークルの見学に行った先で、2回生の爽やかでフレンドリーな大学生に声を掛けられた。
男子からの目に慣れていた彩智は、変な男なら見抜く事が出来ると思い込んでいた。
その意識が足を引っ張り、周りの男子達よりも立ち回りが上手い大学生が大人に見えてしまう。
明らかに女性に慣れた完璧な対応に、彩智は興味を持ってしまった。言葉巧みに話す男程、警戒せねばならない。
しかしまだ子供に過ぎない彩智には、それが分かっていなかった。ただちょっと話すぐらいなら浮気じゃないからと。
一輝だって、あの女性と仲が良いじゃないかと。そんな未熟な高校生らしい反発心もあった。
「もしこの大学に入学したら、うちのサークルに来てよ」
「あ、その、はい」
「じゃあまたね、彩智ちゃん」
顔なら一輝の勝ちだけど、トータルで見ると大学生の男性陣の方が魅力的かも。一輝は真面目で真っ直ぐ過ぎるんだよね。
そんな風に感じてしまった彩智は、既に落とし穴に嵌っている事に気付けなかった。
女性の扱いが上手いという事は、それだけの経験があると言う意味でもある。やたらと対応が大人なのは、それだけ異性を研究しているからだ。
どういう対応をすればヤレるか、それを知っている者達から見れば彩智は良いカモだった。
上手く隠された下心を見抜けぬまま帰宅した彩智は、それからも一輝と付き合い続ける。
だけど時間が経つに連れて、物足りなくなって行く彩智。同級生の男子達が、子供っぽく見えて仕方ない。
一輝は誠実だしバカな事をやらないけど、全然下心を向けて来ない。魅力が無いと言われたみたいで、ちょっと気分が悪いとも思っていた。
そして迎えた、大学への入学。言われていたテニスサークルに入って、先輩達との交流が始まる。
女性陣は優しいし、男性陣もとてもスマートだ。たまに挟まる下ネタだって、笑える範疇のもの。新人歓迎会で、彩智はチヤホヤされていた。
「え~彩智ちゃんって未経験なんだ」
「もう先輩! あんまり大きな声では」
「勿体ないなぁ、こんなに魅力的なのに」
下心が丸出しの高校生が行う太鼓持ちとは違う。褒めつつ真剣な空気も交えながら、心地の良い話し方で女性として見てくれている。
それが彩智には新鮮で、刺激的で印象に強く残った。まだこの頃の彩智は知らなかったのだ。
比較的治安の良い高校に居たから出会わなかった悪意。世間一般で言うヤリモクな男性や、同性を意図的に陥れる女性など。
知らずに育った事が彩智にとって幸せだったのか、それとも知らずに居た事が不幸だったのか。
素直にどうして欲しいのか、それを一輝にちゃんと伝えていれば良かった。察してくれないと相手の責任にせず、自分から動いていれば違う未来もあった。
畑山彩智は家庭にも容姿にも恵まれ、幼馴染にまで恵まれた筈の女の子。余計な寄り道さえしなければ、人並みの幸せを手に出来たのに。
自分が如何に恵まれていたか、その真実に気付く事無く彼女は行動してしまう。一輝に別れを告げて、大学の先輩に近付く。
その果てに待つ未来は、少なくとも幸せとは言えないモノだろう。そして自分から捨てた一輝は既に、新たな相手との関係を築き始めていた。
大学生になって駄目な男に騙されて、良くある話ですよね。
耳当たりの良い言葉ばかり使う男性には要注意って話でした。
現時点では彼女がどうなるのか、特に書く予定はないです。