あとつぎ
武田家臣、木曽義昌。
武田信玄、武田勝頼に仕えた武将である。
だが、仕えたと言っても、彼は後に色んな勢力に仕え、戦うのであった。
しかし、この世界線の彼はどうやら違うようである。
◇ ◇
「う~ん」
木曽義昌は、北条軍を撃退した功がある。
だが、それよりも……。武田家の新当主が、武田勝頼になった事で不安を覚えた。
武田信玄様があまりに名将であったのは事実であるが、多くの勢力に囲まれた状況。なんでか知らんけど、北条家の北条氏康がまだ健在なのである。(史実では、信玄より先に彼が逝去してる)。
この四面楚歌を武田勝頼が乗り切れるかどうか。義昌以外が不安に感じるも無理はない。
信玄からの譜代家臣と勝頼の側近達の緊張感ある場。
義昌はどっちの立ち位置かというと
「小さい外様は不便だなぁ」
「父上。お久しぶりです。(木曽義康。木曽福島の城主)」
「見事な籠城戦をしたそうだな、義昌」
武田家の外様と言える武家なため、どっちにもついていない。
信玄達の譜代家臣側につくか、勝頼の側近達につくか。武田家中のどっちに味方をすればいいか、大事なところである。信玄に仕えていた気持ちが大きいのは確かだ。
そんな心中の時に。
「これより武田家は代わる必要がある。戦略、政策、色々と……今はお前達の協力が必要だ」
武田勝頼はある提案をした。それ自体は全然悪くない。
「義昌。此度の戦働き、”まず”は見事」
「ははっ」
「お主に知行を与える。一国一城の主となって、武田家を支えて欲しい」
勝頼様に代わってからすぐに城主を任される事に義昌は喜んだ。
「息子は平凡ですぞ」
「喜べよ、父上」
しかし、父である義康は息子の出世を喜んではいなかった。木曽家の当主は、自分であるからだ。とはいえ、義昌も勝頼の褒美には驚いた。色んな意味で
「小諸城の城主を任ずる」
「ははっ!!…………え?蒲原城ではなく?」
「蒲原城には私の側近衆達が今後、治める」
小諸城。現在でいうと、長野県らへん。……北側に位置しており、
「対上杉・北条の防衛拠点として、小諸城を任せる」
いや、信玄様からは今川家と北条家の防衛任されてたのに、上杉を相手にするのかよ。少し前に、海津城を上杉謙信に奪われてるのに。あんな小さい城でどうやって、信玄様のライバルと戦うんだよ。小諸城じゃなくて、名城の砥石城にしてくれよ!外様筆頭の真田家の城だけれどさ!!
対上杉家に対し、外様家臣の真田と木曽が相手をする事になる。ちなみに木曽福島城も、飛騨付近で上杉家と隣接している。
「義昌。失敗は許さんぞ」
「は、はは」
譜代家臣の高坂さんに怒られたけど。海津城を護ってたの、お前だろ?なにやってんだよ。海津城、奪われてんじゃねぇぞ。俺は謙信と戦いたくない。
勝頼達からすれば、譜代家臣の失態を咎めるため、外様かつ功を挙げた義昌に任せたかったこと。譜代家臣達からすれば、相手が上杉謙信だったとはいえ、面白くない話だ。なにより、義昌が就いたことにだ。当人に責任はないが
「今川への侵攻が失敗したのは、信玄様が急去したことにあるとはいえ……。木曽義昌の準備不足が原因では?」
「そうだ!義昌!お前が戦準備を急がなかった事で、今川への侵攻が遅れた!」
「ええっ!?」
前の戦い。
そもそも、今川家を滅亡させる戦い。その戦準備を進めていた木曽義昌であったが、その時の戦果は見事であるが、侵攻するための準備が遅かったのは事実。だが
「し、しかしそれは……。武田家が多方面に戦争をしていたからでしょう!私は弱兵今川はともかく、大国である北条からの侵攻を防いでいた!その防衛あって、北条軍を撃退でき、こうして武田家があるのですから!」
義昌からすれば、とんでもねぇ言い掛かりである。蒲原城を改修してなかったら、武田家の滅亡はもっと早かっただろう。というか、義昌からすればよくもこの譜代家臣達は、今川領内で俺を見捨てやがったよな?っていう気持ちである。蒲原城の救援にすら来てくれなかったんだぞ。
そして、その蒲原城を武田勝頼の側近達に渡せという条件。
心の中は酷く……。
「と、ところで勝頼様。小諸城に赴くとして、それに対する与力はいくらです?」
小諸城に行く前提として、自分以外の部下達を勝頼達からもらえるか尋ねると
「お前1人だ」
「はい?」
「義昌。お前が小諸城、城主だ」
勝頼達の与力はなく、一人で小諸城を護るように命じられた。これは勝頼の側近衆と信玄の譜代家臣達の内紛が起こるため、そこにどっちも義昌を気にする余裕などなかったのだ。
武田家の内部は信玄亡き今、争いが起こるのであった。
「外様はあの上杉と戦ってるのに!?」




