14話 ギャンブル
木が飛んできた。
誰かに言えば訝しられるだろう。気が狂ったかと思われるだろう。
しかし、もし現実でそれを見てしまったらきっと誰しもこう言うだろう。
ありえない、と。
「くっ」
俺は必死の思いで右へ飛び込む。
飛び込んだ瞬間、ブオン!!と豪快な音が耳に入り、体が風圧により自分の制御を外れ大きく吹き飛ばされた。
『おい大丈夫か!?』
衝撃により立ち上がれない俺の頭上で紅が必死に呼びかけていた。
目の前がチカチカしており、吹き飛ばされた時にうまく受け身が取れず頭を打ったのだろう。頭の中に鈍い痛みを感じ、音も掠れて聞こえてくる。
『桂馬、次来るぞお!!』
紅の声で体を無理矢理立ち上がらせるが、何か重い物が乗っかっているかのように体が重く上手く立ち上がれない。
中腰の状態でなんとか前を見据えると、そこには現実では思えない光景が広がっていた。
闇より暗く、月明りしか無い光源が無い現状でもその黒さが際立っている着物を着ている咲耶が地面より少し浮かび、周りには神社に植えられていた目測でビル四階ぐらいの木々を周囲に浮かべ……俺の方を見て怪物みたいに三日月みたく口を歪ませていた。
大きく開けた口元から見える白い歯が俺には異様に不気味に感じた。
「ひぃっ」
先程体感した事が脳裏に過る。
濃厚で確実な死。自分が死ぬんだと強制的に理解させられる感覚。
理屈じゃない。言葉に表せない恐怖が心を支配しそうになった時。
『しっかりしなさい!!』
「っ!」
夕霧の怒声が頭に響き渡り、目の前の霞が取れ視界がクリアになる。
だが、クリアになった視界に広がるは自分の身長より大きい木が迫っていた。
「やば!!」
何も考えず俺はまた真横に飛び込む。
右足の膝から下に葉っぱの感触を感じるが気にせず勢いに任せて地面を転がったが、右足に鈍い痛みを感じる。
境内の外れまで転がり、立ち上がろうとするが右足に力が入っていかない。見ると、右足は真っ赤に染まっており、無数に切り傷が広がっており今も傷口から血が噴き出していた。
「うっ……」
痛みを感じない。
なのに右足は素人目でも重症なのは一目瞭然だった。
その光景が、俺には気持ち悪くて仕方なかった。
『桂馬しっかりせい! まだ生きている!』
夕焼け色に輝いている朱鳴が俺の側に飛んできて、紅が懸命に俺へ声を掛けてくれていた。
だが、恐怖心は消えない。
「はあ、はあ……!」
息が荒く、いくら呼吸しても全く落ち着かない。
それどころか、頭の中はこの現状に対して抗う事が出来ない現実をどう受け止めればいいのかわからず混乱していた。
「ど、どうすればいいんだ……」
尚も目の前には浮かんで見下すようにこちらを見てくる咲耶。
元は端正な女性だったのだろう。だが今は捕食する肉食動物の形相で見つめてくる。
文字通り、俺は現状咲耶に食べられるのを待つ事しか出来ない捕食される存在でしかなかった。
『桂馬! お主夕霧から咲耶を御する方法を教えてもらったのじゃろ!?』
「元はと言えばお前がなんとかなるって連れてきたのに、何でお前は知らねぇんだよ!」
『教えてもらえなかったからじゃー!!』
再び飛んできた巨大な木を無理矢理右足に力を入れて、なんとか転がることで回避した。
もはや戦いとも呼べない一方的な虐めが始まってどのぐらい時間が経ったのだろう。
夕霧から教えてもらったが咲耶は念動力を使った戦い方を得意としているからか、序盤から様々な意思が無き物を大小関係なく飛ばしてくる。木や灯篭、街灯や石畳み。
俺はそれらを躱すことに全神経を使い、咲耶に何かするとかそれどころの状況ではなかった。
『言ったでしょ?貴方が生きて咲耶に勝てる方法は一つ。咲耶を取り込むことよ』
夕霧の声が頭に響いてくる。
取り込むたって、あの人馬鹿みたいに物を投げてきて近づけないけど。
『じゃあ死ねば?死んだら貴方の霊力を取りに近づいて来るわ』
死んでもなお戦えってか。
『何呆けているのじゃー!』
頭に鈍い痛みが伝わってくる。
物理の暴力だけはしてくるが、碌なアドバイスが貰えない紅。もう片方はアドバイスはくれるが才次郎さん以外の男はどうでもいいをモットーに精神の暴力をしてくる夕霧。
そして、目の前には俺の命を狙っている物理精神共に追い詰めてくる咲耶。
女性不信になりそうだった。
「いってーな! ただでさえ傷だらけなのにこれ以上傷をつけるな!」
『うっさい! そう思うなら現状なんとかしようと思わんか!』
身勝手な妖怪だ。
だけど、言っていることは尤もだ。
「……はぁ。紅、夕霧から咲耶の攻略方法は確かに教えてもらっている」
『やはりそうだったか!』
「その前に、何で咲耶が俺を狙うのか紅は知っているのか?」
その時先端だけしか残っていない灯篭が飛んできたが、寸での所で体を無理矢理捻り何とか避けた。
その様子を見ていた咲耶は、まるで玩具で遊んでいる子供のように無邪気に喜んでいた。残酷さを感じさせられる笑みをその顔に浮かべながら。
「ちっ、まるで俺は玩具だなくそっ!」
『だが実際、それぐらいの実力差はある。それで何故咲耶が桂馬を狙っているかだが』
朱鳴に当たらないよう紅も俺に付いてくる形で咲耶からの攻撃を避けながら話を続ける。
俺も右足の痛みを耐えながらその話を聞くことに徹底した。
『まず、咲耶が人を狙う理由は生前の経験もあるが……相手の霊力を奪い、力を付ける事を魂に植え付けられているから』
夕霧から俺は聞いている。
俺が咲耶を御する事が出来る可能性がある方法を。だが紅は言っていたはずだ、私がサポートすると。
才次郎さんから何も教えてもらっていないは嘘で、紅は何か知っている筈だ。俺を使った咲耶を倒す方法を。
『そこの坊主に憑いている黒川勘兵衛。アイツは生前から過激派と繋がりがあった男。自分の欲を満たす為にアイツは過激派の力を組み人間と思えない事をしてきた』
「俺も夕霧から色々と、聞いているよ」
『……その中で、アイツはもっと過激派から力を貰うために満たす為にある儀式を行った。霊魂に霊力を無理矢理貯めこむ儀式、崩作を』
この時点で俺は紅が何をしようとしているか理解した。
俺は夕霧から咲耶を御する方法を二つ聞いていた。
一つは咲耶を俺の中に取り込み、ある物を咲耶に取り込ませる。
もう一つは……。
『霊魂は形を変えることはない。変わりそうになっても調整で余分な物を切り捨てる。だが崩作は調整の機能を意図的に止め、無理矢理に霊力や他の存在の……負の記憶や感情を霊魂に摂らせて形を変えてより霊力を貯めこめさせるようにする。主に非人道的な死に方をした霊魂を使って』
「霊魂の形は、存在の証。今の咲耶は他の存在に比べて霊魂が大きくなりその分霊力を貯めこめる。だからこそ他の存在を圧倒出来る超常現象を起こせる。だけど、元は俺らと一緒。なら元に戻せば弱体化して他の人達でも対処が出来るようになる……だろ?」
『……そうか、夕霧じゃな?』
「ああ、そうだよ。紅、お前は最初から俺の霊魂にあるらしい、正痕を使うつもりだったのだろ?」
正痕。
輪廻転生をする際、前世と違う存在になり生まれ変わることがある。
死後の世界は知らないが、前世の業により人や動物や虫……挙げればキリが無いが、存在が変わると言われていたりするが、ごくまれにどれだけ生まれ変わっても存在が変わらない場合がある。
それが正痕。正痕が刻まれている霊魂は存在が変わらない。人ならずっと人だし、動物ならずっと動物。そして、俺の霊魂には人の正痕が刻まれているらしいのだ。
「霊魂の上書き。紅、お前は最初から俺を咲耶に殺させ霊魂を取り込ませようとしていたな?」
正痕の特性として、上下関係が存在しているらしい。
正痕が無い霊魂が、正痕がある霊魂を取り込むと……正痕は消えることなく移植される。
存在が違うと、霊魂の形が変わり霊力の貯まる量も違う。
例えば。妖怪の霊魂は人の霊魂よりもかなり大きいらしいのだが、妖怪の正痕が無い限り人の正痕を取り込むと人の霊魂に変化させられる。つまり弱体化させられる。
妖怪などから見て、人などの正痕は毒になる。
『あぁ……そうじゃ』
小さい声で肯定をする紅。
その間に咲耶からの攻撃は続いていた。念動力を使った物の投げ飛ばしと、目に見えないもう一種類の攻撃。
恐らく俺に残されている時間はもう少ないだろう。
「才次郎さんから聞いていたな? 純記塊《誘》が次の担い手に選ぶ条件と咲耶に対抗するための最終手段」
《誘》が選ぶ条件は、燈中家の人間で才次郎さんと同じか似た霊力を持ち尚且つ人の正痕を持っている事。
才次郎さんと似た霊力を持つことで咲耶に狙われやすい事を利用をして、死んだ後に霊魂を取り込み霊力を奪いとられる際に正痕で弱体化を図り、後は他の人達に討伐させる作戦。
『……すまん』
「許せる……理由はない。実際、さっき夕霧から聞いた時は怒りが抑えきれなかった。だが、俺はその後に教えてもらった。もう一つ方法があることを」
咲耶が復活した場合、最初から紅は俺を生贄にするつもりだったのだろう。
紅は基本、人間側に直接関わることは禁止されているのに、他に対抗できる人間は少なくとも現在いない。
だからと言って、このまま咲耶を放っておけば過激派に利用される可能性が高い。
それなら、最小の犠牲で最大の結果を選ぼうとするのは必然とも思う。
何も知らない俺だったら、自分を犠牲にして周りを救うってカッコいい!とか中二病全開で何も考えず特攻したかもしれないが、夕霧の人生を見て……複雑な事はわからないが少なくとも自分の人生をもっと大事にしたいと思うようになっていた。
だからこそ、夕霧から教えてもらったもう一つの方法を俺は選ぶことを決めていた。
「紅。俺は今から咲耶を取り込み、夕霧から教えてもらったもう一つの方法を試す!」
『もう一つの……方法?』
「それがダメだった時、俺の霊魂を咲耶に取り込ませる。その時は頼んだ」
何故、俺が狙われたのか。
霊魂が才次郎さんに似ているからもあるが、もう一つある。
それが、霊包。
霊包は霊魂から漏れた霊力を貯める袋みたいな物で、イメージとしては霊魂にくっついく形で存在しているらしい。
通常はこの霊包は一個から二個らしいのだが、ごくまれに複数個持って生まれる存在がいる。
俺は人の正痕を持っているだけではなく、霊包を五個持っているらしく他の人よりも霊力を貯めこめる。そして、今まで《誘》が勝手に霊力を放出さえようとしていたので紅によって霊力を封印されていたおかげで、五個ともにパンパンに霊力が詰まっている。
つまり、咲耶から見れば絶好の餌だ。
『な、他の方法はあるとは才次郎からは聞いておらん!』
「そりゃそうだ。これは《誘》が……夕霧が俺を選んだ後に思いついた方法だからな!」
何故、美音がこの場に連れてこられたのか?
俺をおびき出す理由もあるが、美音も霊包を複数個持っている特異な人間らしい。
それも、霊力は俺と同じくパンパンに溜まっている。
今わかっているのは俺をおびき出す餌にされた挙句、ここで何とかしなければ確実に美音は咲耶の餌にされる。
誰かの意思や考えで好き勝手に使われて、最後には殺される。
まるで、夕霧の人生を見ているみたいで……俺は、この状況に許せなかった!
「紅。俺はまだ子供だけど、守りたいものがある。その為に今から咲耶を取り込み体感で咲耶に潜り込む」
『はあ!? 才次郎でさえ憑かれた時は他の純記塊を使って何とか抑えていたのに……《誘》しか持っていないお前が咲耶を抑えられるわけなかろう!?』
「その抑える方法は夕霧から教えてもらっている。成功するかは知らないけど!」
恐らく勘兵衛は死んでもなおチャンスを待っていたのだろう。
自分で作りあげた咲耶を復活させ、更に力を蓄えさせることを。
たまたま、佐々木がここに来た時に憑りついた所俺を見つけて利用をする。
何故咲耶が復活したのか、色々と理由はわからないが……少なくとも今の俺に残されている選択肢は毒餌として死ぬか、成功するかわからない方法を試すかの二択。
その二択なら選ぶのは決まっている。
どちらにせよ、対峙して痛感させられたが災害みたいな攻撃をしてくる存在にどう勝つというのか。
「夕霧、やるぞ!後は頼むぞ紅!」
『勝手にしなさいな』
『あーもう!』
純記塊《誘》に体感。
設定完了。
「芳香禍・内!」
さあ、始めようか。
命を懸けたギャンブルを。
……未成年だけどね。
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