うじやす
北条氏康。
北条家の大名であり、関東を収めた大大名。かの武田信玄、上杉謙信と並んだ傑物の武将である。
その彼もまた、人の運命には逆らえず……。
◇ ◇
対徳川、対上杉との交戦している武田家。
勝頼とその側近衆達が対峙している北条家は、この時、どのような事態にあったであろうか。
「ごほぉ……ごほぉ……」
「父上!」
「ふふ……あの信玄も亡くなったとあれば、……儂もそろそろか……氏政よ」
「はっ!」
「儂が死に、あの謙信が動くこともある……幸い……北条と武田は睨み合い」
「!……承知しました」
「ふふ、ならばもう、北条の心配はない」
北条氏康、逝去。
その後は、北条氏政が継ぐ。
◇ ◇
「北条家からの同盟か」
武田家が四面楚歌にあったのは、今川家・北条家の甲相駿三国同盟の破棄にある。これは武田信玄が行った事で、この際に嫡男の武田義信と一騒動を起こし、後に彼が死去してしまう原因にも繋がる。
「武でしか語れぬ、譜代衆にはこの大事さが分かるまい!」
「北条と背を預ければ、上杉、徳川、……さらには、織田とも対抗できる事でしょう!」
勝頼の側近衆は、密かに北条家との関係を改善し、同盟にまで持ち込めるものとなった。
「あの北条氏康は武田家憎しと好戦したが、次の氏政殿は聡明な方!関東を平定し、上杉謙信への牽制に我々と手を組む策をご提案なさっています!」
「渡りに舟ではある」
武田勝頼達は北条との同盟を復活させ、武田家の最盛を狙っていた。だが、その動きは信玄譜代衆の内藤昌豊も掴んでおり、この状況下だからこそ、できる案があった。
そして、それは他の譜代衆達にも伝わる。
「北条との同盟か。勝頼様はともかく、あの側近衆達にしては良い仕事かもしれない」
同盟を考えているのは、勝頼達だけではない。譜代衆達からも武田家を存続させるための同盟案があった。
「だが、織田との同盟が優先だ。畿内を制した軍事力が武田討伐に向けば」
「うん」
武田家は滅びる。
「我々、”四名臣”を相手に、織田でも大軍の動員は必至だ。最近の徳川の尻にも火がついている」
「徳川を高遠で撃退し続ければ、交渉の余地はある」
「織田も武田と同じく、敵に囲まれている」
強国である織田と手を結び。
それに準じて、徳川の侵攻を北条に向けさせれば……
「氏康ならばともかく、氏政がどこまで関東を守れるかどうか」
「氏康を失ったとて、北条には名将が多い。北条綱成、大道寺、松田……対抗以上はするだろう」
譜代衆としての策。
それは織田家との同盟。そして、徳川家との停戦。相手を信玄の宿敵、上杉謙信に絞るつもりであった。
「はははは、難しいな。親父殿」
「ごほぉ……正幸。笑っておる場合か。儂も、信玄様、氏康と同様の道になるかもしれぬのだぞ」
外様衆の真田家も、譜代衆と勝頼の側近衆が、水面下で外交交渉をしていたのは知っていた。病気がちな幸隆は、正幸にいくつか尋ねた。
「正幸はどちらの同盟が、”武田家”にとって正しいものか?」
「北条ですな。織田との同盟は、ホントに一時的になりましょう。しかし、武田家を蘇らせるには、織田との関係改善は必須。簡単ならば、北条。難しくも得られる成果は大きいのが、織田」
「では、”真田家”にとっては?」
「織田ですな。今の北条につくなどあり得ん」
真田家としては、譜代衆の意見を支持していると言える。
「……して、いかように。織田との同盟はもちろんのこと、勝頼側近衆が北条との改善悪化を狙うにですね。親父殿」
「……………」
「私は動きません。譜代衆の信春殿、昌豊殿といった、知将がおられる。とても良い手が一手ある。信春殿が半分と半分。昌信殿と昌豊殿が半分ぐらいすると思います」
「……………」
「……親父殿?……親父……殿」
真田幸隆……逝去。北条氏康が亡くなった、次の月にこの世を去る。
◇ ◇
「はっはっはっ」
武田家内部の動きを敏感に感じ取る必要がある、外様衆。
その中で木曽家は……武田家内部の動きを気にする余裕などなかった。
「なぜ私が隠居するんじゃーー!」
義康、暴れる。
「こうして一門として会わせられる。勝頼殿と昌豊殿に感謝しましょう」
「く~~~っ。元はといえば、2人が援軍を出さなかっただろう!」
「囲まれている武田家に余裕がありませんでした」
それをたしなめつつ、小諸城の領地を発展させること。しばらくは、戦のない時間を木曽家は過ごす。義昌は少ない財政でやりくりをしなければならない事に頭を抱えているところに
「義昌様、義康様。使者と名乗る者が参りました」
「「は?」」
いや、そんな予定はないのだが……。”密使”を届けに来たという者が、この木曽家にやってきたのだ。それは今の木曽家の状況をよく知っている事に驚いた。
「”木曽家”を北条家に離反させる」
昌豊がとった策は、小諸城の木曽家を同盟するよりも先に北条家へ離反させるという策だった。
現在、武田家中でその立場とその待遇に不満を抱いているのは、木曽家であるのは明白だった。内藤昌豊は北条家と隣接している箕輪城の城主。関係改善の裏では、密かに武田内部に北条の者を送り込んでいた。
「立ち回りが難しくなるが、我々の意見と同じく、勝頼側近衆の意見を変える策はこれがいい」
「箕輪城は大丈夫?沼田と国峯があるとはいえ、孤立するよ」
「どのみち、綱渡りになる。この同盟を優先すると決めたじゃないか」
北条への敵対行為。織田と徳川の侵攻を止めて、東進する選択にしたい譜代衆。
そんな武田家中の思惑とは裏腹に……。
北条家は白く輝くお米みたいに、真っ当な理由。それもかなりの大物が、木曽家の現当主、木曽義昌に会いに来たのだ。(密使でのやりとりを経てだが……)
「はっはっはっ。一度、お会いしたかった」
昨年、木曽義昌には、蒲原城にて撃退されてしまった北条家。武田家中ではその評価、高くなく、極めて平凡な将との声。それが現当主の北条氏政の心を捉えていた。
「そなたが木曽義昌ですな。私は、北条家の当主、北条氏政にある」
「!……武田家、外様衆、木曽家、木曽義昌にございます」
「お、同じく。木曽家のご隠居、木曽義康にございます」
だ、大名自らやってきた~!?これは木曽家の謀反の件だろう。他の将でもできただろう。
義昌達の顔のこわばりに対し、北条氏政はとても物腰柔らかな態度であった。主君を裏切れという、脅迫的な行為ではなく、義昌の実力を買った上で北条家について欲しいという気持ちが十二分に伝わっていた。
「昨年、蒲原城を見事な指揮で、我が北条軍を止めたのは間違いなく、義昌殿ですな」
「!は、……はは。あの時は懸命だった故」
「ま、まさか。氏政様自ら来られるとは……」
不義にも、この場で氏政を討てば……。なんという考えはなかった。
「私は蒲原城の戦いに参戦できなかったが。あの一戦で北条家からは、あなたに一目おいた。しかし、武田家中には、譜代衆に真田家と……その評価に遠く及ばずと。小諸城で終わる器でないと思うし、武田家によほどの余裕がないとお見受けする」
「……………」
「そこでだ。武田と手を組むか、……木曽家を引き入れてから、武田家、北条家と戦うかの選択を思案しているところだ」
「え!?武田家と手を組むか……」
「木曽家を引き入れてから、武田家との戦い……」
どっちの提案にも心が動いてしまった、木曽親子。
「今、武田家が木曽家を軽んじているのは、私も上杉にも分かっている。小諸城は、武田領の箕輪城や国峯城と繋がっている重要な城だ。にもかかわらず、資源・金銭・人材面が行き届いていない。北条家は木曽家を支援する。武田家の猛攻を、蒲原城の戦いのように防いで欲しい」
「……!!」
小諸城の寝返りによって、武田家を分断する。それにはまず、あの真田家と戦うのは当然。今の木曽家で真田に叶うわけもないが、心の話をすれば。
今の武田家に不満はあるし、譜代衆にも良い思いもなく、真田家に利用されたりもした。その気持ちを氏政はしっかりと組んでいる。父、義康もこちらに抱え込んだという状況。
「よ、義昌!これは大事な話だぞ!」
「わ、分かっている。父上。北条のご支援を頂ければ、領民を豊かにできる……だが、小諸城は武田領内に取り残されることになる」
失敗すれば、打ち首間違いなし。真田や譜代衆、勝頼と戦えるのだろうか?
「無論、北条家は木曽家を迎い入れる。木曽家に任せたい城はいくらでもある」
「……………」
謀反という事だけに目を瞑れば、これからも木曽家を守るには……
「決断の前に氏政殿。貴殿にお聞きしたい」
「うむ」
「なぜ、私に謀反の誘いを?……私は知る由もないが、隣の真田家に話をする方が良かったかと存じます」
「あの真田か。武田家でも飼い慣らすのは大変な野心と力を持つ、真田正幸。あれを信じるのは無理なこと。貴殿には信用と信頼がおける者だと、北条家は思っている」
そこまで力はないが御しやすいという、北条家からしての評価でもあるが。氏政個人としては
「私にも偉大な父上がおり、配下にも恵まれた。私も大名になったばかりで、右往左往といったところ。今の木曽家の情勢と少し似ておられるし。妬みにも分かっている。まずは自分の家を守るためと、誰もが考えているのに、難しいものだな。はっはっはっ、義昌殿」
今の自分と、木曽義昌の状況が、それなりに似通っていたというのがあった。
武田家の荒武者のような態度と違い、北条家の物腰柔らかな、落ち着きのある態度もまた、義昌達にはありがたいと感じた。ここも戦国乱世。木曽家も勝負に出る。
「北条家、氏政殿につきましょう。武田家から謀反致します!」




