9話 恋焦がれ
「ここは……?」
目を開けるとそこは一面の闇。
何も見えなかった。足が地面についていないのか浮遊感が体に纏わりついていた。
すると、足から上半身にぞわっと電気が走るみたいに何とも言えない感覚が駆けてゆく。
そこで気づく。
「お、俺。ここここ、これ!落ちてんじゃねーかっ!!」
依然としてどこにいるのかわからないが、どうやら俺は闇の底へ落ちていた。
直接感じ続ける、落下時の際に体へ伝わってくる得体の知れない恐怖感が絶え間なく襲ってきた。
そんな中、周りに変化が起こる。
「くそっ!ここどこなんだよ!!って、なんだあれ!?」
抵抗できないのでされるがまま、落ち続けると下から小さい円形状の物がぽつぽつと見えてきたのだ。
それは徐々に大きくなっていき、円形状の物がより見えてくるとあることに気づく。
「しゃ、シャボン玉?いや、中に何か見えるぞ」
それは丸く透明で、今にも割れそうでありながら仄かに輝いていた。
シャボン玉だ、と思った。
だが。そのシャボン玉を通り過ぎる時におかしな光景を見てしまう。
「なんだ、あれ?」
部屋……だった。
シャボン玉の中に部屋の画像?いや、解像度が荒く見えたので写真にも見える。
相も変わらず落ちていくので一瞬しか見えなかったが、歴史の授業で見た事があった。
この時、必死に思いだした。
そして、結論に至る。
「そうか、あれ!確か花魁の部屋だ」
花魁。
江戸時代、様々な事情を持った女性が自分の命を懸けて男に'己の全て'を捧げ、寵愛などを頂いていた遊女の中でも位の高い女性。
今の時代、センシティブな内容を中々学校では教えてくれない。
だが。
「もし皆が嫌なら教えない。だが日本の歴史でも女性たちが自分の命を懸けて戦ってきた大切な歴史だと私は考えている。なので、皆が勉強してみたいというなら学んでほしい」
と、言う先生の言葉に押され、この時皆で勉強したばかりだった。
当時の歴史的資料から読み解く、遊女たちの気持ちや吉原遊郭の事。
当時の生活や、その生涯の最後まで。
中学生と言う多感な時期。やはり勉強していく中で様々な声が上がったが、先生は繰り返し言った。
「何度も言うが嫌ならすぐに辞める。一番は君たちの気持ちだから。ただ、不適切だからと大切な歴史やその当時の気持ちを隠すように学ばせないのは私は違うと思っている。歴史を知り、今を知る。そして、次……未来を考えてほしい」
高校生になった今もわからないけど、一個わかったことがある。
それは、人の記憶も人が行ってきた事も完全には消えることはない。
現に。
「うわあ……!」
一面に広がるシャボン玉。
ふわふわと浮かんでは通り過ぎていく。
そして、そこに映るは記憶の断片。
俺はこの時、純記塊《誘》。花魁の夕霧の記憶を見ることになるのだから。
『よう桂馬、さっそく見ているな』
紅の声が響いてきた。この時、はっとなった。
「紅ー!! ここどこだよ!?」
『桂馬の中じゃ』
「はあ!?」
『私が桂馬の霊力を使い、桂馬の霊魂に憑りついている《誘》の下に意識を送った。次からは自分でやってもらうが、霊力を使い自分の意識を現実世界から切り離し、意識を霊的な世界に行かせる。これが体感だ』
「俺の中ァ!? え、現実の世界の俺はどうなってんの!?」
『この世界は現実世界よりかなり時間の進みが遅い。目安だが、こっちの12時間は現実世界だと1秒じゃ。なので現実の桂馬は体感したときと何も変わっておらん』
「……なんだその、どっかの漫画に出てきそうな設定は。やっぱこれ夢じゃないの?」
やれやれと紅の呆れた声が聞こえたが、構わず質問した。
『あほ、夢ではないわ!よいか?さっき、純記塊は記憶の結果を知らないと力を使えないと言ったろ?なので今、桂馬の魂に憑りついている《誘》の本体に送り込んで記憶を閲覧をしてもらおうとここまでは導いた』
だが、と苦々しそうに紅は呟いた。
『私にできるのはここまで。《誘》の中には直接入れない。何故なら私が入り込むと純記塊は耐えきれないのじゃ。せいぜい入れるのは人間の意識一人分という所じゃ』
この瞬間にも俺は落ちていった。
さっきはまばらだったシャボン玉も、どんどんその数を増やしていった。
その数はもはや数え切れず、辺り一面に広がっていた。
「まだよくわからないけど紅の助けは無しで、俺は《誘》の記憶を見ればいいんだな?それで何故《誘》という名前が付けられたのか見つけなければいけないと」
『ああ、そうじゃ。ちなみにだが、さっきから桂馬の周りにあるふわふわと飛んでる奴。これの中に見えるのが《誘》の記憶の断片じゃ。そして、この物体こそ《誘》の能力。桂馬の霊力を使い、自身の純記塊から……わかりやすく例えると謂わば匂い袋を放出し、その匂いに霊や妖が惹かれるのじゃ」
「これが原因なのかよ!?」
綺麗だなと思っていたら、まさかの原因だった。
神秘的で感動していたのに、俺の感動を返してほしかった。
『憑りついた命の霊力に《誘》の記憶の断片を混ぜることにより、より特別な霊力の塊を作り出すのが《誘》の特徴。その塊がなんとも美味しそうでな、じゅるり』
「じゅるりじゃねーよ……迷惑でしかないよ」
『仕方ないじゃろ。美味そうなんじゃもの』
子供みたいに拗ねる紅の声が響く。
こちらとしては勘弁してほしかった。
『そういえばじゃが。桂馬は今まで霊力を貯めていたのでまだ大丈夫だが。《誘》は霊力を全部吸い尽くすまでこの匂い袋を放出し続ける』
「聞くのが怖いけど……霊力を吸い尽くされるとどうなるの?」
『え。あの世へいってらっしゃいじゃ』
「ば、ばばばばばバカヤロー!!」
あまりに大きく叫び、周囲にあったシャボン玉みたいのが少し飛び去った。
『ふっ、冗談じゃ。正確には霊力がなくなっても死なん。せいぜい、また貯まるまで時間がかかるぐらいじゃ』
「か、勘弁してください……」
紅の茶目っ気な笑いが辺りに響いた。
こちらとしては茶目っ気をこんな時に出してほしくなかったが。
『さて、そろそろ《誘》の純記塊が見えてきたな』
俺は視線を下に移すと、淡いピンクに輝く何かが見えてきた。
最初は点ぐらいの大きさだったが、近づくにつれてそれがどんどん大きくなっていった。
『桂馬、私はそろそろお主の意識から離れる。最後に纏めじゃが、桂馬のやる事は《誘》の中に入り、記憶を閲覧する。記憶だから多くの人が出てくるだろうから誰が記憶の持ち主なのか探し、そして今回の場合は一生の記憶を見た後に何故《誘》と結果が出たのがお主が考える事じゃ。それが正解なら《誘》は桂馬に力の使い方を教えてくれるだろう』
「なあ紅、そもそもどうやって中に入ればいいんだ?」
『あっと、言い忘れていたの。一回記憶の結果を出して認められれば体感で一気に行けるのじゃが、今回は初めてでまだ認められていない。その時は対象の純記塊を触りながらこう言うのじゃ。交渉と』
そうこうしているうちに、純記塊《誘》がかなり近くなってきた。
《誘》は淡いピンク色の靄を纏わせながら、静かに浮かんでいた。
見た感じは大きさはソフトボールの球ぐらい。ただ、その周りに纏わせている靄のせいで実物より大きく見えてしまっている。
「来ちゃった……ほんと、なんなんだよ今日は」
『ここまで来た以上は腹括らんか』
色々。言いたい事はあった。
いつもの日常が、たった数時間でこんな摩訶不思議な体験をすることになろうとは誰も予想しないし、そもそもなんで俺?と疑問や怒りもこの時感じていた。
ただ、理由はどうであれ俺のせいで佐々木も含めて色んな人を巻き込んでしまった。
怖い。帰りたい。そんな気持ちもあるが、今はとにかく目の前の事をやろう。
何をすればいいのかわからなくなったら、目の前にあることをまず片付ける。
それが、俺に桂馬と名前を付けてくれた今は無き祖父の口癖だと叔父さんから教えてもらった。
「よし!」
パン!と自分の顔に両手で気合を入れる。
そして、纏わりつく靄を搔き分け俺は《誘》に触った。
「――交渉」
そう呟いた瞬間、自分の体が《誘》に吸い込まれていった。
「うおっ!!」
『あ。そうじゃ桂馬』
のんびりとした口調で紅はとんでもないことを発言しやがりました。
『純記塊を使い霊力を失う分には死なぬが、純記塊に入り記憶の結果が出せず、霊力が無くなった場合。自分の霊魂ごと純記塊に吸い込まれて死ぬから』
「はあ!?ちょ、おまっ」
『はーい、いってらっしゃい♡』
「いやちょおま待」
そして、《誘》に吸い込まれていった。
☆☆☆
「夕霧さま!」
幼そうな女の子の声が聞こえてきた。
閉じていた目を開けると、そこには現代では中々見ることが出来ない光景が広がっていた。
どこかの家の中の一室だろうか。
広さは約六畳はあろうかという和室で、部屋の隅っこに木目調が綺麗な階段状の箪笥が置かれており、その反対側には鏡台だろうか。手鏡を少し大きくした物が艶のある漆喰の小さな箱の上に固定され鎮座していた。
そして。一番に目についたのが物干し竿みたいなのに大きく広げられて干されている、現代人の俺が見ても高そうと感じさせる着物。
全体的に青で統一されているが模様で緑の雲が所々に入っており、襟には金の糸だろうか、それが波模様に縫われ迫力がある。思わず声にならない溜息が漏れた。
まるで、タイムスリップしたみたいだと感じた。
「夕霧さま、お時間ですよ!」
「んー……もうそんな時間かい」
そんな部屋の真ん中で一人の座った女性と腰に手を当てながら怒っている女の子がいた。
俺は部屋の隅、座っている女性……夕霧と呼ばれた女性の後ろにいるので顔はわからないが女性の服装が濃い赤と緑が入り混じった着物を着ており、所々に白の菊の文様が入っている。
女の子も似たような着物を着ていたが、座った女性と比べると少し色合いが控えめに思えた。
「(これって、もう《誘》の記憶の中にいるんだよな?)」
時代劇ものや歴史の教科書等でしか見ない光景を前に考えていた。
俺はさっき《誘》の中に入ったのは記憶にもあるので、夢では無かったらこの見ている光景は《誘》の生前の記憶を第三者目線で見ているのだろうと。
それにこの部屋、さっきのシャボン玉の中に映っていた光景によく似ているので十中八九確信があった。
「(しかし、なんかドキドキするな)」
中学生、思春期、男子。
この三つのワードが揃っていた俺からすると例え夢でもそれが他人の記憶だろうが、初めて入る女性の部屋。
胸がときめくのを誰が止められるようか。
否!誰にも止められなかった。
「(もしかして……!)」
膨らみ続ける妄想。
だが、それを打ち破る出来事が起きた。
「夕霧さま、今日は例のあの人が来る日ですが……やっぱり行くんですか?」
少女が心配そうに夕霧に声をかけた。
それに対し夕霧が憂鬱そうに呟いた。
「誘い誘われ恋焦がれ。求められれば応じる。もちろんある程度は選ぶことも出来るけども」
そこまで話すと、徐に夕霧は自身が羽織っていた着物を上半身だけ着崩した。
「私たちはしない。何よりお金が今必要だから」
「(――!!)」
露になった夕霧の姿を見て思わず息を飲む。
後ろ姿しか見えないが、着物の濃い色合いに対するかのように透き通るような色白の背中には首から腰にかけて斜めに走る赤く腫れあがった蚯蚓腫れがあった。
「夕霧さまぁ……」
ただただ、立ち尽くしていた少女は涙目になりながら夕霧を見つめていた。
「そんな目で見ないの愛理。私はね、これでも感謝しているのよ?住む所があって、私達を求めてくれる人たちがいる」
ロールアップされた髪に刺してある金色の簪をスッと外し、その艶やかで腰まで届く黒髪を重力に任せて結んでいた髪を解いた。
「――さあ、愛理行くわよ?仕事の時間でありんす」
空気が変わった。
一気に張り詰め、目線が夕霧から外せなかった。その間に夕霧は再び髪をロールアップし、足元に置いてあった咲き誇った紫と黄色の花が付いた簪を一文字に差し、気崩した着物を気合を入れるように皺ひとつなく整えた。
「ふふっ」
「(っ!?)」
背筋を伸ばしながら綺麗に立ち上がると、徐に後ろ。俺の方を見てきた。
「夕霧さま?どうしました?」
「いえ、なんにもありんせん」
夕霧はそう呟くと障子を開け部屋から出ていく。
残された少女は首を傾げながらこちらを見るが、夕霧が出ていくのに気づき慌てて付いて行った。
「い、いったか?」
心臓がいつもより小刻みに動いている。
正直、夕霧に見られた瞬間どうすればいいのか頭がパニックになった。
「あの少女が明らかに俺が見える位置にいるのに気づいてなかったから、俺が見えていないのかと思ってたけど、本当は見えていたのか?」
いや、あの少女はこちらをずっと見ていたけど気づいた素振りは見えなかった。
過去の記憶だし、恐らく他人の記憶を見ている間は俺の姿は見えていないのだろうと予想される。
「ん……わからん」
いくら考えてもわからなかった。
ひとまず、今見ているのが夕霧の記憶なのか少女の記憶なのかわからないけど、今はあの二人を追いかけてみよう。
そう考えた時、突然目の前がぐにゃりと歪んだ。
「うっ!」
立っていられなくなり、その場にしゃがみ込む。
「なん、これ」
そう呟いた時、目の前が真っ暗になった。
感想やブクマ、評価やいいねをして頂き本当にありがとうございます!
近況につきましては、Twitterにて報告しております↓
https://twitter.com/nakaidonarumi




