独裁者誕生
「――そして彼は…………すまない。つい黙ってしまった。彼は……私を支えてくれた側近であり、そして……友であった。心から追悼の意を」
国営放送の収録。執務室、カメラの前で彼はそう締めくくった。彼、と呼ぶのも畏れ多いその男はこの国の独裁者。
わざとらしい間の若干、白々しい演技だったが、それを指摘できる者はいない。テレビクルーもそそくさと執務室を後にした。
そしてそう、演技。たった今彼が追悼の意を示したその側近は彼が殺した。正確には彼がその側近の乗るヘリコプターを撃ち落とすよう命令を下したのだった。
理由は単純でそして根深い。歴史上、独裁者たちを蝕んできた特有の病からくるもの。『疑心暗鬼』だ。彼は側近が今に裏切り、自分の命を、その地位を手にしようとしていると思わずにはいられなかったのだ。しかし、それが解消された今、彼の表情は随分と柔らかくなった。祝いだ。今夜は別荘に愛人を呼び寄せよう。そう思うと顔の筋肉は益々弛緩する。しかし……
「あの……大統領」
「ん? なんだ? ああ、放送はいつになるんだったかな? 二時間後くらいか? ああ、ほらここ。最近、顔にシミができてなぁ。修正するようテレビクルーを追いかけ、伝えておいてくれ」
と、ご満悦気味の大統領に秘書官は言った。
「彼、国防相の件なんですが……」
「ああ、惜しい男を亡くしたよ……私の後継者候補の一人だったのに……まったくなんて悲劇だ」
「そうですか……あの、それ演技ですよね?」
「ああ、わかるか?」
「ええ、前よりも下手になりましたので」
「おいおい、君も処刑しちゃおうかな。なんて冗談だよ! はははははははははーっはっはっは!」
「ははは、ご機嫌ですね……あの、それでなんですが」
「なんだ? 君のためを思い言っておくが私の決定に反対する者はみんな、彼のように――」
「失礼します。大統領」
「えっ」
と、話の途中で大統領執務室に入ってきた男を目にした彼は唖然とした。現れたのは、まさしく死んだはずの国防相であったのだ。
「どうかされましたかな? 大統領閣下」
「いや、ああ、無事だったのか……だが……」
「無事? ははあ、すみませんな。どうも頭を打ったようで、丸一日ほど記憶がありませんで、ええ、いや、御心配には及びませんよははははは!」
乗っていたヘリが墜落してその程度で済むとは……いや、しかし骨折や顔に擦り傷ぐらいないとはさすがにおかしいぞ……。と彼は訝しがるが国防相がつかつかと歩み寄り、机にバン! と手を置いたのでそれ以上考える間はなかった。
「大統領! そう、言わせてもらいますがこの度の隣国への軍事作戦には反対です! こちらから戦争を仕掛けるなどとなんたる愚行!」
「ああ、その話なら前にも君と……したかな? まあいい。これはな、解放だよ。あの国の民は愚鈍な指導者の元を離れ、私の国民になりたがっているのだ」
「そんなのは妄言です。向こうは死ぬ気で抵抗してきますよ。こちらの被害も甚大となるでしょう。どうか考え直し――」
突如上がった銃声。その残響が消えると秘書官は咄嗟に塞いだ耳から手をどけ、言った。
「だ、だ、大統領……なぜ、こんな……」
「彼は反逆者だ。それ以外に理由が必要か? それとも君も銃弾が欲しいか? いらないよな? じゃあ、さっさとそれを片付けさせろ」
彼はそう言うと頬杖を突き、漂う硝煙に鼻をプクッと膨らませ自分の銃の腕に酔いしれた。
……のだが。
「こんばんは、我が大統領閣下……」
「な、な、だ、な」
「夜分遅くにすみません。しかし、お話が、あ、閣下? どうなされたのですか?」
その晩、彼の邸宅に現れた国防相。彼はひいいと悲鳴を上げるや否や屋敷の奥へ。不思議そうな顔で後を追い、中に入る国防相。
「閣下、閣下、え、な、何を――」
「ああばああああああ!」
彼は飾ってあった刀剣を手に取り、それを国防相の頭に振り下ろした。
肩で息をし、笑みを浮かべる彼。これで一安心……今度こそ殺したはずだ。そう思った。しかし……。
「大統領。申し上げますが――」
「どうもどうも、大統領! 此度のですね――」
「やはり戦争を仕掛けるのは――」
「正気の沙汰ではありませんぞ大統領――」
「私はあなたのためを思って――」
「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」「大統領」
「大統領閣下……お疲れのようですが、今日はもう休まれ、あ、何を、あ」
「……ああ、しまった。これは秘書官だったか。まあいいか……代わりはいくらでもいるんだ。そういくらでも。私の決定に反対をする者はみんな殺して、みんなみんなみんないったいどれだけいるんだ……」
殺しても殺しても現れる腹心に彼は天井を仰いだ。
神よ、私の頭はおかしくなったのでしょうか。あなたのせいだ。あなたがたくさん人間を作るからいけないんだ。だからあいつはたくさんいるんだ。実をつけ頭がたくさんもぎもぎもぎもぎもぎ僕は熊の背に乗ってネバーランドに行くんだだって僕は永遠に子供だもの違うよ僕は大人なんだ偉いんだ色々なことができるんだ神様ができないことだってできるんだ地上に楽園を作るんだみんなしあわせだ世界征服してパレードパレード嫌いな人はみんな最果ての収容所送りにして頭に電気を流して教育教育するんだ神様なんか怖くないぞ怖くないんだもぎもぎもぎフルーツをもぐんだ「大統領、大丈夫ですか」僕は大丈夫です閣下ですはい閣下なんです「君はさっき殺したろひひひひひ宇宙の光だ綺麗だなそうかそうか我が国は偉大だそうだそうだすごいんだ技術力が世界一だでも秘密なんだみつみつみつみつらくえんの蜜をじゅるじゅるじゅるじゅるじゅる」
「と、こんな調子なんですが先生……」
国内のとある研究施設。丸椅子に座りゆらゆらと揺れる大統領の肩を手で押さえ、側近はそう言った。
「ああ、経年劣化。平たく言えば老化によるボケだな。事故も何もなく、これまで一度も取り換えなかったからなぁ」
「ああ、やはりそうでしたか……どうりで最近、戦争を仕掛けようなどと口走って。まあ、怪しいと思って最近は表に出さないよう手を回していましたが」
「なるほど、まったく困ったものだな。最近、側近の換えが頻繁だったのはそういうことか。まあ、新しくすれば問題ない。そうだな、確か三十年前は評判が良かったはずだ」
「ええ。しかし、そんなに若返らせてはバレませんかね? 国民に」
「問題ないだろう。そのために老け顔で頭髪が薄い者を選出したのだ。せいぜい美容整形したと思われるくらいさ。もう少ししたら隠し子がいたということにし世代交代を、まあ、どうとでもできるさ。なんたって独裁者なんだから」
国の研究施設。培養液で満たされたカプセルの中で眠る大統領たち。
独裁者はこうして生まれる。