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堕ちた聖女は隣国のスパダリ大富豪に甘やかされる  作者: 束原ミヤコ


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断罪



 イシュトバルの指示で、クリスティアはすぐに兵士たちによって拘束された。

 罪人が入れられる牢獄へと、強引に引き摺られて投獄される。


 冷たいじゃりじゃりとした土の床に放り投げられたクリスティアは、砂利で足を擦った。

 じくじくとした痛みが創部から広がり、じわりと血が滲む。


 クリスティアはなんとか身を起こすと、牢獄の鉄格子を掴んだ。


「間違いです、神官長様……! 私は、力を奪ったりはしていません! そんなことは、私にはできません……!」


 イシュトバルは憎々しげに、クリスティアを睨み付けた。


「お前は私を謀っていたのだな。私の目を癒やしたのも、私に取り入ろうとしていたからだろう。娘のように、目をかけてやっていたのに。ひどい裏切りだ」

「お姉様がやりそうなことです。お姉様はお父様やお母様のこともずっと騙していたのです。文字も書けない、言葉も話せない、可哀想な子のふりをして。裏では私を虐めていたのに、誰も私を信じてくれなかったのです」


 ナディアが、さめざめと泣いている。

 イシュトバルは聖女の力がナディアにあることを見たためか、すっかり彼女を信じてしまったようだった。


「話は聞いた。父上は、お前を処刑すると言っている。私は、正直ほっとしているよ、クリスティア。お前のような頭の悪い木偶を、いくら聖女とはいえ妻にするのは嫌だったからね」


 騒ぎを聞いて、すぐにオルグも牢獄にやってきた。

 牢獄は王城の地下にある。しばらくクリスティアはその場所に拘束されて、『堕ちた聖女』として、斬首をされるのだという。


「お前は顔だちは悪くないが、体つきは貧相で、そのうえ木偶ときている。聖女の力を言われるがままに使うことしかできない馬鹿な女だ。そんな者が私の妻に……と思うと、王太子という立場を恨んだよ。でも、性根の腐った悪女だったのだね、お前は」


 オルグがまともに声をかけてきたのは、これがはじめてだった。

 婚約者になったとはいえ、そういえば一度もまともに言葉を交わしたことがなかったのだと、クリスティアはこのときはじめて気づいた。


 そして、嫌われていたことにも。

 

 オルグとの結婚では、きっと幸せになれないのだろうとクリスティアは考えていた。

 その通りだった。

 ならばいっそ、処刑をされてしまったほうがいいのかもしれない。

 母の待つエデンに行くことができるのだから。


「処刑なんて、お姉様が可哀想です……! 私は聖女の力を取り戻せましたもの。お姉様は私が羨ましかっただけなのです。どうか、ファルシア公爵家にかえしてあげてください。どうかお願いします……!」

「ナディア。君は、優しい人だね。ずっと辛かったのだろうに」

「はい……ですがもう、大丈夫です。お姉様、今までの罪、私は許してあげます」


 まるで十年来の恋人のようにオルグはナディアに寄り添っている。

 何故、ファルシア公爵家に帰すと言うのだろう。

 何のために。


(私の存在は、ファルシア公爵家にとっては邪魔なだけなのに……)


 クリスティアの疑問の答えはすぐに出た。

 ナディアの懇願によって、クリスティアは処刑を免れた。


 国王陛下はナディアとオルグの婚姻をすぐに取り決めて、クリスティアは聖女を騙っていた悪女であると──王国民たちに流布した。


 偽の聖女は、病に苦しむ子供を見殺しにした。

 偽の聖女は、貴族や金持ちの治癒しかしなかった。

 偽の聖女が怠惰なせいで、家族が魔物に殺された。


 クリスティアについて様々な、聞くに堪えない罵詈雑言が、王国中に飽和した。

 それを公爵家の一室に軟禁されたクリスティアは、使用人たちの噂話で聞いた。


 けれど、その通りだ。

 

(私は子供を見殺しにした。私は金持ちしか助けなかった。私のせいで、人が死んだ)


 聖女として務めてきた三年間の記憶に、心が押しつぶされそうになる。

 軟禁されて数日後、クリスティアの元へと人買いがやってきた。


「堕ちた聖女であり元公爵令嬢とあれば、欲しがる者は多くいるでしょう。言い値で買ってさしあげますよ」


 道化師の仮面をつけた男が言う。

 父は嬉しそうに口元をにやつかせながら、何度も頷いた。


「それでは、五千でどうですかな」

「構いません。五千以上の値はつくでしょうから。若く美しく、性根の腐った高貴な悪女を痛めつけたいというご趣味を持つお客様が、多いのです」


 クリスティアの目の前で、父は娘を売る商談を仮面の男と行っていた。


(私は売られる……)


 大神殿で働いていた時、これ以上辛いことはもう起こらないだろうと考えていた。

 けれど、クリスティアの考えているより、現実はずっと残酷だったのだ。



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