18 横断歩道で聞こえる声
「おはよ〜ございま〜す。」
もうすっかり若者とは言えなくなった歳の俺。
久しぶりに自分の母校である小学校の通学路を朝、通りかかった時に見た光景。
それは、旗を持って通学する小学生達を見守るおじいちゃんを見た時に、ある不思議な話を聞いたことを思い出したので書いてみる。
自分が子供の頃は、『挨拶は絶対しよう!』が常識の時代だったため、旗を持ってくれるおじさんとおばさんには必ず挨拶をしなければならなかった。
そう教えられた俺達は、学校に向かう際は毎日挨拶をして、たまにちょっとした話題をそのおじさんやおばちゃんから投げられ、それに答えるというのが日常。
「今日の体育は、水泳できそうね!がんばんな!」
「妹ちゃんの方は今日はお休みか〜?風邪には気をつけんだぞ〜!」
などなど、おじさんやおばさん達も、いつも挨拶を元気に返す子供たちへ、覚えられる限りの話題を振ってくれる。
それが自分を見てくれているんだなと、ちょっと嬉しかったのを今でも覚えているのだが、そんな自分が子供の頃の『当たり前』は、現代にはすっかりなくなってしまい、朝、『おはよう。』と言うのは旗を振るおじさんとおばさん、そして少人数の小学生達だけという寂しいモノになっている。
物騒な世の中になったから、それは仕方ない。
ちょっと寂しいけど……。
しみじみしながら、大学生になった時、たまたま自分の母校の近くを朝通った時の事。
突然背後から「あれ?お前、太郎君かい?」と話しかけられ、振り向くと、そこにはかつて旗を振ってよく話しかけてくれたおじさんがいた。
「あ、お久しぶりです。」
ビックリしながら頭を下げると、おじさんは前より禿げ上がっている頭を撫でる。
「いや〜。太郎くんがこんなに大きくなるんじゃ〜俺も老けるのは当然か!
元気だったか?」
オジさんは最後のグループらしき小学生を送り出した後、気さくに離しだしたので、俺も自分の現状について話した。
すると、おじさんはなんとなく少し寂しそうな目で小学生達が去って行った方向を見つめる。
「昔は、皆色んな話をしてくれたんだけどね、今は殆どの子がだんまりだよ。
挨拶を返してくれる子も殆どいないねぇ〜。寂しい世の中になっちまったもんだ。
だから、俺も最近じゃあ、皆小学生達が同じ顔に見えてきたよ。
こうして、これからは人に無関心になって行くのかもな。」
「まぁ、親切に話しかけて追い回される時代ですから。」
しみじみ語るその姿は悲しそうで、俺までしんみりしてしまうと、おじさんがそんな空気を払うためか、面白い話をしてやろうと言い出した。
「なんですか、面白い話って。」
「ほら、よくお前達の世代の子達が話してくれただろう?学校の七不思議がうんたらこうたらとか。
怖い話を一個してやるよ。」
「へぇ〜!俺、怖い話、未だに好きなんで!お願いします。」
喜んで聞く体勢を取ると、おじさんは楽しげに話してくれた。
「実はな、俺の前任の旗振りおじさんが言ってたんだ。
『旗振りしている時、知らない子供が挨拶する声が聞こえる時がある。』って。
もちろんそんな話は信じてなかったから、『へぇ〜。』なんて言って意識半分で聞いてて、最近まで忘れていたんだよ。
でも、俺、聞いちゃったんだよな〜その声!」
「えっ?本当ですか?」
ジッと疑いの目を向ける俺を、鼻で笑った後、おじさんは続きを話す。
「『おはようございます。』って。
最近挨拶してくれる子供が殆どいなくなったから気付いたんだ。
だってよ、子供たちは皆下を向いてだんまりしているのに、挨拶する声だけはこっちに向かってハッキリ聞こえたから。
……もしかして、ずっと前からその声は聞こえていたのかも。
ただ昔はあっちこっちで挨拶されてたから、全然気づかなかっただけだったのかもな。」
「ほ〜……それは結構怖い話ですね。」
思ったより怖い話にふるえていると、おじさんは色々今まで聞こえた声について思い出していった。
「最初聞こえた時は、確か雨の日だよ。
『おはようございます。』って。
雨の降る音で他の音は聞こえにくいのに、その声だけ綺麗に耳に入ってくるから気づいたんだ。
まだ声変わりしてねぇから、女か男かも分からない。」
「う〜ん……。一体誰なんでしょうね、その声。」
たまに挨拶するお化け。
不思議なお化けだなと思って首を傾げると、おじさんも顎に手を当てて考え込む。
「さぁ?特にここいらで交通事故で死んだ子供はいないからなぁ……。
ただ、だいぶ昔からある話らしいぞ。
俺にそれを教えてくれた前任も、前の前任から聞いたって言ってたから。
『ここいらに住んでる守り神かも。』とか言ってる奴らもいるけど、何なのかは分からん。」
確かにここらへんで子供か交通事故で────……とかいった話は聞いたことはない。
だから、浮かばれないお化けが〜……なんていう話もないはずだ。
それから少し考えたが、結局答えは出なかった。
結構怖い話だとは思ったが、おじさん曰く、『挨拶してくれるなら嬉しいからいいさ。』と言って正体を確かめる気はないらしい。
「お化けの世界は、レトロな世界のままアップデートしないのかもな。レトロな時代を生きるオジさんには有り難いよ。」
そんな冗談を言って、オジさんは帰っていった。
俺はその話をフッとした時に思い出し────もしもそんなお化けがいるなら、定年を迎えた後、旗振りオジさんをやってみるのも良いなと思っている。




