序
冬も終わり、春の足音が聞こえるこの日
私は病院のベットで横になっている。
いったい幾日過ぎたのだろう?
毎日見慣れてしまい代わり映えのしないこの部屋
退屈を感じ嫌気も出るが、窓から差す陽の光は何とも心地よい。
少し目を細め手の平でその光を受け止めてみると、冷えた手から温もりを感じる。
「……はぁっ」
温もりを感じた手を見た瞬間、私は現実に戻された気がした。
寝間着から出たその手の皮膚には、多くのシワが寄り
シミも多く、枯れ木のように痩せ細った手
年月というのは残酷である。
この手を見るだけで自分が、どれだけ老いているか分かってしまう。
私は、この陰鬱とする気持ちを切り替えるように
窓に手を伸ばすが、体が言うことを聞かない。
起き上がる力すら、もう私には無いようだ。
「たしか……この辺に……」
手元を探ると、目的の物がすぐに見つかる。
そうリクライニングコントローラー
起きるのボタンを押すと、機械の駆動音とともに上半身をベットが起こしてくれた。
窓の傍らまで起きると、窓から穏やかな日差しと
春の良い風景が目に入ってくる。
「うむ、良いな……」
起き上がる力はないが、窓を開ける腕力は残っていたようだ。
開けられた窓からは、日差しと同じように温かい風が顔を撫でてくる。
「ん?」
穏やかな風と共に入ってきた香りに気づき、もう一度外の様子を伺う。
「ほう、寒白菊か」
病院の花壇に植えられたのか、自生したのか分からないが
寒白菊の花が、春の陽を受け止め白く輝いていた。
思えば長い月日を生きてきと思う。
若い頃は昼夜を忘れて研究に没頭したな。
だが、その研究はアル面で優れていたが、時間が掛かるのと既存の物に価格で負けていた。
会社からゴミ扱いにされたな。
頭に血が上り、勢いで退職したは良いが、
その後も鳴かず飛ばずの研究も多く。
一念発起で色々と手を出すも器用貧乏で終わってしまった。
まあ、幸い家族には恵まれ。
時には支え、時には発破を掛けてくれた女房に子供たち
孫にも恵まれ、昨日は曾孫も生まれた。
今日は皆で曾孫を見に行く言っていたな。
赤ちゃんが退院したら合わせに来るとか……、
「やれやれ騒がしくなるな……」
自然と上がる口角に心の暖かさを感じ
陽の光に目を細めると、穏やかな風が吹き寒白菊の花びらが舞った。
そう、見えただけなのかもしれない。
急に眠気が増し、体をベットに預けると、なにやら周りが騒がしい。
「こう日が温かいのだ、ゆっくり眠らせてくれ……」
目を閉じると、意識は白い世界へと薄れていった。
天高く舞うリンネ