クリスティア、聖廟をたてられる
毎日のようににこにこしながらルカディオがやってきて、クリスティアを抱きあげては食事に連れて行き、顔色を確認し、再びベッドに寝かせて帰って行く。
マリーヴェルたちも甲斐甲斐しく風呂にいれては傷の手当てをして、着替えを手伝い、クリスティアのベッドに新たなぬいぐるみを運び込んでいく。
傷が癒える頃にはクリスティアのベッドはぬいぐるみが寝ているのか、クリスティアが寝ているのかわからない程の有様になっていた。
「これはエイです、クリスティア様」
「えい……!」
「こちらはスベスベマンジュウガニです、クリスティア様」
「すべすべ……!」
「マリーヴェルさん、どうしてクリスティア様を海産物で埋もれさせるのですか!?」
「マリーヴェルさん、もっと可愛い、キリンさんとか、ゾウさんとか、ライオンさんにしましょう」
「皆さん、わかっていませんね。海産物を嫌う女はいません。それに、えい、や、すべすべ、とおっしゃってくれるクリスティア様の可憐さときたら、天元突破もこのうえなく」
「それはわかります」
「それはわかりますが」
ともかくクリスティアは、ぬいぐるみでいっぱいになったベッドにふかふかもこもこ寝かされている。
毎朝顔を合わせる度にルカディオはぬいぐるみの海に埋もれるクリスティアを抱きあげてくれるのだが、「海産物が多いな。マリーヴェルの趣味だな」と呟いたぐらいで、特に何も言わなかった。
もしかしたらジスアルト王国ではこうして、ふかふかの可愛い物に囲まれて眠るのが普通なのだろうかと、クリスティアは考えていた。
ふかふかもこもこに囲まれてナイトキャップを被って眠るルカディオについて想像してみると、少し可愛い気がした。
こんなに沢山用意してもらって申し訳ないと思いながらも、ぬいぐるみをぎゅっとして眠ると少し安心する。
寝付きもよくなり、怖い夢も見なくなった。
クリスティアの一番のお気に入りは、かにぱんである。
なんせ一番触り心地がいいのだ。ぱんなので、目はない。ただただ、低反発でふわふわしている。
「また増えたな。エイと、スベスベマンジュウガニだな」
「ディオ様、すぐにわかるのですね。私は、この子たちのことをまるで知りません」
「俺も別に生物学者ではないのでな、詳しいわけではないが。エイは尻尾に毒がある。スベスベマンジュウガニにも毒がある」
「えいも、すべすべも、可愛いのに毒が……こ、こんなに可愛いのに毒が……」
「クリス。人形はふわふわしているが、本物はぬるっとしているぞ」
「ぬるっと……」
えいもすべすべもぬるぬるしているのかと、クリスティアは新しく加わったぬいぐるみたちを持ち上げると、じっと見つめた。
ぬるぬるしているとは、どういうことなのだろうか。
「今度見に行こう。そうだな……釣った魚を見るだけでは味気ないな。生きている海産物をいつでも見ることができる場所でも作るか」
「え……あ、あの、それはどういう」
「楽しみにしておくといい、クリス。きっと気に入る」
ルカディオは一体何を言っているのだろう。
生きている海産物をいつでも見ることができる……?
ヴァレリー邸は、クリスティアの知らない世界が広がっていすぎていて、未だ頭が追いつけないでいた。
「ところでクリス、栄養と睡眠をしっかりとって、少し元気になってきたな。肌つやもいいし、傷も治った」
「は、はい。ディオ様や皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございます」
「いや。たいしたことはしていない。まだまだこれからだ」
「これから……あ、あの、ディオ様。私……少しは見られるようになったかと思います、ですので、ディオ様のお好きなように」
「もちろん好きなようにする。当然だ。そのために俺は君を手に入れたのだから」
「は、はい……」
ベッドからルカディオに抱き上げられたクリスティアは、目を閉じてルカディオを待った。
詳しいことまでは分からないが、好きなようにして欲しいと思う。
ルカディオの優しさは十分に理解している。
だから──好きなように扱って欲しい。それがどんな意味を持つものであっても。
「クリス、そのまま目を閉じておけ」
「はい……」
何をされるのだろうか。四肢を切断されたりは──しないだろう。
首を絞められたり、肌を切られたりも、しないだろう。
あとは、何だろうか。
キスをしたり、抱きしめてもらったり、それから──肌に触れられたり。
それではまるで、恋人である。そんなわけがないのに、ルカディオに恋人のように扱われる自分を想像してしまい、クリスティアは恥ずかしくなった。
想像するだけでも烏滸がましい。自分のような者が、ルカディオに優しくしてもらえるだけでも奇跡なのだから。
などと考えてじっとしていると、ルカディオはどうやら部屋を出てどこかに歩き出したようだった。
少し、怖くなる。
もしかしたらこのまま捨てられるのか。それとも、地下室に閉じ込められたり、牢に入れられたりするのだろうか。
そんなわけがないとは思う。けれど、クリスティアはいつもそんな目にばかりあってきた。
そのせいで、想像できることといえば、嫌なことばかりだ。
それがとても、申し訳ない。まるで、心の中でルカディオやマリーヴェルたちを貶めているような気がする。
「クリス、目を開けていい」
「はい……」
言われるままにぱちりと目を開くと──そこは、どうやらヴァレリー邸の庭のようだった。
晴れた空の下に、白や青やピンクや黄色、赤といった色とりどりの花々が美しく咲き乱れている。
その中央に、天を貫くようなとても美しい白亜の宮殿がある。
宮殿の中央には女神像が建立されており、女神像の周りには天使たちが楽しそうに遊んでいる。
「こ、これは」
「君の母君の聖廟だ」
「お、お墓……っ」
クリスティアは目眩を感じた。
その墓は──クリスティアがかつて住んでいた公爵邸よりも大きくて立派だったのだ。




