Orange '86
必死だけどうまくいかない。第三者からみると笑えるような昔の話
1986年9月
神奈川県逗子市にある海岸小学校で二学期が始まった。
女教師の藤川先生と見知らぬ女の子が教室に入ってきた。
「はい、今日は転校生を紹介します。じゃあ どうぞ」
「絵美です。川崎から転校してきました。よろしくお願いします」
「みんな仲良くしてあげてね。じゃあとりあえず健児君の隣に座って」
「はい」
大輔は予期せぬ転校生の登場に少し驚いていた。
川崎? どこかな?なんかバンビみたいな顔じゃん。
その夜
「大輔、魚はもっときれいに食えよ!」
「大ちゃん、皮も食べれるでしょ。ほらとってあげる」
「うん..」
「どうした?学校でなんかあったのか」
「ないよ。女が転校してきた。絵美っていう名前...」
「うっーー!! 「いってー!」
「バカ野郎、骨が喉にささったんじゃねぇかぁ。米食え。ほら」
翌日
「今日は班を決めます。まずくじ引きで班を5人づつにして、それから班ごとに名前を国の名前にしてもらいます。代表の子はカードを引いて...」
「なんだこれ、アイスランドだって!」
「おいしそうな国だね」
「そんなの聞いたことないぞ!」
大輔の班は名前がアイスランドとなった。
一方で、絵美は別の班で名前が中国になった。
「ふーん、バンビは中国か...」
「2学期はこれでいきます。じゃあ班ごとに席は決めてくれる」
「はーい」「はい!」
休み時間
「運動会って踊りあるけどさぁ、こんな感じでやったらどうかなぁ」
大輔がデタラメに体をひねらせたり、寝転んだりやりだした。
「ハハハッ。変だねぇ」
「そして、こうして、ここをこうしてこう」
「なんだよ、でもおもしれー」
「なぁなぁ、拓ちゃんも一緒にやろうぜ」
「おう、やろう!」
クラスメイトの拓也と振付を考えていった。
しばらくして、
「藤川先生!ぼくたちで踊り考えました。みてください」
クネクネ、サッ、バサッ、パン...
「何よ~、ふざけてるわね。 でも結構面白いわね」
「ダメですか?」
「そうね。一部使わせてもらおうかしら」
翌週体育の時間
「今日は大輔君と拓也君が考えた振付を元に練習します。その後リレーの選手を決めます」
藤川はをかなりアレンジしたものの、9割方大輔の考えた振付をベースにした踊りをクラス全員に踊らせた。
そしてリレーの選手決め。
「はい。勝ち抜きでやります。最後まで残った男女各二人が選手になります」
男子の決定戦
三年生の大輔は1年の頃は徒競走でビリだったが、春からアニメの影響で少年サッカーを習い始め、徐々に足が速くなっていたものの、2回戦で敗退となった。
くそー リレーの選手になりかたったなぁ
そして女子
恵というカモシカのように足の長い子がダントツ1位で、絵美が2位となっていた。
「はい、恵さん、絵美さん。この二人に決まりね」
「うそ、バンビがリレーの選手に? スゲーなー。足早いんだ」
運動会
10月10日 快晴
「続いて3年生によるダンスです」
”つきのひと〜みロンロンロンロン” ”だんだらつ〜のツンツンツンツン”
”あー夜はいま、おどってる、タンゴのリーズムッ!!”
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!
大輔の思い付きで作った振付を担任の藤川がまともにアレンジした踊りは絵美も含めた3年5組のクラス全員が踊って拍手喝采を受けた。
昼食となり、大輔は父の幸三と母の恵子、兄の6年の誠とシートの上でお弁当を食べていた。
「さっきのボクの考えた踊りだよ。良かったでしょう?」
「まぁ、サル踊りだな」
幸三が冷たくあしらうと、
「そうだ。良くなかったぞ!」
誠も乗った。
大輔は泣きそうになった。
「大ちゃん頑張ったね。良かったよ」
いつもどおり恵子だけが味方だった。
そして午後となり、終盤でリレーとなった。
「次は女子のリレーです」
「よーい」
プァーン!
「がんばれー!!」
1年から6年の順に走るのだが、2位で絵美へバトンが渡った
「がんばって!」
1位との差を縮めて、恵へバトンパス
「がんばれー、ぬけーいけー!」
恵は規格外の走りで1位を抜いて先頭になり、その後の選手も順位を守り1位でゴール
「やったー」
「すごいねー恵」「恵ってムチャクチャ速いね!」
「なんでみんな恵ばっかり。バンビだって良かったじゃん!」
こうして大輔のクラスは大いに盛り上がって運動会が終了した。
遠足
ほどなくして秋の遠足となった。
三年生はバスに乗り神奈川県唯一の村である清川村へ向かった。
山奥に着き散策し、藤川先生が言った。
「ここは数年後にはダムと湖ができて沈んでなくなります」
「この小学校もですか?」
「そうよ」
「えーー、かわいそう」
遠足の記念にクラス全員で写真を撮った。
「バンビ、やっぱりかわいいなぁ」
大輔は後日現像された写真を眺め思っていた。
1月
年が明けて、3学期がスタートした。
「班替えします。班の名前は国旗でやり方は2学期と同じです」
クジをひき、大輔は絵美と同じ班になった
「マジか⁈ 信じられないよ」
「カードは、ドミニカね」
「ドミニカっ⁈ 知らなーい」
「中央アメリカにある島国なんだけど、2つあって、大きい方がドミニカ共和国で、君たちは小さいほうのドミニカ国だよ」
「へーそうなんだー」
「やったー、あとはバンビと席が隣になれば話ができるぞ!」
ところが席は絵美は直樹の隣となり、大輔は優子の隣となった。
「なんだよそれ。チェッ」
同じ班にはなったものの、憧れの絵美とは今までと変わらず話すことができなかった。
2月
「席替えします」
班は同じで月毎に席替えがあり、行うことになった。
「じゃあ大輔君と絵美さんが隣ね」
「はい」
「おおおおお。マジかぁ。どうしよう.....」
ついに念願の絵美の隣の席になったものの、激しく動揺した。
「よろしくねっ!」
「あ、ああ....」
翌日から大輔は学校に行くモチベーションが倍増した。
ある日の算数の授業
「はい、今日からそろばんをやります。出してください」
「あれっ、ないな。どこいったかな。あれっ、おかしいな」
大輔のそろばんが見当たらない。
「どうしたの?忘れたの?」
「昨日入れたはずなのに。んーないな。」
困ったなぁ。どうしよう。
「じゃあ、私の半分使っていいよ」
「ええっ? いいの? ありがとう」
思わぬ展開に大輔は授業中、緊張感たっぷりにそろばんをはじいた。
「私さぁ、川崎の幸区ってところからきたんだよ」
「えっ?幸区?」
「うん」
「そうなんだ。すごいねー」
「テレビ番組は何をみるの?」
「えっ? ああ、キャプテン翼とか。サッカーが好きだからさ!」
「私はねぇ、ミスター味っ子かな」
「へぇ。そっかぁ」
「やばい、ミスター味っ子見てない。次から見ようっと」
いつも話しかけるのは絵美のほうだった。
住まいが団地の大輔は正門から登校していたが、一軒家の住宅街に住む絵美は東門から登校していたため、登下校で一緒になることがなく、授業中や休み時間、掃除の時間だけ見かけることができていた。休み時間は男子はサッカー、女子はオルガンやゴム飛びで別れているので、授業中と掃除の時間が話せる数少ない機会であった。
”トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥッ、 トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥ トゥッ...”
下校の時間となると放送室からいつも同じメロディが流れていた。
どこか淋しげな曲調で、一日の終わりを告げるものが子どもたちの耳にすりこまれていた。
海岸沿いの小学校は冬が終わり、まもなく春を迎えようとしていた。
幼少期にタイムスリップした気分になれます。