12話 繋がる記憶
『お、戻ったか!』
目を開けると、そこは先程までいた夕霧の記憶の中ではなく……現代のよく見知った光景だった。
まあ、右往左往とそこら中に浮いている幽霊が台無しにしているのだけど。
「……」
『ん?どうしたのじゃ?』
「いや……」
正直、戸惑っていた。
今日は既に色んな事を経験している。
心霊現象やら妖やら怨霊やら、はたまた身内が幽霊やらを相手にしていたり……自分に能力があるとか言われても他人事のように思っていた。
咲耶が襲ってきた時は本当に恐ろしかったし、紅と話したときも得体の知れない何かを感じて恐ろしさを感じた。
それでもまだ、自分には関係ないと心のどこかで思っていた。
だから純記塊《誘》を使いこなす為と言われ、本当に軽い気持ちで身を流れに任せて他人の記憶を見るという行為を行ったんだ。
最初は本当に時代劇を見ているみたいだった。現代と違う雰囲気の世界に浮かれていた。まだこの時点でも、他人事だった。
だけど。夕霧の人生を少しだけど見て、その中で自分と似ている才次郎と呼ばれた男を見て認識が変わった。
あれ、俺がこの一日で経験してきたことは全部自分に関係があるのでは?と。
考えてみれば当たり前なのだが、今まで知っていた日常に比べても余りにも浮世離れしすぎて……まるで窓からその光景を見ているみたいだった。
ただ、今は違う。
「紅」
『なんじゃ?』
「俺が経験してきた事は、全部、現実に違いないよな?」
『……あぁ。そうだ』
紅は一呼吸を置いて返事をした。
こいつ、やっと理解したかと紅の中でも腑に落としたのだろう。
――さあ、言ってごらんなさい。体感と。
「純記塊《誘》。体感」
夕霧の声が聞こえた気がした。俺はその声に従いその言葉を使う。
すると、俺の中にある純記塊《誘》と霊力を通じて繋がり、頭の中で先程まで見ていた光景が蘇る。
夕霧が愛理と仲良く話している所。
夕霧が自分の誇りと体を懸けて仕事をしている所。
夕霧が……命を懸けて、自分よりも才次郎を選んだ所。
綺麗だった。
子供の俺にはわからない所はあるが、夕霧の生き様は言葉に出来ない程綺麗だと感じた。
――桂馬聞かせてちょうだい。記憶を見た結果を。
また夕霧の声が頭の中で聞こえた気がした。そして改めて考える。
まず、夕霧は小さい頃から、人より飛びぬけた容姿で良い意味でも悪い意味でも人を引きつけていた。
それは本人の気持ちとは関係なく進み、やがて身売りされると言う最悪の形になってしまう。
ただ、そこでも人を引きつけていた夕霧は着実に結果を出しついに花魁へと昇り詰めた。
だが夕霧は客である一人の男に殺されてしまう。
詳しい原因はわからないが、わかっている事は才次郎を命懸けて守ろうとしたという事。
ここまでで、俺は良くも悪くも人を引き付ける所から無意識に人を誘っている、ここが答えだと思ったが、ふとここで気づいた。
こう考えると、夕霧はまるで花みたいだなと思った。
美しい花に蜜を求めて集まる虫。もしくは現代で言うなら我先にと映えを求めて写真を撮る人々。
花に意識はあるのか?神様じゃないからわからないけど、多分無い。
自分に意識が無くとも、その綺麗さから様々な物を集める。
集めると言うより……花に誘われる?
なんで誘われるんだ?
綺麗だから?もしくは匂いがあるから?
もしくは両方?
――ほぼ正解だけど、自信がない男に《誘》の使い方全てを教えたくないわね。
ほぼ正解なのね……。正解なら教えてくれてもいいんじゃない?と正直に思った。
――嫌よ。どんな良い男でも自分に自信がない男に全てをあげたくないわ。
そう聞こえた瞬間、頭の中に知らない筈の《誘》の使い方が続々と浮かび上がってくる。
なんだか直接脳にダウンロードされているみたいで、気持ち悪くなってくる。
――今はこんなものね。後は必要になったら教えるわ。それじゃ頑張りなさい。
そして夕霧の声が聞こえなくなった。
……ってこれは。なるほど、これなら今の状況ならくぐり抜けられるな。
しょうがない、行くぞ。
「設定、完了」
『け、いま?お前にまだ、そこまで教えていないはず……』
「《誘》。芳香禍・反」
能力の使い方がわかる。
これは夕霧が《誘》の能力を教えてくれたと言うのもあるが、実は頭の中に才次郎さんの記憶が流れてくるのだ。
具体的には才次郎さんのプライベートな記憶ではなく、主に能力を使っている時の記憶が見えるのだ。
「《誘》。芳香禍・散」
芳香禍。
それが純記塊《誘》の能力の名前だ。
使い手の霊力に夕霧の記憶……自身が虐げられていた記憶を付けることにより、幽霊や妖怪が好む、人の負の感情を霊力に乗せて放出させる。
結果、撒き餌に釣られた魚のごとく幽霊や妖怪が集まる。
だが、集められるということは逆も然り。
芳香禍は使い手の周囲に散布するような形で放出し、芳香禍・反は自分の半径数十メーターの時点に使い手の霊力の塊……つまり餌をポイントに配置して敵を遠ざける。
芳香禍・散は反より広範囲に餌を散布し、幽霊たちを散らばせる。
理性のある相手には通じない所もあると思うが、自我を失っている相手には効果は覿面だ。
才次郎さんの記憶から具体的な使い方を知り得たことだ。
「《誘》、終了」
「け……桂馬……!」
俺は《誘》との繋がりを完全に切った。
それにより、才次郎さんの記憶ももう見えない。
そしてここでわかったのは、《誘》との繋がりを完全に切ることで自動で芳香禍は出てこないと言うことだ。
だが少しでも繋がると出てくる。これは使いこなすのは難しいなとげんなりしていると近くにいた叔父さんの驚く声が聞こえてきた。
それは……当然だろう。ついさっきまで普通の少年が霊力を使って非日常の世界の能力を使っているのだから。
『ふ、ふふ、ふふふふふふ……はー、はっはっはっ!!』
周囲にいた幽霊たちを遠くに追いやると、紅の高笑いの声が静かになった住宅街に響き渡る。
普通に近隣の迷惑なので辞めてほしかった。
『いやー、驚いたわ! まさか《誘》をここまで使いこなすとはなあ!!』
朱鳴が頭にガンガンぶつかってくる。
褒めてるのか、これ?
「いてーな、紅! それ勝ち割るぞ!!」
「あっはっはっ、すまんすまん! あいつが言ってたことは本当だったんだなと思ってなー!」
「あいつ?」
朱鳴をふん捕まえると、動かないよう両手で包み込む。
まるで虫を捕まえた時みたいに。というか、ぶんぶん飛び回って虫と同じだな!
『何も見えんわ! 全くもう、本気になりよって……』
「紅が虫みたいに飛び回るからだろ?」
『だーれが虫じゃボケェ!!』
「んな事どうでもいいからアイツって誰だよ!?」
全くこれだからガキは……と恨めしそうに呟いていたので、ひとまず解放した。
解放した途端、一発頭にごつっと痛い一撃を食らわせてきやがったが。
『あいつ、才次郎の事じゃ』
「いってーな、って才次郎さん?」
後頭部をさすりながら紅に聞いてみる。
すると紅は、はっはっはっと嫌みたらしく笑いながら告げた。
『私が才次郎から聞いているのは三つ。一つ目は《誘》は能力が二つある。二つ目は自分で使い手を選び、そいつは《誘》を使いこなせるだろう。そして三つ目が次に《誘》が選ぶ相手は才次郎でも無理だった咲耶を封印、もしくは御することができるだろう、と』
事後処理に動いていた叔父さんがその言葉に反応した。
と言うか、チラッと周囲を見たらさっきの幽霊の大群でまだ腰が抜けている方々が多く見受けられる。
それを見ながら、ふっと疑問が頭をよぎる。
《誘》の能力は芳香禍と霊や妖怪等を封印する能力なのか……?
なんとなく、疑問に思ったが今は考えるのを止めた。
考えても今の俺には全くわからないからだ。
とにかく、叔父さんの話を聞くことにした。
「紅様、今の話が本当であれば……桂馬は咲耶と対峙する事が出来ると言うことになってしまいます!」
『桂馬は今回の原因であり、そして咲耶に対抗できる人物でもある。尤も、人物になったというべきなのじゃろうけど』
ふわふわと紅く怪しく光りながら近づいてくる紅。
叔父さんはどこか納得できない顔をしていたが。
『さて、桂馬。これより切比古神社へ向かうがその前に聞きたい。《誘》の中で何を見たのだ?』
叔父さんは紅様!まだ話は終わっていません!と話をしようとしていたが、紅は軽く無視している。
どうやら俺が神社に行くことは本決定なのだろうなと思いつつ、この時夕霧の過去を話していいのかを悩んだ。
もう既に亡くなった人の大切な記憶。それを話していいのかと。
「紅、一つ聞きたいんだけど」
『なんじゃ?』
「紅は才次郎さんから《誘》の事をどれだけ聞いている?」
んー……と、何か考えているのか俺の周りをふよふよと回っている。
そして眼前に来た所で紅は何か納得したかのように答えた。
『桂馬、お主は才次郎によく似ている。その顔も霊力も。だが、それだけではない。考えの芯が似ているんだろうな』
「才次郎さんと?」
『あぁ。まず結論からだが、私は《誘》については能力と記憶の持ち主の人生を少し知っているだけじゃ。なんせ《誘》の持ち主、花魁の夕霧と燈中家の才次郎は小さい頃から付き合いがあり、よく才次郎が嬉しそうに私に話をしてくれていたからな』
紅はどこか懐かしそうに話をした。
なるほど、つまり才次郎さんは《誘》については詳しく話をしていないと。
『私は《誘》の話はある程度お話いたしますが、夕霧の……桜子の人生を紅様でも話したくございません』
「え?」
「才次郎が生前、話をしていた事だ」
俺の目を覗き込むように朱鳴を動かす紅に俺は一瞬反射で目を閉じたが、紅の優しそうな笑いが耳に伝わる。
『才次郎と同じ目をしている。悲しそうな憂いを帯びている目だ。大方、私に夕霧の事を話していいのか迷ったのだろう?』
「……そうだね」
『ふっ、能力や力の事は知っておきたいが、それ以外は個人の判断に任せている。桂馬はまだ子供だから、あんま難しい話をしてもしょうがないけど』
そう区切ると紅はまっすぐ伝えてきた。
『話したくないなら話さなくてよい。記憶は生きてきた証だから、簡単に話せるものではないだろうしな』
時には口が軽い者もいるがと付け加えると、叔父さんがうぐっと唸って俯いてしまった。
叔母さん、叔父さんの純記塊の事話してたからな……。
『ただし、どうしても必要の場合は話してもらう場合もある。そこは覚えておくように。さ、切比古神社に行こう』
「お待ちください!」
『なんだ、さっきから本当にしつこいぞ!』
「しつこくて結構! 《誘》を使えるようになったからと言っても、桂馬はまだ子供です。おいそれと危険な所に大切な子供を向かわせるにはいきません!」
『なれば、どうする? このままにするか?』
「今、幽禍で咲耶討伐の為動いております。そちらに任せ」
『無駄じゃ』
はっきりと拒否を示す紅に叔父さんは尚も嚙みついた。
「何故です、紅様!?」
『理由は二つ。一つ、その作戦はまず勝ち目がない上に甚大な犠牲が出る。もう一つは……』
話を続けようとしたが、突如突風が吹いた。
生温く、どこか粘度があるような体に纏わりつく風だった。
『もう、時間がない』
「しかし……!」
『お前の言い分もわかる。桂馬はまだ子供だし、お前にとってもかけがえのない存在なのだろう。だが、今の桂馬を見ても止められるか?』
自分がどんな顔をしているのかはわからない。
だが、俺は知っている。
夕霧の記憶が正しいのであれば、夕霧を殺した奴は次に咲耶を狙いにいった事を。
もしかしたら同姓同名の別の咲耶さんかもしれない。
それに、この一連の流れが直接繋がっているのかもわからない。
ただ……夕霧を殺した男は、話に間違いなければ女性を道具のように扱い、平然と刀で切るような屑野郎。
もし話が繋がっていて、そんな男のせいで怨霊になってしまったのなら俺は……咲耶に会いたいと思った。
何故怨霊になったのか。それが知りたかった。
「叔父さん。俺はまだ《誘》の能力は一つしか使えないし、行った所で何ができるかわからない。だけど」
叔父さんの目を見据えて自分の思いの丈を伝えた。
「咲耶は純記塊《誘》と多分繋がっている。俺は《誘》の人生を見た者として咲耶に会ってみたい。何より、友達が待っている」
少しの間、叔父さんは沈黙していたがやがて口を開く。
「……紅様、《誘》の前の使い手、才次郎様は本当に次の使い手は咲耶を封印、もしくは御せるとおっしゃったのですね?」
『ああ、そうじゃ』
「……当代きっての能力者がそうおっしゃったのでしたら、私はその言葉を信じます」
「叔父さん……」
「だが、まだ覚醒したばかりの桂馬の事は能力者として全く信じていない! だから、一から仕込んでやるから、必ず帰ってこいっ!」
顔を伏せながら叫んだ叔父さんに俺は一言だけ伝えた。
「……叔父さん、ありがとう。いってきますっ!」
夕霧の記憶を見たことで、俺はずっと考えていた。
この一日で経験してきた事や今も起きている状況が本当に自分に関わる事なら、俺に何が出来るのだろうと。
そして、何故俺なのだろうと。
少なからず不安はあるが……ただ、もう他人事にはしたくなかった。
夕霧は誇りと命を懸けて生きていた。そんな夕霧を俺にそっくりな才次郎さんは陰で見守ってきたのだろう。
だが、最後は二人の気持ちは重なったのに死別をしてしまう。
それもこの話にはまだ続きがあり、俺は恐らくその話の中にいる。
俺はまだまだ子供だ。だけど、ここでみっともない姿を晒してしまったら、懸命に生き抜いてきた人達に対して……失礼だ。
難しい事はわからないが、少なくともここまで繋いでくれた記憶のバトンをここで無駄にさせたく無かった。
「夕霧、愛理、才次郎さん。俺に力を貸してください……!」
様々な気持ちを抱えながら紅と切比古神社に向かい……そして、ついに俺は咲耶と対面することになる。
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