表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3 浮かぶモノ

同居していた祖母と祖父。


二人は歳とともに痴呆が始まり、祖母の方は元々頭を使う事や新しい事をする事が嫌いな性格だったからか結構早くにガッツリ進んでいき、祖父は割とソフトに進んでいった。


祖母は、よくその症状に見られる物盗られ妄想やせん妄に加えて、元々の性格も攻撃的な人だったせいで酷い暴言や手が出るなどの暴力も酷くなり、まぁ結構この時が人生の中で間違いなくナンバーワンの修羅場だってと思う。


しかし、色々事情があって家でみるしかなかった時に、ある不思議な体験をした。



夏の暑い日、三階建ての三階にある自室にいた俺は家に持ち帰った仕事をしていたのだが、一階にいる祖母が自分を呼ぶ声が聞こえ、ウンザリした気持ちになる。



「お〜い、お〜い、太郎(俺の名前)〜!!ちょっと来い!!早く!!!」



またどうせトイレの便座が盗まれた!やら、自分のパンツが盗まれたやら、どうでもいいことで騒いでいると確信した。


現在はちょうど、お昼を過ぎた頃。


とにかく1日中こんな感じで人を呼びつける祖母にウンザリしながら、俺が仕方なく一階へ行けば、いつものように怒りの形相の祖母が……いなくて、随分と上機嫌の祖母がいたのだ。


珍しいな……。


そう思ったのも束の間、祖母は嬉しそうに微笑みながら言った。



「あんちゃんだよ。あんちゃんが遊びに来てくれたんだ。お前、早く挨拶しなよ!

あ〜それより先にお茶だ、お茶!早くしろ!」



祖母はウキウキしながら命令してきたが、俺はそれよりも妙だと思って玄関の方へ視線を向ける。


一階にある玄関の扉は結構な重さがあって、開ける時も閉まる時もかなり大きな音が出る。


そのため、玄関が開けば三階にいても聞こえるはずだが……全く聞こえなかったからだ。



「……あんちゃんって誰?」



とりあえず冷静に尋ねたが、痴呆も入っている祖母は「あんちゃんはあんちゃんだよ!!」と言って怒り出してしまったため、とりあえずお茶を入れに台所がある2階へ向かった。


昔の友達かなんかだろうか?


そう思いつつお茶を入れると、今度は祖母が焦った様子で2階に上がってくる。



「あんちゃんがいなくなっちまったよ。さっきまで居間にいたのに……。

お前、探してこい!」


「はぁ??」



また玄関の扉の音は聞こえなかったため、ここでやっと俺は『あ、誰も来てないのに来たって思っているだけか』と理解した。


ただ、この妄想は初めて聞いたパターンで、家の中に誰かが来るなんていうのは今まで聞いた事はなかったためちょっと驚く。


とりあえず一階を隈なく探したが、やっぱり誰もいなくて、祖母はガッカリした様子だった。


しかし、それから毎日の様に祖母は「今日もあんちゃんが来たよ。」と言うようになり、流石に気になった俺は、父にその話をしてみることに。


すると、驚きの話を聞く事になった。



「あんちゃん?……あ〜。それは名前じゃねぇよ。あんちゃんっていうのは、『お兄さん』の事だ。


だからおっかあ(祖母)の言うあんちゃんは、あっかあの兄貴の事だよ。」


※ おっかあ=お母さんの事


「へぇ〜。」



初耳だった俺は、適当に相槌を打ったが、それにしても何で急にあんちゃんなんて言い出したのか?


それを尋ねる前に、父は昔の事を思い出しながらそのあんちゃんについて語る。



「おっかあの家は、10人以上兄弟がいたらしくて、女で長女だったおっかあに両親は無関心だったらしい。

戦争中だったし当時はそれが当たり前だったらしいんだが、その中で一番上のあんちゃんだけは、おっかあを可愛がってくれたって昔言ってたな。

だけど、あんちゃんは戦争に行っちまって……その後、一応帰ってはこれたがそのままマラリアで直ぐに死んじまったんだって昔言ってたよ。」


「そうなんだ……。」



祖母と祖父は戦争を体験した世代だったため、色々な話があったそうだが、その話は初めて聞いたため、なんだか気分がしんみりしてしまった。


そのため黙っていると、父は最後にポツリと呟く。



「痴呆っつーのは、今を忘れて昔に戻るらしいから、きっと今、子供の頃に戻ってんだろうよ。」



それからあまり強く否定する事もないだろうと判断した俺は、祖母が何度か言うあんちゃんの訪問を適当に相槌を打って答える様にしていたのだが、最初にあんちゃんが来たという訪問日から約2週間後。


祖母が亡くなったのだ。


だから、そのあんちゃんとやらは、もしかしたら祖母の記憶の中のモノだったのではなく、いわゆるあの世からのお迎えだったのかな?と思った。



しかし────更に妙なのはここから。


祖母が死んで少し経った頃、まだソフトな痴呆症であった祖父が突然一階から父を呼ぶ。



「おい、客が来たからお茶を出してくれないか?二人来た。」



その時父と俺は2階にいて、もし来客がいたら下の玄関の音が聞こえるはず。


だからおかしいなと思い、俺は祖父に尋ねた。



「誰が来たの?」



すると祖父は、『あれ?』と少し考え込む様子を見せながら、それに答える。



「黒い人だ。」


「はっ??黒い人???」



一体何を言っているんだと思ったのは俺だけではなく、父も同様に不思議に思ったのか祖父に続けて質問をした。



「黒いって……黒い服でも着てたのか?」


「……いや……?」


「外国の人って事か?」


「…………???」



何を尋ねてもピンとこない様子で答える祖父に、父はイライラしながら怒鳴る様に「だからどんなやつが来たんだ!?」と聞いたが……祖父の答えはやはりハッキリしない。


ただ『黒い人』とだけ言う。



一応一階へ全員で向かったが、やはり玄関が開いた形跡はなし。


一階の部屋を全部見ても誰もいなかった。



「ほら、誰もいねぇじゃねぇか!おっとう(祖父)しっかりしてくれよ。」


※おっとう=父親の事



父が不機嫌でそう言うと、祖父は不思議そうな顔で居間の方を見つめる。



「おかしいな……。さっき玄関から二人揃って入ってきて、そこの居間のテーブルに座っていたのに……。」



その顔と声から、本当に不思議に思っている様で、ハキハキ喋るものだから完全にボケている様にも見えなかった。


少々不気味だと思ったが、とりあえずその日は何もなく終わったのだが……また直ぐに同じ事が起きる。


やはり『黒い人が来た』と……。


勿論俺と父はそれを見たことがないため、痴呆症のせいだと思っていたのだが……なんと、その約2週間後……祖父は亡くなってしまったのだ。



ちょうど祖母があんちゃんを見たと言ってから、同じくらいの時期に……。



これにはゾッとしてしまい、祖母と祖父が亡くなった悲しみが吹っ飛んでしまった。



よく『死ぬ前にお迎えが来る』というけど、本当に来るんだ……。



こんな身近で体験するとは思わず驚き、続けて迎えに来る人が多種多様で驚かされる。


祖父の黒い人は誰かは分からないが、二人組の男?みたいな事を最後らへんは言っていたし、もしかしてあの世の案内人の人とかだったのかもと今では思っている。


そこは祖母じゃないのか……と思い、母にこの話をしてみると、凄く納得する様な顔をしたいた。



「あ〜……ほら、おじいちゃんって寡黙な人だったじゃない?

でもね、一度だけ凄く酔っ払った時に、独り言の様におばあちゃんと結婚した時の経緯を話していた話していた時があったのよね〜。」



「えっ、おじいちゃんお酒飲めたんだ……。」



おじいちゃんは趣味は散歩で、生活もどこの修行僧?と言いたいくらい娯楽をしない人だったから驚いた。


母はそれに対しコロコロと笑って答える。



「おばあちゃんが、お酒も遊びも禁止していたって聞いたよ。

今でいうヒス嫁だったってアンタの父親も言ってたから、結構大変な結婚生活だったんじゃない?

それで結婚した理由なんだけど、おじいちゃんが順番で回ってくる潜水艦の部隊に選ばれたかららしいね。

だから直ぐにおばあちゃんとお見合いをさせられたんだって。」



「?なんで潜水艦の部隊に入るとお見合い?」



特に結びつきが思いつかなかったので、首を傾げると……母は神妙な顔で言った。



「その潜水艦は、元々帰り用の燃料なんて積まない片道専用だったからだよ。

つまり、100%生きては帰れない部隊だから、隊員にはその出発前に結婚させて子供を作ってあげるっていう事が、当時ここらでは普通だったらしいね。

で、最初の見合い相手がおばあちゃんだったんだけど……まぁ、あまり好きになれない感じの人だったみたい。

おばあちゃん、性格がちょっとアレな人だったからねぇ……断ろうとしたけど、もうすぐ死ぬんだって思ってたから、それでOKしちゃったんだって。

そしたら、まさかの潜水艦の用意してあった港が爆撃されて、待機になったんだけど、そしたら直ぐに戦争が終わっちゃって……結局結婚生活を続けるしかなかったんだって。

だから、おばあちゃんが迎えに来ても拒否してたのかもね。

今まで散々家庭内で虐げられても支え続けたんだから、もう自由にしてくれ!……みたいな?」



結構笑えない話に黙っていると、母がそういえば……ともう一つ話を始める。



「私のおばあちゃんが死ぬ前、アンタ妙な事言ってたの覚えてる?

まぁ、凄く小さかったから覚えてないかもしれないけどさ。

『家の中で布?を引きずる音と人の足音の音がする』って。

子どもの戯言だろうって思っていたけど……実家に住んでいるおばあちゃんの顔を見に行った時、言ってたんだよね。

『今日、親友が来てくれた。』って。

多分昔仲良しだった子らしいんだけど、もうとっくに死んでいたから、ちょっと気味が悪くて……。」



「全然覚えてないなぁ?確かに気味が悪いけど、親友のお迎え?の話と、着物を引きずる音と足音がするっていう話と関係なくないか?

母ちゃんのおばあちゃんは、離れた実家にいたんだからさ。」



母の実家は少し離れた所にあって、そこに母のおばあちゃんは当時ずっといたはずだ。


だからその二つの話に共通点はないと思ったのだが、母は慌てない慌てないと手をゆっくり振りながら続きを話す。



「その話には続きがあって、おばあちゃんが言ったのよ。

『孫の家を一度見たかったから、沢山教えてもらって良かったわ』って。

それからペラペラと台所が広くて素敵ねとか、掃除ちゃんとしているのねとか……まるで見てきた様に言ってきたから、ビックリしちゃったわ。」



「それはちょっと怖いな……。まぁ、でも誰かにウチの写真でも見せてもらったんじゃね?」



普通に考えれば、前もって撮った写真を見せただけだろうと思ったんだけど、母は眉を寄せながら目を瞑った。



「しかしてそうかもって思ったけど……誰も見せてないって言うのよね〜。

それで話は変わるけど、その親友の人ね、着物が大好きでよく着ていたそうよ。

おばあちゃんが見たっていうのも、立派な着物を着た姿だったらしいのよね。」



「へぇ〜。今は着物なんて成人式とかでしか見ないもんな。」



馴染のない服装の話になって、イメージを頑張って膨らませていたが……母の言葉によって思わず鳥肌が立つ。



「着物って打ち掛けを羽織って歩くと、布を引きずる音するじゃない?

だから、その人がおばあちゃんを迎えに来る際に、ウチの様子を見に来ていたんじゃないかって思っちゃったのよね〜。そう考えると、ちょっと怖〜。 」


「怖っ!!」



結構ゾッとする話に、鳥肌を懸命に治めようと腕をさすったが、同時に自分が死ぬ時は誰が迎えにくるんだろうと、今はちょっと楽しみにしてたりする。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ