7話 誘われこんばんわ
時間は20時を少し回っていたと記憶している。
俺と紅は切比古神社を目指していたのだが、神社まで残り5分と行った所で警察がパトカーを使い道を塞いでいた。
正確には警察だけではなく、警察に交じり一般の方も複数人いた。
最初、見物人かと思ったがどうも様子がおかしかった。
警察と一緒になりその一般の方たちも道を塞いでいるように佇んでいたからだ。
その中に、見知った顔を発見する。
「桂馬……?」
叔父さんだった。
スーツ姿だから仕事帰りなのだろう。
だけど、何故ここに?と思ったのも束の間。突然怒声が聞こえてきた。
「桂馬!!お前なんでここにいるんだ!!」
それは、俺が切比古神社に肝試しに行くと言って怒られた時以上の険しい顔で……だけど、どこか悲しそうな顔をしていた。
「お、叔父さんそれは」
『私がここに連れてきたのだ』
紅が静かに告げた。
「え……紅、さま?一体どちらからお声を?」
『坊主のポッケじゃ』
そう言ったので、ポケットから勾玉を取り出す。
ポケットに入れていたので熱さが増していた。
「え、朱鳴!? なんで桂馬がそれを持っているのですか!?」
『お主たちあの二人から聞いていないのか?万が一の時に自分の子供に朱鳴を持たせると』
「兄さん達が!? だからHKK本部に一個無かったのですか……」
叔父さんはそう呟くと、これどうしようと重い溜め息と共に呟いていた。
この時の叔父さん、幾分老けたように見え心の中でごめんなさいと何故か申し訳なく思い俺は謝っていた。
「一体何がなんやらわからないです……」
『主は数時間前まで普通の人生を過ごしていた坊主だったもんな。それが当たり前だ』
紅はケラケラ笑っていた。
こっちは笑いごとでは無かったんだけどね。
「紅様、少々お待ちください。幽禍が紅様にずっと呼びかけておりましたが、まさか、桂馬と」
『あぁ、事態が事態だった坊主に説明をしていた。改めてお主らが把握している今の状況を聞かせてくれるか?』
「っ! は、はい。現状ですが……」
何か言いたそうだったがグッと堪えて、叔父さんが現状の説明をしてくれた。
曰く、この日の夜18時頃から切比古神社にて、ここ100年近く記録にない妖力に近い霊力を観測。
それにより、幽禍は緊急事態を示す「緊」のコードを発令。
動ける平木波市並びに近隣の幽禍に所属している全メンバーの招集かけられ、まず現状と状況把握の為、調査班が慎重に調べた結果。
切比古神社の境内に立ち尽くしている若い男の子と若い女の子を確認。
現在境内にいる二名の身元については、因果関係は不明だが先ほど佐々木家よりおかしくなった息子がいなくなり捜索願の連絡が入っているのを確認。
因果関係は不明だがその息子の可能性が高いと思われ、近くに倒れている女の子は現在も確認中。次に霊視の能力にて切比古神社を確認した所、禍々しい霊力が切比古神社に纏わりついており、その霊力の発信源は立ち尽くしている男の子から出ていると確認。
以上の事から考えられる事として、切比古神社に封印されていた怨霊、咲耶が長い時間を使い自力で封印を解き、理由は不明だが現状若い男の子に憑りついている状態だと予想される。
以上になります。と叔父さんが話を締める。
『ふむ……』
「紅様?」
『坊主。確か主、佐々木って主が読んでた奴に切比古神社に行かないかと誘われていたな?』
「え?あ、はい。そうですね」
何故知っているの?と思ったが、この勾玉は恐らく電話みたいに距離関係なく’繋がれば’聞いたり話せるのだろうと悟る。
それなら、佐々木に誘われた時。確か勾玉が入ったお守りが近くにあったはず。
あれ?と気づいた。と言うことは、このお守りが近くにあった時って……今まで話とか恥ずかしい独り言とか紅に聞かれていたのでは、と。
思春期の独り言=黒歴史。
頭の中に浮かんだとんでもない事実に顔が熱くなり発狂したくなるが、この時そんな空気ではないと悟り一人我慢していたのであった。
『咲耶に呼ばれたか。そこで憑いて佐々木って奴の記憶を覗いたのか。しかし、それならその時点で封印は解かれているはず。それならわからない筈は無いんだが……だとすると』
「紅様、一つお伺いしてよろしいでしょうか」
俺が一人で悶絶している時に叔父さんが険しい顔をして勾玉を見ながら話しだした。
「もう一度お伺いします。桂馬は何故、この非日常の世界にいるのでしょうか」
『簡単よ。今回の件は坊主が原因だから』
「なぜ!?」
『お前も近年の切比古神社の状況を知っておろう?近年あそこは夜中に人が集まっていた事を』
「え、えぇ。確か近年、切比古神社が何故か霊が見えるとかで心霊スポットとしていきなり有名になり、それで若い人達が遊び感覚で来ていると。なので、封印が解けるのではと警戒をして、メンバーが調査を行っておりました」
『これは恐らくだが、協力している存在がいる』
「は……?」
呆気にとられる叔父さんを無視をして紅は話を続けた。
『咲耶の封印が完全に解かれれば私が気づくが、ついさっきまで咲耶は確実に封印されていた。かと言って咲耶の単独犯にしてはおかしい。つい先ほどまで封印が解かれていなかったのに、どこか作為を感じさせる。遠い地ならまだしも自分が管轄し、あまつさえ’住んでいる’地域だ。気づかないのはおかしい。となると、私でも気づけないほどの存在。それが人なのか霊か妖かわからんが、かなり弱い力を持つ存在が咲耶にコンタクトを取っていた可能性がある』
「第三者の協力者……、神社が心霊スポットとして有名になってから、私たちの方で昼夜問わず警戒をしてきた事は紅様にご報告してきましたが、もしその協力者が人間ならあまりに多く、特定にはお時間をいただくかと」
『ふむ……。何にはともあれ、行けばわかることか』
「お、お待ちください!!」
先を急ごうとする紅を必死な形相で止める叔父さん。
「何故、桂馬が、原因なのですか……!? どうしてこの非日常の世界に関わらないといけないのですか……?」
紅はその、我が道を行く性格をしているワガママな妖怪で、周りを振り回すことが多くHKKも昔から結構振り回されてきた痛い歴史があるらしい。
なので、自分たちが欲している回答を貰うまでいつもかなり苦労をしている。
この時もそうで、叔父さんは三度目の正直でやっと俺がここにいる理由を俺含めて知ることになる。
『先を急ぎたいのだが、まあいい。主にもまだ途中だったしここで説明をする』
仕方ないと溜め息を吐き紅は語りだした。
『理由は二つ。一つ目は主の霊力の色。主以外は霊力や妖力にはそれぞれ色があることを知っていると思うが、主の霊力の色は撫子色。少し紫がかかったピンク色の事だな。燈中の一族は代々赤系統なのだが、この撫子色は咲耶を封印した奴と同じ色なのだ』
「紅様が長い事、桂馬のお側で霊力を陰ながら封印されていたので、見えませんでしたが確かに今の桂馬を見るとピンク色の霊力が見えますが、そうなのですか」
この時俺は自分の周りを纏わりつくピンク色の靄を想像していた。
……とっても、気持ち悪かった。
『二つ目だが、咲耶は自身を封印した燈中一族、特に封印した奴を恨んでいる。なので奴と一緒の霊力を持った主を狙いたくなるのもわかる。だが、それだけではなかった。主はもう一つ、封印した奴と同じものを持っている』
それが、と続く。
気のせいか周りが幾分ざわついていた。
『純記塊《誘》。咲耶を封印した奴……才次郎が咲耶を封印した能力……と思われるもの』
「有り得ません!! あれは今もHKK本部の地下に厳重に仕舞われているはずです。ましてや、あの純記塊は何故か人を選び誰も使えないとされてきたものですぞ!?」
『そもそも。何故、この坊主は霊力を封印されてきたかお前は知っているか?』
「い、いえ……」
「あ。あのー」
さすがに付いて行けなくて勾玉を見ながら質問した。
この時、周囲のざわつきが強くなっている気がしていたが、それより疑問を確認したかった。
「色々聞きたいのですが……まず、純記塊ってなんですか?」
『ふむ。さっき主の一族は燈中家は古くから≪人の記憶を変換する≫能力を持っていると説明したのは覚えているか?』
「はい、なんとなく」
紅様、なんだか周りが……と叔父さんの声が聞こえたが、紅は無視して説明してくれた。
『実はこれはかなり省略していてな。燈中家の正確な能力は霊力を使い人の記憶を閲覧し、その人の生き様に答えを見つける事だ』
「答えを見つける?」
『ああ。人もだが、この世に生を受けるということに対して意味が無いことはまず、ありえない。生きるとは答えを探すこと。少なくとも私はそう考えている』
紅の話を真剣に聞いていたが、周りの音や声がやっぱり気になった。
叔父さんはもちろんだが、周囲にいる人たちの焦る声がどんどん増えていってる気がしたが、自分の大事な話だと思ったのでとにかく紅の話に集中した。
『その見つけだした答えを私は純粋な記憶の塊。純記塊と呼んでいたが、今は呼びやすくクリアと呼ばれているみたいだな』
「クリア……」
『純記塊は命の記憶の結晶。それを燈中家は霊力で変換し、能力や武器に形を変えて古くから霊や妖に対抗してきた』
あ、ちなみにと紅が付け加えた。
『もしかしたら気づいたかもしれんが、燈中家に力を与えたのは私だ』
「……は?」
『尤も、力と言うか子孫末代まで続く呪いなんだがな』
はっはっはっと笑う紅に俺は、いっぺんシバきたいと本気で思った。
数年後の今も思ってるが。
『力の使い方は代々親から子へ伝えるものだが、主の場合は時間もないから私が実践で教える』
「べ、紅様ー!!」
その時、叔父さんの緊迫した声が聞こえたが、どこ吹く風で話を続けた。
『わかっておる。さて、最後だ。何故主が狙われたのか。それは主が純記塊《誘》を持っていると言ったが、そもそもこれは本来ありえない』
「俺もそんな変な物を持った記憶がありませんが……」
『本来、純記塊を得る方法は基本二つ。一つは霊をその身に憑りつかせその霊の記憶を閲覧し、答えを見つける事。この方法は霊の現実世界での未練を取り除き、成仏させる方法でもある』
「それって危険じゃ!」
『もちろん危険だ。危険な霊……咲耶みたいな怨霊に憑りつかせるなぞ自殺行為だ。だが、打つ手がなく勝てない相手なら、記憶を閲覧することで相手の弱点や対抗策がわかったりする時がある。もちろんそのまま答えを見つけてあげて成仏させてあげることが一番だが』
べ、紅さまー……と泣きそうな叔父さんの声が聞こえた。
俺はこの時点であまりにも気になったので確認したかったが、まだ重要な話が終わらなそうなので引き続き勾玉を見ながら紅の話に集中した。
『そして二つ目だが、純記塊は一回生成すると保管し自由に持ち運びができるという点だ。例外はあるが基本、純記塊は成仏した霊の残した記憶の結晶。なので、もちろん意思は無く、歴代の純記塊を保管し必要時に状況に応じて使い分ける。ただ……周りを見てみろ』
そう言われ周りを見る。
すると。
「は、はあああああああああああああああ!?」
そこには、たくさんの人がいた。
いた、と言うか俺たちの周りを浮いているのだ。
こちらを……てか、全員が俺を凝視しながら。
「べ、べべべ紅様!!これは一体!?」
かなり慌てている叔父さんが目についた。
その顔は真っ青になっている。まあ、そりゃこんな状況なら誰でも慌てる。
さっきからこんな状態だったのだろう。周りにいる警官とか腰を抜かしている。
『どうじゃ主よ? 霊のフルコースの感想は?』
「ししし、知らねぇよ!!!!」
この時敬語を使うのをやめた、バカバカしくなったので。
『さて。ここに着いた時点で主の封印していた霊力を開放をしていた。なので主は霊などを見れるようになっているが、同時に主の霊魂に憑りついている純記塊《誘》の能力も自動的に発動をしていたのだ』
「ななななん何なんですか!?その純記塊《誘》って!?」
『純記塊《誘》は咲耶を封印した能力と言ったが、半分正解で半分間違いだ。確かに才次郎は純記塊《誘》を使って封印したからその能力があるのだろうが、コイツの能力は霊力を霊や妖が好む波動を自動的に出す、事だ』
そう紅が言うと、浮いていた一人の人生に疲れきったような顔をしたおっさんが俺に向けて突撃してきた。
「けいまあー!!!!」
「っ!?」
当たる!と思った瞬間
――バチン!!
当たる直前。何か透明な壁みたいのが俺の周囲の現れ、おじさんは弾き飛ばされていた。
『お手付きは……ダメぞ?』
ぞくっ……!
右手から感じる威圧感。いや、これは熱い眼差しで見つめられているかのような視線を感じる。ねっとりと。ゆっくりと、ゆっくりと何かに包み込まれるような。
『ん、はぁ……これは、たまらんなー。と、私が虜になってもしょうがないな。しばらくは防壁張って周囲に近づけさせないようにするから大丈夫だ』
これが色気って奴なのかわからないが、男子として何かイケナイ物を感じたような気がするが紅の話を聞く。
『本来、純記塊は生霊や純記塊は残すが成仏せず留まるなど意思が残っている場合を除き、基本は意思は持たないただの結晶に過ぎない。だが純記塊《誘》は違う。こいつは既に記憶の持ち主は成仏しているのに何故か意思があるように使い手を自分で選ぶ』
話している間にもバチンバチンと防壁に体当たりをする幽霊達。
それをこの世の終わりのような顔で見ている叔父さん達。
その光景を見ても怖いと思うが、受け入れてきている自分。
……俺の甘酸っぱい青春が崩れ去れる音が聞こえた気がした。
『それに加え。純記塊は基本一つの能力か武器しかない筈なのだが、《誘》だけ二つあるみたいなのだ。これは私にもわからず、《誘》を使っていた才次郎に聞いたが「使い手になればわかります」としか答えてくれんでな……!答えを教えず成仏しやがって!』
紅の私怨も感じたが怖いので無視することにした。ついでに相変わらず防壁に体当たりをしてくる幽霊たちも。
『ごほん。ともかく《誘》は霊や妖に美味しそうに見られる能力でもある。恐らく佐々木とやらの記憶を霊視も含めて除いた咲耶か協力者は気づいたのだろう。自分の仇でもある一族であり、仇と同じ霊力の性質も持ち、そして。仇と同じ能力を持つ』
これは、まさに!と言葉を続け嬉しそうに言い放った。
『スリーアウト、じゃなっ♡』
「「ふ……ふっざけぇんじゃねええええええええええええええええええ!!!!」」
俺と叔父さんの魂からの叫びが夏の夜に木霊した。
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