1話 ボンバー
詰め込みすぎたかも…
7月某日。
あの地縛霊を説得した日から数日が経ったある朝。
今は今学期最後になる登校をしていた。
俺が通っている平木波高校までは自転車で30分の距離で、今日も朝から暑苦しくなってきた空気の中のんびりと自転車を漕いでいた。
「今日で学校も終わりだなー、やっと明日から夏休み!」
気持ちがワクワクしているからか、自然と自転車を漕ぐ力も強くなる。
ましてや今通っている道は俺がごきげんロードと勝手に呼んでる道で、春になれば満開の桜並木が。
この時期になれば綺麗な深緑色の街路樹の下、横に流れている第一級河川のせせらぎ流れる音を聞きながら走れる自然大好きな俺からしたら、ベストマイプレイス。
「――♪」
自然と鼻歌がこぼれる。
ふと、同じように登校している学生や出社しようとしているサラリーマンの目線を感じたが、ここ数日は平和で夜も快眠、そして夏休み目前の俺としては特に気になるものではなかった。
『はぁ、浮かれてるわね』
ふと聞こえた俺の中にいる滞在者の呆れた声。
いや、今日ぐらい浮かれてもいいだろ?
『いけないとは言わないわ。ただ、ちゃんとやることやってからにしなさいな』
やること?何かありましたっけ?
『あほ! この間の地縛霊の報告書。あれまだ出していないでしょ?』
顔が引きつるのが自分でもわかる。
そうだった、報告書出してない。やだなー、稲葉さんにまた怒られる。
これで通算何回目でしたっけ?ああ、そうでした。あなたにはそんなこと考える脳みそありませんでしたね。それで、いつやるのですか?と言ういつものお叱りの言葉を思い出す。てか幻聴?
『怒られるのそんなに嫌ならなんでやらないのよ』
今生きるのに必死なのです。
『やれば出来るのになぜやろうとしないのかね、この子は』
はぁ、と咲耶のため息が聞こえる。
どうでもいいけど、美人のため息に惹きつけられるのは俺だけだろうか。
『アタシも色んな男に会ってきたけど、アンタは変よ』
はぁ、とまた溜め息が聞こえた。
自分がどっかおかしいのは自覚しているからいいとして。というか、霊とか相手にする以上はまともな神経ではやれないと思うんだが。
「せっかくの気持ちのいい天気なのに一気に萎えた……」
少し重くなったペダルを感じながら、学校へ向かうことにした。
最後の日に遅刻したくないしね。
☆☆☆
「8月25日に登校日がある。その日だけは忘れず登校して来いよ。あと学校からの知らせとして……」
俺のクラス、2-Bでは夏休み前の最後のHRを行っていた。
温暖化で数年前に授業中に熱中症にかかる人が余りに多かったので、学校側が全教室にエアコンを取り付けてくれたおかげで、この時期でも教室内は快適に過ごせるようになったのだが一つ弊害が出てくる。
「(眠い)」
めっちゃ、眠い。
周りを見ると既に体が漕いでる奴がちらほらといる。
その中には俺の友達も含まれていた。
180はある長身だからか、椅子を少し後ろに下げて自分のベストポジションで堂々と机に顔を突っ伏している。
それに担任も気づいてるだろうが、いつもの事なので特に気にせず話を進めている。
近年、モンスターペアレントとか問題になっているし生徒と先生の距離感が難しいと聞くが、この学校もその影響受けてるのかな。もしくは先生の性格なのか。
「最後になるが、来年は受験の学年になる。今君たちがいるこのクラスは総合進学コースだ。もちろん入学前から進路の希望を決めている人もいるだろうけど、この夏休みはある意味多少の余裕がある最後の夏休みだ。遊ぶのもいいが、次に向けて後悔がないよう考え少しでもいいから動くんだぞ。特進コースみたくガッチリはやらないが、自分の将来は自分でしか決められない。後悔のない夏休みを過ごすように。以上だ」
この言葉を合図に一気に教室内がざわつき始めた。
今日どこ遊び行く?今日はバイトだ!帰ってDLしたゲームやらなきゃ!
『あの教師、結構いいこと言ってたのに授業が終わった途端、何もなかったかのように……』
世の中の学生、そんなもんじゃない?
『昔も環境違えど、似たようなもんだったから何も言えないけどね』
確か咲耶も家業が嫌になったとき、逃げて遊んでたよね?
交叉で何回も見てるから覚えちゃった。
『っ!! 余計な事覚えなくていいのよ、もう!』
頭の中で、ほんとにもう!とプリプリ怒っている咲耶。
さすがに人前では話せないから頭の中で話せるのはありがたい。
『ところで桂馬。友達まだ寝てるけど起こさなくていいの?』
あ、そうだった。今日は買い物に行くから起きてもらわないと困る。
「おい、ボン。起きろー」
そう言いながら友人の体を揺さぶる。
普段からバイト先の服を作ってる工場で若いからと重たいもの運ばされたりしてるからか、体格がガッチリとしていて余分な脂肪などない細マッチョの友人。
だからか筋肉があまりない俺が揺さぶっても全然揺れない。てか起きない。
「ボン! 起きろ!!」
耳元で大声で叫んでやった。
すると。ん-、と声が聞こえのそのそと体を起こした。
「んー、なんだ。授業、終わった?」
ふぁーと欠伸しながら周りを見渡す細マッチョ。
夏服だとよりマッチョ具合がわかるな……べ、別に羨ましくねぇし!
『アンタ、筋トレしても中々筋肉つかないもんね』
「(咲耶、うっさい)ボン、起きた? 買い物行くぞ」
「ういー、今日はバイトないし行くかね」
んー、と体を伸ばしながらそう答えるボン。
そして簡単に身支度整えると、俺たちは自転車置き場に向かった。
「しっかし、ボン。授業中がっつり寝てたな!」
「まあ、バイト漬けだったしな。それに期末テストもあったからそっちでも結果出しておきたかったし」
そう言いながら、ご自慢のアフロみたな天パをガシガシ掻いていた。
圷 大知。
高校一年の時からの友人で苦労性な奴だ。
おおらかな性格をしているが、意外に小心者な所もある。
後、意外に真面目な奴で、家庭の事情により一年の頃からガッツリとバイトして、家にお金を入れながら行きたい大学の入学金とかを稼ぐために貯金も計画的にしている。更には成績でも上位の成績を一年からキープし続けている努力家だ。
ちなみにボンと言うのはあだ名の《ボンバー》から来ている。
なぜ、ボンバーなのかは一年の自己紹介の時に自分で《俺、天パでアフロっぽいんでボンバーと呼んでくれ!》と自己申告した為である。
「ボン、とりあえず腹減ったから飯食いに行く?」
「だな! 今日のお腹はなんの腹かなー」
そう言いながら、自転車のロックを外した。
シャコン!と外れた音が聞こえたと同時に、ボンから提案された。
「今日あそこに行かね? 先月できた中華屋!」
ニコニッコしながら……多分中華鍋だろう。
手でエアー中華鍋を振りながら、こちらに話しかけてくる。
それに対し咲耶が、ふふ、ボン君かわいいと呟いていたが無視した。
よかったな、ボン。綺麗な女性に好かれたぞ。
「んじゃ、まずそこで腹ごしらえしますか」
「おう! あ、確かオープン記念の値引きクーポンあったな。っと、チャーハンが400円だと!?大盛りでも500円だぞ!」
「やっす! じゃ、何かチャーハンとあと二人でなにかもう一個頼もうぜ!」
「だな! んじゃ、いざ中華屋へ!」
そう言い、俺たちは高校二年生の夏休みを開始した。
去年は丸々潰れたし、今年は楽しむぞ!
☆☆☆
「だー……食ったわ」
そう呟くボンの目の前には大皿が二つ。
こいつ、大盛りの上の超大盛チャーハンを二つ食ったのだ。
店員さんに量を聞いたら、たぶん二キロはあるよーと片言で教えてくれた。さすが食べ盛り。俺もあそこまで食べれば筋肉付くかな。同じ食べ盛りなんだけどあそこまでは食べれない。
「食ったなー。金、平気なのかよ」
「おう、いつも言ってるように普段使わない分使う時には使うぜ」
ニカッ!とこれまた良い顔をされること。
普段は力強さを感じる二重の目も今は潰れて無邪気な少年の様相をしている。
『……男の子の無邪気な顔って、アタシ好きだわ』
はあ、と桃色な溜め息をついている咲耶。
おい惚れるなよ?
『少なくともアンタよりはいい男よね、ボンくんは』
そう溢し、俺の頭の中をお花畑にしようとしてくる。
やめーや。自分の妄想を飛ばしてくんな!
『アンタはもっとこう、頼りがいがある男を目指しなさいな!』
おまっ、よりによってなんでボンの上半身半裸イメージを飛ばしてくるんだよ!
やめろや!俺にそんな趣味はない!
『予習するようにね?』
艶やかに笑っている黒髪美人。
お前は俺に何の予習をしろと?
『それは……もちろん、ね?』
ね?じゃねーよ。
何でも可愛く笑えば済むと思うなよこんちくしょ!
『ふふ、冗談よ。ただボンくんはまだ子供とは言え良い所いっぱい持っているし、あんたも見習いさいよ?』
確かに性格もいいってのもあるけど、体も鍛えてるしルックスも良いし成績も上位。
告られたことも聞いている限り数回あるモテ男なのは間違いない。
しかし、ボンには現在彼女はいない。
「ボン、そういやバイト先の先輩の仲はどうなのよ?」
ん?とデザートの杏仁豆腐を食べながらこっちを見るボン。
そういやサービスで食後に貰えるってメニューに書いてあったっけ。
咲耶と話してる間に来たのか……って、ボンの杏仁豆腐サービスでついてくる物にしてはデカくね?
「先輩って、比奈先輩のこと?」
そう言いながらボンは杏仁豆腐を食べ続ける。
おかしいな、あの杏仁豆腐はなんでラーメンの器に入ってんだ?
俺のはガラスの小さい器なのに。
『は、はわー! これが噂のスイーツ男子!』
いや、ちょっと違うと思うぜ。咲耶。
……違うよね?
「そそ、比奈先輩。確か今大学一年だっけ?」
「そうだね、今は夏休みに入って車の免許欲しいからって結構シフト入ってるからチャンスではあるんだが」
杏仁豆腐の事は気になるが、ボンの顔はさっきと打って変わって沈んでいる。
あまりうまくいってないのかな……ボンの片思い。
「話す機会は増えたんだが、結構他の男たちとも仲良くしててね。この前も仲の良い男友達と遊び行ったり、同じサークルで旅行に行ったりしてたんだって」
そっか。さすがのモテ男もそう上手くはいかないもんなのか。
俺はともかくボンは良い人見つけてほしいけど。
『ボン君、真面目で働き者だし女性を幸せにしてくれると思うんだけどねー』
頭の中で咲耶が悩まし気に唸っていた。
咲耶、こいつに何が足りないと思う?
『え? 私の観点は昔の物だからアテにならないと思うよ?』
いや、ここ数年テレビとかネットで今の時代の考え方にだいぶ染まってきたでしょ?
それに咲耶は色んな男を見てるし。
『そうね……大学一年生って18歳とかよね?そのお年頃の女子って結構年上に憧れ持ったりするからボン君が何か悪いかってことでもないと思うけど』
なるほど。
高校生とはいえ、ボンは体格的には大人に劣らないし後は自立していければチャンスは生まれてくるってことなんかな。
『ボン君が自立した大人になったら、今以上にモテるでしょ。頭も良いし体力あるし』
頭の中で、咲耶がうんうんと頷いているイメージが見えた。
いや、これ以上モテたら無敵だろ。
「どうした桂馬? ぼーっとして」
「いや、考え事。それより比奈先輩の好みのタイプとかは聞いてるの?」
「人伝に聞いたけど、なんでも頼もしくて優しい人って聞いた」
それまんまボンじゃない!
まだチャンスあるんじゃないか?
「ボン。それならまだチャンスあるじゃない!」
俺はサムズアップする。
それでもまだ沈んだ顔をしているが。
「どうかな? いい方向に進むといいけど」
「もう、いざって時は小心者になるんだからな……」
「本気で好きだからな、そりゃ怖くもなるさ」
ふう、と一息。
ボンみたいな良い奴も早々いないから大丈夫だと思うけど。
なんせ俺みたいな普通じゃない奴と付き合ってくれるんだから。
『アンタも他人の事言えないわよ?』
咲耶うっさい。
家の事情とか諸々知って数年。
ある程度は整理はついたけど、それでもまだ悩みはつきないからな。
『悩め悩め、若人よ! ただ、アタシが言えるのは一つだけよ』
ん?何さ?
『アンタは荒れに荒れて100年以上手が付けられなくて封印されていたアタシを受け入れてくれた。アンタのご先祖も無理だったことをやりとげたのよ』
それも普通の少年だったのにね、と付け加えられた。
『自信を持ちなさいな。それにアンタは目的があるんでしょ?』
両親が死んだ本当の理由を追うって言う目的がね、と優しい口調でそう呟いた。
大丈夫、わかってるよ。
「ボン、本気で何か求めてるとやっぱ怖いときあるよな」
「まぁな。って、もしかして桂馬こそついに好きな人が?」
「バーカ、俺にはいないよ。ただ俺の場合は将来のことで色々と思う所があるだけよ」
そう言って残ってた杏仁豆腐を食べた。
うん、やっぱ食べやすいな杏仁豆腐。
こんな風にスムーズに悩みとかを飲み込めたらな。
「さて、ボン。食ったならそろそろ買い物行くか?」
それもそうだなとボンも残ってた杏仁豆腐を一気に食べようとしていた。
「さて、最後に残しておいたブドウと一緒に……」
「ん?」
よくよくボンが食べようとしているどんぶりを見ると、そこにはブドウっぽい果物が杏仁豆腐の中に鎮座していた。
「あー!ボンだけフルーツ入り杏仁豆腐はズルい! 俺の杏仁豆腐はノーマルちゃんよ?」
「ふっ。これは勇者にのみ与えられる財宝ぞ?汝にはまだ早いのー」
そう言うと、ボンの顔はまた元の元気いっぱいの顔に戻っていた。
その杏仁豆腐は羨ましいけど、まあボンが元気になったならいいか。
『世話がやけるわね、この子たちは』
咲耶が笑ってるイメージが浮かぶ。
可憐な印象を与える一方で芯があることを感じさせる目力。
ポニーテールにしている長い黒髪が機嫌の良い犬みたいにフリフリ揺れていた。
「さてと、会計は割り勘にしようぜボン」
「いや、俺食ったしその分は払うぜ!」
「気にすんな!」
そう言いながらレジに向かうと既に店員が待ち構えていた。
名札を見ると、店長さんらしい。名前はえーと、趙さん?
「ごちそうさまでした!」
「あいー、腹いっぱいになったかい?」
「おかげさまで!杏仁豆腐もサービスしてもらい、ありがとうございました!」
ボンは長身をまさしく45度曲げてお礼を伝えていた。
「気にしないでねー、お腹いっぱい食べれることは良いことだから」
そう言い笑う趙さん。
『……ん?』
と、咲耶が何か気になったようだ。
どうした?
『いや、何でも……気のせいかな?』
もしかして霊関係か?
『何か一瞬感じたけど、多分気のせいかな?』
霊体の咲耶はまだ気になるようだが、俺は生憎霊体でもないし、霊力もそんなにないので何も感じることができず。
『ひとまず、今置いておきましょうか』
感知出来ない以上はしょうがない。
ひとまず頭の中にいれておこう。
『そうね。一応報告もしときましょう』
うげ。めんどくさい事が増えた。
ひとまず帰ってからやることにしよう。
「桂馬!行くぞ!」
いつの間にか会計が終わっていて、ボンが店の外で待っていた。
「あぁ、今行く!」
そう言い店を後にしようと思ったが、何故か後ろから纏わりつくように視線を感じる。
「(霊力は感じないけど、変な感じがする)」
後ろ髪は引かれるが、霊力を感じない以上は様子見だな。
このお店、何があるんだ……?
「悪い、ボン。おまたせ」
「あぁいいよ。さ、買い物行こうぜ! 男の武器を!」
『何それ? なんかいやらしい……』
ちげーよ!
服だよ、服!
『ふーん……』
自分自身の中から冷たい視線を食らいながら、俺たちは街に繰り出していった。
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