3 浮かぶモノ
小学生くらいの時期。
東京生まれ東京育ちの父は、いわゆる大自然の中のキャンプ!みたいなモノに憧れがあって、長期の休みがあれば無理やり家族をキャンプに連れて行く。
「やっぱりこういう静かな所でキャンプするのが、一番良いよな!」
そんな事を言われ、結局なんの役にも立たない父に変わって全てを用意させられる田舎育ちの逞しい娘だった母が怒り、虫が死ぬほど嫌いな弟は静かにキレるという……毎年いい思い出はあまりない家族旅行の時の話だ。
そのキャンプというのは、今の様なお洒落なキャンプとかではなく、本当に森の中。
毎回毎回『全部自己責任で泊まってくださいね?テントも自分達で勝手にどうぞ?』……という、結構放任主義っぽい感じのキャンプばかりをさせられた。
今回も例に漏れずそんなキャンプ場で、まず虫が嫌すぎてテントが立つまで弟は車で待機。
俺は少し離れた所に穴を掘ってトイレ作りをし、母は淡々と素晴らしい手つきでテントを組み立てていく。
そしてテントが立った後は、弟が全力ダッシュでテントに避難し、疲れた母もテントの中で仮眠をとると言ったので、まだ眠くなかった俺はとりあえず周囲に何があるのか見に行く事にした。
「ちょっと周囲を見てくる。」
「あんまり遠くには行くなよ〜。」
酔っ払いながらそういう父は置いて、一応そんなに離れないくらいの場所を探索していると、近くにきれいな小川を発見し一気にテンションが上がる。
「すげぇ綺麗な水!魚とかいんのかな〜。」
そのまま石を投げたり足をつけてみたりと遊んでいると、あっという間に陽が沈み始めたので、暗くなる前に戻ろうと慌てて小川から出た。
山の夜は早い……というか、明かりがないからすぐ暗くなる。
直ぐにテントの方へ戻ろうとした、その時……俺は少し離れた所でふよふよと何かが浮かんでいるのを見つけた。
それは白くてモヤモヤしていて……。
ちょっと透けているようにも見える事から、生物ではない様だ。
姿形としては、タバコの煙に似ていたと思うが……動きがちょっとタバコの煙っぽくないと感じた。
何だか上手く言えないが、意思を持っている様な感じの動きをしていたからだ。
「な、なんだ??あれ……。」
ふよふよ……。
ふわふわ…………。
何だか不規則な動きをしていたその煙を、ジッと見つめていると、その煙は、まるで手を伸ばす様に下の小川に向かい近づいていく。
そして────……。
────シュシュンッ!!!
なんと一瞬で消えてしまったのだ!
本当に一瞬で、例えるなら掃除機とかで吸われちゃった様な……まるで小川の水に吸い込まれる様に消えてしまった。
「な、なんだったんだ???」
この時は狐に摘まれた様な気分で、直ぐにテントに帰ったのだが、なんとなく気になって、テントに避難している弟に話してみる。
「なぁなぁ、俺、さっき小川で変なモン見たんだけど。
白い煙みたいなのでさ、そんで水に溶けちゃったんだよ。」
見たままを伝えたが、弟は面倒くさそうな顔をして適当に「白いからお化けじゃね?」と言っただけだった。
そしてそのまま持ってきた漫画を読み始めてしまったので、無視される事が分かっている俺は、それ以上言わない事にする。
しかし『お化け』という言葉がグルグルと回っていたため、一応母にも話そうとしたのだが、それを聞いた母は「しっ!」と、それ以上話すなというジェスチャーを見せた。
「バカ!山でそんな話しちゃ駄目。」
「えっ?なんで?」
母の表情が真剣だったためその理由を尋ねると、母は暗くなってしまった周囲をキョロキョロと見回す。
「昔からの言い伝えでね。
『山で怖い話をしては駄目』って言われてるんだよ。
実家で親によく言い聞かされたもんだ。」
「へぇ〜。そういうのがあるんだ。でも何で?」
純粋に不思議に思って聞くと、母はう〜ん……と考え込みながら答えた。
「言い伝えだからね〜。
まぁ、私の実家は田舎で山に沢山囲まれていたから、もしかして子供が勝手に山に行かないように作った話かもしれないけど……。
ただ、私が親から言われていた理由は、『怖い話を山ですると、お化けが寄ってくるから』だったよ。
なんでも山っていうのは、神聖な場所だからって。
……もしかして、死んだ人が行き着く所の入口でもあるのかもね。
天国とか地獄とか言われるモンの。」
「こ、こわ……。っていうか、その話自体が怖い話なんじゃ……?」
思ってもみない怖い話?をされて、鳥肌を立てた俺が腕を擦ると、母は『やっちゃった☆』みたいな顔で、笑う。
そのため、その話はそこで終了し、その後は夕飯を食べてそのまま寝る事になった。
その日に建てたテントは、三角形の形で四人寝たら一杯一杯程度の広さのモノで、ちょっと変わっているのが、更にその上から覆いかぶさる様に屋根の様なテントがくっついて建てられている事だ。
そのため、寝るスペースである三角形のテントから顔を出せば、そこは下が土のもう一つのテントスペースがある様な感じで、クーラーポックスや水などの荷物が置かれていた。
外に出しっぱなしだと虫がたかったりするので、できるだけ荷物はそのスペースに置く。
しかし、所詮は屋根代わりというか……下は釘でざっくり止めているだけなので、少しだけ隙間が空いている。
例えるなら、下の隙間はトイレの個室の下の空いている隙間みたいな感じだった。
だからそもそも虫がその気になれば、荷物は多分襲われると思うが、念の為……らしい。
勿論テントの入口はしっかりチャックで閉めて就寝するので、その中は大丈夫。
だから安心してグッスリ眠っていたのだが……夜中にフッと目が覚めた。
下半身に覚えがありすぎる感覚……そう、尿意だ。
普通に尿意で目が覚めてしまい、ブルッ!と身体を震わせた俺はテントを出ようとして……ピタリと止まる。
流石に夜中、一人でトイレは怖いな……。
この時まだ小学生だった俺は、母の話も思い出し直ぐに母を起こす事にしたのだ。
「母ちゃん……母ちゃん、起きて起きて〜。」
母の身体を揺すりながら起こしたが……母は全然起きない。
多分昼間の疲れが溜まっていたのだろうと思い、続けて弟を起こす。
「お〜いおい。弟、起きてくれよ〜。トイレ付き合って。」
結構激しく揺らしたのだが……やっぱり全然起きなかった。
車にいるかテントにいるかだったくせに、まだ眠いのか?こいつ……。
ムッとして軽く叩いたが、やはり反応はない様だ。
「仕方ないから、親父を起こすか……。トイレくらい付き合ってくれよ〜。」
腹辺りを強く叩きながら起こそうとしたが……やはり全く起きる気配すらなかったので、ここでちょっとおかしいなと思い始める。
父や弟はともかく、母は眠り自体が浅いせいで、ちょっとした物音でもすぐ起きてしまう人だったからだ。
こんなに起きないなんて初めてだな……。
その事を不思議に思っていると、突然外から音が聞こえた。
────ザグッ……。
外のジャリ混じりの地面を踏む音だ。
つまり……誰かいる。
びっくりして耳を澄ますと、その音がまた聞こえた。
……ザク……ザク…………。
ザクッ……。
ザク……。
ザクッザクッ…………。
その歩く音はどうやらこのテントの回りを回っている様で、更にその足音には特徴がある事にも気づく。
多分普通のスニーカー靴とかじゃない様な……。
「……登山用の靴?」
なんだか足音が軽い感じがなく、それなりの重量感があるモノに聞こえて……そこでパッと思い浮かんだのが、その登山用のゴツい感じの靴だった。
しかし……なんで夜中にそんな足音が……??
「……あ、もしかして、このキャンプ場のオーナーさん的な人?」
そこでフッと頭に浮かんだのはそれで……今考えるとあり得ない!と分かるが、とりあえずその時の俺は『オーナーさんがキャンプ場の安全確認とかで、歩いてまわっているのだろう』と思った。
「夜中まで大変なんだな……管理者って。うっ……!や、やばっ……。」
ごちゃごちゃ考えている内に膀胱が限界になったため、『外に出てオーナーさんに頼めば、トイレしている間、見守ってもらえるかも!』と思いつく。
直ぐに外に出ようとテントの入口を開くと、下の隙間から靴本体は見えなかったが、伸びた影がチラチラと隙間から見えて声を出そうとしたが……そこで我に帰ったのだ。
いやいや、知らんおっさんの前でオシッコするの恥ずかしいじゃん!
そこで口を閉じて、そのオーナー?に見守ってもらう事は諦めたのだが……このままだとオシッコを漏らしてしまう。
恥ずかしさと限界の膀胱の合間で考えて考えて────……。
「……限界!!下が土だし……良いや!」
俺は結局テントを出て、荷物が置かれた場所の端でオシッコをした。
すると、随分と大量の尿が出たのだが……その尿は下の隙間からテント外へ。
ジョボジョボと結構な勢いで出ていくオシッコを見ていたのだが、不思議な事に足音はピタリと止まった。
シーン……。
突然静かになった中で、俺の尿は出続け……ちょっとした水たまりになった頃には、テントの周りにあの足音の主の気配すらなくなっていたのだ。
……おしっこが流れているのが見えて、逃げたのかな?
心の中で一応謝り、そのまま家族が寝るテントの中へと避難して直ぐ眠りについた。
そして朝────。
「くっさい!!なんか……荷物置き場がおしっこ臭い!!」
母の怒りの声に目が覚めて、思わず飛び起きる。
そして勿論そこでおしっこをした事を酷く怒られてしまったのだが、夜に起こしたけど全然起きなかった事を伝えると、そんなわけない!とまた怒られた。
どうやら悪戯で、そこでおしっこしたと思われたらしい。
心外!と思ったが、確かにおしっこ臭いのは確かなので、「ごめんなさい。」と謝って、この件は終わったのだった。
そして数年後、たまたま山の怖い話として、テントの周りを回る足音の話を聞く機会があり、全く同じ体験談だったためとても驚かされる。
この時、初めてあれはオーナーなんかじゃなくてお化けだったのかも!と知り、背筋が凍りついた。
「……もし、あのままテントを出ていたら…………?」
それを考えると、今でもめちゃくちゃ怖い。
それによくよく考えてみると、そもそもなんでテントの下の隙間から足の影が見えたのかも謎。
街灯なんかも当然ない中、そんなに影って映るもの?なのか……??と。
今になってはその正体もどんな状況だったのかもよく覚えていないが、一つハッキリ覚えているのは、大量のおしっこと共に消えてしまった事だ。
「おしっこが弱点……?……いやいや、そんな事はないはず。一体何で……??」
そこで思い出したのは、その前に小川でみた煙?みたいなお化けに起きた事だった。
流れ行く小川に触れた瞬間、まるで吸い込まれる様に消えてしまったソレ。
もしアレもお化け的なやつだったのなら、ここで俺はある仮説を立てた。
お化けって、もしかして流れのある水に流されちゃうんじゃないか?
お化けの正体はプラズマ〜とか、電気的なモノ〜とか色々な諸説があるが、俺が予想したのは、多分音の波形みたいな?そんな流れみたいなものがあるモノなんじゃないか?だった。
だから物理的に流れがある水に、その波形が巻き込まれて流されちゃうのかもと考えてみたのだ。
そう考えると、なんか変な気配がする!って時は、蛇口の水を流すといいかもしれない。
あくまで妄想だけど……。
しかし、そう考えると……よく怪談話で『コップに入った水を飲む』という行動をするとお化けが〜みたいな話も筋が通る気がする。
流れがない水ってそれ自体に波形がないから、お化けそのものになる感じ?
つまりそのコップの水自体がお化けになるというか……とりあえず、いわく付きの場所に置いたそれを面白半分に飲むのはちょっと怖いなと思う。
「もしかして、俺のおしっこの流れに巻き込まれそうになって、慌てて消えたのかな……。」
そう思うと、バッチリ立っていた鳥肌が少しだけ治まった気がした。




