10話 恋破れ
「ん、ここは…」
目を開けるとそこは先程とはまた違った風景が広がっていた。
「あれ、ん?」
まだ目が慣れていない為か目の前が霞んでいた。
だが、次第に視界がはっきりとしてくると自分がどこにいるのか認識出来た。
「って、え。ちょ、おい。マジかよ!」
一番最初に目についたのが一本の灯りが灯った蠟燭だった。
それは自分が今いる部屋の隅っこでゆらゆらと寂しそうに揺れている。
仄暗い六畳間の部屋。家具類は見当たらずあるのは二つの布団とそこに寝ている二人の人間。
一人は布団の膨らみから見るにでっぷり肥えた体形で顔から判断するなら40~50代ぐらいと感じるおじさん。
もう一人は、さっきまで見ていた夕霧だった。
喧騒もない静かな夜を二人が寝息を立てている。
この時、驚いたのは先程まで夕霧が着ていたと思われる着物と恐らくおじさんの物だろうか、濃い蒼で染まった着物……確か小袖と言っただろうか。
その二つの着物が無造作に布団の横に置かれていた。
それを見た瞬間、思春期真っ盛りの男の子は理解が早かった。
「こ、これが俗に言う濡れ場と言う奴か……!」
この時、若干声が震えていたのを覚えている。
未知の世界を覗き込んだような高揚感に得体の知れない物に触れてしまったようなイケナイ気持ち。
他人の記憶を覗きこんでいるのを忘れ、すっかりその世界に魅入られしまっていた。
「んー……」
布の擦れる音が聞こえる。
音が聞こえる方を見ると、夕霧が眠たそうに起きようとしていた。
「(おっとまずい。多分声は聞こえないだろうけど出さないようにしよう)」
「わっち、寝てしまって……いや、主も寝ているから口調は気にしなくていいか」
そう言うともぞもぞ布団を退けようとする夕霧。
俺の方からは先程と同様に背中しか見えないが、起き上がろとしているのはわかった。
起き上がろうとしているということは、その。見えてしまう訳で。
「(っ!!!)」
切磋に目を瞑った。
本能としては見たいが、なんとなくここで見るのは違うような気がしたからだ。
「しかし、毎度毎度求めてくれるのは嬉しいがやはりしんどいな」
シュルシュルと先ほど聞こえてきた布の音とは違う音が聞こえてくる。
一体俺は何をしているのだろうかと疑問に思いながら、ひとまず夕霧の独り言に耳を傾ける。
「だが私達には金が必要だ。稼いでここを出ないと」
シュッと何かを結んだ音が聞こえてきたと同時に、部屋の外から声が聞こえる。
「夕霧さま。お目覚めになりましたでしょうか?」
「愛理か。ああ、目が覚めてしまってね。汗かいたし風呂に入りたい。準備してくれるか?」
ただいま準備いたします。と告げ、愛理と呼ばれている少女は去ったようだ。
その瞬間、空気が変わった。
「のう、そこにいるんじゃろ? 燈中家の者よ」
心臓が跳ね上がったような気がした。
これは他人の記憶。あくまで過去のお話であって、そこに意識は無い筈。
なのに今この人確かに俺の事を呼んだ。
そう考えていたが、事は違っていた。
「姿は見えない筈なんだがな」
低い男の声が静かな部屋に響いた。
俺は目を開けて見回したがもう一つの布団で寝息立てているおじさんと俺以外は男の人はいないように見えた。
だが、部屋の隅にある蠟燭がゆらっと大きく揺れ、何も無い空間から文字通り人が現れた。
全身が黒ずくめで、まるでテレビとかの時代劇とかでよく見る忍者みたいだった。
「見えないが人の気配はわかる。生きていくために必要なんでな」
「なるほど。ある意味私と一緒ですね」
どんな生き方をしたらこんな低い声が出せるようになるんだろうか。
所々かすれているが、腹に響く重い声に俺は恐怖を抱いていた。
「それで? 私に、と言うよりはこの隣に用があるのかしら」
「夕霧、先日言った筈だ。その男は人外の物、妖と通じている可能性があると」
「だから心配で見に来たのかしら。もしくは私達のあられもない姿を見たかっただけかしら?」
阿呆。と一言呟くと男は話を続ける。
「私は、いや。俺はお前を昔から知っている。その酷い家庭環境やここまでの道中も。そんな苦労しかしていないお前に今度は妖と通じているかもしれん男が近くに来ている。それは」
「余計なお節介。気持悪い。反吐が出る。今すぐ失せなさいな」
吐き捨てるように囁いた夕霧。
すると、床に置いてあった質素なポーチみたいなのから一本の細い管を取り出す。
先端が曲がったそれは一見すると英語のLみたいに見える。
そしてその先端に小さい草?塊みたいなのを入れ蝋燭に近づき、マッチに似ている木の棒に火を移し、先端に近づける。
シュボと音を立て夕霧は美味しそうにその管から何かを吸い込み、大量に煙を吐く。
「いいこと? 私達は誰にも頼らない。不幸も幸運も、そして人も呼び込む忌むべき存在に余計な情を入れ込むな」
この時初めて夕霧を正面から見た。
切れ長い目に綺麗な鼻筋。透き通るような白さの肌に上品さを感じさせる口元。
小顔の中にそれらのパーツが自然な形に存在しており、中学生の俺にはよくわからなかったが、これが絶世の美人というのかと思うほど整った外見をしていた。
そして今、その絶世の美人が切れ長い目を更にきつくさせ、突如現れた男を睨んでいた。
「貴方には貴方の住む世界がある。それは仄暗い世界なのでしょう。だけど、それはここも一緒。この吉原は人の欲が集まった世界。だからこそ、その欲を狙い妖も混じることあると教えてくれたわね」
また煙草のようなものを吸いこみ、白煙をその綺麗な口元から吐き出すと質素なポーチみたいなのから鉄製の小さい筒を取り出すと、そこに先端を押し付ける。
「だけど、今、この部屋に限っては私の世界よ。今寝ている男が何か一物を持っているのは知っているが、ここでは大事な主。その主に邪な考えを持っているのであれば容赦しない」
「……」
ゾクッとした。
恐怖からなのかもしくは別の理由なのかはわからないが、この夕霧という女性からは並々ならぬ雰囲気を感じる。
「お前がこの世界に命を置いているのも感じている。だけど、それでも俺は……!」
「わっちは誘うもの。主もわっちに誘われるのかえ?」
「……!!」
目だけしか見えない男が夕霧の視線を受け後ずさりをする。
男の目はせわしなく動いており狼狽しているのが俺からもよくわかった。
「お前はいつもそうだ、小さいときから! その美しすぎる容姿のせいで男からは欲の対象に同性からは恨みを持たれ。なのに助けを求めてくれない……!」
「はっ、気持ち悪い。いつ助けを求めた? 助けを求めてほしいと言いつつ、私が欲しいのだろう?」
「違う、俺は!」
「帰れ。目の前から消え失せろ」
その時、夕霧さまーと愛理と呼ばれた少女の女の子の声が聞こえた。
「くっ……」
男はそう呻くと暗闇に解けるように消えた。
同時に部屋の襖が開かれた。
「夕霧さま、お風呂湧きましたが」
「ありがとう、今行くよ」
夕霧は質素なポーチを持ち愛理の下へ向かう。
「主様はおやすみになられているのですね」
「主は一回寝られると朝までは起きないからね」
かなり騒いでいたはずだが布団で寝ているおじさんは静かに寝息を立てていた。
それを見ながら夕霧達は苦笑いを浮かべていた。
「……夕霧さま、やはり何かありましたか?」
「何がだ?」
「夕霧さま、悲しそうな顔をされておりますので……」
確かに夕霧の顔は少し悲しそうに目尻が下がっていたのだ。
「いや、大丈夫だ。主も今回はそこまで酷くはなかったから」
「そうですか? それならいいのですが」
そう話すと、愛理は外に出ていき夕霧もそれについて行った。
だが、ふいに俺の方を見てきてこう囁いてきた。
「答えは見つかったかい?」
「え」
パタンと襖が閉じられた。
「え、え? 今こっちを見て明らかに言ってきたよな。答えが見つかったかって」
さっき、燈中家の者と言っていたがそれはあくまであの忍者みたいな男かと思っていた。
事実、その言葉に反応した男が姿を現した所を見るとそれは間違っていないのだろう。
だけど。その男だけじゃなくてもしかしたら、俺の方にも呼び変えていたのかと考えてしまう。
ただ考えても相手の考えや気持ちがわからない以上は時間が無駄だ。
「気にはなるが、とりあえず今を考えよう」
現状、他人の記憶を見ていて思ったのが、どうも記憶の断片を見させられているらしく話が飛び飛びだと言う事。
そして、これは恐らくだが見させられているのは純記塊の結果に結びついている記憶を見させられているんだろうと予想した。
これは俺が既に《誘》と言う結果を知っているからなのだが。
「わかったこととして、純記塊《誘》の記憶の持ち主は花魁の夕霧であり、夕霧は人より優れた容姿を持っているせいで昔から人を良くも悪くも引き付けていたと言う事」
この部分は理解できた。
現に、純記塊《誘》は霊や妖を無差別に引き寄せる効果を持っているからだ。
正直、この時点で結果は出たと考えているが俺はずっと何か引っかかっていた。
「《誘》は多分理解できた。だけど、封印する能力も持っていると聞いている。それに繋がる物が何も見えてこないのはなんでだろう」
夕霧からはまだ何か奥底に秘めている物を感じていた。
優れた容姿で意図せず人を引き付けながらも、先程の忍者っぽい服装をした男に対して見せた拒絶する姿勢。
これが恐らく《誘》の能力なんだろう。だけど、まだ夕霧は何かを持っている。
「く、ふ。くふふっふふふっふふうふふふふう」
気持ちの悪い声が響く。
出所を探すと、先程まで寝ていたおじさんが目を開け上半身を起こしていた。
「ぐふふふふふ。夕霧ぃ……駄目だな夕霧い」
ねちゃり、ねちゃりと不快なリップ音が聞こえてくる。
そして、男は立ち上がるとその場で立ち尽くし言い放った。
「夕霧は儂の物。きちんと躾をして置かないとなあ」
ぐふふと突っ張ったお腹を揺らし暗く、暗く笑うおじさん。
「それに、燈中家の者と通じておったか。これはあの方に報告じゃな」
背中しか見えなかったが、わずかに弛んでいる顔に皺が走った。
恐らく、笑っているのだろう。
「(夕霧が俺の先祖に関りがあったとは思わなかったけど、このおっさんも相当ヤバそうだな)」
今だに腹を揺らしながら不気味に笑う男を見ていると、また目の前がぐにゃりと歪んだ。
「(うっ、また次の記憶に飛ばされるのか)」
まるで、ドラマを見ているみたいだなと思いながら徐々に暗くなる視界に身を任せ、そして意識を失う。
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