表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

クリスティア正気に戻る



 亡き母にしっとりとした祈りを捧げていたクリスティアは、ふと我にかえった。


(私は十億円で買っていただいて、お母様のお墓もこんなに立派に……湯気が出てきてお母様の巨大な石像がせりあがってきて、音楽が流れて棺が浮かびあがってくるすごいお墓に……)


 閉じていた目を開くと、母の巨大石像の背後から金色の光が発光しだしている。


(こ、これが、お墓……と、ともかくお金がかかっているわよね、すごい額の、お金が)


「あ、あの、ディオ様」

「ん?」

「わ、私、困ります、とても困ります……っ」

「何が困るのだろうか。少し寂しかったか。そうだな、聖廟という概念に囚われていたのがいけなかった。天井をくり抜き光が入るようにし、あらゆる植物を育てて、フラミンゴを飛ばそう」

「ふら?」

「フラミンゴだ。ピンク色の鳥だな」

「ふらみんご……可愛いです……で、ではなくて!」


 クリスティアは、久々に大声を出した。

 ちなみに最後に大声を出したのは、幼い時に父が使用人の手を切った時である。

 それ以来の大声だった。


「フラミンゴは嫌いか。では、クジャクにしよう。こちらも、豪勢な羽根をもつ鳥で」

「鳥は好きです……けれどそうではなくて……っ」

「では、なんだ」


『華美すぎるのよ、これが墓? 落ち着かない』


 ルカディオの声ではなく、クリスティアの声でもなく、可憐な少女の声が響く。

 棺の奥から音も立てずに長い尻尾を持つ、猫に似た動物が現れる。

 黒い毛並みに、金の瞳をしている。


「なーう」


 その猫は、猫のような声で鳴いた。その鳴き声にあわせて、クリスティアの頭の中に声が響く。


『こんにちは聖女。帰りを待っていた』

「帰りを……?」

『そう。私たちはあなたを待っていた。あなたは私たちの主であり、私たちの守護する者であり、私たちの庇護者でもある』

「どういうことでしょう……あなたは」

『私はルア。墓守の神獣』


 ルアという名前の虎ぐらいの大きさのある黒猫が、クリスティアの前に頭をさげる。


「やはり声が聞えるのか。クリス、この猫はルアだ。墓が好きでな、墓にばかりいる」

『馬鹿ね。それは私が死を司る墓守の神獣だからよ』

「神獣たちは聖女が好きなんだ。まぁ、気にしなくていい。俺が趣味で集めただけだからな」

『この男は運がいいの。ただそれだけ』


 そっけなくそう言って、ルアは墓の奥へと戻っていった。

 ルカディオは全く気にした様子なく、クリスティアを抱きあげようとする。


 このまま流されてはいけない。

 ルカディオはクリスティアの事情を知らず『聖女』だから買ったのだろう。

 どうやらジスアルト王国でも、『聖女』という存在はなにかしら特別なようだ。それは、テリオス王国とは少し違う。

 テリオス王国には神獣はいない。聖女とは魔獣を滅ぼし、人々に癒やしを与える存在である。


「ディオ様、お話があります」

「君の話なら、いくらでも聞こう」

「優しくしていただいたのはありがたいです。いただいた優しさを、どんな形であってもお返ししたいと考えています。でも、私にはもう聖女の力がないのです。簒奪のメダリオンというもので、力を、奪われてしまって」

「君は何か勘違いしているな、クリス。俺は君が聖女であろうとなかろうと、そんなことはどうでもいい。だが……それについては何の問題もない。聖女とは奪われるものではない。女神の祝福を受けて生まれるものだ」


 ルカディオはクリスティアを抱きあげて、聖廟を後にした。

 聖廟からでると、豪華な馬車が待っていた。ヴァレリー家の敷地は広すぎて、敷地内を馬車で移動するのだという。


「神都よりも、王宮よりも広いですから。クリスティア様、どこかに行きたいときはなんなりとお申し付けください」


 馬車の前で待機していたマリーヴェルが、礼をして言った。

 都より広い屋敷の敷地。クリスティアの過ごした公爵家よりも大きな墓。

 何もかもがクリスティアの知る世界とは違いすぎて、混乱してしまう。


「簒奪のメダリオンとは、ジスアルト王国で出回っている魔道具の一つだな。そう、特別なものでもない。テリオスには魔道はないだろう?」

「は、はい。魔道とは……?」

「テリオスで人を癒やせるのは聖女のみだ。故に、聖女は特別視される。魔獣を滅ぼし、人々を癒やす。要するに、国の奴隷だな」

「いえ……そんなことは……あるのかもしれません」


 馬車に揺られながら、クリスティアはルカディオと向かい合っている。

 きっぱりとそう言い切ったルカディオに、クリスティアは頷いた。

 言われるがままに力を使い、本当に助けたい人たちを見捨てた。


「はは……それにしても、簒奪のメダリオンごときで調子に乗っているとは。ふふ……いや、すまない。君にとっては辛い記憶を笑ったりして。それにしても、無知とは哀れなものだな」


 ルカディオは足を組んでひとしきり笑った。

 そこには快活な彼らしくない迫力とおそろしさがあった。

 この方は、怒っている。

 おそらくは──テリオス王国に、怒って、くれている。


 それを感じて、クリスティアは胸に手を当てた。

 もしかしたらクリスティアも、怒りを感じていいのかもしれないと、ふと思ったからだ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ