クリスティア、もてなされる
「はじめまして、クリスティア様。クリスティア様のお世話係を務めさせていただきます、マリーヴェルと申します」
「はじめまして、クリスティアと申します」
侍女たちがクリスティアを屋敷の中へと連れていった。
光の差し込む室内は、白を基調としていて品のよい調度品がおかれた美しい場所だった。
クリスティアの過ごしていた大神殿は荘厳だが石廟のような無機質さと冷たさがあった。
けれど、ルカディオの屋敷にはそれがない。
どこを切り取っても、あたたかさが感じられるような優しさと上品さに満ちている。
クリスティアを案内する侍女の中心にいる女性が、クリスティアに声をかけてくれる。
二十代後半といった程度の年齢の、黒髪を目元と首元で真っ直ぐに切りそろえた色香のある女性である。
「クリスティア様、ルカディオ様の元に来たのですからもう安心です。どうか心穏やかに、気を楽にしてお過ごしくださいね」
「あ、あの……」
「どうされましたか?」
私は買われたのではないのかと、問おうとして、クリスティアは口をつぐんだ。
ルカディオも屋敷の者たちも、どういうわけかクリスティアを知っているような口ぶりである。
テリオス王国の者たちならば理解できる。クリスティアは毎日大神殿で人々を癒やしていたからだ。
顔を知る者も多いだろう。
けれど、ルカディオは隣国の人間だ。
ジスアルト神聖国。テリオス王国の南側に位置する、神王リラが統治しているテリオス王国よりも国土の広い信仰の強い国である。
隣国の人間が、クリスティアのことを見知っているとは思えない。
だから、どうして──と思う。
罪を犯した聖女に興味を持って購入したにしては、扱いが、丁寧すぎる。
こんなにきちんと、人として声をかけてもらったのははじめてだ。
クリスティアは世話係をしていたシスターたちの名前さえ、知らなかった。
尋ねても「どうして教える必要があるの?」と言って、教えてはもらえなかった。
私は買われたのだろう、何故こんなふうに優しくしてくれるのかと尋ねたかったが、とても口に出せない。
優しくしてくれている相手に、不躾にそんな質問をするのは間違っていると感じた。
「ルカディオ様とは、どういう方なのでしょうか……」
「一言で言えば、大金持ちです」
「お金、もち……」
「生まれは孤児だったそうですよ。けれど、一代でなりあがり、今はジスアルト神聖国のほとんどの事業を買収して、経営者の座におさまっています。こういうのをなんていうのでしたっけ」
マリーヴェルは他の侍女に尋ねる。
皆、そろいの侍女服を着ている。茶色を基調にしたシンプルな作りである。
「ホールディングスです」
「そう、ホールディングスですね」
侍女の一人が答えて、マリーヴェルはうんうんと頷いた。
「ほーる、でぃん、ぐす」
「ふふ、私たちにも難しいことはよくわからないのですけれどね。ヴァレリー商会の傘下に、様々な企業がおさまっている、という感じでしょうか。ともかく、ルカディオ様は二十五歳の若さにして全ての富と名声を手にした大富豪なのですよ」
「だいふごう……」
ルカディオはお金持ちらしい。
それは、この家を見れば分かるが、それにしても。
元々孤児だったというのに、こんなに立派な邸宅に住むほどにお金を稼ぐことができているなんて、すごい人だ。
クリスティアは素直に感動した。
けれどますます、なんだかわからなくなってしまった。
ルカディオは幻獣という神秘的な動物を集めているようだから、クリスティアのこともそれのいっかんとして、欲しくなったのかもしれない。
案内された巨大な湯船には、なみなみとお湯がはられている。
お湯の上には薔薇の花びらが浮かんでおり、甘い香りが漂っていた。
「……わ、わぁ」
思わず小さな戸惑いと、感嘆の溜息をついてしまったのは、仕方ないことだろう。
今までのクリスティアにとって、湯浴みというのはタライに張った水で布をしぼり、体をふく程度のことだった。
こんなに広い浴槽も、たっぷりのお湯を見るのもはじめてだ。
そのお湯の中に侍女たちによって誘われる。
ゆっくり浸かりながら体をもみほぐされて、洗い場では泡塗れにされた。
誰かに触られたことはほとんどなく、接触は大抵の場合痛みを伴うものだった。
身を硬くしているクリスティアを、侍女たちは優しくあつかってくれた。
じわじわと心にも体にも、心地よさが染みこんでくるかのようだ。
どうしてこんなに、もったいないほど丁寧に接してくれるのか。
頭の中は疑問でいっぱいで、これからどんな目にあうとしても、本当にありがたいことだと、泣きたくなった。
湯浴みをおえると、体を採寸される。
そのあと、伸びっぱなしだった髪を綺麗に切りそろえられた。
美しいドレスに着替えたクリスティアは、鏡の中の自分を戸惑いながらみつめた。
そこには、見知らぬ女が立っていた。
まるでナディアのように身ぎれいにした、ドレスを着た淑女である。
金の髪に空色の瞳をした、痩せているし、怯えた表情を浮かべているけれど、顔立ちの整った女だ。
これが私かと、クリスティアはまじまじと自分の顔を見つめた。