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第一話 月の魔女①

 森の奥深く。静かな湖畔に構えられた木の家は、周囲に幾重にも結界を張りその姿を隠していた。

「ソフィア!」

 張りのある声が結界の壁に跳ね返り反響する。名を呼ばれた娘は薬草畑の手入れをやめ、エプロンで手を拭うと主の元へと足早に戻った。

「お呼びですか、レヴィア様」

 ソフィアの深緑の瞳に映るのは、ため息が出るほど美しい女だった。白銀の長髪と同じ色をした瞳は、月の獣の血を引くセレネア家の特徴である。彼女のこめかみからは一対、ダイヤモンドの粉をまぶしたような輝きを持つ角がすらりと伸びていた。

「ああ。しばらく留守にするから、いつものように森の番を頼むよ」

「またですか。そろそろ陽霊の国に勘付かれますよ」

 ソフィアは、主が好き放題散らかした部屋をテキパキ片付けながら抑揚のない声で言う。

「人間に与するのは、そろそろやめたほうが」

「……お前は私に意見するというの? この月の魔女に?」

 レヴィアは細く長い指でソフィアの顎を掬った。毛束感の強いまつ毛が、ソフィアの金のまつ毛に触れるほど接近する。けれどソフィアは動じることなく、やはり抑揚のない声音で言う。

「意見ではなく心配しているのです。ただでさえ陽霊の国に目を付けられているのですから。それに、また煙草臭くなって帰ってくるおつもりでしょう。体に悪いからやめてください」

「だって美味しいんだもん」

 ぱっ、と顎から手を離すと、女は煙草を挟む仕草をしてみせた。

「ソフィーもやってみればいいのに。肺に入れないのがコツさ」

「イヤです。私の鼻がよいのはご存じでしょう」

 ぷいと顔を背ければ、レヴィアは快活に笑った。

「そうだったね。……どうだい、今日も体調に異変はない?」

 ソフィアのブロンドに手櫛を通しながら魔女が問う。

「はい。月の魔女様の最高傑作は本日も変わりありません」

 少女は膝を折って裾を持ち上げる。

「よろしい。留守の間、()を頼んだよ」

 レヴィアは少女の前髪をかきわけ、額にキスを落とすとそのまま家を出ていった。

「いつも急なんだから」

 おしゃべり好きな主人のいない家は、不気味なほど静かだ。──静かで、ほんの少し()()がする。

 ソフィアはスンと鼻を鳴らして、部屋を見渡した。壁や天井には、これから長い時間をかけて乾燥させるための薬草や鮮やかな花々でひしめいていた。なかには匂いのきついものもあるが、どれも腐臭とはほど遠い甘く清涼感のある香りである。

 ほんのわずかに漂うすえた臭いのもとをたどると、地下室に続く扉がある。ソフィアはすこし躊躇いながらその扉を開けた。

 扉を開けるとすぐ、地下への階段が現れる。土壁には点々と燭台が並んでいるが、どれも火は点いていない。少女は腐臭ごと軽く息を吸い込んで、呪文を唱えた。低く唸るようなそれは、間違いなく人の言葉ではない。獣と変わらぬ声で、ソフィアは燭台の蝋にけしかける。すると蝋足はひとりでに火を灯し、暗い道を煌々と照らし始めた。

 ワンピースの裾を持ち上げながら、急勾配の階段を下る。やがて階段が終わりひらけた場所に出ると、ソフィアはあからさまに嫌な顔をした。

 地下にあったのは、巨大な牢獄。数多の牢の奥には、人ではないものが静かにこちらの様子を窺っている。

 一本道の左右にそれぞれ立ち並ぶ牢に目を配りながら、ソフィアはある場所で立ち止まった。鉄柵の向こうは空だ。打ち捨てられた鉄の鎖と、古い血の跡。

 そこは四年前、ソフィア自身が過ごしていた場所である。

「……シディアス様」

 少女はぽつりと呟き、脳裏によみがえった美しい魔人の少年に思いを馳せた。

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