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堕ちた聖女は隣国のスパダリ大富豪に甘やかされる  作者: 束原ミヤコ


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12/20

クリスティアとごちそう



 身ぎれいにされたクリスティアの腕や膝には、包帯が巻かれている。

 マリーヴェルが義憤にかられながら、傷薬を塗って巻いてくれたものである。


「なんてひどい! 女性の体に傷をつけるなど最低です」

「テリオス王国とはなんという国なのでしょう」

「ルカディオ様は常におっしゃいますよ、弱き者を助けるのが力ある者の役割だと」


 マリーヴェルを筆頭に、侍女たちも怒っていた。

 膝の傷は、牢獄で擦りむいた時から放置していたもので、腕の傷は、手枷をつけられて牢に吊られていたからできたものだ。


 クリスティアは聖女であったとき、自分の傷は癒やせなかった。

 イシュトバルが言うには、聖女は自らを癒やせない。それは、傷の痛みを、病の苦しみを知るため──痛みを知り、慈愛の心を持つためだという。


 確かにそれはそうなのかもしれないと、クリスティアは納得していた。

 痛みも病もたちどころに治ってしまえば、それがどんなに苦しいのか辛いのかさえ理解できず、苦しみ喘ぐ人々に無情になってしまうのだろう。


 力を使いすぎると体から血液が抜けるように倦怠感が強くなり、熱を出すことがあった。

 叱責を受けて太股の裏側を痣が残るぐらいに抓られることもあった。痣は一週間程度は体に残り、椅子に座ると痛むほどだった。


 痛みも苦しさも、クリスティアは理解しているつもりだ。

 だからこそ、助けられなかった、救うことを許して貰えなかった命が、クリスティアの背にずしりと乗って、呼吸を苦しくさせた。


 湯浴みと治療を終えて、次の部屋に案内されていると、廊下の向こう側から颯爽とルカディオが現れる。

 マリーヴェルたちは一歩さがって礼をした。

 クリスティアも礼をしようとしたが、その前に目の前にやってきたルカディオによって、抱きあげられてしまった。


 まるで、幼い少女のような扱いをされている。

 もちろん、クリスティアには抱きあげられた記憶はないのだが。


「クリス、ティア、リーティア、リティ」

「……ルカディオ様」

「どのように君を呼ぶかを考えてるのだが、どれがいい?」

「どのようにでも」

「では、クリスだな。あまり気取らないほうがいい。君も俺を、ディオ、と」

「それは、失礼、ですので」

「ディオ」

「……ディオ様」


 ルカディオは魅力的な笑みを浮かべた。

 黙っていると冷淡な雰囲気のある美形だが、微笑むととたんに太陽のような明るい雰囲気になる。


「美しいな、クリス。ドレスがよく似合っている」

「あ、ありがとうございます、ディオ様。こんな上等なお洋服、私にはもったいなくて……」

「服よりも君に価値がある。服などは、着るためにあるものなのだから、袖を通して勿体ないというようなことはない。クリス、食事にしよう。君は長らく、まともなものを食べていない。それに、眠ることもできていない。君が思っている以上に、君は衰弱をしている」

「……ディオ様、どうして」

「俺がそうしたいからそうしている。それだけのことだ」


 広いダイニングの壁には、ずらりと美しいモザイクガラスのランプが並んでいる。

 柔らかい光が照らすテーブルは、百人ぐらいの人が座れるのではというぐらいには長い。


 そのテーブルも花々や燭台で美しく整えられている。

 ケーキスタンドには宝石のようなケーキが並び、クリスティアの顔ぐらいあるプリンや、まるまるとした白いパン、魚の姿煮や、ごろごろの肉の入ったシチューや、黒いつぶつぶの乗った薄いパンなど、クリスティアが見たことのない料理も所狭しと並んでいた。


「……あ、あの、これは」

「君のために用意した。いつも大抵はこれぐらい、食卓に並ぶ。残った分は幻獣たちが食べているため、量についてはあまり気にする必要はない」

「そ、そうなのですね……」

「あぁ。料理人たちも好きで作っている。幻獣たちも舌が肥えていてな。生肉でもそのまま与えようものなら、不機嫌になってしまう」

「ディオ様……あの、私」

 

 テーブルマナーも知らないのだ。

 はじめてそれを、恥ずかしいと感じた。

 いつも、暗い部屋で腹を満たすだけの食事をしていた。硬いパンをかじったり、野菜クズを囓ったり。

 ナディアにドブネズミと言われるのも当然だという、生活だった。

 それは、聖女になってもあまり変ることがなかった。


「全て俺に任せておけ、クリス」


 ルカディオはクリスティアを椅子に座らせると、自分も椅子を引っ張ってきてその横に座った。

 スープや、小さく切った肉、魚が、クリスティアの口に運ばれてくる。


 餌付けをされる小鳥になったような気持ちで、クリスティアは恥じらいながらも、スプーンを口に入れた。

 クリスティアに食事を食べさせながら、ルカディオはずっと上機嫌で、にこにこしていた。


「クリス、肉は好きか?」

「美味しいです」

「では、魚は?」

「美味しいです」

「サメの卵は?」

「さめ……!? ぷつぷつします……」


 一つ一つの料理を、ルカディオは説明して、美味しいかと確認してくれる。

 粗食になれていたクリスティアはすぐにお腹がいっぱいになり、それ以上に恥ずかしさで、胸がいっぱいになってしまった。



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