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堕ちた聖女は隣国のスパダリ大富豪に甘やかされる  作者: 束原ミヤコ


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13/20

クリスティア、ぬくぬくする



 ──こんなによくしていただいて、いいのだろうか。

 色んなものを少しずつ食べさせてもらってすぐにお腹がいっぱいになったクリスティアは、ルカディオに抱き上げられてどこかに向かいながら頭を悩ませた。

 

 破格の値段で買われたクリスティアである。金額に見合った恩返しを、ルカディオにできていない。

 

 買われた先で、鞭で打たれたり体を切り刻まれたり、死なない程度の苦痛をじわじわと与えられるものと考えていた。

 ルカディオはそういうことはしないのだろうか。

 それとも、これから。


 開かれた扉の先には、大きなベッドがある。

 ベッドには沢山のクッションが置かれていた。

 うさぎ、猫、犬、謎の動物、謎の動物、謎の動物。

 知らない形をした動物がとても多い。


「うさぎ、ねこ、いぬ、知らない動物……」

「マリーヴェルが用意した。ウツボ、ダイオウグソクムシ、リュウグウノツカイ、メンダコ、マンボウ、シャチ、カニパン。海産物を嫌う女はいないと言っていた。俺にはよくわからんがな」

「可愛いです……」


 クリスティアが百人乗っても大丈夫そうな広いベッドに並んだ、可愛いぬいぐるみたち。

 それは一体一体が、クリスティアと同じぐらいの大きさだった。

 ベッドにおろされたクリスティアは、おそるおそるそのぬいぐるみたちに手を伸ばしてみる。


 とてもふかふかだ。ふかふかで、ふわふわしている。


「ふ、ふかふかです、やわらかい……」

「喜んでもらえたようでなによりだ」

「ディオ様……」


 こんなにふかふかで柔らかいものを触ったのははじめてだ。

 みんな、平和な顔をしている。

 何の悩みもなさそうなぬいぐるみたちの顔を見ていると、鼻の奥がつきんと痛んだ。


 喜んでいる場合ではない。ルカディオに、よくしてもらった恩をかえさないといけない。

 十億分の恩返し、何ができるだろうか。

 寝所にクリスティアを寝かせて、今にも部屋から出て行きそうなルカディオの名前を、クリスティアは呼んだ。


「ゆっくり眠れ、クリス」

「ディオ様……わ、私、あまり、魅力的ではないかもしれません、けれど。私などでよければ、ディオ様の好きに……」


 ルカディオは、ひどいことはしないのかもしれない。

 けれど、それでは申し訳がない。


(聖女の力はもうない。私にできることは、これぐらいしか……)


 クリスティアはドレスを脱ごうとして──ぱたぱたと自分の体を探って、困り果てた。

 ドレスの脱ぎ方がわからない。


「……っ、ごめんなさい、私、その」

「クリス、じっとしていろ」

「え……」


 するりと、ドレスの背中にある紐が緩められて、ルカディオによって簡単にドレスが脱がされた。

 下着姿になったクリスティアは、身を硬くしながらも無抵抗のまま目を閉じる。

 今まで生きてきた分以上の優しさを貰ったのだ。もう、何をされても構わない。

 たとえ生きたままゆっくりと四肢を切り刻まれても。

 殴られても、足蹴にされても。

 

「気づかなくて悪かったな。ドレスでは寝にくい」

「あ……」


 ふわりと、柔らかい何かに包まれる。

 気づけばフリルがたっぷりの寝衣を着せられていて、頭にナイトキャップまで被せられていた。


「ふ……可愛いな、クリス。マリーヴェルの趣味はよくわからんがな。これは、かにぱんだ。カニの形をしたパンだな。ヴァレリー商会の傘下のパン屋では人気商品で、グッズもよく売れる」

「かにぱん……」


 ふわふわの寝衣を着てナイトキャップを被り、かにぱんを持たせられたクリスティアは、唖然としながら呟いた。

 何も、起きなかった。

 クリスティアが予想していたことは、なにも。

 

「横になって、ゆっくり眠れ。君は衰弱している。一日二日、休んだぐらいでは足りないぐらいにな。まずは栄養と、静養だ。楽しいことはそれからだな、クリス」

「楽しいこと……」

「あぁ。君は何がしたい? 見たいものはないか? やりたいことは?」

「ごめんなさい、なにも。考えたことが、なくて」

「では、俺が考えよう。君に見せたいものがある。君を楽しませたい。君を笑顔にしたい。俺はそのために、金を手に入れたのだから」

「……ディオ様、どうして」


 ルカディオはクリスティアの体を優しくベッドに寝かせた。

 それから、自分もその隣に横になると、クリスティアの額を撫でる。


「君が眠るまで、傍にいる。おやすみ、クリス。大丈夫、もう怖いことはおこらない」

「……っ」


 何故かわからないけれど──。

 心が、ぐちゃぐちゃした感情であふれて、いっぱいになって。

 涙がぼろぼろこぼれた。


 ルカディオは何も言わずに、優しくクリスティアを撫で続けてくれていた。


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