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親指から始まる終幕への一手  作者: 仲井戸なるみ
一章 咲耶
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2話 優秀な理解者

まだまだ未熟だなと思う今日この頃。

「さて、いいもん買えたし帰りますか」



 辺りはすっかり夕暮れ黄金色。

 平木波市に古くからある小波山に沈んでいく夕日。

 日の出は川の方から、沈む時は山の方に。それがこの平木波市の日常風景だ。

 山に太陽が沈むのを見ると、逢魔が時と言う言葉が嫌でも思い浮かぶ。

 その理由は、小波山には俺に力の使い方を教えてくれた存在がいるからなのだが。


 人外。

 人ならざるもの。人間の住む世界の外。ネットで調べると出てくる言葉であり、俺を日常の風景から切り取った存在の総称。


 

「最初は中二病をこじらせすぎたのかと思ったけどね……」


「ん? なんの話?」


「黒歴史は恥ずかしいなって話」


「黒歴史ぃ?」



 ははっ!桂馬の黒歴史か!と手を叩きながら爆笑するボン。てか、誰にもあるだろ黒歴史ぐらい!?

 いや、中二は患っても他の人たちにはそんなに無いものなのか……?



「ボンこそ、黒歴史ないのかよっ」


「ん? 俺の黒歴史?」



 そう呟くと、うーんと考えるボン。

 そして次第に顔が赤らめていった。



「お、なんだボン。恥ずかしい黒歴史あんのか?」


「ま、まぁ……恥ずかしいっちゃ恥ずかしいな」



 なんだか気になるな。わりと何でもそつなくこなす奴だから、そういうのは無いのかなと思ってたけど。

 そう思いながらボンをもう一度見ると、やっぱり恥ずかしそうに顔を俯かせている。



「なんだなんだー? どんなお宝を隠し持ってるのかなー?」


「うぜーな、おい! 別にどうでもいいだろうが!」


「まあまあ。ヨドールで話聞こうではないかー」



 肩を組みながらいつも行ってる喫茶チェーン店のヨドールへ連行していく。

 実際の所、本当に嫌なら聞くつもりはないけど。ただ、ボンは結構悩みを抱えやすい奴で一人で何でも背負い込む癖がある。去年もそれで動き回ったし。

 ただ単に余計なお節介。だけど心配なだけだ。



「ほんっと、こういう時うざいよな……」


「褒めてくれてありがとう! お礼はいつものアイスココアでいいか?」


「いい性格してるよな、ほんと!」



 いやー、それほどでも。照れちゃうな。



『アタシ、ボン君に言いたいわ。コイツの方が問題を背負いこむこと』



 咲耶の含み笑いがある一言が聞こえてきた。

 やめーや。言わんといてくれや。



『ふふ。それにアンタ、ビビりじゃない。私が初めてアンタに姿現したとき』



 あー!!!

 それ、ダメです。アウトです、アウト!文字通り黒歴史です!



「ん、どうした桂馬? 顔赤いぞ?」


「っ!? な、なんでもない!」


『ボン君ー、コイツねー』


「っ!!」



 瞬時に虫の鮮明な映像を思い出す。

 咲耶は霊魂……理由があって俺の魂に憑りついている。つまり一心同体。

 なので、頭で考えている事がそのまま咲耶にも流れていく。



『ギャー!! 虫ぃー!!』



 頭の中で悶えている咲耶の姿が浮かんでくる。

 咲耶は虫が大の苦手だ。というかトラウマになってる。

 こういう時の為に、俺も虫嫌いだけどネットで事細かく鮮明に色んな虫を覚えてきたのだ。その代償としてしばらく食欲無くなったんだが。



『アンタね!覚えておきなさいよ!』



 ガタガタ震えている咲耶。

 ぱっと見、ごくごく普通の女性なのだが忘れてはいけない。

 咲耶は悪霊であり、俺の魂に憑りついている。そして霊力が他の霊より圧倒的に強く人を憑り殺せてしまう。

 なので、咲耶が暴走した時の対抗手段が必要になってくる。

 俺自身の霊力が強ければよかったのだが、生憎俺の霊力は微弱。なので霊ごとに対抗手段が必要になってくる。咲耶の場合は虫だったけど。



『鬼畜!鬼!人でなし!!』



 こうなると、拗ねるからやりたくなかったんだけど……

 さっき、ボンに霊力使って交叉しようとしてたんで、さすがに止めた。



「ど、どうしたんだ?さっきから」



 ここで、他の人に聞かれたくはなかったので裏路地に入り周囲に人がいないことを確認して話し始めた。



「……咲耶が暴れそうだったからちょっとね」


「あー、咲耶さん?」



 実はボン、咲耶のことは知っている。

 と言うか俺の裏の仕事を知っている数少ない一般人の一人だ。



「咲耶さん、俺は見たことないけど美音の話では相当美人って話じゃない」


「美人なのは間違いない。はっきり言って大和撫子だ。ただ中身が残念だ」


『ちょっと!!』



 今度は腕組んで私もう怒ってますよ!の状態の咲耶の姿。

 宥めるのが大変だわ、これ。



「俺は霊感全くないからよくわからんけど、大和撫子の女性と一心同体って羨ましすぎるんだが」


「悪霊だけどね?」


『私好きで悪霊になった訳じゃないわよ』



 今度は愁いを帯びた表情で立ち尽くしている咲耶。

 咲耶の生涯を見てるから、その言葉の重みはよくわかる。



「悪霊でも今は桂馬の力になってるんだろ? そのおかげで俺も助けられたし」


「元々咲耶は悪霊になるような人ではないからね。根っこはお人好しの女性だよ」



 今から一年前、とある霊の調査依頼を受けて調査していた所にバイト帰りのボンが通りかかってき た。そして調査していた霊というのが……その、イケメンばっかり憑きそのまま憑殺し、地縛霊にさせて逆ハーレムを目指していた20代の悪霊になりかけの女性だった。

 俺は霊などを引き付けやすい力を持っているため、その霊のテリトリーにいけば大抵誘われて出てくるのだが、その女性はこちらに見向きもせずボンに突撃、憑りついてしまった。

 こうなると、霊を引っ張り出すには聖域な場所、神社で祝詞をあげてその人を丸々清めて、耐えきれない霊が出てくるのを待つか。

 もしくは俺みたいな特殊な力を持っているならその力を使い無理やり引っ張り出すか。

 結局、その時は緊急事態だと判断し咲耶の鞭を使って成仏させた。咲耶の鞭は霊体だけに干渉できるもので攻撃性は低いが捕縛や人に憑りついた霊を強制的に出すのにはかなり有用だ。

 それで、出した後は説得をして成仏してもらったのだが、ボンにその光景を見られたことがかなりまずかった。

 ボンは一般人。そして俺がやっているのは国管轄のとある財団法人から依頼を受けているため、俺がやっていることは謂わば国のトップシークレット。

 調査ではなく、霊を成仏させる任務なら周囲を封鎖したり徹底的に情報封鎖をやるのだが、調査はそこまでしないのだ。

 ボンに憑りつかれてたきの記憶がなかったらよかったけど、ガッツリ残ってた。

 なので、一般時に見つかった場合のマニュアルがあるのでそれに従っていた結果、

 なんとボンはその財団法人にバイトとして所属することになり、その代わり《守秘義務契約》を行い、その裏の情報が一切出してはいけませんよと財団と契約を交わし事を終えた。



「実はさっきから、ボン君かわいいーとか頭の中でうるさくてね」


「やっぱそういうことか。時折ボーっとしてたから咲耶さんと話してると思ってたわ」


「悪いね、せっかく遊んでいるのに。そういえばHKKのバイト最近どうよ?」


「みんないい人達だから、相変わらず特に不自由なく働かせてもらってるよ。」



 一般社団法人 平木波市工業協会。通常HKK。

 平木波市は全国でも有数の工業地帯がある街で、大学等教育はもちろん大手の企業の実験場があったり国の中でもトップクラスに工業系に力を取り入れてきた街だ。

 そして、そのネットワークともなると膨大でそれを管理する為としてHKKは出来た。

 もっともこれは表向きの理由だ。

 実は平木波市はもう一つの顔を持っている。それは《昔から奇々怪々な事が多い》と言う点だ。街の歴史をたどると国の創成期まで歴史があり、それを表わすように街のあちこちに大小さまざまな古墳があるぐらい古い街だ。

 これはあくまで伝承とか古書によるものだが、古くは縄文時代から波木山に住むといわれる大天狗に生贄を捧げたり、川には河童が住み人を引きづり溺れさせる。あと、霊を引き付ける「何か」があるらしく、あちこちから霊が集まってきたり……なんとも忙しい。


 そして、そういった普通の常識では解決できないことを解決してきたのが、《幽禍(ゆか)》と言う集団だ。

 この幽禍は俺みたいな能力を持っている、もしくは先祖代々から伝わる悪しきものを破る法具や神具を持っている一族などで構成されている。

 今はHKKだが時代に合わせて形や姿を変えて、今日まで秘密裏に動いてきている。



「土日しかいけないけど、時給も良いし稲葉さんにもお世話になっているし、ありがたい限りですわ」


「ボンが順調そうでよかったわ。俺は裏の方の仕事だから、基本日中帯の人と関わりないからわかんないだよね」


「それはそうだろうな。そういや、稲葉さん言ってたぞ? 桂馬は働き者だが調子の良い所が改善すればなーって」


「うっ」



 稲葉さんはHKKの所長であり、裏の幽禍の方でもリーダーを務めている方だ。

 既に40歳は過ぎていると聞いているが、顔とか若々しく体も鍛え上げているので30前半お兄さんぐらいにしか見えない。

 基本は善人だが、狸な所があり口八丁手八丁で俺を幽禍ゆかに引き入れた張本人であり、ある意味元凶。

 法人の現場を管轄してるぐらいだから、優秀な人なのは間違いない。

 口は悪いけど。



「稲葉さん、苦手……」


「本人もその苦手意識利用してるって言ってたよ」


「ほんと悪質だなあの人!?」



 なんだかんだ待遇良くしてるから、ありがたいんだけどね。



「ま、今に始まったことじゃないか。さて、ヨドール行こうぜ」


「ん? あー、そういやそうだったな」


「忘れてないよ? ボンの黒歴史の話」



 素晴らしい笑顔を送ってあげる。

 どやぁ……!



「その笑顔、叩き潰したい」


「この笑顔、プライスレス」



 ボンが端正な顔を歪ませて睨んでくるが、ついっと流す。

 せっかくのイケメンが台無しになってるじゃない!



「怒っちゃやーよ?」


「……殴りたい、その笑顔」



 おー、イケメンの細目スマイル怖いなー。

 よし、逃げるが勝ちだ!



「きゃー! ゴリゴリマッチョが襲ってくるぅー!」


「ちょ! 変なこと言うな桂馬!!」



 そう言いながら追いかけてくるボン。

 いいなー、これが友人なんだな。

 そう思いながらヨドールへ向かうことにした。



『(……これも男の子の青春なのかな?)』



 ☆☆☆



「よーし、到着!」


「な、なんで桂馬、うぷ! あれだけ走って……そん、なに普通にしてられるんだ、よ」



 なんでって言われても。

 日夜、霊に狙われて逃げ回ってれば持久力付くさ。

 俺、基本戦うの嫌いだし。

 もっとも咲耶がいるから、俺=咲耶のテリトリーって思われてるっぽいんで、近寄ってくる奴は早々いないけどね。



「持久力だけはあるのさ。圷君!」


「桂馬が本名で呼んでくると違和感しかないな」


「俺もそう思う」



 ケラケラ笑いながらお店に入った。

 中は涼しくて、汗は引いていく。時間帯的にも今はそんなにお客がおらずのんびりと出来そうだ。



「いらっしゃいませー!」



 いつも聞きなれた耳に心地いい女性の声が聞こえた。

 あ、今日はこっちのバイトだったのか。



「よ、美音」


「桂馬くん! いらっしゃいませ!」



 溶けそうな笑顔をこちらに向けてくる少女。

 名前は澤原美音(さわはらみおん)

 俺と同じ高校であり、中学生の時からの友人であり、俺と同じく咲耶に会ってしまったことで力を覚醒させられ、幽禍のメンバーになった仲間でもある。



「美音ちゃん、アイスココア二つ!」


「はい、かしこまりました。店内でお召し上がりでしょうか?」


「店内です! 会計は桂馬の方で!」


「ふふ、かしこまりました。それではお会計が……」



 仕事中なので営業スマイルでボンの対応をしている美音。

 学校では特進コース。学力も上位10以内には必ず入っている才女なのに、ここでバイトして夜は必要時に幽禍としての仕事もこなす。てか、こんなかわいい子を夜に働かすって……。



「桂馬君、どうしたの?」



 ひょこっと顔を除いてくる美音。

 うっ、目がくりくりしてる。そして目が潤んでてイケナイ気持ちが。



「な、なんでもない!それより、体調は特に問題ない?」


「うん、大丈夫。無理はしてないし、そもそも周りがさせてもくれないから」



 苦笑いしながらそう答えた。

 俺たち二人、力が目覚めてしまった以上は国としてもほっとくことも野放しすることも出来ず、幽禍のメンバーに入らなきゃいけないとなった時、相当揉めた。

 俺は昔から一族が生きてきた道だと言うことを知ったのでまだ納得ができた。

 ただ美音はごくごく普通の女の子だった。それもまだその時中学生。

 中学生の女の子が裏の世界に入る。俺もだが美音の両親が大激怒した。法律でそんなことできる訳ないでしょうと、法律抜きにしても娘を意味のわからない所にいさせるなんてありえない!と。

 国のお役人、HKKの稲葉さん相手に一歩も引かなかった。

 それどころか彼らはこう呟いた。



「幽禍は単に霊などの奇々怪々の事件や事象を調査、解決するだけのチームではありません。美音さんみたいに突然力が覚醒してしまった方達を保護し守るという意味もあります。覚醒した人たちは、霊力を持つようになり、その霊力は霊はもちろん魑魅魍魎達の最高の餌になります。

「なら国が責任をもって美音を守れよ!!」


「お父様、もちろんお守りします。幽禍のメンバーに入って頂ければですが」


「ふざけんな!!俺たちが守ってやりたいのに俺たちにできないことが出来るアンタらが!しかも国が!こんな無茶苦茶な論法を押し通すっていうのか!!」


「はい、もちろん。ここは「私たちの国」ですから。私たちの管轄下に入っていただければお守りします。しかし管轄外となりますと、対応は出来かねます。何故ならこの幽禍ゆかは国の管轄する団体であり、国内で美音さんみたいな覚醒者を保護もしている唯一の団体ですから」


「それが、一国家のやることか……!」


「後、ちなみにですが。幽禍に入って頂けないとパスポートの申請は通らないとご認識ください。理由は簡単で「国が管理していない危険を与える人物」を国外に出すことは各国と秘密裏の契約により禁止されています」


「美音が……危険を与える人物ですって!?ふざけたこと言ってるんじゃないわよ!」


「いえ、お母さま。これは至極真面目なお話です。現在、ご息女の美音さんは人外と呼ばれる存在に常人には本来無い能力を持たされてしまった状態です。そして、この能力は基本は死ぬまで無くらないと思ってください。仮に美音さんの能力が国外で暴走した場合、私たちは守れません。この場合、各国の法律や思惑により美音さんの自由は「奪われ」ます。法律で裁かれるならまだいいです。最悪、人体実験の可能性があります。と、いいますより……この幽禍ゆかはそういった事を守り、日本の財産としてもですが、現在では個々の自由と人権を守る為に存在しています」

「基本的人権を守る為ですが。憲法がここで出てくるとは……」


「ふふ。ご理解いただけたみたいですね?」



 能面みたいな顔を無理やり笑わせたような不気味な顔が今でも忘れられない。

 魑魅魍魎とか言ってるけど、俺からみればこいつらの方がよっぽど不気味だった。

 結局、危険から守るにはどう足掻いても幽禍に入る他なく、美音の身辺保護並びに覚醒者を悪い言い方で利用させていただくので、謝礼金やら何かあった時は国が家族共々お守りしますという契約の下に美音は幽禍に入った。

 ちなみにだが俺もその時一緒に美音のご家族に責められ、以前までは普通に話していたがその事件以来、存在ごと忘れたいのか俺を無視し続けている。

 なので、美音とも距離を置こうとしたが、美音からそれはやめてと訴えられた。

 これでよかったのか今でもわからないが、一つ誓っていることはある。


 それは、何があっても美音は守るという事だ。

 美音は現場に立って何かやるというより、裏に回ってサポートをする能力を持っているので基本守られているが、それでもこの世界に引きずり込んだのは間違いなく俺なのだ。



『何を思い出しているのかしら?』


「……あのときの事を思いだしていた」


『謝っても許されないことだけど、それでも言わせて。巻き込んでしまって本当にごめんね』


「俺は別にいいさ。遅かれ早かれ力に覚醒していただろうし。ただ咲耶、俺は何回でも言うが」


『美音ちゃんを守ることを第一優先にする、でしょ?大丈夫。落ち着いた今、私もそこは一緒だから』


「頼む。大人は、汚いからな」



 そう溢しながら、目の前を見る。

 そこには、ボンと美音の楽しそうにしている光景があった。



「(他にもやりたいことがある。だが、何よりも美音を守る)」



 そう思いながら、事の発端になった中学二年の夏のことを思い出していた。


感想頂けましたら咽び喜びます!



近況につきましては、Twitterにて報告しております↓


https://twitter.com/nakaidonarumi

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