ひきょう
木曽義昌。
武田家滅亡後は、織田、北条、徳川、羽柴などと、木曽家の所領を護るべく、各勢力の中を飛び回る。
その動き、あの者達と思わせるが。
どうして木曽家と扱いが違うのであろうか
◇ ◇
1572年、3月。
新生、武田家は3つの軍団によって、維持されていた。
武田勝頼・側近衆。甲府にて、対北条・対今川。
信玄譜代衆。高遠にて、対徳川・対織田。
真田・木曽・外様衆。上田にて、対上杉。
木曽義昌は、対上杉として、小諸城の城主に任じられ、兵二千五百を指揮することになった。だが、義昌はこの小諸城に来たばかり。兵達の心を掴みとれるかどうか、周辺の国人衆の取り込みにも至れていない。新たな領地は不安定な状態。
「仕方ないよな」
重要拠点である砥石城の隣には、昨年上杉家に奪われた、海津城があった。上杉の圧迫が強く、信玄も亡くなってしまい、やってきたのはこの地を知らぬ、若い城主。
小諸城は、砥石城の隣でもあり、上杉家からの侵攻も考えられる状況。箕輪方面からの侵攻はもちろん、砥石城を通り過ぎるだけでも侵攻できる。木曽家に期待している事など、武田家にはない。頼りにしているのは、砥石城を任されている、真田家だ。
「あの卑怯者は好かないんだがな」
武田家随一の卑怯者。……後に”表裏比興の者”と史に語られる、
「真田正幸殿・真田幸隆殿に任される他ないか」
名将、真田正幸。
義昌からすると、口達者な男なのであるが、その軍略は武田信玄も認めるモノであった。
「上杉軍!海津城・春日山城・飯山城から出陣!!その数、2万!!砥石城に向かっております!!」
「そうか」
「さらに、坂戸城!柏崎城から出陣!!その数、8千!!こちらは小諸城へと向かっている模様!!」
「うむ。義昌の城だな」
この月。
上杉家が武田家に侵攻。合計で2万8千。そして、時を同じくして、徳川家が高遠方面に向けて、軍を動かした。
武田家は今、二つの勢力と同時に戦っている状況だ。
それに対し、勝頼は……。動かなかった。単純に譜代衆や外様衆を嫌っているわけではなく。この状況で大きく動けば、北条家も攻め込んでくる。譜代衆がどう思うかはともかくとして、真田正幸は
「これは好機だ」
砥石城に2万の軍勢。真田家は4千5百。数の上では大きく劣り、名城の砥石城とて陥落するであろう。おまけに勝頼と譜代衆からの援軍も望めない。
つまり、これを撃退すれば真田家の権威は大きく上がるだろう。信玄譜代衆の者達とは、戦を通じて親交もあった。
「ふふ。勝頼様は、頭の固い方だ」
野心があるからこそ、その軍略があると言える。正幸がとった策は、
「義昌に援軍を出させよ。全軍だ」
「!?こ、小諸城からですか!?小諸城にも上杉軍が侵攻しているのですよ!」
「こう伝えるのだ、信幸」
使いの者に、木曽義昌へ書状を届けさせる。
義昌も小諸城に上杉軍が向かっている情報を知って、対応に追われているというに……。
「ぜ、全軍である、兵二千五百を、砥石城に寄越せ!!?」
それは小諸城の放棄、明け渡しを意味しているに等しい。しかし、それは文面の事だけである。
【此度の戦。着任したばかりの木曽義昌殿には荷が重かろう。なに、お主の力量のせいではない。私達、真田家の者達の方がここの者達は信じてくれる。蛮族の上杉家を対峙するに辺り、兵の数は必要だ】
「う、うむ」
【砥石城に2万。そして、上杉謙信・景勝の両名はこちら側。明らかに上杉軍の主力を砥石城にぶつけてくる。この主力を撤退及び殲滅すれば、小諸城に向かってくる軍勢も撤退する。小諸城で籠城するなど、無謀と分かっていよう。そして、小諸城が落ちれば、砥石城も陥落する】
正幸の籠城策については、何一つ書かれていなかったが……。義昌も正幸の器量と軍略を知る。新任の自分が軍を率いるよりも、正幸に軍を託すのが、小諸城を守り、木曽家を守れることに繋がる。
「全軍、砥石城へと向かうぞ!!」
「「おおおおおぉぉっ!!」」
小諸城に軍勢が迫る中でも、真田家と共に戦う事に士気を上げる兵達。自分がやらんで良かったと、正幸の策にホッとする……出陣くらいまではだ。
「よく来てくれた、義昌。約束通り全軍を連れて来るとは」
「小諸城に取りつかれる前に、砥石城に向かう上杉軍を撃退する。……正幸殿の仰る通り、小諸城を守るためには、決戦しかありません」
「うむうむ。では、軍議を始めよう」
……フォローをするが、義昌が都合の良い武将だったのではなく、義昌だからこそできたと言える。
それを言わないのが、真田正幸らしいのであるが。
さて、軍議はというと……窮地の中、援軍に駆けつけた義昌に対し、正幸は
「この木曽義昌は昨年、あの北条軍1万を超える大軍を、わずか千人で退けた名将であり、山城においては達人の域だ」
「ま、正幸殿に褒められるとは……参陣しただけ、嬉しいものです」
「よって、義昌殿にはこの城門を守って頂きたい。おそらく、上杉家はこの城門から乗り込んで来るであろうからな」
義昌を煽てる形で……、この砥石城の防衛戦で、一番危険な場所に配置させる。それも小諸城の兵士達でだ。
木曽・真田・外様衆。兵7千
上杉謙信・景勝。兵2万
砥石城の戦いが始まった。
「おおおおおーーーー!!」
開始早々に木曽家の兵の士気は高く、防衛戦という地の利があれど、数多くの敵を退ける成果を挙げる。そして、この士気の高さには上杉軍も驚いた。
「あれは小諸城の兵であろう。砥石城のためだけに、ここまで士気を高められるとは」
砥石城が簡単にいかない城であるとは、分かっていた事だ。だからこそ、上杉家は別動隊の兵8千が小諸城へと進軍していた。それ故に、
「ふふん。これが真田の策だ」
謙信と景勝のどちらかが小諸城を落としに行くのなら、これは失敗に終わっていた。謙信も景勝も、小諸城に兵が向かっている事を知っているからこそ、砥石城を攻めている。
まったく、がら空きの城となった小諸城であるが。……上杉軍としても、別動隊を任せた将達を信用していない事もある。
「父上。やっぱり小諸城を見捨てる気なんですね?」
「砥石城の戦いで全滅したって報告すれば、勝頼様も許すだろ?信幸」
「義昌様は絶対に許しませんよ?」
「まぁ、半分は冗談だ。半分は本気だ」
上杉軍の別動隊が、正幸の読み通り。主力が退却でもすれば、撤退するような腰抜け軍に近いと。謙信と景勝の軍の緊張感で伝わった。
「この城よりももっと凄い城を考えているのだが……まぁいい。信玄様も攻めあぐねた、砥石城の防衛を見せてやろう、軍神、上杉謙信」
さて、砥石城の防衛施設もさることながら、義昌の軍の奮闘も凄いモノだった。
兵達は新任の木曽義昌の実力を十分に信じられなかったが、正幸は仕掛けをしていた。
昨年、北条軍1万を撃退した功績。そして、真田正幸・幸隆からの激励もあって、義昌の再配を信じ、軍を展開する。この砥石城は山城ということもあって、蒲原城とは勝手が違えど、義昌にとっては得意な戦場だった。
兵の士気と義昌の山城防衛における戦術、真田正幸からの激励なども相まって、
「また負傷兵が増えております!!この城門を守る、小諸城の兵達が思った以上に抵抗を!」
「……元々、砥石城は固い名城であるのだがな」
数日で落ちるような事は無く、義昌の軍のみで砥石城は護られていた。そして、正幸の策に上杉軍は嵌まっていた。とんでもない狡猾ぶり。
「他の経路から攻められないでしょうか?」
「……それは難しいな。真田の兵と砥石城がよくできている。一番被害は出ているが、やはり、小諸城の兵で守る城門を破るのが最善かつ最速だ」
城を攻めるに辺り、いくつかの穴を開けて進むのが良い。しかし、この改修された城にそんな穴はなく、あえて正面に護らせている小諸城の兵達を狙う方が良いという判断。上杉軍からしたら、間違いはない。
誤算があるとすれば、真田家の兵は一兵たりとも負傷しておらず、削られているのは小諸城の兵達だけである。




