手紙を乗せた船
手に取っていただきありがとうございます。ぜひ最後までお楽しみください。
誰かにどこかから流され、いつの間にかたどり着く。名も知らない誰かに拾われた。そんな僕はボトルメール。
僕はいわゆる捨て子だった。どこかの川に流されて、今の両親に拾われた。そうして今まで生きてきた。生まれたときから流されていたせいか、自分の意見も言えず人に流されやすかった。そうして僕の知らない間に物事は進んでいく。
そんな世界でも空を見上げるのが好きだ。いつも少しずつ流れて変わっていく。それをただぼんやりと見つめるのが楽しかった。風によって意思もなく流され続ける雲はまるで自分を見ているようだった。喧騒に呑まれる休み時間。窓際で突っ伏していつものように空を見ていた。今日は窓際に人が多いみたいだ。
「何だあれ」「なんか挙動がおかしくない」
ざわざわと一際と騒ぎ立つ。ただの飛行機じゃないか。ん、待て、近すぎる。やばいこれは突っ込んで来る。僕は固く目を閉じる。
「バーン」
けたたましく響く音につられて目を覚ます。さっきのはすぐに夢だと気づいた。既に夢の記憶も頭から霧散する。僕は机にベッタリとくっつく頭を気だるそうに持ち上げた。この空は、いつも通り気持ちいい。違う点を上げるとするなら、あげるとするなら......飛行機、あれ、飛行機が。どこかで見たような。頭を掻いたときに手のひらの文字が視線に入る。
『に』
「なんだこれ、書いた覚えはないけどな」
そんな思考にふけるのも束の間、「ヤバイヤバイヤバイ」という焦りを露出させた声と逃げ惑うクラスメイトたち。なんだ、そう思うながら視線を横に移す。眼前には飛行機があった。
「夢と」
俺は悟った。これはループしているのだと。『に』は『にげろ』そう書こうとしたのだろう。
今度はドーンという大きな音で視界を暗転させた。
「おい起きろって、次移動だぞ」
いつの間にか、寝てしまっていたようだ。なにか大事なことを忘れているような気がするがまぁ、忘れるぐらいだ。そこまで重要じゃないだろ。「ありがとう」といって首をもたげたときだった。
「えッ」
起こしてくれた友人は椅子から滑り落ちた。恐怖を目に浮かべ、その双眸で僕を貫く。
「なにがそんなに──」
すべてを言い切る前に気づいた。全身にびっしりと入った黒い文字。
『逃げられない』
何重にも重なり読めないところさえもある。今、思い出した。この体に書き残した生の跡を。一回の死で一文字ずつ足されるこの文字は、僕のおびただしい数の死を意味している。今までの死の体験が流れ込んでくる。この文字は記憶のトリガーだ。耐え難い苦難。逃れられない恐怖。すべてが僕を侵食していく。
「アァァァァァァァァァ」
すべてを放り投げ叫ぶ。気づかなければどんなに楽だっただろうか。また窓の先には飛行機が。
この音を聞くのは何度めか。ドーンという音すべて消されていく。
固く目を閉じてもこの現実は変わらない。僕の日常で漂う鼻を穿つ鉄の匂い。僕は何回死ねばいい。
誰が書いたかわからない文字を抱え、いつの間にかたどり着き、名もなき日常を再開する。そんな僕はボトルメール。
最後まで読んでいただけたことを感謝申し上げます。