クリスティア正気に戻る
亡き母にしっとりとした祈りを捧げていたクリスティアは、ふと我にかえった。
(私は十億円で買っていただいて、お母様のお墓もこんなに立派に……湯気が出てきてお母様の巨大な石像がせりあがってきて、音楽が流れて棺が浮かびあがってくるすごいお墓に……)
閉じていた目を開くと、母の巨大石像の背後から金色の光が発光しだしている。
(こ、これが、お墓……と、ともかくお金がかかっているわよね、すごい額の、お金が)
「あ、あの、ディオ様」
「ん?」
「わ、私、困ります、とても困ります……っ」
「何が困るのだろうか。少し寂しかったか。そうだな、聖廟という概念に囚われていたのがいけなかった。天井をくり抜き光が入るようにし、あらゆる植物を育てて、フラミンゴを飛ばそう」
「ふら?」
「フラミンゴだ。ピンク色の鳥だな」
「ふらみんご……可愛いです……で、ではなくて!」
クリスティアは、久々に大声を出した。
ちなみに最後に大声を出したのは、幼い時に父が使用人の手を切った時である。
それ以来の大声だった。
「フラミンゴは嫌いか。では、クジャクにしよう。こちらも、豪勢な羽根をもつ鳥で」
「鳥は好きです……けれどそうではなくて……っ」
「では、なんだ」
『華美すぎるのよ、これが墓? 落ち着かない』
ルカディオの声ではなく、クリスティアの声でもなく、可憐な少女の声が響く。
棺の奥から音も立てずに長い尻尾を持つ、猫に似た動物が現れる。
黒い毛並みに、金の瞳をしている。
「なーう」
その猫は、猫のような声で鳴いた。その鳴き声にあわせて、クリスティアの頭の中に声が響く。
『こんにちは聖女。帰りを待っていた』
「帰りを……?」
『そう。私たちはあなたを待っていた。あなたは私たちの主であり、私たちの守護する者であり、私たちの庇護者でもある』
「どういうことでしょう……あなたは」
『私はルア。墓守の神獣』
ルアという名前の虎ぐらいの大きさのある黒猫が、クリスティアの前に頭をさげる。
「やはり声が聞えるのか。クリス、この猫はルアだ。墓が好きでな、墓にばかりいる」
『馬鹿ね。それは私が死を司る墓守の神獣だからよ』
「神獣たちは聖女が好きなんだ。まぁ、気にしなくていい。俺が趣味で集めただけだからな」
『この男は運がいいの。ただそれだけ』
そっけなくそう言って、ルアは墓の奥へと戻っていった。
ルカディオは全く気にした様子なく、クリスティアを抱きあげようとする。
このまま流されてはいけない。
ルカディオはクリスティアの事情を知らず『聖女』だから買ったのだろう。
どうやらジスアルト王国でも、『聖女』という存在はなにかしら特別なようだ。それは、テリオス王国とは少し違う。
テリオス王国には神獣はいない。聖女とは魔獣を滅ぼし、人々に癒やしを与える存在である。
「ディオ様、お話があります」
「君の話なら、いくらでも聞こう」
「優しくしていただいたのはありがたいです。いただいた優しさを、どんな形であってもお返ししたいと考えています。でも、私にはもう聖女の力がないのです。簒奪のメダリオンというもので、力を、奪われてしまって」
「君は何か勘違いしているな、クリス。俺は君が聖女であろうとなかろうと、そんなことはどうでもいい。だが……それについては何の問題もない。聖女とは奪われるものではない。女神の祝福を受けて生まれるものだ」
ルカディオはクリスティアを抱きあげて、聖廟を後にした。
聖廟からでると、豪華な馬車が待っていた。ヴァレリー家の敷地は広すぎて、敷地内を馬車で移動するのだという。
「神都よりも、王宮よりも広いですから。クリスティア様、どこかに行きたいときはなんなりとお申し付けください」
馬車の前で待機していたマリーヴェルが、礼をして言った。
都より広い屋敷の敷地。クリスティアの過ごした公爵家よりも大きな墓。
何もかもがクリスティアの知る世界とは違いすぎて、混乱してしまう。
「簒奪のメダリオンとは、ジスアルト王国で出回っている魔道具の一つだな。そう、特別なものでもない。テリオスには魔道はないだろう?」
「は、はい。魔道とは……?」
「テリオスで人を癒やせるのは聖女のみだ。故に、聖女は特別視される。魔獣を滅ぼし、人々を癒やす。要するに、国の奴隷だな」
「いえ……そんなことは……あるのかもしれません」
馬車に揺られながら、クリスティアはルカディオと向かい合っている。
きっぱりとそう言い切ったルカディオに、クリスティアは頷いた。
言われるがままに力を使い、本当に助けたい人たちを見捨てた。
「はは……それにしても、簒奪のメダリオンごときで調子に乗っているとは。ふふ……いや、すまない。君にとっては辛い記憶を笑ったりして。それにしても、無知とは哀れなものだな」
ルカディオは足を組んでひとしきり笑った。
そこには快活な彼らしくない迫力とおそろしさがあった。
この方は、怒っている。
おそらくは──テリオス王国に、怒って、くれている。
それを感じて、クリスティアは胸に手を当てた。
もしかしたらクリスティアも、怒りを感じていいのかもしれないと、ふと思ったからだ。