婚約と嫉妬
クリスティアの毎日は、変わることがなかった。
昼は大神殿で尽きない行列に治癒の力を使い、夜は命じられるままに各地に赴き魔物の浄化を行った。
寝る暇も休む暇もなく、クリスティアは力を使い続けた。
疲弊は思考力を奪い、感情さえ、奪っていくようだった。
国王陛下の言葉を肩代わりするように語るイシュトバルの声が、そして、クリスティアに起きろと命じるシスターたちの声が、クリスティアの全てだった。
命じられるままに生きる機械人形のようなクリスティアは、言葉を話すことも、反論することも忘れてしまい、ただ、「わかりました」と頷くばかりになっていた。
何度か、逃げようかと思った。
母の墓参りに行きたかった。クリスティアが訪れなければ、名も刻まれていない集団墓地にある母の墓は、雑草の中に埋もれてしまうだろう。
手入れをしたい。母に話しかけたい。できれば──墓守をしながら、密やかに、命を終えたい。
けれど、手足が痺れるような疲労や目眩やふらつきは、逃げる気力さえ、クリスティアから根こそぎ奪い去っていった。
「クリスティア、よく働いているようだ。お前の力により、このところ俺もずっと調子がいい。体の痛みとも無縁になり、傷も病気もすぐに癒える。これからもよく励め」
クリスティアが聖女として働き始めてしばらくして、毎朝の勤めの一つに、国王陛下に対する力の行使が加わった。
バロンドールは、クリスティアの力を試験的に人々に対して使わせて、無害だとわかると己にもそれを毎日使用するようにと命じたのである。
バロンドールだけではなく、その妃や、王太子オルグや、姫君たち。
毎朝謁見の間に居並ぶ王族の者たちへと、クリスティアは聖女の力を使用していた。
イシュトバルからは「少しでも国王陛下の体に触りがあれば、お前の首は飛ぶ。ゆめゆめ、忘れるな」と、繰り返し言われていた。
首が飛んでもいいかもしれないと、クリスティアは考えるようになっていた。
ただ淡々と、力を使い続けた。
国王陛下や王族の者たちに対しては、平伏し、それから両手を組んで祈りを捧げる姿で力を使った。そんなことをしなくても癒やしの力は使えるが、そうするようにとイシュトバルから命じられていたのだ。
「お前は、十八になるのだな、クリスティア」
「はい」
バロンドールが話しかけてくるのは珍しい。
クリスティアは小さな声で返事をした。十五の時に聖女の力が発現し、もう三年もの月日が経っていた。
月日を数えるのをやめていたクリスティアは、そんな年齢になるのかと、内心少し驚いた。
確かに、三年前よりは少し背も伸びた。体つきは貧相で、痩せていたが、多少は女らしくなっている。
「お前に、オルグとの婚約を命じる。オルグも、もう二十歳だ。聖女との結婚であれば、民は熱狂してそれを迎えるだろう。お前が傍にいれば、オルグも安泰だ」
「は、はい」
「オルグも構わないな」
「はい、父上」
まさか──そんなことを命じられるとは、思っていなかった。
クリスティアは驚いて顔をあげた。
オルグは三年前に出会った時よりも背丈がのびて、バロンドールのように逞しい青年になっている。
優しげな面立ちは変わらない。そして、クリスティアになんともいえない哀れみの視線を向けていた。
オルグとクリスティアの婚約は、すぐに人々へと公表された。
聖女と王太子の結婚を、バロンドールの予想通りに、人々は熱狂を持って受け入れた。
王都は連日お祭り騒ぎとなり、クリスティアに命を救われた者たちからの神殿へのお布施は、気難しいイシュトバルが少し上機嫌になるほどに増えていった。
(私が、結婚……オルグ様と……)
それが嬉しいことなのか、クリスティアには分からない。
世話役のシスターたちは「こんな子が」「オルグ様と結婚?」「こんなに頭が悪いのに?」と、苛立ち、クリスティアの食事を抜くことを増やした。
カビたパンや、腐ったもの、破棄されたものを食事として与えることも増えた。
王太子との結婚は、シスターたちを苛立たせるものらしい。
どうしてなのか、クリスティアにはよく分からなかった。
クリスティアがオルグと結婚をするのは、永遠に、クリスティアを王家の奴隷にしたいがためだ。
オルグはもしかしたら優しい人なのかもしれないが、結婚をして幸せになれるなどとは、とても考えることができなかった。
そんなクリスティアの不安をよそに、結婚の準備は進められていく。
そんなある日。
ファルシア家の馬車が、ナディアを乗せて、神殿へとやってきた。




