13話 始まりの合図
「着いた……」
叔父さん達と離れて十分は経っただろうか。
俺と紅は切比古神社の前に着いた。
およそ百段はあろうかという長い階段。これを上ろうかと思うと気が病みそうだった。
『間違いない。咲耶は復活している』
俺の顔の横で浮かんでいる紅は静かに話しだす。
曰く、怨霊が持つ霊力を超えた力の残滓である瘴気がかなりの量が漏れ出しており、既に咲耶は復活しており……いつ動き出してもおかしくないとの事だった。
「勢いだけで来たけど、どうすればいいんだ」
燈中家の者として、力を使えるようになったが……残念なことに俺が唯一使えるのは霊などを近づけたり、遠ざけたりしか出来ない純記塊《誘》のみ。
霊を封印する事が出来る力もあるらしいが、残念ながら今の俺には使い方がわからない。
駄目は元々で先程から、心の中でずっと《誘》に呼びかけているが反応は帰ってこない。
体感もしてはいるが……先程みたく《誘》にパスが繋がらなかった。
『知らん』
「おいっ! 俺の家系に力を授けた張本人!」
『正確には呪いじゃがな?』
「どちらでもいいわー!!」
地団駄を踏むが事態が良くなるわけが無い。
残ったのは右足に残る僅かな痺れだけだった。
『全く、先程の勇ましさはどこに……いや勇ましさはあるか。脳が足りんだけで』
「人の意見を聞かないし、言葉も乱暴だよな紅……」
この数時間で紅に対して猪突猛進のイメージがついてしまった。
ここぞという時で頼りになりそうで、頼りにならないというか。考えていそうで考えていなさそうな。
妖狐と言っていたが、狐と言うより猪の姿が脳裏によぎる。
『何か失礼なことを考えていないか?』
「いえ、別に?」
満面の笑みで朱鳴を見つめてやった。
すると紅、というか朱鳴がゴツッ!と俺の後頭部に突撃してきた。
さっきから同じところをダイレクトに当ててきやがっているので、恐らくたんこぶが出来ている……。
「いってーな、さっきから!」
『桂馬がそんな気持ちの悪い顔をするのがいけないんだろう!』
「おま、子供かよ!」
『失敬なっ、私はお前よりもずっと長生きしているのだぞっ!?』
やいのやいのと紅に責められている時、頭の中で声が響いてきた。
うるさいわねーと、呆れた声だけど。
「紅ちょっと待ったっ、《誘》と繋がった!」
『……。ねぇ、紅と貴方は何をしているのかしら?』
先程とは違い声がはっきりと聞こえる。
クールな声だからか、かなり呆れているのがよくわかるけど。
それに構わず紅は、このっ!このっ!と気にせず俺の頭にぶつかってきているが。
「いてーよ紅い! って、夕霧の声がさっきより聞こえやすい!」
『先程は才次郎の記憶に任せればいいやと思っていたから《誘》から間接的に話していたのよ。今は面倒くさいけど《誘》からパスを通じて貴方の脳に直接話しかけているわ』
心底に面倒くさそうに話す。
と、言うか……自分の中で誰かと話している状況に、俺の中にある中二病が若干騒ぎ出していた。
『貴方の中で聞いていたから大体わかるわ。咲耶の対抗手段が知りたいのでしょ?』
「あ、あぁそうだけど……って、紅ぃ! いい加減落ち着けー!」
『私は! 偉いんだぞ!』
子供の癇癪みたいに騒ぎ続ける紅を止めつつ紅に咲耶の対抗手段の話を聞く。
『紅は相変わらず子供よね。ひとまず今は置いとくけど、咲耶に対抗するためにはどうすればいいかだけど、まず前提として貴方では咲耶に勝てない上に前回みたいに封印する事もできない』
「え」
『理由は二つ。一つは今の貴方では純記塊《誘》を使いこなせないから。確かに封印する能力もこの純記塊にはある。だけど貴方はまだそれに至る結果を出していない』
結果を出していない?
《誘》にはまだ結果があるのか……?
『もう一つは、貴方は《誘》しか対抗手段を持っていない。才次郎の時は《誘》以外にも純記塊を持っており、尚且つ純記塊《誘》を使いこなせることが出来たからこそ封印までこぎつけた』
「ってことは、やっぱ俺には咲耶に対抗できないんじゃ」
『ところで。何故、才次郎は咲耶を封印したのだと思う?』
何故?
それは勝てないと判断したから?
「咲耶に勝てなかったからですか?」
『咲耶に勝つ、って何かしら?』
なんだ、さっきから。
なぞなぞ?もしくは他に何か意味があるのか?
『戦いや競うことにより、相手より優位な結果になる事。これが基本な勝つと言う事なのでしょう。事実私もその世界で生きていた人間だからよく……わかるわ』
頭の中で深く溜息を吐きながら言葉を吐き出す。
その意味は、俺が考えているより重いのだろう。
『ただし、今の貴方の場合は意味合いが違う。咲耶は既に生きている人では無く既に命を無くしている存在。咲耶に勝つとは輪廻転生の流れから考えれば……成仏させること。ただし、果たしてそれは相手より優位に立つことでしか出来ないのかしら?』
「うーん……」
頭の中で様々なことを考えてみた。
だが、まだこの非日常の世界に入った俺にはよくわからなかった。
と言うよりも、成仏させるという事がどういうことなのか理解できなかった。
『受け入れる』
「え?」
『純記塊を使い、無理矢理成仏させることもできる。ただし今の貴方にはそういう力も能力もない。そうなると、残されるのは相手を受け入れ現世への繋がりを捨てさせる』
瞬間、頭の中に才次郎の記憶が流れてくる。
それはとある女性幽霊との戦いの記憶だった。
始めは相手の名前を叫びながら話も通じない相手に純記塊を使い、攻撃してくる相手に対抗する。
その幽霊は数mはある木々を根元から引っこ抜いては投げ飛ばしていたり、身近にある岩を無数の弾丸のように飛ばしたり、その様子はもはや天災だった。
次第に才次郎は追い詰められる。純記塊で出す剣や槍、長刀や弓も通じず対抗手段を無くしていく。
そして、才次郎の霊力を吸い尽くすため女性……咲耶は才次郎に憑りつく。
その時。才次郎の体が光ると中に入っていた咲耶が球体に包まれながら出てきた。その状態のまま咲耶は才次郎が持っていた水晶玉に吸い込まれていった所で記憶が途絶えた。
「今のは……」
『才次郎と咲耶の戦いの記憶よ。文字通りどちらが自分より優位なのか争い、才次郎が競り負け咲耶に憑かれた。そのまま霊力を吸われ死ぬところだったけど、その時《誘》の封印の能力に目覚め咲耶を封印してこの場は終わった』
これが咲耶……さっき、少しの間だが見ていたが、全く違っていた。
禍々しいオーラを纏い目は白目の部分も全部黒く染まっており、口元は三日月に大きく裂けその様相は人間の物とは違っていた。
長い黒髪を振り乱しながら四足歩行で自由自在に動き回る姿はまるで獣だった。
俺が内心その姿に恐怖を覚えていると、夕霧が話を続けてくる。
『見たね? 才次郎が数多くの純記塊を使っても咲耶に勝てず、憑かれた姿を』
「は、はい」
『貴方には勝てないと言った理由、よくわかるね?そして、封印も使えない。となると、貴方が取れる手段が一つ。咲耶を受けいれるという手段』
「受け、いれる? まさか……」
『想像している通りよ。咲耶を貴方に憑りつかせる』
何人も憑りつき殺している怨霊を自分に憑りつかせる?
いや、いやいやいや。
「いやいやいや! 殺す気かっ!?」
『んー、貴方が死んでも確かに私には問題がないわね』
「っ!!」
夕霧がとんでもないことを言ってくる。
なんで死なないといけないんだ……?
『半分冗談よ』
「は、はんぶん……」
『才次郎以外の男には興味ないからね。才次郎の無念を晴らすために貴方を選んだだけだし』
バッサリと切られた。
と言うよりも俺の命、軽くないか。
「なんだ、俺は生贄か……?」
『私は生贄のつもりで選んだのよ?全ては才次郎の為に』
お、重いっ。
そして、夕霧さん。もしかして、病んでますか?
『聞こえているわよ? 後、病んでいるのは自覚しているわよ。何せ、私は想い人と一緒に暮らすって夢を叶えられず死んだからね』
「それは……」
ふと脳裏によぎる、夕霧の最後。
才次郎さんの腕の中で満足そうな笑みを浮かべて命を絶えた夕霧。
そして、純記塊《誘》として、才次郎さんと共に……。
『まあ、いいわ。実はね。才次郎は夕霧に憑かれた時に体感をしたのだけど、その際に咲耶を成仏させる一歩手前まで行ったのよ』
「え? でも結局は咲耶を封印したよね?」
『封印一歩手前まで行って、ある理由によって失敗したのよ。自分を封印したのもあるだろうけど、その時の出来事により咲耶は才次郎に恨みを抱いてしまったの』
さっきの回想だと、憑りつかれてから封印まで数秒の出来事にしか見えなかったが、才次郎さんは咲耶の記憶を見ていたのだろう。
『本当に些細な事だった。だけど、咲耶にとってそれは大事な事だった。咲耶を封印した後も才次郎は死ぬ間際まで言い続けていたわ。咲耶を救えなかったと』
死ぬ間際まで後悔するぐらいの出来事だったのか。
それは一体なんだったのだろうか?
『私は才次郎と約束したわ。時間がかかっても必ず咲耶を成仏させる人を見つけると。そして、貴方を見つけたわ』
「何故、俺?」
『それはね……』
この時、俺は聞かされた。
何故才次郎さんが失敗したのか、そして俺を選んだ理由を。
その話は信じらないような話だったが、もし本当の話なら……確かに咲耶を成仏させるには俺が適任だった。
『信じるかは任せるわ。だけど、貴方が行かないなら咲耶は暴れまわり多くの人を殺しまくるわ』
「……重いな」
『まだ子供の貴方に任せるのは申し訳なく思うわ。だけど、咲耶は目覚めてしまった。それも貴方の友人を人質にして』
どちらにしても、行く理由がある。
理由はどうであれ、俺は夕霧や才次郎さんからのバトンを持っている。
バトンが繋がっている以上は先に進む。
「大丈夫、元々行くと決めていたからな。紅、いつまで怒っているの。行くよ!」
『私を除け者にして……!』
紅の恨み節が聞こえてきたが無視して、俺は階段を上り始めた。
一段上がるたびに寒気が増してくる。
こんな状態の所に今あいつらはいるのか。
『私は《誘》の声が聞こえなかったが何かわかったのか?』
「なんでお前が知らないのかが寧ろ知りたいけど……詳しい事はわかったよ」
一段一段着実に上がっていく。
体が、震えてくる。得体の知れない恐怖に体が拒否反応を起こしている。
『ふーん。ま、私がどれだけ聞いても才次郎は頑として教えてくれなかったからな。だから出来る事とすれば、咲耶が封印されている限りは刺激しないよう桂馬をこの世界に入れないようにすることだけじゃった』
尤も、無駄じゃったけどなと諦めたような言葉を吐いたと同時に俺たちは境内に着いた。
そして、そこには三つの影があった。
一つは生気の無い目でふらふらと立っている佐々木。
もう一つは佐々木の横で倒れている美音。
その二人の後ろに静かに浮いている最後の影。
『フフフ。キタ。キタキタキタキタキタキタキタキタ』
白目が無い目でこちらを見つめ、口はまるで口裂け女みたく思いっきり広げ、ゴキッと音を慣らしながら首を横に倒して嬉しそうに俺を迎えてくれた……咲耶。
「うっ」
控えめに言っても気持ちが悪かった。
咲耶の姿は人間のそれとは離れており、得体の知れない存在にしか見えなかった。
『押されるな桂馬!!』
「わ、わかっているっ!」
強がってみるが、膝はがくがくと震えて今自分が本当に立っているのかさえわからない有様だった。
その時、夕霧の声が脳内に響く。
『ま、まさか! おい、目の前に立っている男に気を付けろ!』
「ゆ、夕霧?」
『そうか、あいつが咲耶を……!』
強い恨みを夕霧の声から感じる。
あの男……佐々木の事か?
『やっと来ましたか』
「っ!」
佐々木から声が聞こえてきた。
だが、その声はいつも聞いている佐々木の声ではなかった。
「この声……」
『ふん。死にゆく者に話などしたくないんだが、まぁいい』
上から目線で偉そうな物言いだ。
それに対して酷くムカついたが、それに対して頭が冷めていく。
この言い方と言葉の雰囲気、どこかで聞いたことがある。
『私は、勘兵衛。黒川勘兵衛。お前の命、私の……いや、私たちの為に捧げよ』
勘兵衛、確かその名は聞いたことがあった。
夕霧の記憶の中で。
『あの野郎……!!』
夕霧の恨みが籠った怒りの声が聞こえてくる。
って、そうか!黒川勘兵衛って夕霧を殺し、咲耶を狙いにいったと記憶で言っていたな。
まさか!
「まさか、お前が咲耶をこんな風に……」
『うん? こんな風にとは?』
「お前が咲耶を怨霊にっ」
勘兵衛はゲヘゲヘと気味の悪い声を上げると後ろを振り返り、咲耶を見つめながら言い放つ。
『コイツは道具よ。たっぷりと可愛がってたらあえなく死にやがってなぁ。でも、死んだ後でも遊べる方法をあの方に教えてもらってなあ……ぐふふふふ、たあっぷり遊んでいたらコイツ、人を恨みだしてなぁ。まあ私もその時に死んだのだが、あの方が生まれ変わらせてくれてなあ!』
両手を空に掲げ、本当に嬉しそうに叫ぶ勘兵衛。
その姿に夕霧は恨めしそうに、紅は何かに気づいたかのように声を上げていた。
『こいつっ! 咲耶を封印した時にはいなかったのに何故今現れた!!』
『……過激派か。やりやがったな』
佐々木に憑いている勘兵衛は尚も気持ちの悪い笑いを続ける。
『げひゃ、その声は紅か? なんだその醜い姿は!』
『ふん。まさかお前が今回の元凶だとは思わんかった。まあ、いい。咲耶の封印を解いた罪、贖ってもらうぞ』
『おー、怖い。なら、その前に片を付けよう。咲耶ァ! そこにいる餌を食い尽くせえ!!』
その声がこれから始まる長い戦いの、そして俺と咲耶の関係が始まる合図だった。
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