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暗殺拳の継承者、音楽家になる  作者: 猛蔵 (原案者:オカピー)
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二話 苦難

 小鬼旅団の殲滅で無茶をし過ぎた俺は、師匠から労いの言葉と説教、そして一週間の静養を言い渡された。


 それから数日後、大量の本を抱えて運んでいると師匠に呼び止められた。


「黒龍。勉強か?」

「はい、音楽を理論から学んでみようと思いまして」


「そうか、それは感心な事だ。 拳は体や技のみで作られるものではない。己の知や心、自身を作る全てが合わさって武に至るのだ。……ゴホッ。

 お主が学ぼうとしている音楽理論……が拳にどのように関わってくるかは分からんが、お主なりの考えがあるのならば、それは無駄にはならんだろう。精進せよ」


「はい、師匠!!」


 俺は部屋に戻ると抱えていた本を机の上に積み重ね、パソコンを開いた。


 オーディオインターフェイス、MIDIキーボード、ヘッドフォンなどの周辺機器をパソコンへとつないでいき、椅子に腰を掛ける。


 そしてDigital Audio Workstation、いわゆるDAWソフトを立ち上げたら準備は完了だ。


 小鬼旅団を殲滅した時に完成した俺の音楽、それを曲として作り上げる。


 マウスを握る手が少し汗ばんでいる。


 教本『初めてのDTM』の課題をこなし、既存の曲をいくつか完コピして曲作りの概要は分かっているつもりだが、オリジナルの曲を作ろうとするのは今回が初めてだ。


 DTMを選んだのはやれることの多さに対する機材の少なさ、そして一人で曲の全てを作れるという点だ。 楽器と違って演奏に修練が必要ないというのも魅力的だ。 楽器の鍛錬で暗殺拳の修業がおろそかになっては本末転倒だ。あくまで曲作りは暗殺と音楽が一緒だと証明するための表現方法の一つに過ぎないのだから。


 ちなみに音楽自体は「荒ぶる心を静めるために芸事は最適だ。己を律する術を学ばなければ、我々拳法家は力に飲まれてしまう」と師匠からも推奨されている。


 まずは曲のBPMを設定し、ビートを決める。


 BPMは抑えきれない衝動を表現するために高めに設定し、ビートはドラムのループ音源をとりあえず置いてみる。


 キックが強めの重厚なドラムビートが暗殺拳の一撃の重さを表してくれているようだった。


 ドラム音源の速度を変えただけだが、流してみると何となく自分の思い描いていた曲に近づいたように思えた。それが嬉しかった。


 思い描いている曲は自分の中に既にある。この調子なら曲が完成するのもあっという間だ。


 俺はパソコンとMIDIキーボードに手をかけ、曲作りをかかった。


 それから1時間後、俺は木人をひたすら叩いていた。


 甘かった。

 『自分の中に曲がもう出来ているんだから、曲作りなんて簡単』と思っていた自分を殴ってやりたい。


 自分の中にあるものをアウトプットするのがこんなにも難しいとは思ってもいなかった。

 メロディーを打ち込んでみてもどこかで不協和音が生じたり、音源サンプルを組み合わせてもちぐはぐで気持ち悪い。


 DTMは楽器と違って演奏に修練が無いから簡単だと思っていたが、そんな事は一切なかった。

 何でも出来るということは無限の選択肢があるということ。今の俺は無限の選択肢に圧倒され、攻めあぐねて呆然と立ちすくんでいるような状態だった。


「くそっ!!」


 拳を木人にたたきつける。 己の無力さに苛立ちが抑えきれない。


 ゴールが見えているのに、走っても走っても近づけない。いや、正しく走れているのすら分からない。


 何も生み出せないまま、ただ焦りだけが募っていく。


「荒れているな」「師匠!」


 気付かぬ間に師匠が後ろに立っていた。


「どうした?勉強が上手く進まないのか?」「いえ……その……」


 師匠には言えなかった。

 『自分の頭の中ではすごい曲が完成したけど、それが思うように出せなくて辛い』なんて恥ずかしすぎて、口が裂けても言えなかった。


「あの……己の中にあるものを形にするのは……どうしたら良いでしょうか?」「む?」


「具体的な事は言えなくて申し訳ないのですが……今俺は自分の中にある理想を形にしようとしています」

「ふむ」


「最初は自分の中にはっきりとある物を形にするから簡単だと思っていたのですが……これが非常に難しく、そしてもどかしくもあります……理想の形がすぐそこにあるのに、形に出来ないなんて……」

「なるほど……細かい事は分からぬが、お主は『守破離』の離に至ろうと急いているのだ」


「守破離の離……ですか?」

「ゴホ……守破離、すなわち 『守』は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。 そして『破』は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。 最後に『離』は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階を指す。

 お主の言う『理想を形にする』というのは独自の新しいものを生み出す……つまり、『離』に相当する行為だ。……そして、『離』に至るためにはまず『守』を確実に自分のものとし、血肉と化さなければ『破』に至ることはできないし、『離』に進むことも出来ぬ。

 この『守破離』の順序を飛ばして新しいものを生み出しても、それは奇抜なだけだったり、練度不足で使い物にならなかったり……クオリティの低いものにしかならんだろう。……何事にも研鑽は必要だ」


「し……師匠、俺は……今、どの段階にいるのでしょうか……」

「お主は今はまだ『守』の段階だ。例えば……この間4つの技を習得したが、それを完全に自分のものとして応用や発展させるまでに至っては無いであろう?」


 完全に言葉に詰まった。師匠の言う通りだった。


「最近のお主の成長には目を見張るものがある。それは理想の何かを見つけて、『離』の片鱗を見たからであろう」


「それでは……『離』に至るにはどうしたら良いのでしょうか……?」

「焦るでない。……ゴホ、まずは『守』から『破』に進むところから始めよ。」


「『破』……つまり、応用やアレンジから始めろ……ということでしょうか?」「うむ……まぁ、そうとらえても良い。応用やアレンジで手を加えることで基本や術理の理解を深めることもあろう。 小手先の技術でごまかしたり、行き詰まったらまた『守』に戻り、基本を学びなおせば良い」


「試行錯誤の繰り返し……長く、辛い道のりですね」

「うむ。『離』に至る道のりで簡単なものなど一つもない、それは幾星霜の努力と研鑽のみで舗装される苦難の道だ。 おまけにただ漫然と繰り返したり、教えを守っているだけでは絶対に至ることは無く……知恵と工夫、更には才能や運が必要とされる時もある。 努力ではどうすることも出来ず……苦しんで、『離』に至ることが出来ずに終わった者たちも大勢見てきた」


「そのような険しく、限られた者にしか進めない道を……俺は行くことは出来るでしょうか」

「無論、お主なら出来る」


 間髪入れずに答えられたので、少し面食らってしまった。


「ゴホ……お主は『理想を形に出来ない』と悩んでいるが、それは理想が見えているから、すなわち『離』の形……至るべき果てが見えているから生じる悩みだという事だ。

 今はまだ道が見えていないから悩み、苦しんでおるが、至るべき果てが見えているのと見えていないのでは上達の速度が全く違う。このまま正しく努力をすれば、いずれ到達出来よう。

 まずは己の力量を正しくとらえ、手の届くところから始めよ」

「なるほど……それが『守から破へと進め』と言う事ですね」


「うむ。まずは基礎と少しの応用から……道は見えてきたか?」

「はい、さっそく始めたく思います!!失礼します!!」


 にこりと笑う師匠に見送られ、俺は急いで部屋へと戻った。


 『守破離』。

 俺は下手に完成形が見えてしまっていた分、自分の実力を鑑みずに、気持ちばかりが急いて焦っていたのだ。理想の曲が頭の中に出来ているからと言って、曲作りに関してはまだ既存の曲を数曲再現しただけの素人に過ぎない。コード進行もメロディの作り方も、細かいテクニックどころか基礎すらもおぼつかない状態で新しい物を生み出そうとしても、曲の体すら成していない低クオリティのものしか出てこないだろう。


 まず自分の実力を正しく認識し、手の届くところから始める。


 再びパソコンを開いた俺は、まず自分の理想とする曲に近い曲を漁り始めた。

口ずさんでは照らし合わせて、ジャンルから曲へと絞り、いくつかの候補を見つける。そして、それらの曲のコード進行と、何となくのメロディ構成を抜き出していく。


 つまりは、コード進行とメロディ、曲を構成する要素をそのままコピーするのだ。

 ここから更に詰まれば、使用楽器、音色など、自分の実力ではまだ生み出せない要素はどんどんと真似ようと考えている。


 模倣に模倣を重ねて、創作と言えるかも怪しい。創作行為としては下の下だが、今の己の実力ではこれしか出来ない。

 まずは基本を忠実に守る『守』と、それに少しのアレンジを加えた『破』。ここから進める。


 これが今の自分の精一杯だ。


 そうして再開した曲作りだが、既存の曲のコード進行をなぞってアレンジする、それだけでも辛く、苦しく、心が折れそうになる程の苦難の連続だった。


 コード進行をコピーしても間やリズムはコピーできない。

 リズムやメロディーを元の曲から引用しすぎたり、音のエフェクトを変えるだけでは、ただの劣化コピーとなる。


 エフェクトやオカズなどを下手に足しても、ただのノイズとなって無い方がマシになる。


 音を足す。減らす。変える。延ばす。縮める。


 試行錯誤を重ねても、まだ届かない。

 永遠に続くかのような無間地獄。


 進んでいるのか退いているのか分からない、まるで霧の中で彷徨っているかのような苦しい状態が続く。


 『創作活動は地獄だ』と曲作りを始める前にネットで書かれているのを目にしたが、今、頭でなく心で理解をしている。


 何度も投げ出そうとしたが、部屋の前に置かれた夜食が俺を励ましてくれる。


 見守ってくれている師匠の為にも、そして自分の為にもまずは自分の出来る全力を持って完成させなければならない。


 作る。聞く。変える。崩す。また作る。


 地獄の苦しみの中で少しづつ光が見えてきた。

蜘蛛の糸のように細い光だが、少しづつ、そして確実に強くなっていくのが実感出来る。


 ああ、みんなこの光が見たくてこんな地獄を続けているんだな。 まだ入口にすら立っていないかも知れないが、この世の創作者の気持ちが少しだけ知れた気分になった。


 曲作りを始めてから幾日が経ち、ついに曲が完成した。


 どこかで聞いたことがあるような曲だし、音作りも甘い。音量バランスだって少しおかしい気がするし、反省点を挙げたら切りがない。


 しかし、誰かの劣化コピーなどではなく、間違いなく自分のオリジナル作品だと、はっきりと言える。


 自信を持って、とは言い切れないが、今自分が出来る全てを出し切って作ったとは言い切れる。

拙な部分が目立ったとしても、自分の今の実力がその程度であると受け入れるしかない。


 動画サイトを開き、動画投稿フォームに作った曲のファイルをドロップする。

 『動画を投稿する』をクリックすると、ファイルのアップロードの進行を表すダウンロードバーが表示され、どんどんと残り時間が短くなっていく。


 俺は自分の曲を公開する。


 どういう反応があるか分からないし、反応されるかも分からない。

 世にこれよりも素晴らしい曲なんてごまんと溢れている中で、自分の稚拙な作品を見せるのは恥ずかしいという気持ちもある。


 しかし、不安や羞恥心よりも自分の曲を世に出したいという気持ちの方が強かった。


 俺は曲を作ったのだ。この世にない、新しいものを作ったのだ。


 そうこう考えているうちに曲のアップロードが終わり、動画が投稿された。


 もう戻れないし、戻る気もない。


 拳法家だけでなく、今から一人の音楽家として、新しい道を歩むのだ。おぼつかない足取りだが、確かに今、新たな一歩を踏み出した。


『RISING DRAGON / Black Dragon P』

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