11話 夕霧
プロット作成時から書きたかったシーン。
目を開けたら、目の鼻の先に轟々と燃え上がる火柱があった。
「うわっ!やば、あっつ……くない?」
目につく限り、俺はどうも燃え盛る火に囲まれているようだ。
しかし、不思議と熱さを感じない。
「他人の記憶、だからかな?」
既に起きてしまった過去の出来事を単に見ているだけ。
なので、別の時間で生きる俺には関係ないのだろうとこの時は考えた。
それは良い意味でも悪い意味でも。
「ぅ……たす、け」
人の呻く声が聞こえる。
気になって辺りを見回すと、まず自分がいるのは狭い部屋の中だった。
家具の配置や先程見た物干し竿にかけられた豪華そうな着物が燃え盛る炎の隙間に見えたので、恐らくここは一番最初に見た部屋だと予想した。
更に見回すと鏡台の近くにショートカットの黒髪を持つ女の子らしき人が床に倒れていた。
「あれは、まさか!」
近づこうとするが、遮るように燃え盛る炎が邪魔をする。
邪魔だと思いつつ、ふと熱さを感じないことを思い出す。そして、男が度胸が大事と常々叔父さんから言われていたのもあり、一思いに目の前にあった炎を突っ切ってみた。
「よ、予想通り……でも怖かったよぉ」
ここが記憶の中の世界で熱さを感じないなら、炎の中に入っても大丈夫なんじゃないかと思い飛び込んだがその予想は当たっていた。
恐らく、この世界には介入は出来ないのだろう。だから俺は視認されなかったし、最初から存在しない人物としてここにいるのだろうと思っていた。
夕霧は俺に気づいていたような気がしたが今はそれは気にしないでおく。
「おい、君大丈夫か!」
変な考えは捨て、ひとまず今は女の子が大丈夫か確認しないと。
そう思い鏡台の近くに倒れていた女の子の駆け寄り声をかける。
女の子は熱さの影響か汗を大量にかいており、呼吸も荒く既に立つ気力も無いようだった。
「ゆ、ゆうき……りさ、ま」
「っ! この子、確か愛理って呼ばれてた子!」
顔をよく見ると、夕霧から愛理と呼ばれている女の子だった。
着ている着物は煤で所々黒く汚れており、急いで逃げてきたのだろう。足には擦り傷が無数にあり見ていてとても痛々しい様相だ。
ひとまずこの子を別の所に移そうと思い女の子を抱えようとするが、俺の腕は無慈悲にも女の子の体を貫通する。
「くそっ!」
思わず畳に拳を殴りつけるが、拳は音を立てず吸い込まれていった。
その反動で倒れそうになるがなんとか踏ん張る。その時に自分の足元が見えたのだが、足が床についていなかったのが見えた。
ここで確信した。俺はこの世界に存在するものは触れないのだと。
だが、どうする?
頭の中が既にパニックになっていた。どうすれば目の前の女の子を助けられるのか必死に考えていた。だが、中学生の自分には何もできなかった。
どうすればいい、どうすればいい!?
それでも触ることすら出来ない女の子を助けたくて考えていた。他人の記憶の中とか思春期特有の恥ずかしさとかそういうのを頭の中からかなぐり捨て、ただ目の前の事を考えていた。
「頑張れ! 絶対に助けが来るからな!」
握れない女の子の手を俺は、それでも懸命に握っていた。
徐々に近づく炎。濃い黒鉛が少しずつ部屋に充満していく。
迫る命の制限時間に対して何も出来ない自分がただ悔しかった。
「ごめん! 何も出来なくてごめん……!」
声も届かず、この世界にある物は触ることも出来ず。
それでも考えていた。それでも声を出していた。
無駄だとわかっていても、女の子を抱えようとしていた。
「くそっ! くそぉー!!」
荒かった女の子の呼吸が次第に弱くなっていく。
その意味を理解した俺は聞こえなくても大声で叫び続けた。
頑張れ!と。生きろ!と。
だが、無情にも次第に女の子の体から力が抜けていく。
もうダメなのかと思ったその時。
「ここか!!」
突如、襖がバシン!と音を立て開かれた。
驚き顔を上げるとそこには、夕霧と話していたあの忍者の様相をした男が立っていた。
「さ……い……」
「よい、話すな!急いでここを出るぞ!」
言うや否や、女の子を抱えて駆け足で部屋を出ていく。
俺は良かったと安心しつつ、あの女の子の事が気になったので忍者の男について行った。
☆☆☆
「愛理、意識をしっかり持てえ!」
忍者の男を追いかけて行くと、いつの間にか外に出たのだが、そこには現代では見られないような光景が広がっていた。
高層ビルは無く、建っているのは見渡す限り木造の二階建てか連なる平屋。
夜なのだが街灯もなく、あるのは提灯を持った人々の灯りと燃え盛る建物。
地面はアスファルトではなく一面の砂利道。そして、燃え盛る建物に集まっている人たちの服装は洋服ではなく……着物や法被などの和服。
自分が知っている世界では無かった。
本当に今、自分が別の所にいるのだなと孤独感を感じながら視線を忍者の男達に戻す。
燃え盛る建物から少し離れた裏通りに二人は身を隠すようにして座り込んでいた。
「だい、じょうぶ……です」
「すぐ人を呼んでくる。いいか、それまで辛抱耐えるのだぞ」
そう話すと忍者の男は表通りに出て、近くにいた女性に話しかけていた。
その間にもう少し周囲を見てみると……法被を来た人達が長い木の棒を使い、必死に燃え盛る建物を壊していた。
所々で燃え尽きた柱が大きな音を立て、倒れたりしている。
よく、あんな中を脱出出来たなと思いつつ俺も他の野次馬同様に目の前の光景を眺めていると忍者の男が女性を伴い愛理と呼ばれる女の子の下に戻っていた。
「愛理、人を呼んだ。後の事はこの方に任せる」
「ゆう、きりさ……」
「大丈夫だ。これから夕霧は助けに行く」
忍者の男は愛理の頭を撫でると、集まっていた群衆の中に突っ込んでいった。
愛理と呼ばれる女の子も気になったが既に駆け付けた女性により、運ばれようとしていたので今はこの場にいない夕霧を優先にした。
今まではシーンが変わっても必ず夕霧がいたのに今回がどこもいない。
そして、忍者の男は確かに言った。夕霧を助けに行くと。
「今は夕霧の所へ行こう」
そう決めると、群衆の中に突っ込んだ忍者を追いかけたが既に距離が空いていた。
なんとか目で追えたが、群衆の中は身動きがとりづらく中々距離が埋まらなかったが群衆を抜けると追い付くために全速力で走った。
街を抜け、田んぼ道を抜け、山の中へ入り込んでいく。
今日は満月なのか、月明りで何とか道が見えていたので何とかなっていたが……走っても全く忍者との距離は埋まらず離されないよう走るので必死だった。
息も絶え絶えに山道をひたすら駆け上がっていくと、開けた広場のような場所に辿り着く。
そこで俺は見つけてしまう。
「夕霧い!!」
夕霧と思しき女性が血溜まりの中で倒れている光景を。
距離がまだ空いていたが、それでもわかる程の血の量が見えてしまった。月明りに照らされ赤黒く不気味に輝いていた。
「さいじろう……?」
「すまん、すまん夕霧い!!」
忍者の男は夕霧の下へ駆けつけると、しゃがみ込み必死に夕霧に声をかけていた。
俺は整わない息を必死で整えようとしながら二人を見ていた。
「はあ、はあ、あの忍者の男……はぁ、息一つ乱していない、ぞ」
体感だが三十分は走ったように思えるが忍者の男は平然と、だけど必死に夕霧に声をかけ続けていた。
「夕霧っ、あいつが……あいつがこんな事をしたのか!」
「ああ、あの男。勘兵衛が私をっ」
そこまで話すと夕霧は口から少なくない血反吐を吐き出す。
夕霧!と声をかけ続ける忍者の男を見ながら俺は体が次第に震えて出してきた。
今見ている光景は実際に起きた事。
そして俺は人生で初めて人の生き死にをこの目で見ている。
「うっ」
風で揺れて木々がざわめく。
だが、それでも夕霧が吐き出しているだろう血反吐の音が聞こえてくる。
びちゃ、びちゃと耳に入ってくる。
嫌でも実感させられてしまう。今目の前で人が死ぬことを。
「おぇっ、おぅえ……!」
思わず吐き出してしまう。
夕霧はその命を減らしながら血反吐を吐いているのに、自分は得体の知れない恐怖で吐いてしまっている。
情けなかった。
中学生と言えば、どこか他人と自分は違うと心の何処かで見下し自分は何でもできると少なからず考える年頃だ。
そんな考えが一気に消え去った。
燃え盛る中、女の子を助けられず。今目の前で死にゆく女性を見て恐怖抱き身動きが取れず。
ただ、悔しかった。
今見ているこれが過去の物であっても、かっこをつけたがる思春期の考えを壊すには十分すぎるものだった。
「夕霧!死ぬな夕霧い!」
「ふふ、才次郎。思えば、あんたとも……長い付き合い、ね」
「今はそんな話」
「ごほっ、いいから、聞きなさいなっ」
ふと、夕霧は腕を上げ忍者の男の顔に手を当てる。
「小さい頃、楽しかったわ。純粋無垢でただあんたと遊んで」
「ゆ、夕霧」
「いつの頃からか、私の面容が可愛いと言われ始めて。気づいたら欲に塗れた男共に狙われ。実の両親にはこの吉原には売られ……」
「ゆ、う……!」
俺は吐くのを我慢して、必死にその光景を見ていた。
純記塊《誘》を使いなす為、記憶の結果を見つける為ではなく。
今、この人の生と死の瞬間を頭に叩き込むために。
「大変、だったわ。生きる為に媚びを売って、どんな嫌な男にも尽くし。時間を作り勉強して……」
「……」
「禿から始まり、時間かかったけど花魁に、なったわ。そして、馴染みの客が私にも出来た。その主はとにかく、金を落とした。だけどその分女を道具のように扱う。私に、そいつは刀で……!」
そこまで語ると我慢出来なくなったのか忍者の男は、夕霧を抱きしめる。
小刻みに、何かを我慢するように肩が震えていた。
「逃げ、ようとした……!でも切られて背中に私はっ!女としてっ、こんな恥ずかしい傷跡をっ」
「いいんだ。夕霧、お前が生きているだけでっ」
「逃げたかったっ、今日も逃げたかった! だけどあいつは、才次郎をここに騙して呼べと指示してきた! 呼ばないと店を燃やすってっ」
「……私、いや俺の所に文が届いた。店が燃えていると。夕霧、お前を探した。だがどこにもいなかった。焦った。だが愛理を助け出した時に仲間から連絡を貰った。夕霧が例の妖と通じている可能性がある男とこの山に入ったと」
「私、頑張ったよ?色々、あったけどお店も燃やされたくなかった、お店の人達も失いたくなかった。ただ、それよりもっ!才次郎に危険な目に合わせたくなかったっ!!」
月明りに照らされた夕霧は泣いていた。
血塗れになった両腕で必死に忍者の男を抱きしめながら。
「最後に、あいつを殺してやろうとしたけど私に出来たのは傷を負わせただけ……。あいつに才次郎を呼んだと騙した私もだけど、約束守るつもりもなかったのね、あいつ」
「夕霧……っ、あいつは、黒川勘兵衛はどこにいった!?」
「に、逃げて行ったわ。まるで豚が逃げるみたいだったわっ」
夕霧は泣きながら、にこやかに笑みを浮かべていた。
「気を、付けなさい、才次郎。あいつ、次の娘を見つけたと言っていた……わ」
「夕霧っ!死ぬなあ!!」
「咲耶、と言っていたわ。おねが、い。私みたいに……」
「夕霧い!!」
「お金貯めて……才次郎と、一緒に、また子供の時みたい……に」
抱きしめていた夕霧の両腕が……力なく、地面に落ちた。
満面の笑みだった。
「ゆ、う……くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
忍者の男は夜空に吼えた。
悔しさを滲ませながら、悲しみをこらえながら。声が枯れるまで叫び続けていた。
「夕霧……お前の命、無駄になんかさせない!!」
そして、忍者の男は呟く。体感、と。
すると。白く光り輝きだし、その輝きは体感で数分続いたと思うが……次第に光りが収まり忍者の男と横たわった夕霧の姿が見えてきた。
「これが、夕霧の生涯の結果か。夕霧、ありがとう」
忍者の男は被っていた黒いフードを脱ぎ、横たわっていた夕霧を大事そうにお姫様抱っこで抱きかかえる。
その瞬間、男の顔が見えた。
「なっ……!」
その顔は俺と似ていた。
恐らく、俺が大人になったらこういう感じになるんだろうなと思わせるほど似ていた。
「記憶の中でより知ることになるとはな、すまんな夕霧」
俺に似た男は夕霧を見ながら優しく囁いた。
「俺もお前と共に歩みたかった」
刹那。目の前がぐらっと揺れる。
どうもこの記憶はここまでらしい。
「ここ、で終わりか、よ!」
気になることがあった。
俺と似た顔を持つ男、夕霧の事、そして話に出てきた咲耶と言う単語。
どれも気になったが俺の意識は次第に落ちていった。
そして。
次目を開けると、そこは真っ暗で何もない空間にいた。
「あれ、ここは……まさか!?」
一瞬、さっき咲耶に襲われたことを思い出したが違った。
「気がついたかい?」
「え?」
ふと、いつの間にか目の前には夕霧が立っていた。
今しがたそこには誰もいなかったはずなのに。
「その様子だと大丈夫そうね。改めて私は夕霧よ。もっともこれは源氏名だけど」
「えっと……」
恐らく俺は純記塊《誘》の、夕霧の記憶を見終わったのだろう。
しかし、何故ここに夕霧が?
「不思議そうな顔をしているね。無理もないわ。本来、純記塊は生霊とかでない限り意思はない。所詮は魂の残りかすだから」
「何故……あなたは、その意識を持っているのですか? 確か既に成仏をされているのでは」
「半分正解。確かに夕霧の魂は成仏している。だけど、完全には成仏はしていないわ」
「はあ? どういうことでしょうか……」
意味がわからない。成仏しているのに成仏していない?
謎かけか何かか?
「今はまだその時じゃない。そのうちに教えてあげるわ」
その時、何故か強烈な追い風が吹いてきた。
踏ん張らないと飛ばされるぐらいの勢いだ。
「なにを、言って!」
「貴方には私の記憶だけではなく、才次郎と愛理の記憶を混ぜたものを見せたわ。本来はこういうことは出来ないのだけど……私は霊や妖を引き付ける能力を持っているからあの二人の魂を呼んで記憶を少しいただいたわ。あの子、咲耶を救うために」
風の勢いは強くなり、もう限界だった。
「私は最後、才次郎に救われたわ。でも咲耶はまだ苦しみ続けている。それを救えるのは才次郎と同じ霊力と容姿を持っている貴方だけ」
「なに、勝手な事を!!」
「頑張ってね?」
その言葉を最後に俺は耐えきれず、吹き飛ばされ純記塊《誘》から弾き出された。
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