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搾取



 聖女が現れた──という話は、すぐに人から人へと伝わった。


 大神殿には連日長蛇の列ができ、遠く離れた国の各地から、聖女の力を求めて病身の子を抱えてやってくる者さえいるほどだった。


「あの……神官様。こちらの方より、あちらの方のほうが、体調が悪そうです」

「だからなんだ? お前は妙な気を回さずに、目の前のものの治癒をすればいい」


 明らかに顔を蒼白にさせている子供や、高熱がありそうな子供を連れた者たちは、長い長い行列に並び続けている。


 クリスティアの前に姿を見せるのは、上質な服に身を包んだあからさまに特権関係の者たちばかりだった。


「はやくなおしてちょうだい! 遊んでる最中に転んだらしいの、顔に傷が残ったら大変だわ!」

「鼻の頭に、信じられないことに吹き出物ができたのよ!」

「癒しの力を使えば、若返ると聞いたわ」


 貴族女性たちや特権階級の者たちは、多額の寄付金を払っていた。

 どうか子供を助けてと懇願する親たちの声は無視されて、強引に列に割って入ろうとしたものは兵士によって連れていかれる。


 そんな光景を、言われるがままに力を使いながら、クリスティアは信じられないものを見るような目で見ていた。


 国王陛下は、人々のために聖女の力を使う。

 そう、勝手に信じていた。

 だが、無情にも本当に力を必要としている者たちには、クリスティアの手は届かない。


「お願いです、イシュトバル様。本当に必要な方々の病を、傷を癒やしてさしあげたいのです」

「口答えは無用だ、聖女。お前の力は国王陛下のもの。お前は国王陛下のために力を使わなくてはならぬ。陛下の期待に背くな」


 大神殿でクリスティアのお目付役をしているイシュトバルは、そう言ったきり黙り込んだ。

 聖女の力は無尽蔵ではなく、日が暮れる頃まで癒しの力を使うと、クリスティアは疲れ果ててしまった。


 体にも心にも、べっとりと疲労感を貼り付けて、自室に戻る。

 シスターたちから与えられた食事は、パンがひとつきりだった。


「聖女様が飽食では、民に示しがつかないでしょう?」

「私たちは、一日一個のパンしか食べないと決まっているのよ」

「夜には魔物が出るかもしれないわ。呼ばれたらすぐに起きるのよ」


 パンが食べられるだけ、ありがたい。

 公爵家での扱いはもっと酷かった。クリスティアは食事ができないことにも、眠ることができない暮らしにも慣れていた。


 だから、一つきりのパンをありがたく食べると、シスターたちに部屋から出るなと言われるままに、ベッドで体を丸めて目を閉じた。


 頭の中で、子供を助けてと懇願する親の声がいつまでも鳴り響いていた。

 聖女になるとはこれほど辛いことなのかと、数日でクリスティアは思い知った。

 ファルシア家にいたときと同じか、それ以上に息苦しく──何故こんな力が自分にあるのかと、寝台の上で目を閉じてもそればかりを考えてしまい、ろくに眠ることができなかった。


 夜半過ぎ、呼び出しを受けたのは大神殿で暮し始めて数週間後のこと。

 無遠慮に扉が叩かれて、不機嫌な顔をしたシスターたちがずかずかと中に入ってくると、代わる代わるにクリスティアの体を揺さぶり、叩いた。


「起きなさい、聖女。魔物が出たわ!」

「まったく迷惑な! せっかく寝ていたのに」

「さっさと片付けてきてちょうだい」


 夜通し仕事をさせられることには慣れていた。

 だが、魔物というものをクリスティアは見たことがない。神官長の話では、どうやらそれは夜になると現れる者らしい。

 

 王国の各地にある瘴気だまりから現れて、夜の間は活発に動き回る。

 それが時折大量発生し、村や町を襲うのだという。


 魔物を浄化するのも聖女の役割の一つ。癒やしの力を魔物に向ければ、聖なる力は魔物を焼き尽くす。


 クリスティアは戦ったことなどない。突然魔物の相手をしろと言われておそろしさを感じたが、それでも──目の前で苦しげにうめく幼い子供を見捨てなくてはいけない大神殿でのお勤めよりは、ずっといい。


 寝衣から聖女服に着替えると、クリスティアは馬車に乗せられて王都の外へと向かった。

 数人の兵士たちが共をしている。

 イシュトバルがクリスティアの対面に座っている。

 かつて彼の片目は魔物に傷をつけられたのだというが、クリスティアが癒やしたために片顔を隠すことをやめていた。


 彼は私語を話さない。いつも不機嫌そうな顔で、むっつり押し黙っている。

 必要な説明はしてくれるが、クリスティアは彼がどんな人なのかまるで分からない。

 クリスティアが思い通りにならないときは、怒鳴られ、叱られ、皆に見えないところを抓られ叩かれる。

 

 それが指導であり教育だと、イシュトバルは言う。

 ファルシア家にいるときも同じだったが、怒鳴られたり、痛みを伴う懲罰を受けることには慣れない。

 共にいると威圧的でおそろしく、身が竦んだ。


「さっさと浄化をすませろ、聖女。国王陛下はお前の力に期待をしている。聖女が魔物を浄化できれば、国の防衛費を削ることができると言ってな。国王陛下を失望させるな」


 クリスティアは頷いた。昼間の疲労はまだ溜まっているし、このところずっと眠れていない。

 イシュトバルの言葉に無心で従うことぐらいしか、クリスティアにはできることがなかった。


 王都の外には櫓がくまれ、赤々と炎が焚かれている。

 兵士たちは魔物と戦いながら、聖女の来訪を待っていた。


 魔物は名もなきものと呼ばれている。それは、巨大なトカゲの姿をしていたり、小山ほどもある猪の姿をしていたり、粉ひき小屋ほどの大きさの黒い鳥の姿だったりと様々だ。


 総じてその体は不気味で、いびつで、黒い肌に赤い蔦模様があった。

 人を襲い喰らう者たちである。

 今兵士たちを襲っているのは、翼ある者と呼ばれている、鳥の魔物だ。

 剣を振るう兵士たちを鋭い爪をもった足で掴み、遊ぶようにほおりなげる。

 空中から地面に落とされた兵士の足が、腕が、おかしな咆哮に曲がっている。

 

 鋭い爪は、嘴は、兵士たちの腕や足を簡単にもぎとり、引き裂いた。


「……っ」


 クリスティアは馬車から降りると、喉の奥で悲鳴をあげながら、兵士たちに駆け寄った。

 人の体がまるで、玩具のように簡単に壊れていく。

 こんなにおそろしい光景を目にしたのははじめてだ。


 聖女の力が目覚めた日、父がクリスティアの目の前で使用人の腕を切った。

 吹き出し床に広がる鮮血の記憶が頭を満たし、恐怖に身が竦み、吐き気に襲われる。


 動かない体を叱咤して、癒やしの力をつかう。

 大量の蝶がクリスティアの体を中心としてぶわっとあたりに広がり、美しくきらきらと舞うように飛んだ。


 その蝶たちは竜巻のように魔物を包み込んで、魔物のおそろしい姿を輝く粒子へと変えた。

 兵士たちの傷も、瞬く間に癒えていく。


「なるほど。伝承の通りだ。これなら、聖女一人で十分だな」


 遠目にクリスティアを見ていたイシュトバルは、小さな声でそう呟いた。



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