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みつひで

明智光秀。


言わずと知れた、天下の謀反人。本能寺の変を起こした人物である。

しかし、その事件を起こした理由については、今なお、明らかにされていない。


現代では、突発的な行為ではないかと言われている。だからこそ、彼が抱えていた心の闇は色んなことが積み重なってしまったのだろう。



◇        ◇


1574年。4月。


「織田、徳川の連合が武田の高遠に進軍!!その数、3万!!」


武田家は、織田と徳川との停戦が切れた後、すぐに開戦となった。その差は圧倒的な開きがあり、勝利は絶望的なものであった。

一方で、


「この田舎武士が!」

「北条の弱兵のくせに!」


国峯城付近にて、上杉家と北条家が小競り合いを開始してしまう。それがどのように影響を及ぼしたかというと、


「小諸城に上杉軍、兵5千が進軍!!」

「!!?き、来たか!」


木曽義昌。上杉軍と対峙する。その相手は、新発田の兵3千と本庄の兵2千。小諸城の兵数は、2千5百。木曽家は軍議を開く。率直に


「上杉軍を押し返せると思うか?」


義昌は尋ねる。


「新発田と本庄は、戦に強いお方。無事ではすまないでしょう。しかし、小諸城は改修をしており、陣所も設置しています。そこでの迎撃からの小諸城を盾に護れば、……上杉が小諸城を奪うとは難しいでしょう」


佐竹義堅は答える。


「氏政様達からの援軍はない。これは武田家の時と同じだ」


木曽義康は答える。

どちらの意見も正しいと思う。だが、北条からやってきた義堅と、木曽家の元当主、義康との意見の違い。なにより、領地経営が軌道に乗っている中、上杉との戦い。

小諸城の領地を荒されたくない。そのために、対武田用に作った陣所があるが……新発田と本庄の合わせた5千の軍を止めるのは不可能。

というか、情勢からすれば……この場では、誰も喋らない……が。



織田・徳川の侵攻は、この小諸城まで届く。


「抵抗をするべきです!!北条が木曽家にどれだけの支援をしたか!!」


その支援は確かだ。義堅の叫びは、北条の家臣として正しい。


「いや、小諸の領民を守るためが、城主の務め」

「北条からの恩を仇で返す気か!?」

「恩もクソもへったくれもない!!家を存続させるのが、”外様衆”!!義堅!お主の献策はなしだ!!」


木曽義昌。決心する。ホントに恩を仇でしか返していないが、

新発田と本庄の軍が小諸城に接近する前に、上杉家に寝返りする木曽家!!


「おおおっ!木曽家はこちらについてくれるか!」

「ならば、我々も越後に戻ろう」


これにより、木曽家と上杉軍の対決は無くなる。そして、


「く、口惜しや」

「佐竹義堅。上杉家の人質になってもらおう」


木曽家にやってきた佐竹義堅の身柄は、上杉家に渡される。北条家の情報を抜き取り、その後は処刑という惨いものであった。


「義堅には悪い事をしたが、これで半年の猶予がある」


木曽義昌は平和な時で色々な考えをしていたようだ。特に大きかったのは


「内藤殿が亡くなられた。上杉に跪くなどしたくなかった」


北条家に寝返られたきっかけの人物。内藤昌豊が亡くなってしまったからだ。彼の言っていた、”外様衆”としての姿。木曽家を守るためなら、なんだってやろうという決意はこの頃から固まっていた。真田正幸という卑怯者が、家を守るために正しいと感じていた。その力やその知はなくとも、やってやろうという気持ちから入った。


「義昌。お前はどう立ち回るのだ?」

「上杉家臣として”まず”、織田・徳川との戦いを挑みます」

「!?しょ、正気か!?小諸の領民を守るためと言っていたであろう!」

「それに違いはないです。上杉と戦い、孤立し、疲弊したところに、織田・徳川連合が来れば、一溜りもない」


上杉家ならば、小諸城を持ったままの寝返りはできたが……。織田家や徳川家といった強国。そして、自分自身は武田家からの出だ。小諸城を織田・徳川に明け渡す未来は見えている。木曽家は終わってしまう。あの時は必至だったが、状況は酷似する。


「”蒲原城での戦い”の再現!ここでこの、木曽義昌の武を示し!織田・徳川と戦い、木曽家を守る!」

「!!…………あの信玄譜代衆ですら、織田・徳川の連合軍に苦戦を強いられている。北条の兵とはわけが違う」

「でなければ、木曽家が滅ぶだけ。やるだけやります」


1574年。10月。

上杉家臣として、


木曽家 VS 織田・徳川の連合軍の戦いが始まる。

その戦いの前哨戦としては、



ガギイイィィッ



「この高遠城は死守しろーー!」

「武田の意地を見せろー!」


武田家 VS 織田・徳川の連合軍。

高遠城での戦い。


この戦いには、

信玄譜代衆はもちろん、勝頼、勝頼の側近衆、真田家までも動員された。信濃最大規模の戦となった。

数で大きく劣る武田軍ではあったが、一兵一兵の武の練度、それを巧みに操る名将達の再配。倍の兵数差を前に互角以上の戦い。


「さすが、武田の兵。地の利もあるが、これは手強い」


織田信長自ら出陣するだけでなく、明智光秀、柴田勝家、滝川一益といった、名将揃いでこの高遠城の戦いに挑んだ、織田軍。もちろん、徳川方も本多忠勝といった名将が参陣。それでもなお、互角以上。しかし、


「か、勝頼様!大変です!」

「どうした!?」

「徳川の掛川城、駿河城から、……蒲原城と中野城に向けて、兵8千が出陣!!」

「!!ぐっ」


織田・徳川連合を止めていた武田軍であったが、その数の差は歴然。徳川軍の別動隊が蒲原城、中野城、躑躅ヶ崎館に向けて進軍。それに勝頼側近衆は反応してしまい、高遠城で譜代衆と喧嘩をしてしまう。

結局、側近衆は高遠城を見捨ててしまい、さらには中野城で徳川別動隊に敗れてしまう。

そして、側近衆を失ったことで、高遠城の戦いは一気に織田方に傾き。


「ぐっ……」


高遠城、陥落!!そして、次の月には馬場信春の居城、深志城まで織田に奪われてしまう。

武田家の城は真田家が持っていた、砥石城の1城だけとなってしまった。


「光秀、お前は上杉方の小諸城を奪取に向かえ」

「ははっ!」

「此度は上杉の討伐。その働きが大事だぞ」


織田信長はこの戦いで、ひとまず畿内へと引き返す。

残った光秀、勝家、一益の3名は、引き続き、信濃と越前の攻略を続ける。


光秀が抱える兵の数は、4千5百。

対する、小諸城の兵は合計で3千ばかり。


「小諸の城主は、元武田家にして、寝返った北条家すら裏切って、上杉家についたという。木曽家の木曽義昌か。主君を裏切り続けるとは、なんたる不義な武将だ」


光秀が言うと、説得力があるな~(棒読)。


「小諸城に攻め込んでくるのは、明智軍!その数、4千5百!!」


織田・徳川軍の先鋒は明智光秀。

そこから、榊原康政、兵2千。滝川一益、兵3千。織田信忠、兵2千5百。本田忠勝、兵千8百……。


計1万3千8百の兵が小諸城に押し寄せるのであった。














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