5 冷蔵庫の上
これは結婚して息子が生まれて直ぐの話だ。
当時三歳だった息子は自閉症と診断され、言葉自体が三歳になるまで一切なかった。
しかし、この頃からやっと色々と言葉らしきモノが喋れる様になってきて、独り言の様な事を言うようになっていく。
「ガタンガタン!(電車の音)ウ〜ウ〜(救急車の音)」
「パン、食べりゅ〜。パン!パン!」
同世代より遥かに遅いが、少しずつ何を思っているのかは伝わってくるので、色々と子育てに楽しさを見出してきたのだが、時々妙な事を言うのが気になった。
「昔、高いとこ、4?5?に住んでた(我が家は2階)」
「じしん(地震?)怖いね、怖いね……。」
子供特有のファンタジー思考だと思って気にしてなかったが、地震の話はその後地震がたまたま起きたから、めちゃくちゃ怖かったのを覚えている。
ただそれも、地震のニュースなどをTVで目にしたのだろうと気にしなかったんだが……ある日息子が部屋でギャン泣きをしてしまったので、驚いた。
息子は基本泣かないというか……なんというか外界からの情報が入りにくいのか、多分同世代の子たちより遥かに泣かない。
そのかわり騒いで煩いが……。
だから突然泣き出したので驚き「どうしたんだ?」と尋ねると、突然息子は天井の隅を指差す。
「変……。変……。」
そのまま激しくワンワン泣き続けるので、蜘蛛でもいるのかと思って肝を冷やしたが、虫はいないようだった。
とりあえず気休め程度だが、箒を持ってきてザッ!ザッ!と指差す所を強めに突いてみると、息子はアッサリとそこを指差すのは止めて電車で遊び始める。
「……??なんだったんだ?一体……。」
まんじりとしない気持ちのまま、とりあえず玄関を箒で掃いて綺麗にしておいた。
そんなある日の事、息子とお留守番をしている時、おやつを用意するため台所へ。
息子はその時居間にあるTVを見ている様で、「あ〜!!」とか「ギャオオオ〜!!」とか猛獣の鳴き声の様な声をあげていて、今がチャンス!とおやつを用意する事にしたのだ。
基本多動がある子なので目を話せないのだが、部屋の扉には自作のものすごく高い柵がついているし、居間にある窓は息子の背を軽く超える高さにあったため、少しだけなら目が離せる!と手早く準備していたのだが……?
突然息子の声が全く聞こえなくなった。
「……?あれ?」
こんな無音な事、今まで一度もなし。
だから心配になって慌てて居間に行くと……息子はテレビそっちのけで天井の隅を見ていたのだ。
以前見ていた所とおんなじ所を。
昼間だがちょっと怖くなった俺は、テレビの音量を少し大きくして息子の肩を突く。
「ほらほら〜!太郎さんの好きな電車のキャラクターが映ってるよ〜?
どれが一番好きな電車かな〜?」
とにかく笑顔で気を引こうとしたが、息子はボソッと呟いた。
「いるよ。」
ハッキリとそう答えるもんだから、怖くて何が?とは聞けずに、そのまま台所の方でおやつを食べる羽目に……。
そして忙しなく動く息子を見ながら、もしかしてココって事故物件だったり?と色々考えた。
しかし、色々調べたり近所の人に聞いてもそんな話は一切なく、元々大家さん夫婦が住んでいたが、新居ができたから最近引っ越しただけだと聞く。
じゃあ、特に思い当たる節はないなぁ……。
本当に心当たりはなかったので、とりあえず放置していたら、それから息子が天井を見る事はなくなったため、一時的なモノだったんだろうと安心していた────が……どうも解決はしていなかった様だ。
息子が4歳になる少し前だったかな?
季節は夏、そして猛暑日だったため、家族で家に閉じこもっていた時の事。
飲み物を取ろうと冷蔵庫を開けたら、今まで暴れていた息子がジッ……と冷蔵庫の一番上の棚を見つめた。
冷蔵庫の一番上の上段部は、結構冷えてしまうため、あまりモノは置かない様にしていて、現在もその段だけ空っぽ。
なのに凝視しているので、気になってフッと尋ねてみた。
「太郎さん、どうしたの?何か欲しいものでもあるのかな〜?」
冷蔵庫の下の段にあるジュースの缶をチラチラ見ながら聞いてみると、息子は静かに冷蔵庫の上段を指差す。
「いるよ。」
前と同じだ!と驚いた俺は、前より言葉を喋れる様になった息子に『何が』いるのかを聞いてみた。
すると息子はたどたどしい言葉ではあったが、『黒いモヤモヤしたモノ』と説明したのだ。
「黒いモヤモヤって……煙みたいの?」
妻が息子に尋ねると、息子は頷いた。
「うん、うん、黒の煙みたいの。でもね、でもね、夜は違うよ。」
「……えっ?夜は違う形になるの??」
妻も俺も大きく首を傾げたが、次に聞いた言葉によって、同時に凍りつく。
「夜はね、男の人の顔。首から下、ないない。」
こ、怖っ!!!
えっ、何??それって生首???
結構な衝撃的な言葉に腰を抜かしそうになったが、とりあえず怖がらせては駄目だと、笑顔で頷いた。
「そ、そうなんだ〜。それは怖いな〜。
ずっと冷蔵庫に住んでいるのかな、その、おっ……男の人?は……。」
最後は言葉が震えたが、とりあえず軽い調子で言うと、息子はブンブンと首を振る。
「夜になるとそこから飛び出るんだよ。ブンブンって。
それで上をぐるぐる飛び回るから、怖い、怖い。僕怖い……。」
そこでギャー!!と泣き出す息子を見て、こっちも泣きたいと思った。
だって、普通に生活している頭上で、男の生首が飛んでいるのを想像すると、本当に怖すぎる!
それからなんとか息子を宥め寝かしつけると、一応冷蔵庫を開けてみたが、やはり何もいない。
でも、例え子どもの幻だとしてもちょっと……いや、かなり怖いため、どうしようかと考えた。
「お祓い……御札……盛り塩……。……塩……。」
とりあえずまずはできる事をしてみようと、盛り塩を冷蔵庫の中や部屋の隅に置いてみようかと思ったのだが……息子が絶対散らかすし、ペロペロ舐めるだろうなと想像がつく。
じゃあ、どうしようか……。
真剣に考えていると、フッと冷蔵庫の中にある梅干しに目がいった。
「 とりあえず怖いから梅干し置いておこう……。塩ついてるし……。 」
この時、本当に怖くてわらにもすがる思いで置いてみたのだが……なんと、その日から息子がその変な存在いなくなったと言うのだ。
梅干しって除霊効果があるんだ……。
本当にそうかは分からないが、この時から我が家では、必ず冷蔵庫の上段に梅干しを入れ、絶対に切らさないようにしている。