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いんきょ

「武田家、論功行賞を始める!」


先月の対上杉、対徳川の戦いにおいて、……武田家は躑躅ヶ崎館に諸将を集めていた。

功を讃える場において、その第一功は



「真田家!真田幸隆、真田正幸!!貴殿等は、対上杉に対し、砥石城を守り抜き、奇襲によって上杉謙信、景勝を撤退させた!その功は信濃を守ったと言える功にある!!」


武田家、武田勝頼から家宝を受け賜った、真田正幸。


「有り難き幸せ」

「見事な戦ぶりだ。いつも感謝する」

「これからも武田家のために仕えます」

「幸隆にも身体を労わるように伝えてくれ」


対上杉を守り抜けたのは、この真田正幸の軍略があってこそ。その第一功の評価は間違えない。


「続いて、第二功。譜代衆、”四名臣”、馬場信春!!前へ!」

「おう!」


信玄譜代衆は、四名臣が揃って出席する。自分達が第二功に当たるのは……。


「見事な武勇であった」

「…………勝頼様」


勝頼とその側近衆達との不仲が、あったのかもしれない……。


「これからも頼りにしていく」

「有り難く」


勝頼と信春の間がそれを示していたとも思われた。


「続いて、第三功!!木曽義昌!ならび、小諸城の兵士達!!」


そして、第三功に当たるのは、木曽義昌。

彼が全軍を砥石城に援軍として参陣し、防衛戦で見事に粘り抜いたからこそ、馬場信春の救援が間に合い、真田家の奇襲も嵌まった。


「「異論なし」」


性格の悪い、真田正幸も。

”四名臣”の1人も。

この義昌の功績を讃えるが……。木曽家は微妙な立場にあった。木曽家が代々と守って来た、木曽福島城を上杉家に奪われてしまったこと。その責任が、義昌の父、義康にあるのは当然だった。


譜代衆の多くも、勝頼の側近衆達も、……まだ、木曽義昌の実力には疑問を持っていた。そして、父親の処遇をどうするべきかと、悩んでいる義昌もあって、表情は固いものであった。



◇       ◇



「見事な戦ぶりであったな、義昌殿」


論功行賞が終わってすぐに、義昌に賞賛の声を直接届けに来た武将がいた。


「!内藤昌豊殿」


武田家、”四名臣”、内藤昌豊。

数多くの合戦で活躍し、武田家を支えた名将の1人。主に副将として、合戦では支えていたという。


「私も、信春、昌景、昌信と……華やかな武将がいた。しかし、己が真っ当することだけで良かったものだ。いずれ、また大きな功をとれる」

「………いえ、正幸と信春殿がいなければ、小諸城も砥石城も落城していた」

「はははは!その時を稼いだのは、義昌殿だ!あの功に不服に思うのは、日頃の妬みに過ぎんよ」


今は箕輪城の城主を任せられている。信玄譜代衆として、勝頼の近くで北条軍を牽制する役目。そして、勝頼側近衆達の動きを牽制している様子だ。

その昌豊からの声掛けかつ、義昌が悩んでいること


「義康殿は残念だったな。今、勝頼の側近衆の下に就くか。……最悪、武田家を出るか」

「居城を敵に奪われた以上は、戦国乱世。覚悟はできております」

「……意外だな。譜代衆が救援に向かわなかった事を言われるとも覚悟していた」

「木曽福島城は、間違いない名城です。そこを守って落とされたんだから、父上の責任です。こっちだって倍以上の兵数を相手にした!」



馬場信春が木曽福島城に向かっていれば、奪われることはなかっただろう。だが、砥石城と小諸城……。木曽福島城の、価値を天秤にかければ……当然のことだ。


「木曽義昌殿。貴殿の役目は、”自分の家を守る”ことにある」

「!」

「”外様衆”である。どうしたいかは、私達よりも明確にせねばいけないですぞ」



◇        ◇



ポチャンッ


「……木曽義康」

「は、ははは……」


城を失ったものの、数十人の兵士達と共に命を持って脱出をした。とはいえ、木曽義康は武田勝頼と、その側近衆達の前で身体が震えていたのは事実だ。

木曽家がこの者達の下に就くというのは……。しかし


「すまなかった」

「え」

「我々は、北条との睨み合いで精一杯であった。距離があったとしても、木曽福島への援軍に向かわなければ、武田家の当主として示しがつかない」

「……い、いえっ!そのようなこと……」


武田勝頼の心中はそうであるが、側近衆達は違っていた。


「木曽福島の拠点を奪われ、上杉との国境がさらに近くなった!」

「譜代衆の者達に比べてどうした!?」

「息子の義昌に譲るべきではないのか!」


失敗した者に対して、罵声飛び交い、この結論の方を勝頼から言い渡す。


「静かに。……木曽義康。……私も考えた中で思うが、義昌に木曽家の家督を譲り、小諸城の一武将として義昌に仕えよ」

「!!む、息子の下につけと……」

「お前ももう歳だ。幸隆殿のように、後見に回って欲しい」


真田幸隆。正幸の父親であり、現在は正幸にほとんどの実権を譲っているが、ご隠居としての権力は絶大だった。とはいえ、義昌の下、慣れぬ土地の統治。実質的な引退勧告。


「しかし!義康のミスは武田家にとっては大きいもの!」

「高遠、飯田の城に近くなりました!」

「そもそも外様な義康殿を武田家に残すつもりですか!」

「木曽家そのものを改易するも止む無し!」


武田勝頼としては、義康の隠居を条件にしたかったが……。側近衆達は自分達のことを考えて、外様衆と譜代衆の力を削ごうとしていた。失敗してきた義康に意見できる口はなかったが


ガーーーーーッ


「失礼。武田”四名臣”、内藤昌豊……そして、木曽義昌殿。……ともにこの、側近衆達の弾劾の場に参りました」

「!な、内藤!!貴様、箕輪に帰ったんじゃなかったのか!?」



木曽義昌と、内藤昌豊の2名がこの場に乱入。そして、義昌は義康に向けて、言ってのける


「……父上。俺に木曽家の家督を譲ってください」

「むっ!!お、お前に譲るだと!?」

「此度の論功行賞、私には不満残るモノ。義康が、……私に家督を譲る条件で埋め合わせできるでしょうか?勝頼様」


年齢を言われているが、……木曽義康は古強者。かつては、武田信玄とも戦ってもいた。そーいった栄光が頭の中に残っているからこそ、今に息子へ譲るなど思ってもいなかった。しかし、この場で義昌、勝頼、……譜代衆の内藤がいる状況では


「ぐぐぐっ……い、いいだろう。家督を義昌に譲る」

「お任せください」


木曽家の強引なやりとり。勝頼はこの場で静かに見ていたが、彼の側近衆は黙っていなかった。


「こ、こらぁっ!!この場は我々が処遇を決める立場!!」

「外様衆のお前達に、そのような権利はない!譜代衆の内藤!!お前もだ!」

「勝頼様!!木曽家は改易し、小諸城を我々が……」


騒ぎ散らす側近衆達に対し、内藤は



「えええーーーい!!嫉妬の豚共!!武田家に仕えるならば!その武!その知!その政!!発揮してから言えばよかろう!!勝頼様の傍に長くいたとて!信玄様の代から日蔭にいた者達が!!騒がしい!!」


キレた。

温厚、無欲とも言われている武将だった。


「勝頼様のご意向に反対するのか!?勝頼様が信玄様を超えられるかどうか、お主等の働きにかかるんじゃないのか!?」


内藤の檄に怖気づいたのは、勝頼側近衆もそうだが、木曽親子もビックリしていた。親子共に”四名臣”を戦場で見た事あるが、信春や山縣昌景と違って、淡々とした武で敵兵を捌く人物が。こんなにも熱くなるとは、自分達のために熱くなってくれるとは……



「……よい、昌豊。ここは我々の場だ。譜代衆の気持ちを吐く場ではないぞ」

「!失礼。勝頼様」

「昌豊の言う通り。私も木曽家にはこれからも小諸城を任せたい。頼んだぞ、義昌。義康よ、息子を支えてやってくれ」






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