6話 紅の講習
俺はとにかく駆けていた。
『ほら、頑張れ!』
「はぁ、はぁ…な、なんで俺こん、こんなこと、っはぁ!」
『お前が原因だからだろ?』
「まっっっっっったく、身に覚えがないん、ですけど!?」
七月の夜。日が落ちているが、昼間に熱を貯めこんでいたアスファルトがこれでもかと放出しているからか暑い。
そして、ズボンの右ポケットに入っている茜色に染まった勾玉から伝わる熱。先ほどより光量が収まっており、それに比例して伝わる熱もマシになっているがそれでも……熱かった。
暑い×熱いとか、アホだろ。そんな事を思いながら見慣れた道を自転車で駆けていた。
まだ混乱している脳みそをフル回転させながら。
☆☆☆
「紅……?」
それは紅と名乗る得体の知れない奴から話をかけられた所まで戻る。
『あぁ。私は妖……人から見れば、人外の存在。妖怪とも言われている』
「よ、妖怪?」
勘弁してくれと心底思った。
正直、ついていけなかった。
最初は、心霊スポットで肝試しをするっていう話だった。
なのに。佐々木の豹変を皮切りに、得体の知れない奴から電話で呼び出しを受け。
そこで俺は……本気で死ぬんだと頭で心で理解させられた。
自分の頭が狂ったと思った。もしくは中二病の妄想が肥大しすぎて正気を失ったのかと考えた。
だというのに、次は妖怪。
勘弁、してくれ!!と心の底で叫んだ。
この時は心霊もだけど超常現象なんて本気で信じていなかった。
所詮、エンタメだろと。
でも。今まで起きたことや感じたこと。何より目の前に起きていることを直視した時、それが決して非現実な事ではなく、現実で起きていることだと無理矢理認識させられる。
『やっぱりそうか。主は何も聞いてないんだな』
「な、何が。ですか」
今思えばこんな時でも、見知らぬ人?に敬語で受け答え出来るのは、きっと部の先輩たちのお陰なんだろうと変な事を思いつつ、まず目の前の状況を理解しようとした。
『時間も無いからの、まずお前が置かれている状況を説明する』
「状況……」
頭が追い付かなくてオウム返しみたいになってるが、紅は気にせず説明を続ける。
『順序だてて説明をする。ある程度は説明はするが細かい点は割愛する。まず、現状。結論から言うと、お前は切比古神社に封印されていたとある悪霊……というか怨霊に狙われている』
「怨霊?」
『怨霊は祟りや災いをもたらす悪霊の事だが、その怨霊の名を咲耶。今から約150年前にこの街にいた女性だったのだが、様々な不幸に見舞われ若くしてその命を落とした。そして、世を恨み人を憎み死した後もこの世に穢れた霊魂として残り、少なくない人を憑り殺していった』
妖怪に続き、怨霊。ここまで来ると吹っ切れきており、自分が理解の出来ない非日常に足を踏み入れたんだと若干興奮してくる。
『その怨念と力はすさまじくてな。まぁ普通の悪霊ならここまでの力は無いのだが、咲耶は生前にこの世の物とは思えぬ行為や呪いを受けていたからか、怨念の力がかなり強くなった。そして、このままでは始末が付かなくなる事になると思った』
呪い。また非日常ワードが出てきた。
すんなりその言葉を受け入れいる辺り、すっかり俺の日常が壊れたんだなと確信していた。
『そこで、ある一族が咲耶の成仏依頼を受けた。それが燈中家。そう、主の一族だ』
「…………は?」
俺の一族は非日常の世界の住人だった?
それを知った時、俺の知っている世界は崩れた。
もし、その話が本当なら俺の両親はもちろん叔父さん夫婦も……
『続けるぞ。主の一族の詳細も落ち着いた時に知りたいと思うなら細かく話す。まず燈中家は古くからこの地域一帯の霊や我ら妖のような人外の相手をしてきた一族でな。他にもそういう一族はいるが、今回の咲耶に関しては一番早く対応できる燈中家が対応した」
そして、と続け紅は話を続けた。
『成仏は失敗した。燈中家はその時、一族総動員して挑んだが大半は憑り殺され、霊力を奪われた。結果、咲耶は更に力を強め挑んできた燈中家を文字通り全員殺そうとしたが、その時生き残っていた当時の燈中家当主は犠牲を払い咲耶を封印することに成功した』
霊力があると幽霊が見えるようになるとかそういう偏った知識しか無かった俺には、紅の話はまだどこか、現実から離れているような感じがした。
『ただ封印しても、咲耶は怒り狂い自力で封印を解こうとしていた。なので、咲耶を神聖な場所で鎮め祭ることによりなんとか怒りを鎮めようとした。所謂、御霊信仰という奴だな。そして、その神聖な場所が切比古神社。切比古神社は咲耶を鎮めようと建立した神社だ』
その時に、なんでこの街に住んでいるお年寄りが切比古神社は行ってはならんと言っていたのか理解した。
『咲耶は怨霊であり、切比古神社の主祭神。すなわち神様でもある』
「はあ!?」
つまり、俺は怨霊with神様に呼ばれたのだと悟った。
てかなんだよ、怨霊with神様って。
ちなみに。
その神様というか怨霊というか悪霊のその数年後は、秋田犬~♡もふもふ~!と大型犬をこよなく愛する怖さも威厳も野に捨てた、ただのかわいい女性になっていたり。
実は怨霊だったので以前は怨霊と呼んでいたが、私は怨霊じゃないですぅー!!せめて悪霊よ!!と、何故か怨霊呼びをやたら拒否するので、仕方なく悪霊認定しているのだ。
紅曰く、女子が怨霊呼びされるのは乙女心が許さんのでは?ただ、咲耶は変に生真面目だし自分の行った事は消せないし許せないから、悪霊で妥協してるんじゃないかねーとの事だし。
霊の存在定義って、そんなゆるゆるでいいんですか?と感じて仕方ないと思うこの数年後の俺。
『表向きは、気が触れた村人が同じ村落で大量殺人したのち自殺ということになっているが、裏は怨霊による祟り。そして今回、その祟りの狙いは主になった。おめでとう』
「めでたくないですよね!?」
そして、この時の事をよく覚えている。
床に落ちている茜色の勾玉が点滅しながらおめでとうを連呼していて、かなりムカついていた。
「というか、何故俺……そもそもその怨霊は封印されているんですよね? それなら何も問題はない筈じゃ」
『問題はある。それは君自身が感じていることだと思うが?』
紅の言葉に思わず黙ってしまう。
もし何も問題が無ければ、そもそもこんな事になっていなかった。
謎の電話にあの真っ暗な空間での出来事。
理解が追い付かなかったが、それでも自分には何かあるのでは?と感じてはいた。
『さて、君の質問の答えだが。なぜ君が狙われたのかだが理由は二つある。一つは咲耶は自分を封印した燈中家を恨んでいる。それこそ、封印された直後から自力で封印を解こうとするぐらいに。二つ目は君の能力だ』
能力と聞いてこの時、秘密だがちょっと胸が躍った。
仮にも中二病真っ盛り。心躍らない中二はいない。
『能力の説明だが、長くなるので、またある程度は省く。燈中家を始め霊や私たちみたいな妖……人外を相手にしてきた一族は遥か昔、まだ私たちみたいな存在が一般に認められてきた時代に人外に対抗するため、自ら力を発現させるか一部の妖達が自ら才能がある人を選び力を発現させてきた』
「妖怪自ら?自分達の命を狙われているのに?」
『君は幼いからわからないかもしれんが、人の世界は皆仲良しか?きっと違うはずだ。学を学んでいる君は勉強したのではないか?同じ人間同士、争いあってきた歴史があったはずだ』
「確かに歴史の授業でそういうことは勉強しましたが……」
歴史の勉強は、争いの勉強。
もちろん必ずしもそうではないが、それぐらい争いは切っても切れない。
『それと一緒だ。妖の世界にも大きく分けて二つの派閥があり争ってきた。人も同じだが、自分たちが勝つためにある程度力をつける必要がある。私たち妖の力とはなんだと思う?』
なんでかこの時、佐々木のエロは俺の源だ!って言葉を思い出していた。
色々話に追い付けなくて、脳みそが現実逃避を始めていたんだと思う。
「……エロですか?」
『阿呆! 正解は妖力じゃ。妖力とはこの現実世界に縛られない存在が持つ力。ちなみに人間が持つ霊力も妖力の一部だ!』
ごめんなさい。思春期男子はエロで解決できると思っている生き物なんです。
『人は強くなるために自ら鍛えあげ、栄養のある食べ物を摂り体を強靭にさせる。同じように妖も自らを鍛え栄養のある物、妖力を摂取する』
「あ。まさか……」
『さっきも話したように霊力は妖力の一部。つまり霊力を持つ人や霊そのものを摂取することがある。同じ妖から妖力を頂戴した方が効率はいいが如何せん危険が伴う。それに比べ人は現実世界に捉われているから霊力を多かれ少なかれ持っているのにそれに気づかない。尚且つ、妖はもちろん霊に対して対抗手段を持っていない事が多いからより安全に力を蓄えられる」
よく昔話に鬼とかが人を食べるとか話あるけど、それって現実にあったって事なのかと、この時背筋がぞわっとしたのを覚えている。
『さっき二つの派閥が争っていると話したが、遥か昔にその片方が自分たちが強くなるために霊力を持つ人や霊を狙った。これに危機感抱いたもう片方の派閥が人に対し話を持ち掛けた。それが、妖に対抗できる力を授ける代わりに自分達に協力してほしいというものだった』
「協力?」
『あぁ。そもそも話をもちかけた派閥……ややこしいから平穏派と呼ぶけど、この派閥は戦う事が嫌いで、もう一方の派閥。過激派と呼ぶが過激派が一方的に自分たちが妖含めて支配すると一方的に戦いを挑んできたことがそもそもの事の発端でな。力は長い間均衡していたんだが』
そこで一旦言葉を区切ってはぁ、と重い溜め息を吐いた。
なんか色々あるんだなとこの時は雑な考えしか持っていなかった。
『業を煮やした過激派が誰彼構わず、力を奪い取り始めその均衡が破れ始めた。その時穏健派が力を授ける代わりに人間たちに穏健派の協力を求めたのだ』
「人が妖怪に……」
『人は不思議でな。色がたくさんあるように力に覚醒した人は個々それぞれ様々な能力や力を開花させていった。その力は私達妖ですら持ってないような物まであった』
歴史の中に妖怪を退治した話もあるが、妖怪も持っていない力を持った人達がいたから生まれた話だったのかと、この時予想をしていた。
『さて。脱線してしまったが燈中家の能力の話に戻す。燈中家は古くから'命の記憶を変換する'能力を持っていた』
「命の記憶の変換?」
この時点で俺の脳みその許容量は既に超えていた。
『そもそも人。いや動物もだがどうやって霊力を持つか。それは記憶や感情だ。特例はあるが人は生まれてきた頃は基本、魂に淀みはない。そこに喜怒哀楽の感情や様々な記憶が過剰に加わると魂……霊魂に淀みが生まれる』
「淀み、ですか」
『霊魂は個々に許容量があるのだが、それを超えると淀む。そこに歪が生まれる。霊魂は、これはあくまでイメージでいいのだが本来は純白で綺麗な丸い形をしているのだが、歪が生まれ霊魂が歪もうとすると元の綺麗な状態に戻ろうとする修正がある。これは霊魂が輪廻転生するときにスムーズに行うための物なのだが、元に戻ろうする行動。調整と呼んでいるが、それを行う際に歪の'カス'が出てくる時がある。それが霊力だ』
なんだか途方もない話でついていけなかった。それは数年後経った今もだが。
『すまん、難しく言いすぎたが霊力は人が受け止めきれなかった記憶や感情。今はそう覚えてもらってもいい。なので、主はそんな霊力は無いが喜怒哀楽が激しかったり、壮絶もしくは刺激的な人生を送っている人間は総じて内に秘める霊力は高い傾向だ』
「んー、人の記憶って……よくはわかりませんが、頭の中にあるんじゃ?」
『脳と魂は繋がっていてな……ん?』
その時、紅が何かに気づいた。
『これはまずいな。すまん、残りの話は神社に着いてから話す』
「え。俺行くんですか!?」
さっき感じたあの死ぬという感覚をもう一度味わえと!?またあの得体の知れない奴に会うの!?とこの時は紅を恨んだ。
思い出すと、体が震えだす。
自分が死ぬ現実を感じさせられたのだから、当たり前だった。
『……すまんな。先程、咲耶は電話を通じてお前の頭の中に入り込み殺そうとした。ギリギリの所で離すことはできたが怖かったよな。だが、既に咲耶の封印は解けており、まず狙われるのが主だ』
「なんで、俺、なんですか?」
『偶然、いや。こうなったのは運命なのか。正直な所、そこは私には正確な事がわからない。ただ、今言えるのは咲耶を止めれるのは現状、主しかいない。あの能力を持った主しか』
俺の一族が変な能力を持つ一族なのはわかった。
だが、俺の能力?この期においてまだあるのかとげんなりしていた。
『大丈夫、私がサポートする。伊達に長く生きてないからな』
えっへんと勾玉から聞こえた。
あー、なるほど。昔話も実際に見てきたのか様に話をしていたのが気になってたけど、妖怪だから人間とは違って長く生きるんだろうなと色々と悟った。
『あ、私の勾玉は持っていきなさいね?そうしないとサポートできないから』
「いや、これ、熱い……」
『男の子でしょ? さっきより力抑えてるから大丈夫。ほら熱くないよ』
優しく諭すような声が聞こえたので触ってみると、さっきよりかはマシになっていたので持っていくことにしたのだった。
『よし、行くぞ!』
「え、いや行きたく」
『い き な さ い ?』
「………………ㇵィ」
本能が言っている。この人に逆らってはアカンでーと。
この日の事を振り返って思う。この日は厄日だったなと。
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